死んだアイツにゃネコがいた
友が死んだ。
身寄りのない彼の遺品を整理するため、大家に鍵を借りる。生前から頼まれていたからか、予め話は通っており、すんなりと家に入ることができた。
元来の死にたがりであったからか、遺された物は殆ど無い。気になる物といえば、棚に放られていた日記帳くらいだった。
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『今日も特に良い事は無かった。また試験に落ちたらしく、教授の苦い顔を見る。合否通知など待つ理由が無くなってしまった。また新しい遺書を書く必要がありそうだ。』
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『ロープを買った。剃刀に比べれば少し豪華な自殺道具だと思う。最後くらい奮発しても良いと思う。明日の昼に遺書を書いて、夜に死のう。』
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『朝からニャアニャアうるさくて集中できなかった。窓を開けたらごみ捨て場に猫が捨ててあった。あんまり煩いから鳴きやませようとしたけど、原因が分からない。体を洗って餌を与えていたら夜になった。遺書ができてないから死ぬのはやめる。』
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『猫が出ていったので遺書を作成する。遺品は殆ど無いだろうけど、友人の新垣くんに任せようと思う。これで日記も最後だろう。』
新垣くん、というのは自分の事だ。
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『最悪だ。首を吊ろうとしていたら猫が戻ってきて、今にも台から離れようとしている僕にネズミを押し付けてきた。公園にネズミの墓を作りに行ってたら朝になった。』
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『憂鬱なまま大学へ行ってきた。電車に飛び込もうとしたけれど、その時北風が吹いた。猫のためにストーブをつけなければいけないと思ってそのまま帰った。』
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『剃刀で手首を切ろうとしたら、猫に思い切り引っ掻かれた。痛いからやめた。』
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『もうこの猫を先に殺してしまおうか…』
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『入水はどうだろうと思って、川に行った。猫から先にと思ったけど、川に入る前に強烈な蹴りを入れられて、何度も取り逃した。猫に水は無理だ。』
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『何も食わずに死ぬのなら良いだろう。猫に飯を与えていれば文句も無いだろう。』
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『猫の餌を買いに行く途中、匂いに負けて炒飯を食べてしまった…』
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『練炭を買ってみようかと思ったけど、猫が煩そうなのが目に見えていたのでやめた。』
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『今日、猫が死んだ。この僕の自殺を2年に渡って止め続けた強情な猫だった。でもこれで止める役もいなくなった。遺書を用意しよう。』
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『公園に猫を埋めたら、似た柄の仔猫が5匹も擦り寄ってきた。まさかと思い連れて帰る。』
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『5匹もいっぺんに飼えないから、新垣くんに頼んで里親を探してもらう。その日のうちに3人も紹介してくれて、自分も飼うと言う。僕も一緒に連れ回された。疲れた…』
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『事あるごとに猫の成長記録が送られてくる。新垣くんもそうだけど、結構良い人たちみたいだ。今日は鍋に誘われたから、猫を見るついでに行ってみる。』
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日記を閉じた。ここから先は、よくある独身男の日記である。
不器用な親友がなんやかんやと悩みながら平均寿命まで生きた理由は、単に自由気ままな猫様のお陰だろう。