第四回 ―補講―
どうも、かような僻地までお運び下さる優しい皆様。ボンクラです。
ホントに、当初はまったくもってそんな気がなかったのに、もはや恒例として定着してしまった感のある補講のお時間でございます。
しかしこれ、正直、『例文を書く』という名目のもと、むしろ私自身の文章特訓になってきてるような気もします。ヘタなもんを適当に書くわけにもいきませんし。
……というわけで皆さん、やっぱり書くのが一番の特訓なんですよ。
作家道とは書くことと見つけたり、ですよ……って、今さら何を。
まあ、ンなこと言い出したらこんなエッセイ書いてる意味完全消滅ですからね。
取り敢えずは、皆さんに愛想尽かされるまでいつもの調子でいきましょうか。
さーてさて、それでは、まずはいつものお約束から。
はい、小説の書き方なんて人それぞれだし、私が述べるのはあくまで「当たり前」かつ「どうでもいい」ことで……さらに今の業界において「役に立たない」ものであることをなにとぞご承知下さい。くどいようですけど。
……はい、注意喚起終了。あとはみんな大好き自己責任ですよー。
えー、では……『圧縮』についての例文ですから……。
まず例文を書いて、次に圧縮してみる、という形を取ります。
ちなみに今回は、初っ端から若干気合いを入れます。次にする圧縮の方法的に。
*
――とある平日の昼下がり。
読みかけの文庫本を突っ込んだだけのカバンを手に、小説のネタを探して街をさまよっていたボンクラは、静かな路地の奥、こじんまりとしたレトロな雰囲気の喫茶店を見つけた。
ふと、何か記憶をくすぐられた気がして、スマホで調べてみると……なるほど、ナポリタンが美味しいと最近話題になっている店らしい。どこかで目にしたのだろう。
ちょうど小腹が空いていたこともあって、ボンクラは興味を引かれた。
入り口のドアに手を掛ける。
「いらっしゃいませー」
ベルの音と共に愛想良くボンクラを迎えたのは、高校生だろうか――学校の制服の上からシックなエプロンを着けただけという、簡素な格好のウェイトレスだった。
他に客がいないからか、ボンクラ一人にもかかわらず、どうぞ、と案内されたのは窓際のテーブル席だ。
カバンを置いて座ろうとすると、「いらっしゃい」と渋い声がかけられる。
カウンターの奥に佇む、マスターらしい男性だ。体格が良く、髭も生えていないので、外見的にはいわゆる『純喫茶のマスター』とは少しイメージが違うものの、落ち着いた雰囲気はいかにもそれっぽい。
話題のナポリタンを注文すると、ボンクラはカバンから読みかけの文庫本を取り出す。
『ラヴクラフト全集』の4巻。大作『狂気の山脈にて』の途中だったのだ。
しおりをたどり、早速、南極の調査隊が遭遇する未知の恐怖に想像を沿わせようとしたところで……ボンクラは雨が降ってきていることに気が付いた。
店内に流れる静かなクラシックと同調するように、しとしとと。
……傘を持っていないが、すぐに止むだろうか。いや、いっそのこと、止むまでのんびりと読書に耽るのも贅沢でいいかも知れない……。
しばらくそんなことを考えていると、早くもナポリタンが運ばれてきた。
結局進まなかったしおりを戻し、まずは、と紙ナプキンの巻かれたフォークを手に取るボンクラ。
同じトマトの赤でも、ポモドーロやアラビアータとは明らかに一線を画す――ソースとしてではなく、パスタすべてが絡み纏うケチャップの赤。いや、パスタというより、スパゲティと表現した方がしっくりくる、もはや日本の家庭料理的でもある一皿だ。
具材も含め、いかにも普通のナポリタンな見た目。そして鼻をくすぐるのは、そこから脳が勝手に想像する通りの香り――。
だが、それが逆に良い。安心するのだ。
しかしいざ食べてみると、なるほど話題になるだけはあると納得出来た。
決して見た目ほど凡庸でなく、ただのケチャップではない、親しみやすくも飽きの来ない奥深い味わいに、ボンクラはフォークを動かす手が止まらなかった。
一息に食べ終え、ふー、としばし食休みに耽るボンクラ。
……雨はまだ止まない。相も変わらず、クラシックの伴奏めいたことをしている。
ならばと勢い込んで、ボンクラは再び、テーブルの端に追いやっていた文庫本を手に取った。
結局、雨は止むことが無く――。
南極調査隊がいや増す未知の恐怖にさらされ、挙げ句、人が知るべきでなかった宇宙の深遠を垣間見た隊員が狂気に囚われるまで――。
つまりは、大作をまるまる最後まで読み切ったボンクラが、親切にビニール傘を差し出すウェイトレスの申し出を辞退し、小走りに家路についたのは、すっかりと外が暗くなってからのことだった。
*
――はい、ここまで。
ぶっちゃけ、このままでも使えるように仕上げてあります。
さて、では、余計な説明は後回しにして、圧縮行ってみましょう。
まずは……『タイプA』。
*
――とある平日の昼下がり。
ボンクラは、静かな路地の奥、こじんまりとしたレトロな雰囲気の喫茶店にいた。
他に客もいない静かな店内、流れるクラシックと調和するようにしとしとと降る雨を眺め……傘を持ってこなかったことを悔やむ彼が注文したのは、ナポリタンだ。
外出した理由は小説のネタ探しだったが、たまたま、最近巷で美味いと話題になっている店を見つけたことで、つい立ち寄ってしまったのである。
やがて運ばれてきたナポリタンは――具材も含め、いかにも普通の見た目をしていた。
同じトマトの赤でも、ポモドーロやアラビアータとは明らかに一線を画す――ソースとしてではなく、パスタすべてが絡み纏う、ケチャップの赤。いや、パスタというより、スパゲティと表現した方がしっくりくる、もはや日本の家庭料理的でもある一皿。
そして鼻をくすぐるのは、その見た目から脳が勝手に想像する通りの香りだ。
だが――それが逆に良い。安心するのだ。
しかし、いざ食べてみると……なるほど、話題になるだけはあると納得出来るものだった。
決して見た目ほど凡庸でなく、ただのケチャップではない、親しみやすくも飽きの来ない奥深い味わい――。
口に運ぶ度に全身に染み渡るその至福に、ボンクラはフォークを動かす手が止まらず……結局、無我夢中で、一息に食べ終えてしまったのだった。
――その後。
読みかけだった文庫本に没頭しつつ、雨が止むのを待つもその気配はなく……。
親切な店員が差し出した傘を断り、彼が小走りに家路についた頃には、外はすっかり暗くなっていたのだった。
*
――はい、ここまで。
何を重視して圧縮したか、分かりますよね?
では、続いて『タイプB』。
*
――とある平日の昼下がり。
読みかけの文庫本を突っ込んだだけのカバンを手に、小説のネタを探して街をさまよっていたボンクラが立ち寄ったのは、静かな路地の奥、こじんまりとしたレトロな雰囲気の喫茶店だった。
ナポリタンが美味しいという情報に釣られた形だ。
そして、それは事実だった。
家庭的な、しかし味わい深いナポリタンは、文字通りに彼を大満足させた。
いつしか、しとしとと雨が降り出していたこともあり……傘を持っていなかった彼は、他に客がいない静かな店内、流れるクラシックに身を任せつつ、のんびり読書に耽ることにする。
取り出した文庫本は『ラヴクラフト全集』の4巻。
しおりが挟んであるのは、大作『狂気の山脈にて』の前半部だ。
南極の調査隊が遭遇する、未知の――静かに、しかし這い寄るように確実に高まっていく恐怖……。
その描写に想像力を沿わせ、夢中で没頭していた彼は結局、人が知るべきでなかった宇宙の深遠に触れた隊員が、狂気に囚われるまで――つまりは最後まで、大作を一本きっちりと読み切ってしまっていた。
それほど待っても、雨は止む気配が無く――。
彼が親切な店員が差し出す傘を断り、小走りに家路へつく頃には、外はすっかり暗くなっていたのだった。
*
――はい、ここまで。
以上が、『タイプB』でした。
そうです、Aがナポリタン重視、Bが読みかけの文庫本重視、ですね。
要するに、効率的な圧縮となると、何が『この場面で伝えたい情報』なのかをはっきりさせておく必要があるということですよね。
つまり、基準、基礎、骨組み……とか、そういうものです。
まあ、これら二つの場合、かなり極端にやったので、圧縮と言うよりは切り捨ての方が表現は近いかも知れませんが。
だからこそ、これが正解とか、完成、とかいうもんでもありません。
全体的なバランスで言えば、今回は基礎の例文が一番良いのかも知れません。そもそも一応アレはアレで、それなりに圧縮してありますから。
つまりは、さらにムダが多い文章を作り、それを例文にするのが一番良かったんでしょうが……それだと文章量が多くなりすぎて、今回のようなパターン違いまで組み込むと大変なコトになりそうだったので、こういう形にさせていただきました。
そもそも圧縮したものを、さらにどう圧縮出来るか……みたいな。
ちょっと変化球といいますかね……まあ、たまにはいいでしょう? いいですよね?
……と、いうわけで、今回はオマケとして、例文をさらに圧縮する荒ワザを……。
やりません。ええ、やりません、ホントに。
やってやれないことはないですが、正直さすがに時間かかりますし、そのくせ目に見えるほどの違いは出ないと思うので。つまり、労力に反しておもしろくない。それでは私のモチベーションも上がらない。
……ゆえに、やりません。すいませんね。
そういうことですので、今回の補講はここまでとさせていただきます。
いつもながらのつまんない駄文にお付き合いいただき、どうもありがとうございました。
……ああ、もちろん受講料はタダで結構ですよ。
でも、こうやって毎回補講入れるようになったから、実質本講も半額でやってるようなもんだよなー、コレ。
……って、そもそもそんなモン要求するほどのクオリティねえだろ、ってツッコミはご勘弁下さいませ。
ではでは、またの機会までしばしのお別れを。