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第117話 猛省と、怪しげな船内放送

 

「子猫ちゃん!?」


 謎の言葉を口走りながら、反射的に飛び起きると、そこは見覚えのないベッドの上だった。


 昨晩のことを思い出そうとしても、全く思い出せない。


 思い出そうとすると、頭が痛む。


 何か……、非常に悪い夢を見ていたような……。


「すっごい寝汗だ……」


 僕は嫌な汗を()き取ろうと、自分の着ている白いローブを……。


 天使族に(ふん)するために着ていた白いローブを……。


 白いローブを……。


 ……あれ?


 僕は今、パンイチだった。


「なんだ……と……?」


 追い()ぎか?


 昨日の夕食中、僕は追い()ぎにでも()ったのか?


 自分が置かれている状況を理解するために、落ち着いて辺りを見渡してみる。


 カーテンの隙間から、ちらちらと朝の光が射し込んでいる。


 わぁ~! 穏やかな朝~!


 ……ではない。早急に現状を把握しなければならない。


 キングサイズのベッドの上には僕だけしかおらず、清潔な白を基調とした広い部屋に飾られたインテリアたちが、不思議と僕の孤独感を強くした。


 そうか……。この部屋は、ヴィオラがとってくれたロイヤル・スイートか……。


 そう言えば、僕たちは、海に進路を阻まれたから、このサント・セイント号に乗船して、向こうの大陸まで渡ろうとしている最中だったな。


「それにしても、船旅一日目はドタバタだったなぁ……」


 僕は昨晩までの大騒ぎを思い返しながら、ひとまず着替えでも探そうと広い部屋の中を徘徊(はいかい)してみることにした。


 クローゼットを開けてみると、中は(から)で、高級そうなハンガーが数本ぶら下がっているだけだった。


 テーブルの上には、ドネオの白い天使の羽が置かれている。


 ……ので、取り敢えずそれを背中に装着して、気を(まぎ)らわせておくことにした。


 半裸に天使の羽オンリーというスタイリッシュ(きわ)まりない男がこの船に爆誕したが、正々堂々とこの格好のまま廊下に出て(ここは船内の一室のはずなのに、廊下がある!)、僕は隣の部屋を覗いた。


 そこにも天蓋(てんがい)付きのキングサイズのベッドが置かれていたが、部屋はもぬけの殻だった。


「みんな朝ごはんにでも行っちゃたのかな?」


 再び廊下に出ると、奥から何やら話し声が聞こえてきた。


「――ということなのでぇ~、よろしくねぇ~!」

「オッケー!」


 突き当たりの扉を開くと、そこにはキャプテンハットを被った船長と、まだパジャマ姿のヴィオラたちがいた。


「おはようみんな!」


 僕が、みんなに向かって元気よく挨拶をすると――


「ぶぉっ! ぶぉ~くは、そろそろ失礼するよぉ~! それでは、ごゆっくりぃ~!」


 船長は、元々凍死寸前のようだった青白い顔を、耐えきれず凍死してしまったかのような真っ白い顔にして、この部屋から飛び出していった。


「あら、行っちゃった……」


 何か様子がおかしかった船長を見送って、部屋に視線を戻すと、どういうわけかみんなと目が合わない。


「おはよう、みんな……」


 再度、僕が声を掛けてみると――


「オハ、オハ、オハイオ……」


 と、頬を赤く染めて、何故かカタコトになっているクラリィ。


 いつ買ったのか、初めて見るクマの着ぐるみ姿がとてもキュートである。これは、パジャマなのかな?


 っていうか、オハイオって、何。


「おはようござ……」


 と、(うつむ)いて、消え入りそうな声のコルネットさん。


 実際に、最後の方は声が完全に消えてしまっていて、何も聞き取れなかった。


 白いモコモコパジャマが、彼女の持ち前の清楚さに、名状しがたい程の可愛さをプラスしている。素敵。


 ゴージャスなソファの上で熟睡しているレトとは、目が合わないのは当然だとして――


「お、おはよう、スロー……」


 ヴィオラだけが、緊張した面持ちながらも、まともに挨拶を返してくれた。


「どっ、どうしたのみんな……。なんか今日……、ちょっとよそよそしくない?」


 しんと静まり返る豪華(ごうか)絢爛(けんらん)なリビングルーム。


 言葉が返ってこない……。


 そこで僕は、ようやく今の自分の格好に気が付いた。


「あっ、そうか! ゴメン! パンイチの男にウロウロされたら困るよね、ゴメンゴメン! せめてバスローブでも探してくるね!」


 と、僕が謝罪した瞬間、ヴィオラが真顔で――


「あっ、それは大丈夫! もう見慣れてるから!」


 えっ!? もう見慣れてるの!?


 確かに、僕の産まれたままの姿は、何度かみんなに目視されているけど……。


 あのときはもう、小出しどころではなく、丸出しのモロ出し姿だったけど……。


 などと過去を追想し、一瞬の内にメンタルを病みかけながら、今現在も決して言い逃れのできない正真正銘の変態のスタイルでいる僕が、その場にぼんやりと(たたず)んでいると――


「あのね、スロー……。私の目って、どんな感じかな?」

「ん? ヴィオラの目? どうしたの、睫毛(まつげ)でも入っちゃった?」

「よかった……。いつものスローだ……」


 いやに重々しかったリビングルームの空気が、一転して砕けた雰囲気に変わる。


「あのー……、すいません……。僕、昨日のこと、ほとんど記憶に残ってないんだけど……。もしかして、何かやらかしちゃった? まさか、ドネオのやつみたいに威張り散らしてたとか?」

「ううん。全然偉ぶってなかったし、特に誰の悪口とかも言ってなかったよ」

「ほ~、よかった……」

()()()大丈夫だったんだけどねぇ……」

「……え?」


 ()()()……?


「スローはね、ケーキに入ってたハイナールの実の果汁成分で……」

「う、うん……」


 突然、ヴィオラの表情が(こわ)()る。


「ホメホメお化けになってたんだよ……」


 ホメホメお化け!?


「もうドネオっていうより、ホメオって感じ!!」と、クラリィの追撃。


 ホメオって、誰!?


「褒め上戸(じょうご)とでも言うんでしょうか……」


 と、コルネットさんまで口を開いた。


「褒め上戸(じょうご)……? まさか僕、酔っぱらってたの?」

「はい……。多分、スローくんは思っていたことを正直に口に出していただけだと思うんですけど……。並みいる私たちを、褒めちぎっては投げ、褒めちぎっては投げ……」

「そんな、“ちぎっては投げ、ちぎっては投げ”みたいに……」

「本当にそうだったんですよ? あのときのスローくんは、まるで紳士の霊に取り()かれたかのようでしたから……」

「紳士の霊……? 僕って、そんなにヤバかったんですか?」

「はい。危うく一晩で船を一つ沈めるくらいでした……」


 それはバケモンッ!!


「スローが気絶してなかったら、今頃、本当に沈没してたかも!」と、ヴィオラ。


 褒め沈めるレベルだったの!?


 ……。


 “褒め沈める”っていう動詞は存在しているの?


「だって、スローくん……。私なんかに、これからもずっと隣にいて欲しい、なんて言ってましたから……」

「う~ん。まぁ、でもそれは本当のことですから」

「え?」

「え?」


 お互いに見合って、何を言ったのかを冷静に理解した瞬間、同時多発的に赤面するコルネットさんと僕。


 プラスアルファとして、僕は、昨晩の自分の醜態(しゅうたい)を空想して、この旅一番の恥ずかしさを覚えた。


 まさに痛恨の極みである。


「けっ、けど、みんな安心して! もしまだ僕が紳士の霊に取り()かれてたとしたら、こんな格好で歩き回ってないから! ねっ!?」


 そっか、そうだね、そうですね、などと安堵の声が聞こえてくるが、(いま)だかつて、こんなにも悲しくなる安心のさせ方があっただろうか。いや、ない。


「とにかく……。当分の間、インペリアル・ハイケーキは頼まないようにするよ……」


 身体だけでなく、頭の中までフルオープンのノーガード戦法だったなんて……。


 以後、気を付けよう……。


 そんな猛省の後、僕は、なんとか気を取り直して、先程の件――この部屋に船長がいた件について尋ねてみることにした。


「ところで、さっきの船長の話はなんだったの? 何かトラブル?」

「ううん、トラブルじゃないよ! ほんの少しだけ寄り道させて欲しいって話だったから!」

「そう、それはよかった。この先に物資の補給地点でもあるのかな?」

「なんかねぇ、ティトレスさんがずっと探し続けてたっていう地図に無い島の場所を、たまたま船長さんが知ってたとかなんとかで、う~んと、私たちの目的地までのついでに、ちょっとだけ立ち寄ってもいい? みたいな話だったよ!」


 返ってきたヴィオラの説明は部分部分がぼんやりとしていたけれど、簡単にまとめると、ティトレスさんがとある島に行きたがっているから寄り道していいか、という同意を得に来たのか、船長は。


 まぁ、僕たちは急ぎの旅っていうわけでもないから、別にいいか。


 それに地図にない島っていうのは僕も気になる。いかにも伝説のアイテムとかが眠っていそうな響きだし。


「へぇ~、地図にない島ってなんだかロマンチックだね。宝島かなぁ?」

「確か、名前はねぇ……。デスアイランド、だったっけ?」


 バケモンッ!!


 そんな物騒な名前の島、絶対にバケモンの(たぐい)が生息しているから!!


 それも一体や二体じゃない、複数体!!


「……あと他には何か言ってなかった?」


 僕は焦る気持ちをなんとか静めて、ヴィオラから更なる情報を聞き出そうとした。


「うんとね~。そこに着くまでの海域がまるで、船の……、船の……。え~っと、クラリィなんだっけ?」

「まるで船の処刑場って言ってたよ?」


 いや、せめて船の墓場であれ!


 逝くときくらいは静かに眠らせてくれ!


 そんな僕の願いも(むな)しく――


 バランスが崩れる程の衝撃。


 轟音と共に、船体が大きく揺らいだ。


「なっ、何!? 今の!?」


 僕が辺りを見回していると、頭上からピンポンパンポーンという電子音。


「ごじょぉ~せんのみなさまにご連絡申し上げまぁ~す。船内放送だよぉ~」

「何だ? 船長の声か?」

「そぉ~だよぉ~、船長だよぉ~。只今から、本船サント・セイント号は臨戦態勢に入りまぁ~す。お手隙の方は、ぜぇ~ひデッキの方までお越ぉ~し下さいませぇ~」

「え……、これって避難訓練的な……」

「訓練じゃないよぉ~」

「待って。なんで会話が成立してるの?」

「とにかく、ご参加いただけると、ぶぉ~くは嬉しいよぉ~」


 船長は一方的にそう言うと、部屋のどこかから聞こえていた船内放送がプツンと途絶えた。


「レトちゃん! 起きて起きて! 敵襲だってさ!」

「ふわぁ~~っ! ん~……、ワタシお腹空いちゃった……」


 興奮しつつもどこか楽しげなヴィオラと、大きな欠伸(あくび)をして、まだまだ眠そうなレト。


「なんだか天界城にいた頃を思い出しますね……」

「攻めてきたのが人間族じゃないといいけど……」


 敵襲には慣れっこなのか全く動じていないコルネットさんと、人間族の襲来にトラウマを抱えてしまっているクラリィ。


「ミドリのことも気になるからデッキまで出てみようか……」

「ほんとだ! ミドリが危ない!」


 僕の打診に、クラリィが反応する。


「それでは、しゅっぱ~つ!」


 レトとしっかり手を繋いでいるヴィオラの号令を受け、僕たちは一斉に船室を飛び出した。


 そのまま、デッキへと(つな)がる通路を全力で駆ける。


 ……。


 ところで、僕の服はどこへ消えたの?


 肌寒さに震えながら、パンイチ姿で船内を猛ダッシュしている僕なのであった。


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


読者のみなさまが、少しでも明るい気持ちになり、本作をお楽しみいただけていたら嬉しく存じます。


先週はたくさんの方に応援いただき、嬉しさの余りモチベの塊と化していたので、今週も土日連続更新ができそうです。感謝の念×5億!!


なので、次話、『第118話 ただの擬態したイカ』は、明日4月26日(日)に投稿する予定となっております。


ちなみに、ひさしぶりの戦闘回です! コメディー成分多めだけど!


これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。

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