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第129話 森の伏魔殿

 

 ここはデスアイランドの海岸へ続く、薄暗い森の奥。


 見覚えのある木々の間を通り抜け。


 見覚えのある獣道を進み。


 なんなら見覚えのある猥褻(わいせつ)キノコのそばさえ通過して。


 そして、今。


 僕は、全く見覚えのない場所にいた。


「どうしてこうなった……」


 一人で呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしている僕。


「完全に迷ってしまった……」


 自分は方向音痴ではないと思っていたけれど、いざ迷ってみると考えを改めざるを得ない。


「ここ、どこ……?」


 冷たい森の空気が肌に触れ、不安感が強まる。


 鳥や獣の鳴き声は聞こえないものの、虫の()や、時折木々の葉を揺らす風の音が、自称メンタル強者である僕の心を(ざわ)めかせる。


 さっきまで大量に生息していたはずのモフモフは不思議と一匹も見当たらず、僕の視界に入ってくるのは、森の博士(レト)が言うところの「食べると死ぬヤツ」ばかり。


 怖い。ここが地獄か。


 などと、僕が絶望を感じ始めた、そのとき。


「おい! そこに誰かいるのか? ちょっとこっちに来てくれ!」


 目の前に(そび)えている巨大な木の向こうから、僕を呼ぶ女性らしき人の声が聞こえてきた。


 その声の持ち主に覚えはなかったが、もしかするとこの森から脱出する方法を知っているかもしれないと、僕はほとんど神頼みに近い感覚で、大樹の幹に沿って、声がした方向へと歩いていった。


 苔むした、地面からはみ出すくらい極太(ごくぶと)な根に(つまず)かないよう注意しながら、木の向こう側へたどり着くと――


「おぉ! なんだ、人間族(ヒューマン)ではないか!」


 夕刻の弱々しい木漏れ日の中、水色の肌をした女性が(たたず)んでいた。


 その女性は僕よりも少し背が高く、黒く硬質そうな鎧を身に付けているが、その面積は尋常ではないくらい小さい。


 なので、特徴的な色をしたその肌は、ほとんど無防備になってしまっている。


 人間ならば白目があるはずの部分が黒くなっており、その黒い目の中で瞳が黄色く輝いている。


 (つや)のある美しい紫色の髪の毛からは二本のねじれた角が突き出ており、背中には漆黒の羽が生えている。


 おまけに尻尾も……。


 もう、あらゆる面から彼女が異種族であることが分かる。


「はい。僕は人間族(ヒューマン)です。あなたは?」


 耳慣れていない『種族での呼ばれ方』に異世界らしさを感じつつも、僕は単純にそのまま返すことにした。


 ニュアンスは全然違うけれど、感覚としては、ほぼ「アイム ファイン センキュー エンジュー?」のノリである。


 すると――


「私は、パン・デモーナ! 見ての通り、高貴なる悪魔族だ!」


 大胆に露出された谷間を強調するかのように、フフンと胸を張っている悪魔族の女性。


 この島に来てから立て続くけれど、異文化コミュニケーションの第一歩は、ひとまずクリアできた模様。


 僕は、その安心感からか、「天使族がいるんだから、悪魔族もいるわなぁ」と、どこまでも気の抜けた感想を抱いていた。


「パン・デモーナさん……」と、僕が初めて見る悪魔族の名前を呟くと、「気軽にデモーナと呼べ!」と、彼女は急激に心の距離を縮めてきた。


「デモーナさ……」

「デモーナ!」


 喰い気味にズイッと僕の顔を覗き込む、水色の肌をした眉目秀麗な悪魔。


 かっ、顔が近い……。


「デ、デモーナ……」

「うむ。よろしい」


 非常に満足そうな笑顔で、デモーナは頷いた。


 まだ会ったばかりだけど、彼女は呼び捨てにされるのが好きなんだろうか?


 ううむ……。悪魔族の乙女心は分からない……。


「それで、デモーナはなんでこんなところにいたの?」


 フレンドリーな感じが好きそうだったので、僕は砕けた調子でデモーナに話しかける。


「それがな、私は怖くはないんだがな。本当に怖くはないんだがな。ここにイモムシがいるだろう?」

「イモムシ?」


 デモーナの指差しているところを見ると、道の端――瑞々(みずみず)しい葉っぱの上に、どこかで見たことのある一匹の巨大イモムシがいた。


 (はじ)けんばかりにプリップリな体躯(たいく)


 そして、(あき)れるくらい彩度の高いポイズン色。


 こいつは確か……。


「食べると美味しいヤツ……」


 デモーナは、まるで悪魔払いと対峙(たいじ)してしまったかの(ごと)く、(おび)えた表情でイモムシを見ている。


「全く、全然、ちっとも怖くはないんだがな。こいつをちょっと私の視界から消してはくれないだろうか」

「えぇ……。僕も触りたくないなぁ……」

「頼む! 怖くてこの先の海岸まで帰れないんだ!」

「いや、言ってる言ってる!!」


 デモーナは、ハッ!? と、思い出したような顔をした後――


「怖くないっ!」


 彼女の強がりが、静かな森の中に(とどろ)いた。


 僕が今、デモーナの目の前で、突然このイモムシをムシャムシャ食べ始めたら、彼女は一体どんな顔になるだろうか。


 などというサイコパスじみた考えを迅速(じんそく)に脳内からデリートし、決して命を刈り取らないタイプの、非常に環境に優しいデコピンを一発。


 渋々ながらだけど、取り敢えず、僕はイモムシを茂みの奥へ吹き飛ばすことに成功した。


「たっ、助かったぞ、人間族(ヒューマン)! もしお前が望むのならば、私の眷属(けんぞく)に加えてやろうか!?」


 ははは、待て待て。


 眷属(けんぞく)という(おだ)やかでないワードよ。


 それは一種の奴隷契約みたいなものか?


「念のため聞いておくけど、デモーナの眷属(けんぞく)になるとどうなるの?」


 僕は興味本位で、そう尋ねてみると――


「それはなぁ……。もうあ~んなことや、こ~んなことだ!」


 デモーナは、よく引き締まった肉体を挑発的にくねらせ、語尾にハートマークが付いていそうなくらい煽情(せんじょう)的な声でそう言った。


 ……。


 ふーん。エッチじゃん。


 ……じゃなかった。


 デモーナは、悪魔族というよりも、夢魔族(サキュバス)の類なんじゃないのか、実は?


 そんな推測をして、僕が危機感を募らせていると、不意にレトのあのセリフが僕の脳内をよぎった。


 ――あのね、スローはね、ワタシのモノなんだよ?


「あー……。デモーナ……。せっかくの眷属(けんぞく)へのお誘い、非常にありがたいんだけど、僕にはもう所有者がいるみたいなので……」


 誠に不本意ながら、そうみたいなので……。


「なんだ、人間族(ヒューマン)!? お前、すでに主人がいるのか!? それでは仕方がないな!!」


 お前も大変なんだな、と言って、デモーナはワイルドにガハハと笑った。


 悲しいような、悲しくないような、複雑な感情を僕が持て余していると、なんだかドッと精神的な疲れが襲ってきた。


 ちょうど近くに良い感じの切り株があるのを見つけたので、僕がその上に腰を下ろすと――


 パサッ。


 ん? 頭の上から何か落ちてきたのか?


 いきなり生じた、帽子を被せられたような感覚に、戸惑いを隠せない僕。


 そっと手で触れてみると、ひんやりとしていた。


 ザラザラしている部分と、ツルツルしている部分があって、これが植物であることが分かった。


「おおっ!? こいつは珍しい!!」


 デモーナが僕の頭の上の何かを見て、感心している。


「えっ? 何これ? デモーナ、これって植物だよね?」

「あぁ、そいつはヒトノコシカケといって、切り株に擬態した根っこに生き物が座ると……」

「す、座ると……?」

「上の方から小さな捕人器官を落として、頭に被せてしまうんだ」

「なるほど……」


 そうすると、僕はまんまとこいつに捕まってしまったということか。


 ほぇ~、やられた。


 正体も分かったことだし、早速(さっそく)頭からひっぺがして……。


 ……って、あれ?


 こいつ全然、取れないんだけど……。


「おい、人間族(ヒューマン)。早くそいつを引き()がさなくてもいいのか?」

「それが全然取れてくれなくて……」

「なんだ? 人間族(ヒューマン)はみんな、そんなに悠長なのか?」

「えっ? 悠長って、こいつそんなにヤバい植物なの?」


 すると、なんだか僕の脳天の辺りが、こそばゆくなってきた。


 帽子のような器官の内側で、触手的な何かが(うごめ)いている気がする。


「そのままだと、お前。その食人植物に脳みそチューチューされるぞ?」


 ほぇ~、やられた。


 ……。


 じゃねぇーーーー!!


 そんなのんびりしたことを(のたま)っている場合じゃねぇーーーー!!


 脳みそチューチューって……。


 こいつはレトの言う「食べると死ぬヤツ」じゃない!!


 食べられると死ぬヤツ!!


「ヤバーーーーーーい!!」


 ひたすらに脳天をコチョコチョされながら、僕がパニックになって叫び声を上げると――


「やれやれ……」


 デモーナが僕に近づき、ヒトノコシカケの捕人器官に手をかざした。


絶食(ディジューノ)


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


少しでも明るい気持ちになり、クスッと笑っていただけていたら嬉しく存じます。


次話、『第130話 人間族の代表スロー』は、明日、6月14日(日)に投稿する予定です。


これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。


ご指摘やご感想もお待ちしております! 大歓迎!

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