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第147話 ファザレドの研究室


 デスアイランドの森を抜けて、二度目の村である。


 民家が数軒立ち並んでいるものの、ファザレド一人しか住んでいないこの村には、相変わらず人の気配がない。


 そんな(さび)れた村の一角に、それはあった。


 黒く巨大な立方体。


「ここが全ての始まりの場所だ……」


 ファザレドはそう言うと、魔法で錠を外し、黒い壁についている扉を開けた。


 湿気た空気に乗って、薬品の嫌な匂いが漂ってくる。


「研究室……ですか?」

「あぁ、そうだ」


 僕の問い掛けに、ファザレドはこちらを振り返らずに返答した。


 薄暗く、広い部屋だった。


 壁際に並んでいる棚には、大小様々な薬瓶、古びた書籍、()ち果てた紙片、使い方が全く想像できない器具、得体の知れない生き物の骨格標本などが、所狭しと陳列されている。


 ここでレトが暴れたら、きっと大変なことになるだろう。


 しかし、幸運なことに。


 彼女は、ここへ来るまでの森の中でエネルギーを使い果たしてしまったのか、現在ファザレドの家で、ヴィオラに見守られながらお昼寝中である。


「こんな危なそうなところ、レトを連れて来なくて正解だったね……」


「おー……」と、研究室の棚をキョロキョロ見回しているクラリィに、僕はそっと声を掛けた。


 すると、彼女は、「ボク、この部屋に興味があります!」ということがありありと分かる表情をシャッキリと引き締め――


「そうだね。レトには、まだちょっと早すぎるかもね」と、急に大人ぶった。


 史上最年少姫騎士であるクラリィと、アマゾネス族の幼女レト。


 二人の年齢はそこまで違わない気もするけれど……。


 僕は敢えて何も言わず、ただ温かい目でクラリィの幼い顔を眺めていた。


 実にほっこりした気分。これが父性か。


「なっ、なんだよ、スロー。その顔は……」

「いやいや。クラリィはしっかりしてるなぁ、と思って」

「そりゃあ、ボクは姫騎士だからね。スローを守らないといけないから」


 彼女はそう言うと、小脇に抱えていた魔導書の背表紙を、その小さな手で撫でた。


 んん? 確かクラリィの役目は、僕を()()することだった気もするけれど……。


「頼りにしてます」


 僕は敢えて何も言わず、ただ温かい目でクラリィの幼い顔を眺めていた、パート2なのである。


 そんな調子で父性を感じつつ、物々しい雰囲気の研究室を進んでいくと、少し開けたスペースに差し掛かった。


 そのスペースの中央には……。


「なっ……なんじゃこりゃ……」


 血のように真っ赤な染料で魔方陣が描かれていた。


 その複雑な構図や呪詛(じゅそ)のような文字から、ドロドロとした禍々(まがまが)しさを感じる。


 僕のすぐ隣に立つコルネットさんは、不安そうな表情ながらも、警戒の目を光らせている。


「何だか不気味ですね……」


 意図せず、僕はコルネットさんに話し掛けていた。


「はい……。凄く嫌な感じがします……」

「僕、魔方陣なんて初めて見ました……」

「私もです……。黒魔術でしょうか……?」

「黒魔術……」


 ファザレドは黒魔術師だったのか?


 僕はファザレドと二人きりで話したときの記憶を思い返した。


『昔、この島でとある魔法の実験をしたんだ』

『しかし、結果は失敗だった。代償として私は寿命の大半を失い、そしてこの島に閉じ込められた』

『私は実験に失敗して、この島全体に取り返しのつかない呪いをかけてしまった』


 魔法の実験に失敗……。仮にそれが黒魔術だとすると……。


 ファザレドは、ここで何かヤバい存在を召喚しようとでもしたのだろうか。


「スローくん。なんだか怖い顔をしてますよ?」

「えっ!? そうですか!?」


 ファザレドの暗い過去を空想していた僕は、慌てて胸の前で組んでいた腕を(ほど)いた。


「ふふっ、心配しなくても大丈夫ですよ。何が起きても、私が守りますからね」


 優しくそう言って、微笑むコルネットさん。


 彼女の天使の羽が僕の肩に触れて、くすぐったい。


「ほんとに、いつもありがとうございます」


 そう言って、僕は表情をやわらげた。


 ありがたき幸せだし、本当に感謝に()えないのだが、僕自身もしっかりしなければならない。


 守られてばかりではいけない、そう強く思った。


 ただ、今……。


 天界城の精鋭である姫騎士の二人に守護され、途轍(とてつ)もない安心感に包まれながら、ふっと思ったのだが……。


 二人って……。


 ヴィオラを守っていなくて大丈夫なの……?


 天界城のお姫様がノーガードだと色々――


 そこまで考えて、「まぁ、レトと一緒にいるから大丈夫か」と、あまり深く考えないことにした。


 ヴィオラ自身の戦闘力は未知数だけど、眠れるバーサーカーのレトが目覚めてしまったら、大抵のことはなんとかならず、全てが混沌の(うず)へと消息を絶ち、気が付けばヴィオラが優勝している。


 この世界はそういう(ことわり)になっている。


 そんな気がする。


 いや、それは言いすぎな気もする。


 すると、そのとき。


 僕たちを先導するため、ヨロヨロと歩みを進めていたファザレドが、魔方陣の前で振り返った。


「見ての通り、私はここで黒魔術の研究をしていたんだ」


 そう言い始めた途端、彼は口元にハンカチを当てて、激しく咳込んだ。


 そばで介抱するように同行していたファザレドの娘――ティトレスさんが、彼の背中を(さす)っている。


「いや失礼した。申し訳ない。ここに来るのは、だいぶ久し振りでね。私自身、少し緊張しているのかもしれない」


 落ち着きを取り戻したファザレドは、背筋を伸ばしてそう告げた。


「私は昔、この島で魔法の実験に失敗して、取り返しのつかないことを引き起こしてしまったんだ。スローくんには昨日、聞いてもらったね」

「取り返しのつかないこと……ですか?」


 ティトレスさんが、父であるファザレドに質問を加えた。


「あぁ。この島の近辺では、魂の循環が行われなくなってしまった……」


 魂の循環が行われなくなったことにより、生き物が死んだ後、生まれ変わりが起きなくなってしまった。


 その結果、発生したのが魂の滞留である。


 そして、魂たちが行き場所を求め、何度も繰り返し同じところを彷徨(さまよ)い続けていたのが、あのデスアイランドの中心にある山から見えていた、黒い噴煙のようなモヤモヤという話だった。


 ただ、さっき僕が船の上から見たとき、そのモヤモヤはどこかへ消えてしまっていたが……。


「私はもう長くない……。だから、私が生きている間に、君たちにこの島の真実を知ってもらおうと思って今日は集まってもらった……」


 ファザレドの目には、何かを決意した者の輝きが宿っていた。


 しかし、まだ身体の具合が悪いのか、それとも自責の念に駆られているのか。


 研究室に反響するその声は、少しだけ震えていた。


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。


次話、『第148話 黒魔術の告白』は、明日、8月16日(日)に投稿する予定です。


これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。


ご指摘やご感想もお待ちしております! 大歓迎!

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