第11章3 持てない者の努力
決勝、次鋒戦。
ヘスター=ナン=キャスペルは、バランスの良い安定した戦技でノヴィンを攻め立てていた。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
木槍をしかと構え、待ちと防御の基本戦術に集中するノヴィンだが、ヘスターは今までの試合相手とは明らかに違う。
スフォッ!
「ううっ!」
ガキッ
鋭く強い。それでも攻撃そのものはしかと受け止め、上手く対処できていた。
しかしその都度、全身に響くように衝撃が伝わり、防御一辺倒のノヴィンの身体には見えないダメージを溜め込ませる。
「……なかなか。スタイルは分かりやすい、けれどだからこそ堅固……か。いいね」
ヘスターは慎重だ。ノヴィンと同じ1年次生徒だが、その戦技は年齢不相応に堅実そのもの。
長い木剣と大き目の木盾に、オーソドックスな騎士を思わせる木と皮革を組み合わせた鎧。一切の奇をてらわない、悪く言えばありふれた武装と戦術スタイルを貫いている。
「(リッド先輩のような機動力はないけれど―――)―――っう!!」
カァンッ
まるで長剣術のお手本のような戦技だが、よく洗練されている。1撃1撃にしっかりと力が入っていて、受け止めたびにノヴィンの全身を痺れさせてくる。
「これといって複雑なわけじゃない。難しい対応を迫られるわけでもない、けれど手が出ない、ってところかい?」
ヘスターの言う通り、ノヴィンには手どころか足も出ない。
本来、ノヴィンの防御に徹した不動の構えは、相手が隙を見つけられずに攻撃しかねる展開を期待してのスタイル。
そこからプレッシャーをかけるようにジリジリと少しずつ間合いを詰めるわけだが、この試合ではむしろヘスターの攻撃にノヴィン自身がジリジリと後退させられていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……つ、強い……ですねっ」
ビュッ
何とかノヴィンも攻撃を繰り出してはみるものの、隙を作ってしまわないよう小さな攻撃しかできない。
簡単に回避され、すぐに反撃が飛んでくる。
ガッ
「うっぅ!!」
苦しい戦闘。
相手も基本の剣術に忠実であるからこそノヴィンに付け入る隙はなく、どうしても防戦一方にならざるをえなかった。
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先に黒星を受けたチーム・ガントだが、メンバーの全員が余裕を持って試合を観戦していた。
「ヘスターは勝ちを拾いそうだね」
「いやいや、あの姫さんみたいに油断ならないかもよヴェッダ? やっぱ最後まで分からないもんだって……いや負けた言い訳じゃないけどさ」
クラウノとヴェッダが対戦相手についてあーでもないこーでもないと言い合いをする隣で、ガントは静かにしかし強く一言呟く。
「あのノヴィンとやら、残念なことだな」
それは相手の力量の弱さを下に見た発言ではない。哀れみと同情が彼の声には宿っていた。
「才能ありさんかい?」
しかしジクーデンの問いかけに、ガントはゆっくりと首を横に振る。
「いや、そこではない。あの者……おそらくは生来のものだろう、体幹が―――否、骨格そのものかもしれんが、とにかく戦闘に耐えられる体つきではない。悲しいことだ」
強くあること、強くならんとする努力、強さを求める意志。
ガントが美徳とするものは、何も強者だけが持つものでない。
弱者がそうなろうと努力する事は大いに良いことであり、それが生まれ付いた身体のハンデによって難しいというのは、彼からすれば深く同情に値すること。
「構えを見れば分かる。大会に向けて努力はしてきたのだろう。だが長い目で見てもかの者が大成することはこの先あるまい。強くなりたいと願う者が、そうはなれない宿命を背負っている……これほど辛く哀しい事などあるまい」
「はー、そういうもんか。ま、それはそれ、試合は試合だぜガント?」
クラウノの一言は、だからって手加減はなしだぜ、という釘刺し。それに対してガントは、そんな言葉は持ち合わせておらんとばかりに不敵に笑い返した。
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「うーん、やっぱりノヴィンさんでは厳しいですかー……」
頑張れと言いたいところだが、ヘスターの力量は確かで安定している。ノヴィンに勝機を見出せていないことは、闘技場外から見ているスィルカの目にも明らかだった。
「ま、勝ち目はないな。可能性はゼロじゃないだろうけども」
「? ゼロじゃない言うんは、ノヴィンさんの勝率ってことです?」
スィルカに頷き返しながら、シオウは両手を自分の前にあげた。
そして闘技場の二人の姿に、それぞれの手を当てるような仕草をしつつ、彼らの動きに合わせてやはり両腕ごと動かす。
「ヘスターにおそらく隙はできない。戦技に目立ったところはなくとも、汎用的かつ安定したソード&シールドスタイル。加えて相手が誰であっても通用する、学生レベルを超えた水準まで洗練されてる。この学園では珍しい、お貴族の剣術ごっこを脱却している稀有な実力者……」
それについてはスィルカもハッキリと頷き同意する。
日々鍛錬を積んでいる城の兵士とも手合わせしたことのある彼女だ。それと比べたとしてもヘスターの剣術は、少なくとも同等の水準に達していると判断できた。
「……ただ、まだ学生というべきかな。こうして見ると甘い部分も見えてくる」
二人の姿に当てている手を下にずらす。人差し指と親指でL字を作り、人差し指を地面に見立てて二人の足元に当てた。
「?? これで何かわかるんです?」
スィルカもつい同じように真似してみる。しかしどういう意味があるのかは分からず、首を傾げた。
「下半身。ヘスターの弱点は足元だよ」
「……ぁっ!!?」
そう言われて、はじめてスィルカも気付く。
L字の人差し指の地面の上で動く二人。しかし二人の背を取る親指が定規となって、第一関節の線が身体の上下を分ける見えないラインの目印となる。
試合中の彼らの身体の動きの違いがハッキリと見比べることができた。
「ノヴィンは、俺が教えた戦法を忠実に守ってあの構えを基軸にしてるからほとんど下半身が―――まぁ全身もだけども、とにかくしっかりとしてあまり動かない。しかし相手のヘスターは……」
「なんだかふわっふわしてるように見えますねー」
もちろん、実際に浮かんだりフワついているわけではない。だがあらゆる動きに見て取れるのは、下半身の地面に対する根差しの弱さだった。
「ノヴィンに対して、終始攻勢で優勢に試合を運べてるせいだろうな。接地が甘くなり、意識も上半身や前に偏るように向けられつつある。そのせいで下半身に力が加わってない。攻撃の瞬間こそ重心をしっかり落としているけどそれはおそらく無意識で、足元が危うくなってる事に本人は気づいてなさそうだ」
なまじ強いと、各種動作もクセ的に一切の思考なしで行えてしまう。
本人は決して油断していないつもりでも、意識が徐々に対戦相手に強く向いていき、自分の中におろそかになってしまう部分が出てきてしまう。そしてその事に気付けない。
「じゃあ、ノヴィンさんがそこに気付けば、まだ勝てるゆーことですかー」
「ああ。ただな……仮に気付いたとしても、勝つためには賭けに出なくちゃいけない。しかもその賭けを成功させるだけの勇気と経験がノヴィンには足りない」
「? 勇気ゆーんはなんとなく分かりますけども、経験が足りないっていうんはどういう……??」
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「はぁ、はぁっ、はぁ……ふぅ」
ノヴィンの息は荒い。試合開始からさほど時間が経過していないにも関わらず、全身を重い疲労がのしかかる。
「(防御してるだけなのに、もうこんなに……)」
奥歯を噛み締める。自分の脆弱な肉体が恨めしく、そして悔しい。見た目には長身で、しっかりした男子の身体つきなのに、内側はそれに伴ってはいないというもどかしさ。
才能以前の問題――――――ガントの哀れみは正しく、ノヴィンの辛さを形容していると言える。
「よく耐えるものだ。けれど、そろそろ受けきれないんじゃないかな?」
ヘスターは何なら休憩するかい? と言わんばかりだ。
余裕。ここまで1撃として攻撃はノヴィンには当たっていない。しかしここまでの攻撃の手応えとして、負けはまずないと感じ取っていた。
「たしかに……疲れてきているのは間違いないです。けれど、僕にはこれしかありません、自分を貫かせていただきます!」
気合いと共に再び構えを取り直すノヴィンを見て、ヘスターは嫌いじゃないと軽く肩を上下させながら鼻息一つ吹く。
「いいだろう。ならこちらは真正面からソレを崩そう!」
まともにやればいくらでもノヴィンを打ち負かす手はある。
けれどヘスターは彼の意気を買った。
彼も剣と盾を構え直し、ジッとノヴィンを見据える。
「(もし、もしも僕がここで勝てるとしたらやっぱり……でも失敗したら負けは確実に……)」
ノヴィンは気づいていた。あるいはスィルカやリッドといった機動性の高い選手の動きを身近で見てきた経験が、彼にヘスターの弱点を気付かせたのかもしれない。
足元。
狙うタイミングは厳しいが、一撃深く入れることが出来れば、あるいはヘスターを転倒させ、更なる追撃で勝利をぐっと引き寄せる展開まで持っていけるかもしれない。
しかし、それには問題があった。
「(僕の力とこの武器で、そんなに強い攻撃を繰り出せるだろうか?)」
ノヴィンは敵の攻撃を全て受け止める防御を主体としたスタイル。そのために扱う木槍は重厚長大なものではなく、取り回しがしやすいモノを選択している。
ノヴィン自身もさほど力に自信があるわけではない。それで木製とはいえグリーヴで覆われているヘスターの足元に有効な一撃を、果たして繰り出せるのか?
攻撃力不足を補う方法がない。それがノヴィンを賭けに出るに迷わせる。
「さあ、そろそろ本気でいくぞ―――ハッ!!」
ビュフォッ!!
「く!!」
カカッ!! カァンッ!
今までは一撃一撃を丁寧に打ち込んできていたヘスターが、一息に複数回の連撃を放ってくる――――――本気で正面からノヴィンの構えを破るつもりだ。
「(は、激しい! まるで嵐みたいだ、このままじゃっ)」
長く持たないのは明らか。
実際、両手が早々に痺れてきた。力が入らなくなったら賭けどころかこの防御の態勢も保持できなくなる。
「さあどうした! このまま耐えるだけだと時間の問題だぞっ?!」
分かり切っていることだが、言われると焦りがこみ上げる。
ノヴィンは自分の迷いに対して冷静に明確な解決を導き出さぬまま、意地と焦れから賭けに出ることを決断してしまう。
「(そうだ、このままじゃどうしようもないんだ。なら……イチかバチか!!)」
その判断は間違いではない。しかし確かな考えに基づかない行動はヤケになるのと大差ない行動。
攻撃に精細が伴わなず、選択そのものが間違っていたと省みる結果に繋がる可能性の方が高い。
「やぁぁぁあっ!!!」
ヘスターの攻撃直後、連撃を終えて一度間合いを取ろうとした相手を見て、ノヴィンが1歩前に踏み出す。
そして木槍を自身の左側からえぐるように下方へと突き出した。
ドスッ!
「っ!! うぐっ!!」
打撃を狙って柄の方が打ち出されたノヴィンの槍は、ヘスターの態勢が整い直さない内にその足を痛打した。
タイミングは完璧。ヘスターの身体が片膝をつくように崩れる。
「(や、やった!!)」
しかし、上手くいったのはそこまでだった。
ゴッ!
「っ……ぅ……???」
急にノヴィンの視界が回る。右へ左へと傾き、ぐねぐねとうねり曲がる。
「いい攻撃だった。金属製の槍だったらこうはいかなかったかもしれないな。ぐ……痛~ぅ……」
ヘスターの振り上げた木盾が、ノヴィンのアゴを打ち上げたのだ。
ノヴィンの失敗は、ヘスターにダメージを与えて態勢を崩そうとした事にあった。
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「あの場合は足を強打するよりも、引っ掻けてコケさせるんが正解ですねー」
「だな。もっと戦闘の経験があったらそこまで気付くことも出来たかもしれない。しかも踏み込みが1歩、あれじゃダメージを与えるにしても十分じゃない」
スィルカは納得とばかりに頷き、眼鏡のズレを直した。
「それで勇気と経験ですかー、なるほどですー。もしもう2、3歩くらい踏み込んでもっと勢いつけて打ち出せてれば、相手さんは盾振り上げる余裕なかったかもしれない、ゆーことですね」
「ま、理屈ではそうと分かっても、実戦でそう上手く出来るかっていうのもあるよ。どのみち、このノヴィンの敗北は必然の結果だったのかもしれないな」
そう言うと、シオウは持っていたパンの残りを口に放り込んで、グッと背伸びする。
そして闘技場へと登る階段の前に立った。
「ま、後は任せておけー、って言っても本人にはもう聞こえないな」
ノヴィンの気絶が確認され、審判がヘスターの勝利を告げると同時に、シオウは闘技場へと上がっていった。




