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第101話 魔王城の朝は早い

「ふぁあ……。もう一寝入りするか……」


 全く熟睡できた気がしない僕は、酷い倦怠感の中、目を伏せ、脱力しながらそう呟いた。


 きっと魔王城で二度寝を試みた人間なんて僕くらいだろう。


 かなり狭苦しく、真っ暗なベッド。


 ……否。


 僕は今、棺桶の中にいる。


 百年近く人を寄せつけてこなかった魔王城に、来客用のベッドなんていう気の利いたものは無かった。


 取り敢えず、今ある限りのベッドは、幼女魔王コロラさん率いる女性陣が占領することになり。


 唯一の男性である僕は、(オレゴンさんは寝ずの番のため、どこかへ出かけていった)空いていた寝具――新品の棺桶の中で眠りにつくことになったのだった。


 世の中には、押し入れの中など、狭くて暗い場所が落ち着くタイプの方も多いらしい。


 そして、その例に漏れず、恐らく僕にもその気があるはずなのだが、棺桶の中は流石に落ち着かない。


 身体の節々から、鳴ってはいけない音が鳴ってしまっている。


 コキッとか、ポキッとかいう生易しいものではない。


 ゴギッとか、ボギッとかいう濁点の付いた、やんごとない音。


 すると、そのそこはかとなく関節の終焉を感じさせる(みやび)な音に混じって、コンコンコンッと、棺桶の蓋を叩く音が耳に届いた。


 それに続いて、「スロー、朝だよ~? 起きてる?」というヴィオラの澄んだ声。


 めちゃくちゃ眠たかったはずなのに、ヴィオラがノックをしただと!? という驚きの方が勝ってしまい、僕の目はギンギンに()えてしまった。


 今までの出来事の数々を思い返せば、驚嘆が禁じ得ないくらいの衝撃だったから。


 いや、もうほんとに。


「あれぇ? まだ寝てるのかなぁ?」

「スローくん、昨日の夜は疲れた表情をしてましたもんね……」

「スロー、この中にいるの?」


 と、聞き馴染(なじ)みのある三人の声。


 どうやら棺の外――ヴィオラの側には、クラリィ、コルネットさん、そしてレトまでいる様子。


 ピクリンさんは、怖くて魔王城では寝られないということで、昨晩の内にニトロに乗って王都にあるらしい自宅へと帰っていったので。


 声だけを頼りに推察すると、今この部屋には、魔王城にいる旅のメンバーが全員集結していることになる。


 まぁ、なんにせよ……。


 少しでも体調が(かんば)しくないと、すぐ睡眠不足に結びつける僕からすれば。


 今の身体の気怠(けだる)さを鑑みると、是非二度寝をしたいところだけど。


 頭が覚醒してしまって仕方が無いので、ちょっとだけみんなを揶揄(からか)うことにした。


 んんんっ……と、静かに咳払いをした後、僕はゆっくりと棺桶の蓋を開けながら――


「私を……深き眠りから呼び起こす者は誰だ……」と、封印されし者っぽく、低く、(いか)つい声を出した。


 魔王城というロケーションと、棺桶という非日常的なアイテムから、いい感じにおどろおどろしさが(かも)し出せているはずだ。


 少しはみんなの驚いた顔が見られるかな、とワクワクしながら上半身を起こすと。


「……ワシじゃが?」


 幼女魔王のコロラさんが怖い顔で、僕を凝視していた。


 直ちに目を()らし、そっと棺桶の蓋を閉じる僕。


 当初の予想を大幅に覆す人物の登場に、僕は棺桶の中でもう一度深い眠りにつくことにした。


「あっ! スローが、また寝ようとしてる!」


 と、クラリィの可愛らしい声が、棺桶の薄い壁を通して聞こえてくる。


「ダメだよ、スロー! 早く起きなきゃ!」


 クラリィの声に続いて、ヴィオラが少し強めにそう言うと、彼女は僕の永眠用カプセルベッドをノック……ではないな、この音は。


 ドンドコドンドコと、激しくドラミングをし始めた。


 全身に伝わってくる音圧は、まさに達人芸。


 棺桶の達人というゲームがあれば、きっともう一回遊べるドン。


 これでは眠れないどころの騒ぎではない。死者すらも目覚めるレベル。


 そして目覚めた死者が、もう一度死んでしまう程の爆音である。


 僕は今、完全に包囲されている。


 籠城作戦もできそうにない。兵糧攻めとかの前にストレスで天に召されてしまうぞ。


 仕方が無いので、僕は起床することにした。誠に不本意ながら。


「おはようございます、スローくん」

「おはようっ!」

「スロー、おはよー!」


 朝の挨拶を投げかけてくれた天使二人とアマゾネス一人に、「死ぬかと思った……」と、僕は棺桶内の正直な感想をこぼした。


 すると突然――


「ねぇねぇ! スロー、外凄いんだよ!」

「えっ? 外?」

「いいからいいから!」


 ヴィオラが興奮気味に僕の腕を引っ張り始めた。


「ちょっ! 何事!?」


 牢屋を彷彿(ほうふつ)とさせる石造りのこの部屋から、何故か外――ベランダの方へと連れて行かれる僕。


「こっちじゃ! 早う早う!」


 先に扉の前で待っていたコロラさんが、ベランダへ続く古びた扉を開く。


 すると、明らかに空気が変わった。


 肌寒く湿気た部屋から抜け出した僕の頬を撫でる、涼やかな風。


「どうしたのさ、一体?」


 僕が顔を上げると――


 目の中いっぱいに入り込む、まばゆく燃えるような閃光。


 視界を遮る物のない上空から見える平原の果て。


 地平線に昇る朝日。


 夜と朝の境界がそこにはあった。


「いい景色じゃろ?」

「絶景……ですね……」

「凄いねぇ、スロー……」


 自慢気なコロラさんの言葉に、僕とヴィオラの声が自然と漏れる。


「さっき日が昇ったばかりなんだよ」

「感動です……」

「きれいーー!」


 一呼吸おいて、クラリィとコルネットさん、レトがベランダにやってきた。


 ゆったりと流れる時間。


 きっとみんな同じ気持ちで、同じ光景を見ていたんだと思う。


 みんなと並んで御来光を眺めていると、昨日がとても長く感じられるドタバタな一日だっただけに、疲弊した心が洗われていくような気がした。


 そんな、空に浮かぶ島アッシュランド。魔王城の朝は早い。

お読み頂き誠にありがとうございます。気に入って頂けていたら嬉しく存じます。


次話、『第102話 風のある墓前に花束』は、明後日(1月21日)の投稿となります。


引き続き、異世界コメディーをお楽しみ頂けたら幸いに存じます。

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