第123話 アウトかセーフで言えば
「わぁー……。このカエルさん、綺麗な色だねぇ……」
葉っぱの上でジッと動かないカエルを、ヴィオラが楽しそうに観察している。
「えっと、これはねぇー。食べたら死ぬヤツ!」
そのすぐそばで一緒に生物観察していたレトが、力強くそう断言した。
決してテメェらとは馴れ合うつもりはない、と言わんばかりのド派手な警戒色を纏っているカエルは、威嚇するわけでもなく、怯えて逃げるわけでもなく、喉を膨らませたり萎めたりして、ただ黙然とこちらを睨みつけている。
生理的にアウトかセーフで言えば、ギリギリアウトなカエルである。
「凄い色をしてますね……。今までに見たことのない配色です……」
「鮮やかな赤色に黒いポツポツの斑点って、もう確実に毒を持ってますよね」
「ねぇねぇ、スロー! ボクにも見せて……ゲッ! こわぁ……」
「ほんと怖すぎだよね」
脅えるコルネットさんと、怖がるクラリィの言葉に、僕はそれぞれ大いに賛同した。
人探しのためにこの島までやってきたというティトレスさんは、隊列の最後尾で、不安そうに周囲をキョロキョロしている。
一方、隊列の最前線では、新たな観察対象を発見したのか――
「レトちゃん、レトちゃん! あれは!? あれは!?」
と、一目で分かるくらいデンジャラスな外見をしたキノコを指差し、興奮が止まらない様子のヴィオラ。
「あれも食べたら死ぬヤツ!」
生まれも育ちもジャングルというアマゾネス族のレトは、その知識をフルに活用して、今回も力強くそう明言した。
ただ……。そりゃそうだろう、と僕は思う。
赤黒く肉厚な傘をもったキノコは、その毒々しい色はもちろんのこと、全体のフォルムがかなりヤバい。
各種方面からお叱りを受ける可能性があるので詳述することは避けたいが、アウトかセーフで言えばギリギリ、ピー(放送禁止用語)というリアルさを誇っている。
放送倫理的に完全モザイク推奨な姿が、地面から「こんにちは」しているのである。
どう考えても、あの雄々しさは、明らかに有毒であることを示唆している。
色々な意味で致命的である。詳述することは絶対に避けたいが。
「凄い形をしてますね……。今までに見たことのない形状です……」
「あの猛々しさは、もう確実に毒を持ってますよね」
激ヤバキノコの形に見覚えがないというコルネットさんの言葉を聞いて、何故かホッとしている自分を感じつつ――
「ねぇねぇ、スロー。何が猛々しいの?」
「クラリィは見ちゃいけません!」
「えっ!? 何、そんなに怖いの!?」
「とてもグロテスクだから!」
「ひえ~~……」
クラリィの両目を瞬時に手で覆い隠せたことにも、大いに安心することができた。自分史上最速の動きだったぞ、全く……。
まだ幼いクラリィやレトには見せられないキノコである。
いや、ヴィオラやコルネットさんにも見せたくないキノコである。
というか、僕も見ていたくないキノコである。
しかし、この場にいる全員の目は伏せられないので――
「みんな! 早く先に進もう! 諸事情により!」
僕はクラリィに目隠しをしながら声高にそう主張して、目に毒、食べても毒な猥褻キノコの前を早く通り過ぎることにした。
その後も、森の生態系博士と化したレトの「食べたら死ぬヤツ」宣言は続き、結局この森には食べられる生き物は存在しないと思われたときのことだった。
「スロー……。腕に良いモノつけてるねぇ……」
ヴィオラが、うっとりした表情で、僕の探検隊ジャケットの袖の部分を眺め始めた。
「えっ? 腕に良いモノ? 良いモノってなんだろう……」
綺麗だねぇ……、と褒めてくれているのはいいが、僕にはほぼ確信的と言っていい程の嫌な予感があった。
それこそ虫の知らせというやつである。慣用句の意味でも、ガチの意味でも。二つの意味で。
刺激を加えないように細心の注意を払って、そろそろと自分の右腕を見下ろすと――
プリップリの巨大イモムシが一匹、ゆっくりゆったりと僕の服の上を這っていた。
しかも、自然界に存在してはいけないくらいケミカルな色のヤツである。
「ひいいいいいいいいいい!!」
僕の口から悲鳴が漏れ、それを聞いたレトが駆け寄ってきた。
「イモムシだ!」
「レトちゃん! これは!? これは!?」
ヴィオラとレトが、僕の腕を新たな生態観測地点として、イモムシの知見を深め始めた。
誰にも邪魔されることなく、優雅に、威風堂々と歩みを続けているキングサイズのイモムシ。
「なんだっけなぁー。ワタシ、ジャングルで見たことあるんだけどなぁー」
アウトだから! 確定的にアウトのヤツだから! もはやセーフの要素ゼロだから!
「え~っと、これはねぇー」
これは僕でも分かる、絶対に食べたら死ぬヤツだから!
「う~んと、確かねぇー」
「ひぃぃぃ……。レト、取って早くぅ……」
「食べるとねぇー」
「ケテ……、タスケテ……」
「そうっ! 食べると美味しいヤツ!!」
「いや、逆になんでなの?」
レトの意外な鑑定結果に、僕は冷静にツッコミを加えるしかなかった。
未だに、「綺麗なイモムシさん……」と、呟いているヴィオラには悪いけど、個人的にはとても酷い見た目をしていると思う。
そうだった。
すっかり忘れていたけど、ヴィオラの美的感覚はかなり独特なんだった。
今思えばヘルサの封印されていた不気味な箱も、綺麗だから天界城の宝物庫から持ってきたとか言っていたような……。
「スローは、そのイモムシ食べないのー?」
「う……うん。今、ちょっと食欲ないから逃がしちゃうね……」
純粋無垢なレトの口から繰り出される極悪非道な質問に、僕はなるべく丁寧に対応した。
今すぐにでもデコピンでコイツをブッ飛ばしたいところだけど、まぁ、ヤバすぎる見た目に反して特別害はないみたいだし、こっちにポツンと咲いている花の上にでも逃がしてあげよう。
こんな危ない森の中なのに、この白い花だけは、清く正しく美しく咲いているからね。
「えー、逃がすのー? もったいないなぁ……って、スロー危ない!!」
「えっ?」
「その花は、触れると死ぬヤツ!!」
僕が慌てて身体を起こすも、もう時すでに遅く――
肩で風を切るように自由気儘な足取りだったイモムシは、誰からの影響も受けない自らの強い意思で我が道を進み続け、そのまま白い花の上へとダイブしていった。
「あ……」
清浄そうに見える白い花びらにポトリと着地した瞬間、イモムシの色が見る見る内に漂白されていき、体全体が真っ白になる頃にはイモムシはピクリとも動かなくなった。
「ひぇ……」
すると、その純白の亡骸から黒い煙のようなものが浮かび上がってきた。
そして、その小さな黒い気体は、山の方角に向かってふわりふわりと飛んで行き、たちまち見えなくなった。
「なんだったんだ、今のモクモク……」
あまりの超常現象っぷりに僕が呆然と立ち尽くしていると、今までどこにいたのか、ヘルサが僕の肩に飛び付いてきた。
「あれはイモムシのタマシーギギッ!」
「えっ? イモムシの魂? ……それどういうこと?」
「ギギギー! この島はちょっと変ってことだなー!」
「ちょっとどころの騒ぎではないけどね」
具体的にこの島がどう変なのか、問い質そうと考えていると――
「あーーっ!! レトちゃん!! あそこに新しい生き物さんを発見!」
「えーー!? なんだ、あれーー!? へんなのーー!?」
と、驚いている彼女たちの視線の先。
そこには、アウトかセーフでは表現できないくらい奇妙な、謎のピンク色の生き物がいた。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
読者のみなさまが、少しでも明るい気持ちになり、本作をお楽しみいただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第124話 ピンク色のモフモフ』は、明日、5月17日(日)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーをよろしくお願い致します!
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