表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/193

第113話 経験則から言って、もうおしまい

 

 本日は晴天なり。


 素晴らしい追い風を受け、穏やかな海の上を進み始めた大型客船サント・セイント号。


 文字通り、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)の船旅である。


 デッキに出てみれば、きっと最高のクルージングが楽しめるはずだ。


 一方、その頃。船内の小さな医務室では……。


「この度は、誠に申し訳ありませんでしたっ!」


 僕は深々と頭を下げ、謝罪をしていた。


「お、お顔を上げて下さい! 私がデッキでボーっとしていたのが悪いんですから!」

「いえいえ! ティトレスさん、何をおっしゃいますか!」

「えっ?」

「デッキは、ボーっとするところです!」

「そ、そ、そ、そうなんですか!?」

「そうなんです!」

「そそそ、そう言われれば、そうだったかも……」


 謝罪とは名ばかりの、謎の力説を僕から受けているのは、先程ミドリの下から発見された女の子である。


 彼女が気絶から回復したとき、僕が恐縮しながら名を尋ねると、何故か彼女まで恐縮しながら、「ティトレスです……」と、えらく細い声で名乗った。


 そんなティトレスさんは、現在、ベッドの上で上半身を起こしたまま、ふんわりとカールした茶色い髪の毛を揺らして、ワタワタとしている。


 どこか気弱そうな印象を受けるのは、彼女が垂れ目がちだからだろうか。


 それとも、どうにも落ち着かないしゃべり方や、ぎこちない挙動から伝わってくる、そのワタワタ感からだろうか。


「ティトレスさん、お身体の方は、如何(いかが)ですか?」

「えぇ、幸いどこにも怪我が無いみたいなので。早く外の景色を見に行きたい気分です」

「そうは言っても、一度ちゃんと()てもらった方が……」


 気を失っていたティトレスさんをここまで運んできたはいいものの、この医務室には船医が不在だったのである。


「大丈夫ですよ! 私、もう元気満々ですから!」


 ティトレスさんはそう言うと、ベッドからモゾリと抜け出した。


「急に立ち上がらない方がいいですよ!?」

「大丈夫です、大丈夫です! ほら、本当になんともないですから……あれ?」


 言ったそばから、ふらっとよろけるティトレスさん。


「危ないっ!」


 突然のことに、短く叫びながら、僕は手を差し伸べた。


 僕の貧弱な肉体に、彼女の全体重がかかる。


 自明の理として支えきれず、医務室の床へと倒れ込む僕たち二人。


 仰向けに倒れた僕の背中の方から、(にぶ)くて嫌な音が聞こえた。


 恐らく、ドネオの羽が昇天したのだろう。さよなら、ありがとう。


(いて)てて……」


 そして、後頭部に、床の冷たさと、ぶつけた痛みを感じながら目を開くと――


 そこには、僕の下半身に馬乗りになっているティトレスさんの姿があった。


「あわわわ……!!」

「落ち着いて下さい、ティトレスさん」

「すいません、すいません、すいません!!」

「僕は大丈夫ですから、落ち着いて」


 気が動転しているティトレスさんに対して、僕はどこまでも冷静な思考を保ち続けていた。


 思うに、昔の僕だったら、「お馬さんパカパカ……」などと発狂し、今頃、彼女と同じようにパニックに陥っていたことだろう。


 だが、しかし!


 僕は、伊達(だて)に密林でアマゾネスの儀式から生還していない!


 こんな大人の組み立て体操状態でも、僕の心は立派に紳士でいられるのである!


「ティトレスさん。今から僕が言う事を、落ち着いて聞いて下さい」

「ははは、はいっ!!」

「これは僕の経験上の話なんですけど、今の僕たちの体勢はかなり危険です。速やかに離れないと……」

「離れないと……?」


 ガチャッ! と、医務室のドアノブが動く音。


「スローくん……、いますか……?」

「さっき医務室に連れて行くって言ってたから、多分ここだと思うんだけど……」


 ノックもなしに開かれた扉の先にいるのは、床で触れ合っている僕たちを見て、目を(みは)ったまま固まっている天使族の二人。


 その目からフッとハイライトが消える瞬間を、僕は見逃さなかった。


 何の準備なのかは知りたくないが、パキリパキリと拳を鳴らし始めたコルネットさん。


 ひわい、ひわい、ひわい……と、呪文のように小声でブツブツと復唱しているクラリィ。もちろん、手に持った魔導書が攻撃的な色に輝いている。とても良い色。


「こうなります……」


 未だに僕の下半身に重みを与え続けて動かないティトレスさんに向かって、僕は静かにそう言った。


「こ、こうなると……、どうなるんですか……?」

「僕の経験則から言って、もうおしまいです」

「おしまいなんですか!?」


 この世の終わりのような絶望の表情を浮かべるティトレスさんをよそに、僕は一早く全てを諦め、目を伏せた。


 徐々に弛緩(しかん)していく僕の身体。


 あぁ……、せめて眠っている内に……。


 楽に……、楽に逝かせて下さい……。


 このように生と死は常に隣り合わせ……。


「スローくん、今助けますからね」

「大丈夫だよ、スロー」


 えっ!?


 悟りの境地に突入しかけていた僕に、耳を疑うような言葉が届く。


 あれっ!? そっち!?


 これって、まさかのティトレスさんに矛先が向かうパターン!?


「いやいや、待って二人とも! これは誤解だから!」


 ヤバいから! そんなのお馬さんパカパカどころの騒ぎじゃなくなるから!


 と、僕が目と口を開いた、そのとき。


「あーーーーっ!! スローが知らない人と儀式してる!!」


 扉の方から、レトの叫び声が。


「えっ!? えっ!? 儀式ってなんのことですか!?」

「あのね、スローはね、ワタシのモノなんだよ?」


 困惑するティトレスさんに対して、「分かってる?」と、詰め寄らんばかりに、僕という存在が自分の所有物であることを、不機嫌に主張するレト。


「ごごご、ごめんなさい、私、知らなくて……」

「次からスローと儀式したいときは、ワタシに言ってからにしてよね!」

「はっ、はいっ! すいませんでしたぁ!」


 ティトレスさんは、なんのことやら分からないまま、レトに謝罪をしつつ、僕の身体から離れた。


 ようやく解放されたのは嬉しい反面、偶発的なことなのに責められる結果になってしまい、ティトレスさんには申し訳ない気持ちで一杯である。


 それに加えて、彼女には何か物凄く良からぬ誤解をされてしまった気持ちもしている。


 レトが最近、誤解製造マシーンと化してきているのではないか、という気持ちもしている。


 被所有物の僕としては、色々ちょっと不安なんですけど……。


 と、僕は医務室の天井の白さを眺めながら、レトに洗脳されかけた頭でそんなことを思っていると――


「私にも一声掛けて下さい!」

「ボクにもだからね! 絶対だよ!」


 と、コルネットさんとクラリィが立て続けに声を上げた。


 ……。


 これって、いつから許可制になったの?


 あと、一体何がみんなをそこまで駆り立てているの?


 僕の純潔は、みんなの共有資産なの? もうそれで決定なの?


 様々な疑問が浮かんでくる中、欠伸(あくび)をしながら医務室の扉に視線を向けると――


 半開きになっている扉の隙間から、ヴィオラがこっそりと覗き込んでいた。


 彼女は、僕と目が合うと、小さく手を振り、「ごゆっくり……」と、無垢な笑顔。


「なんだかおもしろそうなことになってるから、もう少し静観しとこ……」という彼女の副音声が聞こえてくるようである。


 一応、僕も手を振り返してみたはものの、これ以上ごゆっくりしてしまうと、僕は眠ってしまう。


 それにしても、これ以上はティトレスさんが可哀想なので、取り敢えずみんなの誤解を訂正することにしよう。


 ついでに、ティトレスさんがしているであろう誤解も訂正できたらいいけど。


 前途多難な、船旅の始まりである。


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

読者のみなさまに、お気に入りいただけていたら嬉しく存じます。


次話、『第114話 にく……うま……』は、4月11日(土曜日)に投稿する予定です。

これからも、ゆるゆる異世界コメディーをお楽しみいただけたら幸いに存じます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▲応援いただけますと、大変励みになります!▲
 
▼みなさまのご感想、お待ちしております!▼
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ