第1章5 ランジェリーショップの野望
「大丈夫、シオウさんなら全然オッケーや思いますから」
そう言ってスィルカは、店の外で待つつもりだったシオウを店内へと押し込む。
その店は、貴族が剣や乗馬など普段の稽古ごとにも着用できる丈夫で機能性の高いものから、日常使いできてファッションにもこだわったモノまで多用に取り揃え、なおかつ一般大衆向けよりもワングレード上の商品ばかりを取りそろえた、女性下着専門店だった。
「あらあら、これはまた大変愛らしいお嬢様がおいでになられまして……当店は、ルクシャード様とそのご学友のご来店を心より歓迎いたします」
眼鏡をかけ、いかにも大物客にすり寄るような接客態度―――奥の方で少し萎縮気味な他店員と比べて積極的な振る舞いをするこの女性が店長なのだろう。
「よろしくお願いしますー。ほらミュー姉様も呆けとらんともっと奥見に行きましょ」
完全に置き物化してるシオウの背中を片手で押しながら、まるで迷子の手を引くようにミュースィルの手も掴む。
二人はスィルカに連れられ、店長の案内で女性用下着専門店の深部へといざなわれた。
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「はひぇっ!? …え、えええええ? こ、こちらの可愛らしい方がだ、男性ですと!?」
しばらくスィルカが中心になって、あれも違うこれはどうかとあーだこーだやってる最中、店長がシオウにも似合うと、いくつかの下着をすすめてきた。
もちろんシオウは断る。理由は男だから。
「ええ、そですー。そっちのは間違いなく男の人ですよってー」
驚く店長の疑問にあっけらかんと答えるスィルカ。片手間気味な口調は、ミュースィルに似合いそうなデザインを探すのに忙しと言わんばかりだ。
「し、信じられません……この愛らしさ。神様が性別を間違われたとしか……」
遠巻きに見ていた他の店員も口々に驚きの言葉を発している。シオウはやれやれとため息をついた。
《神様が間違えた……ネ……》
「(? なんだ?)」
《んーん-、何でもないワ。上手い事言うじゃないのって、チョット関心してただけヨ。プププッ》
「(はいはい……)」
守護聖獣にも笑われ、慣れているとはいえどっと疲労感を感じるシオウ。
右を見ても左を見ても、女性用のショーツやブラが並ぶこの空間からさっさと抜け出したいと言わんばかりに、無我の境地で気の抜けた表情を浮かべる。
と、その瞬間、はたとある事が気になった。
「……? そういえばこのフィーリング……」
どうも店長の自分を見る様子や雰囲気に覚えがあると、シオウは小首をひねる。
「はい? どうかなされましたでしょうか??」
「もしかして……間違っていたら失礼、ネーリという名に覚えは?」
学園の女教師の一人、ネーリ。1年の時はやたら呼び出されてはお説教を受けた彼女にどことなく似ているのだ。
(※「第1編 1章1 嗚呼、素晴らしき劣等生」参照)
「おや、妹をご存知ですか? そういえば去年より学園の教師になりましたから、ご存知でもおかしくないですね。そうです、彼女は私めの妹でして……私はネーリの姉でムールと申しますの、以後お見知りおきくださいませ、可愛らしい殿方♪」
普通なら男と分かった時点でこういう類の店なのだから、悲鳴をあげるか叩き出されそうなもの―――そうならないのは恐らく、ネーリと同じような感性でもって自分を見ているのだろうとシオウは推測する。
「(……まぁこれまでの旅先でも、男子禁制な場所に入って怒られた試しはなかったな)」
《それどころか連れ込まれた事すらあったわよネ》
世の女性たちは何が面白くてそんな事をするのか。あくまでも男性であるシオウとしては理解不能な思い出の数々。
そして、そんな経験があるからこそ嫌な予感もしていた。
「ところで貴方にはこちらなんかお似合いではありませんか?」
そう言ってフリル付きの可愛らしいデザインの品物を平然とすすめてくるムール店長に、やっぱりお前もかとシオウは今日何度目かの溜め息を吐いた。
「丁重に断らせてもらう。金もないし……というか、あっちは放っておいていいのか? 上客だろうに」
「ええ、まぁ……そうなのですが、スィルカ様が本気のご様子なので……」
確かに見ると、スィルカは下着を買いに来ている客というより、何か戦場に向かう前の武器選びをする戦士のような迫力を醸している。
「あ、あのー、シルちゃん? これでもう12着目ですが、これ全部はお財布的に考えましても、買えませんよ??」
いくら皇帝の娘といってもそこは弁えるべきだ。権力や財力にモノいわせて店にある品をごっそり購入などは阿呆のすること。
実際、ミュースィルの現在のお財布には、スィルカが選んで持たせてくるモノのうち、せいぜい4品買えるかどうかが限度のお金しか入っていない。
「もちろん全部は買いませんー。それは試着する分ですよって安心して―――コレもいいですねっ」
言ってる傍から次々と積み上げられていく。
最終的にミュースィルの両手に積み重ねられた下着の数は、上下一組として30セット以上にも及んだ。
「ミューのサイズに合うものがあれだけ取り揃えられてるのは、ある意味凄いな」
明言してしまえばミュースィル皇姫という女性は、まごう事なきグラマラスボディの持ち主である。
グラマーな女性はそこまで珍しいわけではない。だがそんな体型の女性達にしてもバストは2ケタ内に収まるのが大半で、ミュースィルのように3ケタいっている女性ともなると、さすがにかなりの少数派である。
商売的なことを考えれば、どうしても少数派に合わせた品揃えは難しい。店にも扱える ” 量 ” というものがある。
特に下着のような意匠の好みだけではなく、フィット感や肌ざわりなどの機能性も重要になってくる衣類ともなると、少数派向けの品を取り揃えることは経営の重荷となりかねない。
「フッフッフ……当店の最終目標はシンシア様の御用達になることですからッ」
シンシアとはミュースィルの実母であるシンシア=ルクシャード皇帝正妃のことだ。
ミュースィルの美貌の大元と言っていい容姿の持ち主。特にそのスタイルとバストは娘を遥か上回っている。
そんな、この国における色んな意味での最上級女性客の御用達を狙っているのであれば、ミュースィルに合うサイズがこれほどたくさん取り揃えられてるのも頷けた。




