第104話 みんながいるから
やれやれである。
僕たちは何事も無かったかのように離散することに成功した。
それはすなわち、“強者と一戦やりたがり症候群”を発症したコロラさんとは争わずに済んだということである。
九死に一生というやつだ。とても危なかった。
取り敢えず一安心ではあるが、再びみんなに絡みつかれ、彼女たちを装備する羽目になってはいけないので、ひとまず僕は彼女たちと距離を取ることにしたのだった。
名残惜しいけど……。後ろ髪を引かれつつ……。
そして、鼻の下に力こぶができてしまっていないか不安に思いながら僕がやってきたのは、ここ。緑竜ミドリのそばである。
僕の目の前では、ヴィオラとその伯母コロラさんがバス王の噂話で盛り上がっている。
それもちょっとやそっとの騒ぎではない。絶賛大盛り上がり中である。
噂話をされすぎたバス王のくしゃみで、今頃天界城は恐ろしいことになっているだろう。
バス王の威厳そのものと言っていい立派な髭は、きっと大いに荒れ狂っているはずだ。
なんなら天界城の周り一帯は今、激甚災害に見舞われている最中かも。
暴風警報が発令されていてもおかしくない。近隣の学校などは、もれなく臨時休校に違いない。
ふと気付けば、なにやら僕の重心が低く保たれているようだけど。
これはきっとバス王のくしゃみを想像している内に、吹き飛ばされてはいけないという深層心理が、僕の意識と無意識の境界を……。
「ねぇ、スロー」と、ヴィオラの急な問いかけ。
「へっ!?」
僕の空想と、謎の中腰体勢が中断される。
反射的に背筋を伸ばして、僕は我に返った。
「スローもそう思うでしょ?」
「えっ? なんの話?」
「お父さんのあの髭、絶対剃った方がいいよね!?」
アディオス、バス王の威厳。
「あぁ……、うん。確かにバス王の髭は……ちょっとだけ盛りすぎなところあるよね」
うんうん、そうなんだよ、とヴィオラが困った表情で頷いている。
「だってね。お風呂上りとかね。湿った状態で、あの髭を振り乱すんだよ」
振り乱すの!?
「もうね。乱舞」
乱舞なの!?
「嫌になっちゃう」
「それは嫌じゃのう……」
と、僕という賛同者が加わったことで、ヴィオラとコロラさんの世間話に拍車がかかってしまったようだ。
「まぁまぁ……」
僕が二人を宥めていると、この場に老人勇者オレゴンさんの姿が見えないことに気が付いた。
「そう言えば、コロラさん。今日、オレゴンさんはどうしたんですか?」
「あぁ。あやつは、どうやら別れ事が苦手みたいでな」
「……そうだったんですね」
彼にそんな繊細なところがあったとは……意外だ。
「……ただ、そうは言いつつも、あそこからこっそり見ておるに違いない。あの寂しがり屋さんめ」
コロラさんは、そう言って、アッシュランドを見上げた。
彼女の視線を追ってみると、昼過ぎの日差しが目に入った。
僕には、それが少しだけ眩しく感じた。
視界に広がる紺碧の空。
アッシュランドは、今日も自由に浮かんでいる。
僕は、オレゴンさんにお世話になった昨日の出来事を回想し、アッシュランドに向かって深々と一礼をした。
すると、アッシュランドの崖際から上空に向かって、一筋の雷が走ったような気がした。
あまりに一瞬の出来事だったので、僕の見間違いだったのかもしれない。
しかし、それはオレゴンさんなりの別れの挨拶のようにも思えた。
「う~ん。それじゃあ、そろそろ行こっか!」
天界城まで届きそうなくらいの大きな伸びをした後、ヴィオラが、にこやかな顔でそう言った。
「次の街まで送って行ってやりたいところなんじゃが、アッシュランドは操縦できん仕組みじゃからなぁ……」
「ううん、大丈夫だよ! みんながいるから!」と、ヴィオラ。
ほんとに大丈夫かのぅ、と今度は僕に寂しそうな顔を向けるコロラさん。
間違いなくコロラさんには、過保護なバス王と同じ血が流れている。
と、僕は、なんだかほっこりとした気持ちになった。
「お気持ちだけでもありがたいです! 感謝します!」
僕の拝辞の言葉を受けて、そうかのぅ、とコロラさんはとても残念そう。
この一日で、僕の敬語も段々板についてきた感じがする。日々、成長である。
「コロラ伯母さん、ありがとう! お世話になりました!」
「気を付けるんじゃぞ、ヴィオラ、スロー」
「うん!」
「はいっ!」
すると、ピクリンさんとの別れの挨拶を済ませたのか、みんながやってきた。
「ピクリンさんが竜車の準備をしてくれました」と、コルネットさん。
「流石の手際だったなぁ……ひわいだけど」と、恐らく褒めているのであろうクラリィ。
「ひわいだったーー!」と、絶対に卑猥の意味を理解できていない無邪気なレト。
そのとき――
「おう! 卑猥だけど、いつでも出発できるようにしておいたからな!」
迫力に富みすぎな暴力的バインバインを、執拗なまでに誇示しながら。
吹っ切れた様子で、ピクリンさんがミドリの向こう側から現れた。
「ありがとう、ピクリンさん!」
そう言って、実りの豊かさを一切隠す気のないピクリンさんに飛び付き、強くハグをするヴィオラ。
「ヴィオラ、気を付けてな」
「うん! ピクリンさんも元気でね!」
アッシュランドの方角。晴天に稲光は見えない。
これから僕たちは、ヴィオラの感覚を頼りに、旅を続けていく。
不安がないと言えば嘘になるけど。
さっきのヴィオラの言葉を思い出すだけで、僕は強くなれる気がした。
きっと大丈夫。みんながいるから。
竜車に乗り込み始めたみんなを見ながら、僕も御者台へと足を運ぶ。
「出発進行だね!」
そう言って、ヴィオラが少し遅れて、二人掛けの御者台へ上がってきた。
「またいつでも遊びに来るんじゃぞ~!!」
「ニトロにも会いに来てくれよなぁ~!!」
大きく手を振ってくれているコロラさんとピクリンさんに、僕たちも大きく手を振り返した。
舗装されていない街道沿いには、青々とした平原が広がっている。
この旅の先に何が待っているのか、分からないけれど。
アッシュランドが浮かぶ、青空の下。
僕たち一行は、アセトニド王国、王都アセトンを後にしたのだった。
無事、【第三章 魔王城】完結となりました。
お読み下さりました皆さま。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
今までの章とは異なり、濃密な一日の出来事を描いた第三章はいかがだったでしょうか?
一風変わった異世界コメディーを気に入って頂けていたら嬉しく存じます。
続く第四章ですが、現在、構想を練っている段階です。
楽しみにして下さっている方には大変申し訳ないのですが、次話の更新を気長にお待ち頂けたら幸いに存じます。
後書きが長くなりましたが、ここまでお読み頂き誠にありがとうございました。
重ねてお礼申し上げます。
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