第9章4 闇商人の絡繰り糸は根深く
モイックをくだしたシオウはそのまま連戦でチーム・モロの次鋒クドゥマとの試合に臨んでいた。
「ハッハハ! 驚きだ、モイックの能力がまだ効いているはずだというのにな!」
武器を振るいながら楽し気にしゃべる相手に、シオウは変わらぬ表情で淡々と攻撃を避け続ける。
「弱体化してる前提で考えれば立ち回りも相応にするだけだ、単純なことだ」
クドゥマは事実上、チーム・モロのリーダー。そしてモーロッソを脅し、レステルダンケ家の弱みを握っているワスパーダ家という貴族の子息。
だがその戦い方自体は、どこか泥臭いものを感じさせた。
「(短めの木槍、取り回しがしやすい鍔のない細身直刀身の木剣、自身の半身を隠せる大きめの盾に右肩掛けのマント付きライトアーマー……)」
ブンッ!
「(っと、加えて盾の後ろに隠す形でチェーンフレイル。先端は樫で設えたこぶし大の木球、か……)」
ヒョイヒョイ攻撃を避けながらクドゥマの装備を観察するシオウ。すべてがどうという事もなく、また魔法の類を用いてくるような気配もない。
攻撃一つ一つの動作こそ努力を感じさせる。かといって目を見張るほどではない。
学園の生徒の中ではよくて中の中。つまり強くも弱くもない、ありふれたレベル。
「(危険があるとするとチェーンフレイルか…)」
クドゥマは3つの武器を素早く駆使して攻撃を繰り出してくる。なので戦い方には統一性がないが、状況に最適な武器を選べるだけに対応力は軽視できない。
そしてシオウが厄介な武器として注目したチェーンフレイルは、先端こそ堅くとも木製なれどチェーン部分は金属製だ。
「(大会規定どこいった? 魔導部材の件といい、チェックが甘すぎるな)」
おおかたクドゥマのチェーンフレイルは、先端部分をぶつけて攻撃する武器ということで通ったのだろう。
チェーン部分でムチのように打ち付けたり、相手を束縛したりと攻撃方法は多彩に可能。そんな簡単な事にすら思い至らなかった使用武器のチェック担当に、どう責任つけてくれるんだと文句を言いたい。
「ふーむ、当たらないな。だがお前からの攻撃もいまだ当たってはいない……今のところは互角というわけだ? 判定の上ではだが」
「……」
攻撃をすべて避けるシオウ。一方でシオウの木杖で小突く攻撃も当たってはいない。クドゥマは盾でよく凌いでいる。
シオウは元より勝敗にはさほどこだわらないスタンスで試合に臨んでいるが、クドゥマもどこか勝敗に固執しているような様子はなく余裕。あるいは自分が負けても問題ないという事なのか。
「3人しかいない上に先鋒が敗退。残り2人でこっち4人を相手にしなきゃいけないのに、焦らないんだな」
「フッ…信頼しているからさ、チームメイトを」
嫌な言い方だ。
言葉とは裏腹に、信頼やチームの絆というものを小馬鹿しているのが、その言い方から感じ取れた。
「………商人貴族、か」
ポツリと呟いたシオウの一言に、クドゥマがはじめて驚きの表情を浮かべた。
「! ああ、そうだとも。我が家は商人の家柄だ。…考えてみれば驚くこともなかったな、調べれば簡単に分かる。対戦相手の情報はお前なら当然調べて―――」
「いいや、調べて知ってたワケじゃない。お前の言動、表情、態度…そういったものから感じられるところとして何か商人の…それも嫌な方面の匂いを感じてカマかけたら、当たってただけだよ」
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―――――――観客席、VIP専用スペース。
「? どうなされたレステルダンケご夫人? 顔色が優れぬようだが…」
軍人の中年男性が不意にお隣さんを伺うと、アレオノーラは苦虫を噛み潰すような表情でクドゥマを見ていた。
「…いえ、何でもありませんわ。ご心配いただきありがとうございます」
クドゥマ=リ=ワスパーダ
それはアレオノーラ達、レステルダンケ家の苦しみの元凶たる商人貴族の家名。
ワスパーダ家は、商人国家と呼ばれているイスルバという国に籍を置いていた小粒な商人に、そのルーツを遡る。
ルクシャード皇国の東隣たる国ヌーヴルガン。
その南方に今も位置しているイスルバはかつて、その商業力の最盛期を迎えた時代に、莫大な富に物を言わせて国の版図拡大に乗り出し、その傲りから、全方位の周辺諸国へと侵略戦争を展開した。
今となってはもう遥か昔の事。
なれどイスルバはその戦争で、北部戦線においてルクシャード皇国の東部…現在のヌーヴルガンに当たる地域を侵略。
ワスパーダ家の先祖はその折に、ルクシャード皇国領へと攻め入る軍の一個大隊を指揮していたがやがて敗退。ルクシャード皇国の捕虜となったが終戦時、なぜか故国へ戻る事なく皇国への帰化を望んだ。
以後、ルクシャード皇国で商売人として代々成功をおさめ、現在では貴族位を得るまでに至っているのだが……
「ワスパーダの子息…か。ふむ、親によく似よってからに。小奇麗で一見真面目そうな、害なき若者の如き見かけながら、きな臭いものを漂わせておるわ」
ワスパーダ家は、表向きこそまともな商人一族のようではあるが、裏ではかなり怪しい商売に手を付けている事は、それなりの人々の間で公然の秘密と化している。
しかし彼らは一部の卑しい貴族権力に取り入り、結びつく事で身を守り、正義の手がワスパーダ家の闇を暴き出さんとしてもかわし続けていた。
この軍人にしても忌々しいと言わんばかり。あるいは連中に煮え湯を飲まされた経験があるのかもしれない。
「………」
そしてそんな、卑しい商人風情に頭が上がらない状態にあるのがレステルダンケ家である。
今は亡き祖父の代の事とはいえ、それによって孫の代であるアレオノーラ達は苦心を強いられているのだから、憎らしい事この上ない。
しかも大切な夫であるモーロッソが脅しをかけられている事を先日知った――――アレオノーラは、明確な悔しさと敵意をもって闘技場の上のクドゥマを睨んでいた。
「そらっ!」
ブゥンッ…
クドゥマの投げるチェーンフレイルの先端がシオウの近くを通り抜ける。どんなに攻撃してみても当たらないソレは何度も闘技場の床にぶつかり、木球の表面も傷み始めていた。
剣や槍も木製…シオウが上手く避けては木杖を打ち付けただけだというのに、軽く痛んでいるのがわかる―――――明らかに安物。
「ふむ、まぁこんなものか。…審判、ギブアップだ、俺の負けでいい」
クドゥマがそう宣言すると観客席はザワついた。やる気あんのかと野次すら飛ぶ。
「勝敗まで損得勘定か?」
「そうとも。ここで無理して勝ちに行き、つまらん怪我を負うのは損でしかない。それにモイックの弱体化が続いている内にエースにお出ましいただく方がこの局面では得だというものだろう?」
戦略的には分からんではない。
だが、そうするとチーム・モロは1人で残り全て勝たなければならなくなる。勝敗を考えた戦略だけでなく、モーロッソという個に対する嫌なプレッシャーのかけ方も加味しているのだろう。
「……そうか、じゃ、俺も少しばかり得になるようにさせてもらうか」
「? こちらのギブアップで試合は終わったのだ、攻撃は」
「しないよ。それに…すぐ済む」
シオウがそう言い終わると同時に――――――
ブオヮッ!!!
シオウの身体から炎が発せられたかと思うと、一瞬で消えた。
「な、なんだ…何の真似だ今のは?」
「ん、分からなかったのか? お前の仲間……モイックだかにかけられた弱体化を治しただけだよ。もっとも完全には無理そうだが」
それは嘘だ。
本当は別の “ 仕掛け ” を隠すため、会話の流れに合わせてそれっぽい事を言ってるだけに過ぎず、シオウには依然として弱体化が効いている。
嘘はクドゥマがその “ 仕掛け ” に気付いたかどうかを確認するため。
そしてシオウに対する彼の反応や紡ぐ言葉を聞く限り―――
「ほ、ほう…そんな事ができるのか? …まぁいい、モーロッソの奴にはハンデなど元より不要。弱体化が効いていようがいまいがどうでも良い事だ、健闘を祈るよ劣等生」
―――気付いていない。
先ほどの瞬間的な大火にまだ心臓がドキドキしているのだろう。次にバトンタッチすべく闘技場の上より去ろうとする彼は声を少しどもらせ、平静さを繕おうとしている様が明らかに隠しきれていなかった。
・
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・
『これよりチーム・モロの大将、モーロッソ=レステルダンケ vs チーム・リッドの次鋒、シオウの対戦を始めます。では―――――……始めっ!』
闘技場の上でいよいよ夫の試合が始まった。
「モロ、そんな苦しそうな顔をして……」
開始の合図と同時に動き出したモーロッソは、これといって特に感情のない表情で試合に挑んでいる。だが幼馴染であり、夫婦であるアレオノーラには遠目であってもすぐに彼が心中で複雑な苦悩を抱いている事を看破した。
「ほほう、レステルダンケの若旦那殿はなかなかいい動きをする。体格には恵まれておらぬが、あれは日々鍛錬を積んでいる者のソレだな」
さすがのアレオノーラも戦闘事はサッパリなので、お隣の中年軍人の存在は、解説役として非常に助かっていた。
「まぁそうなんですの……モロったらいつの間にそんな事を」
だが内心ではドキリとする。小柄で若輩な体の豊かな胸の奥…基本細く小さいその上胴の中で心臓の鼓動が早まる。
あの気弱で何を言われてもニコニコしている人畜無害そうな旦那様が、人知れず戦闘事のために鍛える理由などアレオノーラとメルリアナのため以外にあるわけがない。
だからこそアレオノーラには腹立たしさもあった。
「ホントに、そういうところはおバカなのだから……」
―― 全てが終わったら思いっきり叱ってあげる。
―― そして、思いっきり撫でてあげる。
―― だから今は思いっきり殴られなさい蹴られなさい。
―― 自分だけでなんとか出来ないと知っているのに思いっきり苦しんで。
―― いい罰よ、思いっきり打ちのめされてきなさい。
そんな事をポソリポソリと呟いている幼い奥様。慈悲と憤りが混ざり合ったようなオーラが、その小さな身体からこれでもかと発せられていて…怖い。
数倍の体格を有するお隣さんは腕を組み直しながら、あまり刺激するような事は言わないようにしようと思いつつ、少しだけその上体を彼女とは逆方向へとスライドさせた。
ブンッ!
「くっ…!」
かろうじてシオウの木杖をよけ、後ろへと一旦退く。試合が始まってまだ2分弱の間、モーロッソはなかなかどうして動き続け、もう息を切らし始めていた。
「お前も難儀な性格だな。ヒトの事言えた義理じゃないが、もっと素直になったら楽だろうに、色々と」
「……。こちらのご事情、どうやら知っていらっしゃるみたいですね?」
「まーね、割と早い段階でそれなりに。…とはいっても他人の御家事情だ、正直なところ、だからどうした? ってのが本音としたいところだがな」
言葉の上では冷たい事を平然とのたまうシオウだが、その口調には優しさが感じられる。
モーロッソは思わず破顔し、無関係な方にご心配していただき申し訳ありませんと今にも口に出しそうになるのを、堪えるように苦笑した。
「なぜ奥さんに相談しない? 元庶民な婿養子のお前より、あの奥さんのが問題解決に向けてやれる事は多いはずだ。それとも彼女が自己犠牲的な選択をしてしまうかもと恐れてるのか?」
投げかけられた言葉に身体をピクリと揺らし、そして制止――――モーロッソは一転して動揺、そして苦しそうに視線を下に落とす。
「……。…そう、そうですね、それも…確かにそれが一番の理由かもしれません。ですがそれ以上に――――」
「それ以上に?」
「―――――僕はもう、彼女の夫として生涯のパートナーとして、そして何より男として! いつまでもアレオに頼りきりの軟弱な僕ではいられないんです!!」
深いところに押し込んでいた、焦がされた感情を引きずり出され、一瞬で感情の波が渦巻いた。
そんな内なる衝動に突き動かされてモーロッソが床を蹴り、シオウへと迫る。
「(ようやく来るか……さて、どんなものだか)」
シオウは、この試合での己の役割は次のリッドに繋ぐ事だと考えている。すなわち最も厄介なモーロッソの覚醒能力を見極める事が主な仕事。
ズンッ!!
「っ!」
モーロッソはこの試合、武器を持っていない。
思いっきり全身でぶつかるかのように殴りかかってきたソレを、シオウは手にしていた木杖をその場に捨ててすぐさま両腕を交差させ、防御の構えを取った。
ドカッ!!
瞬間、シオウの身体が闘技場の床と水平に後ろへと飛んでいく。
あっという間に闘技場の外縁から飛び出し、場外2mほどのところで背中を擦る。吹っ飛ばされた勢いが生きており、そのまま場外をボールのようになりながら転がっていく。
…チーム・ガントの待機場所、治癒用設置式魔導具の脇を通過して3mほどの場所でうつ伏せ状態になり、ようやく止まった。
『場外!! この試合、モーロッソ=レステルダンケの勝利!』
試合が決し、ワッと歓声に沸く会場。
その喧噪の中、やれやれと身体の汚れを軽く払いながら立ち上がるシオウに、ガントが近づいた。
「貴様……何故わざと跳んだ?」
シオウにだけ聞こえるよう、至近でしゃがんでの問いかけ。衆目には同じ大会出場選手に対するスポーツマンシップによる良きワンシーンに見える事だろう。
「よく見てたな。んーそうだな、強いて言うならチームで戦う大会で、個人の勝敗にこだわるよりかは、全体が勝利するように自分の役割を果たし終えたから…ってとこかな」
モーロッソに防御で交差させた腕を殴られる瞬間、シオウは後ろへと自ら跳ねていた。場外に吹っ飛ばされるために。
だがそれはかなり際どいタイミングで行った事。おそらく気付けたのはガントくらいだろう。
「んじゃ、俺は自分のチームのとこに戻るんで…介抱あんがとさん」
まだ何か言いたげなガントを振り切り、飄々と自分のチームの待機場所へと戻っていくシオウ。
その内心では、やはりこの学園においてはガントが一番侮れない選手だと再認識していた。




