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第14話 可愛いあの娘の堕とし方

 

 見られている。


 それはもう、めっちゃ見られている。


 ジーーーッという擬音が聞こえてきそうな程。


 僕は、監視役のクラリィさんから見られ続けていた。


 おやつ時である。


 僕は、客室のドアの前で仁王立ちしている小さな監視役に――


「そんなにずっと立ってないでさぁ、一緒に食べない?」


 と、ふわふわで、いい香りがし、絶妙な甘さ加減の、もういくらでも入ってしまいそうな、悪魔的おいしさを有するケーキを(そそのか)してみた。


 しかし――


「ふんっ! ボクを堕落させようったって、そうはいかないんだからな!」


 クラリィさんは、自分の身体を守るように両腕で分厚い魔導書を抱えつつ、強い口調で意志の固さを示してきた。


 ただ、無情にも、キュキュキュという可愛い音が、彼女のお腹から響く。


 見る見る内に、彼女の頬が薄紅色に染まっていく。


「いや、このデザートには、スキルとか使ってないからさぁ。一緒に食べようよ」

「ううん、うるさい!」

「ケーキ、ワンホールは、一人じゃ絶対無理だからさぁ。……ねぇ?」

「むむむ……」

「人助けだと思って」

「……おまえが、そこまで言うのなら仕方がない」


 ……ちょろい。可愛い。


 にやけそうになる表情筋をなんとか抑えていると、何故かクラリィさんが、対面ではなく、僕の右隣の席に腰掛けた。


 僕はそれを少し不思議に思ったが、表情に出さないように、ケーキを切り分けてあげていると――


「む、向こうの席だと、急に堕落のスキルを使われるかもしれないから!」


 と、彼女は、聞いてもいないのに、よく分からない弁明をした。


 寂しがり屋さんなの? それとも本当に警戒されているの?


 マンマークなの? それともゾーンディフェンス?


 そんな疑問も浮かんだが、僕たち二人は、懐かれているのか警戒されているのか判然としない距離感で、この幸せが凝縮されているかような堕落的美味しさのケーキに舌鼓を打ち始めた。


「その若さで姫騎士団に入れるなんて、クラリィさんって凄いんだね」

「クラリィでいいよ。ボクもスローって呼び捨てにするから」


 口いっぱいにケーキを頬張りながら、そう言うクラリィ。


 彼女は小さな羽を小刻みにパタパタさせており、かなりご機嫌な様子。


「あのさぁ、クラリィ。ちょっと気になってたんだけど、やっぱり姫騎士っていうくらいだから、みんなお姫様なの?」

「いや、そんなわけないだろ! っていっても、ボクも詳しく知らないんだけどね。確か、かなり昔に、天界城のお姫様が組織した騎士団だから姫騎士団っていうらしいよ」

「へぇ、なるほど」


 お皿におかわりのケーキをこんもりと盛りながら、僕は質問を続ける。


「クラリィはさぁ、スーナさんの弟子って聞いたけど、やっぱり魔法とか使えるの?」

「まぁね。この魔導書があれば、大抵の攻撃魔法は使えるよ」


 そう得意気に話すクラリィ。


 その頬には、白いクリームがついている。


「攻撃魔法かぁ、格好いいじゃん!」

「はっ、そうだった! ボクを褒めたって、スーナ師匠を泣かせたのは許さないんだからな!」


 泣かせたなんて人聞きの悪い! あれはバス王の命令だったんだ!


「え~、許してよ。わざとじゃないんだよ?」

「許さない!」

「また明日も、おやつ一緒に食べよう?」

「ううん、うるさい!」

「きっと、おいしいよ~?」

「むむむ……」


 ……ちょろい。可愛い。


「言葉で、ボクを(たぶら)かそうとするんじゃない!」


 そう言って、クラリィは魔導書を振り上げた。


 ひぃ! 魔法が来るっ!


 僕は反射的に目を閉じ、防御の体制をとる。


 次の瞬間、頭蓋骨に響く鈍痛。


 物理攻撃の方だったか……。痛い……。


 しかし、身体を(かば)うように、無意識に伸びた僕の右手は――


 ぷに。


 ぷにぷに。


 ぷにぷにぷに。


「むう。はにゃせぇ……」


 クラリィの小さな顔を覆う、僕の右手。


 柔らかい……。ほっぺたの感触が、とても柔らかい……。


 いつまでもその感触を堪能している僕の指先には、堕落のクリームが付着していた。


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