第145話 ヴィオラはスロー禁止中
「ダメでしょ! ヴィオラは今、スロー禁止中なんだから!」
レトが厳しい口調でヴィオラを叱りつけた。
一方、ヴィオラは、「でも……。でも……」と、悲しそうな表情。
そんな二人のやりとりを聞いていた僕はというと――
「スロー禁止中……だと……?」
今まで聞いたことのない謎の規制に、気が気ではなかった。
「ねっ、ねぇ……、スロー禁止中って何……?」
未だに天使族の二人と熱い抱擁を交わし続けて離さない僕は、なんとか平静を装いながら二人にそう尋ねた。
すると、クラリィが――
「ちょっと、スローが寝てる間に色々あってさ……」
こちらからでは彼女の表情が見えないけれど、恐らく渋い顔をしているのだろう。
そんな声のトーンで、実に意味深な返事をしてきた。
「僕が寝てる間……? 何だろう。僕、恥ずかしい寝言でも言ってたりした?」
「ううん。スローはベッドの上でスヤスヤ熟睡してたんだけど……。ねぇ、コルネットさん」
「はいっ! スローくんは、ずっと可愛い寝顔でしたよ!」
「えっ、寝顔!? それはそれで、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!!」
どうもはっきりしないクラリィと、話を振られ、全く補足になっていない情報を付け加えてくれるコルネットさん。そして、赤面している僕。
なにやら僕が寝ている間に、不穏な出来事があったのかもしれなかった。
先程から参加したがっているヴィオラには悪いが、取り敢えず僕は、ハグで作り上げられた立体構造を崩し、背中からずり落ちかけていたレトをしっかりと背負い直した。
そうだ、ついでにレトにも聞いてみるか……。
「レトは何か知ってるの?」
「うん! 知ってるよ! あのね。ヴィオラはね。ひわいなんだよ!」
「えっ!? ヴィオラは卑猥なの!?」
レト!! どこで覚えたんだ、そんな言葉!!
……と、思ったけど、いつかクラリィが卑猥警察と化したときに教わっていた気もする。
……いやいや、そうじゃない。
そんなことより、今は――
「ねぇ、ヴィオラ……。実際、何か卑猥なこと……しちゃったの?」
「はい……。しちゃいました……」
……。
すな。
と、僕が心の中でシンプルなツッコミを入れていると、「すいません……。すいません……」と、ヴィオラが少し離れたところから謝ってきた。
しかし、僕に謝られても困る。
謝罪の矛先は、ちゃんと被害者に向けるべきで……。
そこまで考えたところで、部屋中の視線が僕に向いていることに気付いた。
……。
えっ?
何?
僕が被害者なの?
もしかして、僕……。
寝ている間に、……大人の階段、上っちゃいました?
「あのね……。レトが言ってることはちょっと大袈裟なんだけど……。スローが今着てる服あるじゃん……」
クラリィがようやく重い口を開いた。
「ん? これのこと?」
「うん。そう……」
僕はクラリィに、今自分が着ている白くて清潔な男性用ローブを示す。
ただ何故か、クラリィは頷くときに頬を赤く染めていた。
「気絶したスローをデスクラーケンの触手から救い出したのはよかったんだけど、スローの服が、かなり粘液まみれだったんだよ……」
「えぇ、身に覚えがあります……」
「それでね。スローをベッドに寝かす前に、このネバネバは着替えさせないといけないぞ、って話になって……」
「あぁ……」
なるほど……。段々話が見えてきたぞ……。
「もう下着まで全部換えないといけなかったからさ、ボクと、コルネットさんと、レトと、船長の四人で、誰が着替えさせようか慎重に検討している最中に――」
「えっ、待って。今、船長いなかった?」
「ヴィオラが先にスローの着替えを終わらせちゃってたんだよね……」
「今、絶対に船長いたよね?」
「そしたら、何故かレトが怒っちゃって、『ヴィオラはスロー禁止ー!』って……」
「ねぇ、船長」
僕の“気付き”はことごとくスルーされたが、クラリィは一連の出来事を丁寧に説明してくれた。
“守備力ゼロの姿”は何度も見られているとはいえ、まぁ、僕は男の中の男だから。
僕を着替えさせることに、うら若き乙女のみんなが頭を悩ませてくれていたのはよく分かる。
けれど、どうしてレトが怒ってしまったのかは分からないし、ましてや、この話し合いに船長が加わっていた理由なんてもっと分からない。
すると、ヴィオラが自分の胸の前で指をイジイジしながら、なにやら弁明をし始めた。
「私……、みんなが熱心に話し合ってるのは気付いてたんだけど……、スローはまだ病み上がりだし……、色々と大変なことが重なって弱ってるから……、少しでも早く乾いた服に着替えさせてあげないと、と思って……」
「いや、それはヴィオラが正解」
完全にヴィオラが正しいし、ヴィオラさん、マジ天使すぎない?
「違うもん! ヴィオラは抜け駆けだもん! ワタシもスローで着せ替えごっこして遊びたかったもん!」
レトは全てにおいて間違っているし、気絶している僕では遊ばないで!
「だからヴィオラは僕禁止なの?」
「そう! スロー禁止なの!」
どうやらアマゾネス族の幼女レトの目には、心優しきヴィオラの行動が、理不尽なものに映ったみたいだった。
「スローは、ワタシが知らない間に、ヴィオラとも遊ぶし、海賊たちとも遊ぶし、イカとも遊ぶし! ワタシとも遊んで!」
「えぇ……。デスクラーケンとは遊んでたわけじゃないんだけど……」
「スローは、ワタシのモノなんだからね!」
「承知致しました……。遊ばせて頂きます……」
有無を言わさぬ所有者レトの理屈に、被所有物である僕は折れざるを得なかった。
「遊ぶから、ヴィオラの僕禁止令、解いてあげてくれる?」
「えぇ~」
「レトは優しい子でしょ?」
「う~ん。分かった……。スローがそう言うなら、ヴィオラもスローと遊んでいいよ」
“僕禁止令”という言葉に違和感を持たざるを得なかったが、少し不満気ながらも、レトが発令したヴィオラの規制は、無事に解除されたようだ。
「よかった、よかった」
これにて一件落着と、僕が一安心していると、ヴィオラが嬉しそうに近づいてきた。
「ふぃ~、危ない危ない。これ以上スローを禁止されたら、私、発狂しちゃうところだったよ~」
「発狂!? それは、ほんとに『よかった、よかった』なんだが!?」
「ふふふっ! 冗談、冗談!」
規制解除一発目から、早速、笑顔のヴィオラに揶揄われる僕である。
「そう言えば、海賊たちはどうなったの?」
先程のレトの発言で思い出した僕は、デモーナの顔を思い浮かべながら、みんなにそう問い掛けた。
「今、とても大変な状態みたいです」
「えっ!? 大変な状態!? なっ、何かあったの!?」
内部分裂が進んで、新たな反逆者でも現れたのか!?
僕は焦りながら、コルネットさんに続きの言葉を急かした。
「海賊船が故障していないか点検する必要があったみたいで、敵意がなさそうだったこともあって、あの後、一緒にデスアイランドまで帰ってきたんです」
敵意がなさそう……。
あの絶対に手のひら返すマンたちめ……。
もう、あの下っ端海賊たちの調子のよさが目に浮かぶようだった。
「それで、島に到着したまではよかったんですけど、新鮮なイカの切り身がたくさん手に入ったとかで、深夜から盛大にイカ焼きパーティーを開いたらしくて……」
おいおい……。明け方未明からイカパを開催すな、大々的に。
ん? 待てよ……?
「えっ? でも、確かデスクラーケンって……」
デスクラーケンモドキは万病に効くらしいけど、モドキじゃない方の本物のデスクラーケンって、食べられないんじゃ……。
「そうなんです。全員、食中毒になってしまったみたいなんです」
「ヤバすぎて何も言えない」
分かった。
てっきり僕は、あの下っ端海賊たちはみんな、ずる賢いヤツらだと思っていたけど……。
勘違いだった。あいつら、ただのアホだった。
「突然、女船長さんがサント・セイント号に胃腸薬を分けてもらいに来たので驚いたんですけど、その女船長さんだけはイカ焼きに手を付けなかったそうで、今も船員さんたちの看病に奮闘しているみたいです」
よかった。デモーナは無事だったのか。
しかし、下っ端全員の看病……。それは心中察するものがある。
僕はデモーナの気苦労を想像して、少し切なくなった。
下っ端たちには何一つとして義理はないし、砂粒程の興味もないが、デモーナを労うために後で海賊船に行ってみようかな。
そんなことを思った、ロイヤル・スイートの朝だった。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第146話 デスアイランドの異変』は、明日、8月9日(日)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。
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