第150話 砂浜とダンディズム
心地良い潮風を浴びながら、一人で砂浜に座っている。
広がる青い空には、消えそうで消えない、千切れた雲がいくつか浮かんでいる。
日焼けが気になるが、引きこもりがちな僕は、少しくらい日光を浴びた方がいいはずだ。
目の前は、水平線の彼方まで一面のクリアブルーである。
美しい水面に、波。
ただ、そんな澄んだ海の情景でさえ、僕のモヤモヤした心を癒してくれはしない。
今、僕を悩ませていること。
それはすなわち、ヘルサのことである。
「ヘルサが厄災『暴食』かもしれないなんて、どうすりゃいいんだ……」
封印を解いてしまったのは僕だから、責任は痛いくらい感じている。
が、当の本人のヘルサは、『暴食』だった頃の記憶をすっかり忘れてしまっているらしい。
僕たちは、このままヘルサと普段通りに接していていいものなのだろうか。
「あと、『暴食』の正体だよなぁ……」
はぁ、と僕の口から大きな溜め息が、広い世界へと旅立っていった。
先程ファザレドから聞いた『暴食』の正体――「空の切れ目」。
恐らくこの世界のバグのようなもの……とか言ってたけど。
もしその仮説が正しく、本当に「空の切れ目」がヘルサの元の姿なのだとしたら、僕たちはもう一緒に旅を続けていられないような気もする。
ただ、ヘルサには散々酷い目に遭わされたけれど、彼だって大事な旅の仲間だ。
こんなところで、「はい、さようなら」というのは寂しい。
別れは辛い。
けれど、みんなを不安がらせてしまうので、現状を誰にも相談できないでいる。
こんなこと口が裂けても言えない。
僕がイカの上で気絶したときから姿が見えないヘルサ。
彼は一体、どこへ行ってしまったのだろう。
僕はどうしようもない物憂さを抱えたまま、再び空を見上げた。
すると、僕の背後、少し離れたところから、ヒソヒソと複数の声が聞こえてきた。
「見て、あそこ……。スローが信じられないくらい黄昏れてる……」
「そうなんだよ。さっき、『少しだけ一人にして欲しい』とか言って、ボクたちから離れて行ったけど、ぼーっと海とか空を眺めてるだけだし……」
「私もてっきり砂浜でお昼寝でもするのかと思ってたんですけど……。スローくん、何かあったんでしょうか……」
「お腹でも痛いのかなぁ?」
ヴィオラ、クラリィ、コルネットさん、レトの四人が、それぞれ遠巻きに僕を心配してくれているらしい。
「昨日の夜、内緒でこっそり海賊のイカパに参加してたのかも……」
と、違う心配をしているレトは置いておくとして――
「悩み事……かな?」
「うん。あの感じは絶対に悩み事だね。間違いない」
「思い詰めたスローくんも味があっていいですね……」
ヴィオラ、クラリィ、コルネットさんが、なおも僕を観察し続けているらしい。
「背中から男の哀愁が漂ってきます……」
と、僕を褒めているのか、イジっているのか、微妙な線のコルネットさんはそっとしておくとして――
「ダンディズムだね!」
「そっ、そうなの……?」
ヴィオラがクラリィに同意を求めているみたいが、なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。
「あれがダンディズムなの……?」
と、困惑しているクラリィよ。
安心してくれ。
大丈夫、僕も困惑しているから。
「これがダンディズムなの……?」
僕は一人、空に向かって問い掛けた。もちろん、返事など降ってこない。
なんだかよく分からないけど。
砂浜で体育座りをしているだけで、ダンディズムが滲み出る男。
それが僕らしい。
悪い気はしない。
全く悪い気はしないんだけど――
後ろのみんな、ちょっとヒソヒソ話デカすぎない!?
全部、丸聞こえなんだけど……。
もうっ!! 一人で悩み事すらできやしないじゃないか!!
憤りとは名ばかりの「申し訳なさ」を感じた僕は、ゆっくり振り返ると――
「やれやれ……」
力のない笑顔を作って、心配してくれている彼女たちに小さく手を振った。
「あっ! ダンディズム・スローがこっちに気付いた!」
「う~ん……。言われた通りに、一人にしておかないで良かったのかなぁ……」
「振り向いたスローくんも素敵です……」
「スロー、お腹痛いの治った?」
と、四者四様のリアクションが返ってくる。
彼女たちに言いたいことは色々あったけれど、ぐっと堪えて……。
なんてことを考えていると、四人が僕の方へ近付いてきて――
「スロー、どうかしたの? なんだか元気がないみたいだけど」
「ごめん、スロー。やっぱりボク、ほっとけなくてさ……」
「悩み事……ですか……?」
「ワタシが、お腹擦ってあげようか?」
我慢して、全部抱え込もうとしていた思いが溢れてしまいそうになる。
「レト。僕、お腹は痛くないよ」
「そうなの?」
「うん、大丈夫」
僕はそう言って、心配そうにしているレトの頭を撫でた後、改めてみんなの顔を見た。
「悩み事があるなら、みんなで解決しようよ!」
「うん。スローの話せる範囲でいいからさ」
「私たちも、何かスローくんの力になれませんか……?」
「そうそう! スローは、みんなのキョーユーザイサンなんだからね!」
えっ、レト。ちょっと待って。
僕、『レトのモノ』から『みんなの共有財産』にランクアップしてない!?
いつから!?
っていうか誰が教えたの、その言葉!?
そんな焦りとは裏腹に、僕は、澱んでいた心が晴れていくような温かい気持ちを覚えた。
「あのさ……。ちょっと、みんなに聞いて欲しいことがあるんだ……」
相変わらず、砂浜に強い日差しが降り注いでいる。
けれど、いつの間にか、晴天には雲が一つもなくなっていた。
「ヘルサのこと、なんだけど……」
無意識の内に、口を開いている僕がいた。
みんなに全てを打ち明けている僕からは、恐らくダンディズムは迸っていないだろう。
けど、それでもいい。
きっと、それも一つのダンディズムの形。
ダンディズムが何かは全く分からないけれど。
そんな謎めいたことを思いながら、みんなの優しさに胸が熱くなるデスアイランドの白昼だった。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第151話 山頂で語る明日』は、8月29日(土)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。
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