第124話 ピンク色のモフモフ
青々と茂った草葉の陰から、一匹のモフモフした生き物がこちらの様子を窺っていた。
滑らかなピンク色の毛で体全体を覆っているその生き物は、両手サイズの巨大なわたぼこりに目と口がついたような見た目をしていて、ふわふわと非常に柔らかそうな印象を受ける。
気の抜けたようなその目には、しっかりと僕たち人間の姿が映っている。
毛で隠れそうになっている口は、呼吸をしているのか、ゆっくりとパクパク開いたり閉じたりしている。
「レトちゃんでもこの生き物さん見たことないの?」
「うん! 知らない!」
第一発見者のヴィオラが、森に詳しいレトに尋ねたものの、その正体は不明のようだった。
レトでも分からない森の生き物ということは、この島の固有種の可能性もあるのだろうか。
ただ、この危険な森の中で、保護色とは対極に位置するあのピンク色というのは……。
「食べたら死ぬかなぁ……」
「飼っても大丈夫かなぁ……」
ピンク色のモフモフに熱い視線を送りながら、レトとヴィオラが真剣に悩んでいる。
その興味と探究心は認めるし、研究の動機も人それぞれだとは思うけれど、決して無茶だけはしないで欲しい。
多分、あの生き物は、この恐ろしいデスアイランドの森の中で目立っても平気な存在だから。
食べたら死ぬヤツか……。
それとも、食物連鎖の頂点に位置するくらい強いか……。
「レト隊長! 私、もう少し近づいてみたいです!」
「ワタシもーー! ヴィオラ行こーー!」
止めときなさい、二人とも!!
……。
それより、いつの間にレトは隊長に昇格したの?
「スロー隊長も行こう!」
「待って、僕も隊長なの!?」
この小隊の編成はどうなっているの?
「荷が重すぎるので、僕は平隊員でお願いします!」
という僕の懇願を聞く前に、ヴィオラ隊員はレトを連れて、モフモフのそばへ、そろりそろりと近づいていった。
緊張した面持ちで、慎重に一歩ずつ歩みを進めていく二人。その動きを真似するようにして、ヘルサが二人の後ろを追いかけている。
この旅のメンバーの中でも特に破天荒な二人と一匹である。
心配すぎる……。
有事の際、いち早く対応できるように、誠に不本意ながら、僕も未確認モフモフ生命体のもとへ向かうことにした。
「ちょっと、大丈夫……?」
茂みの前で立ち止まっているヴィオラ、レト、ヘルサの後ろ姿に向かって、僕は声を掛けた。
「みんな何して――」
言葉の途中で絶句してしまう光景が、その先に広がっていた。
「ツンツン……」
先が細くなっている枝で、モフモフの体表を優しくつついているヴィオラ。
「ツンツンツンツン!」
先が細くなっていない枝で、モフモフの体表を激しく連打しているレト。
「サワサワサワーー、ギギ!」
どこかで見たことのある白い花で、モフモフの体表を優しく撫でているヘルサ。
ピンク色だったモフモフの頭頂部が、徐々に白く色落ちしていっている。
「こら! 止めなさい、みんな!!」
僕はもう、すっかり隊長の気分でそう命令した。
すると――
「アーニー!」
僕の大声に驚いたのか、モフモフの口から甲高い鳴き声が発せられた。
「わぁーー!! 鳴いた!! 鳴いたよ!!」
「かわいいっ!!」
ヴィオラとレト、大興奮である。
さっきまでイジメに限りなく近い“可愛がり”を行っていた二人は、きっぱりと木の枝を手放した。
よかった……。
もし天敵だと判断されたら、何をされるか分からないからね。
案外、反撃ギリギリのところだったかもしれない。
僕が、ホッと胸を撫で下ろすと――
「捕まえたーー!!」
「あーーっ! ヴィオラいいなぁーーっ!」
文句なしの敵対行動をとっているヴィオラたちの姿が目に飛び込んできた。
その姿は、誰がどう見ても狩人のそれ。
もう純度100%の密猟者。
反論の余地無しで、現行犯逮捕である。
……。
現状、逮捕されているのはモフモフの方だけど。
それでも、やっぱり、普通にヤバくない?
「触って大丈夫なの? 毒とか持ってなさそう?」
「多分、大丈夫……。だって、すっごいモフモフだよ……。スローも触ってみる?」
「い、いや……。僕は遠慮しとくよ……」
「えー……。触ってみなよー……」
メロメロになった顔で、満足そうにモフモフの感触を堪能し、癒されまくっているヴィオラ。
これは何かのセラピーかな?
ただ、野生の生き物には、もっと距離感をもって接して欲しいと思う。生態系、大事にして。
「この子……。アーニーって鳴くから、アニ丸って名前にしよう……」
彼女は、もうモフモフに名前を付けて飼う気満々である。
しかし危険だろう、それは。
今見ている分だとペットとして飼えそうな気はするけど、まだまだ分からないことだらけだから……。
「ヴィオラ、流石にそれは……」
と、なんとかヴィオラに考え直してもらおうとする僕。
「えー……? ダメかなぁ……?」
いやぁ……。かなり危険だと思うけど……。
そんな潤んだ碧眼で見詰められると……。
ついつい許してしまいそう……。
「アニ丸がダメなら、アニ太郎にしようかなぁ……」
「あっ、違う。そういう問題じゃないんだ、ヴィオラ」
少し落ち着いて欲しいと思う。心から。
アニマルセラピーの効果、早く出て。
現在ヴィオラの腕の中でギュッとされているモフモフは、ときたま思い出したように「アーニー」と鳴くものの、基本的には大人しくしている。
先程ヘルサに「触れると死ぬヤツ」で頭を撫でられ、頭の一部が不自然に漂白されてしまったが、特に命に別状はないみたいである。
毒への耐性が強い種族……なのかな?
「ねぇ、ヴィオラ!! ワタシも触りたい!!」
「オッケー! じゃあレトちゃんにも持たせてあげよう!」
「わぁーい!! ぎゅーっ!!」
ヴィオラからモフモフを手渡され、嬉しそうにハグをするレト。
しかし……。
レト、ちょっとそれ……。締め付ける力、強くない……?
「アー……ニー……」
腕力が自慢のアマゾネス族、レトの激しいスキンシップによって、モフモフが苦しそうな鳴き声を上げている。
いくらレトが幼女であったとしても、命に関わる程の重たい愛情表現である。
そして、とうとうそれに耐えられなくなったのか――
「わあっ! 急に動いちゃダメっ!!」
レトの腕から脱出し、モフモフが一目散に逃げ出した。
「あーーっ! アニ太郎!」
と、ヴィオラは、まるで急性モフモフ中毒になってしまったかのように、絶望の表情を浮かべている。
次の瞬間。
「待ってーー!!」
「あっ! レトちゃん!」
レトが逃げたモフモフを追いかけ、その後ろをヴィオラが慌てて追いかけていった。
「どうしよう、みんな! ヴィオラたちを追いかけないと!」
僕が、後方にいたメンバーの方を振り返ると――
「大変だ!」と、クラリィ。
「追いかけましょう!」と、コルネットさん。
「あ、え、あ、追いかけましょう……」と、ティトレスさん。
うん、流石。みんなちゃんと事の重大さが分かっている。
ただ、よ~く見ると。
彼女たちの胸元には、それぞれ一匹ずつピンク色の毛玉が抱かれていて――
「えっ!? モフモフって、あの一匹だけじゃなかったの……?」
前言撤回ッ!! みんな全く事の重大さが分かっていないっ!!
「まっ、まあまあ、スローさん……。そんなことより、早くヴィオラさんたちを追いかけましょう……?」
「う、うん……」
確かにティトレスさんの言う通りかもしれないけど、何か盛大に誤魔化されている気もする。
あと、この一大事にヘルサのやつはどこへ行ったんだ。
ついさっきまで、すぐそこにいたのに。
……。
ヘルサはこの際、放っておくことにして。
僕たちが急いで破天荒グループの後を追いかけていくと、すぐに森の出口が見えてきた。
木々の間を通り抜けると、そこには村らしき小さな人里が広がっていた。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
読者のみなさまが、少しでも明るい気持ちになり、本作をお楽しみいただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第125話 不思議な出会いと、感動の再開』は、5月23日(土)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。
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