第152話 水着の天使に癒されて
ヘルサが再び旅の一行に加わって、数刻。
僕たちは今。
「アハハハハ! 海だーー! わーーい!」
「レトちゃん、待ってーー!」
すっかりリゾート気分だった。
「どうしてこうなった……?」
巨大なビーチパラソルの下に横たわっている僕は、なるべく日光を浴びないようにしつつ、ぼんやりとヴィオラたちの後ろ姿を見送った。
アマゾネス族の健脚をこれでもかと見せつけ、砂浜を猛然と駆け抜けていく幼女レト。
そして、そのすぐ後ろを必死で追いかけているヴィオラ。
どうやら、二人はお揃いの水着に身を包んでいるようだ。
水着姿のヴィオラの腰辺りを、首から下げたインベントリー・ポーチが跳ね回っている。
「まぁ、センチョーがシュッコーの準備に時間がかかるって言うんだから、仕方ないギギ~」
と、僕の隣から、ヘルサの寛ぐ声が聞こえた。
彼はトロピカルジュースを片手に、オフの一時を満喫しているようだ。
ただ、そのジュース。
先程、彼がデスアイランドの森で拾った、得体の知れない果実の果汁100%である。
「っていうか、ヘルサ。そのトロピカルジュース、本当に大丈夫なの?」
グラスの中が、完全にポイズン色をしているんだけど……。
あと、なんかその内容物……。
ボコボコ沸き立っているんだけど!?
「平気ギギ~! しぼりたてだからフレッシュ極まりないギギ!」
「いや、フレッシュ極まりないジュースは沸き立たないから!! 絶対に、こんなマグマみたいな音、出さないから!!」
「一口欲しいギギ?」
そう言って、グラスを近付けてくるヘルサ。
「いらない、いらない! 苦しゅうない! 近う寄るな!」
「全く、スローは心配性ギギなぁ~」
「心配性っていうか、衛生上の観点から即死まであると判断しただけだから……」
「ギギ~。甘塩っぱくてサイコーなのに?」
「えっ……。それ、その見た目で甘塩っぱいの……?」
「おうよ! けど、ちょっと酸っぱいギギ!」
「えっ?」
「あと、死ぬほど辛いギギ!」
「いや、やっぱり飲むと死ぬヤツ!」
もはや、それ毒そのものじゃないの!?
キュートな縫いぐるみのフェイスをして、一口勧めてくるんじゃないよ、全く。
しかし、そんな僕の心の声なんて、どこ吹く風。
当の本人であるヘルサは、平気な顔をしてストローを咥えている。
だが、僕は知っている。
そのストロー……。
初めは、もっと長かったはずだ……。
絶対にそのグラスの中で、溶かされている……。
僕は、そう確信している……。
「チューー」っと、擬音を自分で口に出しながら、フルーティーな味わいを楽しんでいるところ大変申し訳ないが……。
「ねぇ、ヘルサ。そのほっぺたのところ、ちょっと溶けてない?」
「ギギィッ!? しまった!!」
慌てた様子で、ギュムッと自分のほっぺたを押さえるヘルサ。
そして――
「後でパッチワークしないとギギ……」
「いや、治るんかいそれ」
頬の部分から、確実にアウトな何かが染み出ちゃっているけど!?
しかし、致命傷ではないからなのか。
ヘルサは、頬から毒素を「お漏らし」しつつも、ギギギと笑った。
丈夫なんだな……、やっぱり……。
ヘルサが常軌を逸した存在であることを、僕は改めて痛感することになった。
すると、パラソルの外から――
「スローくん……」
と、天使の白い羽で、身体の前部分を隠したコルネットさんが現れた。
「あっ! コルネットさんも着替えに行ってたんですね!」
「はい……」
海をエンジョイする気MAXで、気付けばすでに水着を着用していた「ヴィオラ&レト」コンビに促されるようにして、天使の二人――コルネットさんとクラリィも、ついさっき更衣室へと姿を消したのだが……。
「どう……でしょうか……?」
濃い藍色のストレートヘアをポニーテールにしたコルネットさん。
彼女の純白の羽の下から、その羽と同じくらい純白の水着が……。
「一見、大胆にも思えるそのフレアビキニだったが、隠すところはしっかりと隠されており、すらりと細身で、程よく引き締まった彼女の白い肌は、もはや天使の品格すら窺わせる美しさであった……」
「おい、スロー!」
「ん? 何、ヘルサ」
「『であった……』じゃねぇギギ!」
「えっ?」
「全部、声に出てたギギ!」
「まさかぁ~」
ははは、何を言っているんだ、ヘルサのやつは……。
そんなわけが……。
と思い、僕がコルネットさんに視線を向けると――
「きっ、気に入ってもらえたみたいで……、よかったです……。はい……」
色白の顔を真っ赤に染め、少し俯き加減の天使が、そこにはいた。
マズい……。
これでは「変態認定」待ったなしである。
どうしようどうしよう、と焦る意識と、隙あらば称賛の声を漏らそうとする無意識がせめぎ合っている。
そんなややこしい状態の僕を前にして、コルネットさんは恥ずかしそうに、また羽で身体を隠してしまった。
そのとき――
若干緊張気味のコルネットさんの後ろから、小鬼のような可愛らしい怒声が聞こえてきた。
「スロ~~! また、ひわいなこと、考えてたんじゃないだろうな~~!」
ヤバい! 卑猥警察の強制捜査だ! と、気付いたのも束の間。
クラリィが、コルネットさんを庇うようにして、僕に睨みを利かせてきた。
「ダメだぞ、ひわいなことは! コルネットさんは、もう清楚が羽を生やして歩いてるような人なんだからな!」
そう言って、僕を諫めるクラリィ。
彼女は、コルネットさんと同じ純白の水着のようだったが……。
「その形状は異なっているようで、ワンピース型の水着となっており、広がった裾に入ったドレープが、幼いながらも繊細な女性らしさを表していた」
「ヤバいぞ、スロー! また心の声が漏れてるギギ!」
「また、肩紐のついたオフショルダーではあるが、その他の露出は少なく、誰が見ても納得の健全スタイルであった……」
「ギギッ!? 接続詞ィ!? もうそれ、わざとだろ、スロー!!」
ヘルサの核心をつくツッコミもなんのその。
今もなお天使族二人の水着姿に見惚れている僕は、思考がバグってしまっているのかもしれない。
「だが、待って欲しい。天界を守護する姫騎士団の団長、および史上最年少姫騎士の水着姿である。それは、もう仕方が無いことなのかもしれない……」
そんな思考ダダ漏れモンスターの僕を見て、「ひぃっ」と、一瞬、怯えた表情をしたクラリィ。
しかし、彼女は、すぐにその表情をコロッと変えると――
「まぁ、いつもは色気のない黒一色のローブだからね。たまにはこんな感じのもいいかなと思ってさ」
と、確かめるように自分の水着を見下ろした。
さらりと、彼女の黒髪が揺れる。
確かに、いつもは魔法使いのワードローブで、黒ズキンちゃんみたいな格好だけど。
こうも急にフェミニン全開で来られると、こっちはちょっとドキッとするじゃないか。
「変……かな?」
「いいや、めちゃくちゃ似合ってる」と、即答する僕。
「そう? よかった!」
そう言って、ニコッと笑顔のクラリィ。
ピュアな笑顔が炸裂!
邪の者、スローに5億のダメージ!
僕は死んだ!
「みんなで選んだんですよね、クラリィちゃん」
完全変態の僕の熱視線にも慣れたのか、コルネットさんがいつもの感じで、そう言った。
「そうそう。フィンポートの雑貨屋で、ちょっとね」
おいおい。
僕は、停竜所の激烈スメルズバッドの中を、必死で耐えていたというのに……。
みんなは道草を……。
だが、オールオッケー。
全て許すのである。
何故なら、みんな素敵だから。
「眼福なぁ~」
「もうオレは止めないギギ!」
僕の深刻な心の声の漏洩問題は、ついにヘルサにも見限られてしまったようだ。
頬から毒素を漏らすやつか、心の声を漏らすやつ。
どちらの方がヤバいかというと、どちらも等しくヤバいとしか言いようがない。
そんな調子で目の保養をし続けて、そろそろ瞬きの仕方を忘れ始めた僕に――
「そう言えば、ヴィオラとレトはどこ行ったの?」
と、クラリィが辺りをキョロキョロしながら尋ねてきた。
「えっ? 二人なら、さっき砂浜を爆走していったけど?」
そっちそっち、と、僕は二人が去っていった方向を指差した
すると――
「げっ!」
一体どうしたんだろうか。クラリィの顔が引きつっている。
ようやく「天使の癒し」から視線を外して、僕もそちらの様子を窺うと――
ここから少し先に見える、客船サント・セイント号の停まった入り江。
その前に広がるビーチで……。
「いざ尋常に勝負だね、レトちゃん!」
「わーーい! 勝負勝負ーー!」
ヴィオラとレトが、屈強な悪魔たちに取り囲まれていた。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第153話 砂上の戦い』は、明日、9月6日(日)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。
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