第8章2 表怠惰は裏で動く
リッド達と別れた後、会場はおろか学園からも出たシオウは、ノヴィンを伴って町を歩いていた。
「それでシオウ先輩。これからどこへ行かれるんですか?」
リッドが出店の買い出しとエイリーをからかうのに離れていた時、後でちょい付き合ってくれと言われていたノヴィン。
こうして二人だって町に繰り出したわけだが、いまだ目的は聞かされていない。
「とりあえずブラブラするかー……。ま、のんびり行こう」
「え、何か目的があるんじゃあないんですか??」
「んー? あぁ、あるよ。ま、そう急ぐ必要もないから」
そういってトコトコと歩くシオウにノヴィンは首をかしげつつも付いていった。
「そういえばお姫様がた、今日は学園には来ないんですね」
大会が始まって以来、チーム・リッドは全員で行動する事が多かったが、明確な休日を除くと、今日は初めてミュースィルとスィルカを欠いていた。
「俺達と違ってあの二人は立場がある…ま、大変だ」
同じ、もしくは近しい年齢の学友とはいっても、二人はどこまで行ってもいいところのお姫様だ。城なり実家なりから呼び出しがあれば最優先で戻らなければならないし、学園に通っている最中でも姫としてやることはあるだろう。
「休みの日でさえ必要を成さなくっちゃあいけないのは、いい御身分の悲哀だな」
「そうですね、僕たちは気楽に過ごせて幸せです」
ノヴィンはしがない一般国民、シオウに至っては元孤児からの根無し草な旅人。二人とも貴い身分とは縁遠い。
二人して緩んだ表情を浮かべ、呑気に沿道を歩く。…と、不意にシオウが止まり、そしてノヴィンが問いかけるより先に、彼を道の脇へと押し込んだ。
「わわっ?!」
……パカラ、……パカラ…パカラ、パカラッパカラッ!!
そして二人の横を、馬車が猛スピードで通過していった。
「危ないな。何を慌ててるんだか…大丈夫か、ノヴィン?」
「は、はい、ありがとうございます先輩」
しかしちょっとカッコ悪いなとノヴィンは思う。
確かに年齢ではシオウの方が上だ。しかし、身体の大きな自分が先輩を庇うべきではなかったのかと自問してしまう。
そしてハッとしてシオウの背中を見た。長く毛量の多い後ろ髪が、馬車が通過していった際に舞い上がった大量の砂ぼこりですっかり汚れてしまっている。
「シオウ先輩。後ろ、凄い事に…」
「んおぅ? ……あー、まぁこのくらいなんて事ない、気にするな」
「いえ、せめて払い落とすくらいはしましょうよ。僕、ハンカチ持ってますんで」
ノヴィンは、空中で軽く振るって広げた網目の粗い麻のハンカチを再度2つに折り直す。それで軽くはたくように撫でて、シオウの後ろ髪から砂埃を払い落した。
「やぁやぁ、すまないねぇじいさんやぁ」
「ハハッ、なんですかそれ? リッド先輩ともたまにやってますよね」
「その場のノリでな。ただ世話かけるのも申し訳ないから、場の空気を面白おかしいものに変えようという、ちょっとした遊びだ」
つまりそういう事が咄嗟に出来る間柄ということだ。ある種の理想たる友人関係であり、ノヴィンも羨ましく思う。
二人がそうこうしていると……
「まぁ誰かと思いましたら、貴方達でしたの」
馬車が走り去った方向から、一人の女性が小走りに駆けてくる。その後ろからは細身の老齢な執事服を着た男性が、息も絶え絶えになりながら追いかけてきていた。
「お、お、御嬢様ぁ~、ぜは、ぜは…お、おまちくださいませぇ…ひーひー…そのように、はぁ、はぁ、お、お走りに…げほっごほっごほぉっ!」
・
・
・
パカラッパカラッパカラッ……
軽快に走る豪華な客車の馬車の中、シオウとノヴィンは同乗させてもらっていた。
「本当に呆れますわね。貴方には男のプライドというものはございませんの?」
「ないな。楽できる方法があるなら遠慮なくだ。…ふぁ~ぁ、それに砂かけた詫びするって申し出てきたのはそっちだ」
チーム・エステランタのリーダー、エステランタ=プルー=ファンデルク。馬車の主は彼女だった。
馬車がやたらスピードを出していたのは、今日の敗者復活戦にてエステランタが使うつもりだった防具が、まだ届いていないという事が明らかになったからだ。
まだ時間に余裕があるとはいえ、エステランタは馬車を飛ばさせて直接装備を発注している工房に自ら乗り込むつもりだった。
「付け加えるなら、アンタが向かおうとしてた工房な。丁度こっちも用があったんだ。目的地が同じなら素直に乗けってもらった方がなお楽だ」
普段はボケーっとして怠惰なシオウだが、こういう時の判断は合理的だ。ちゃっかりしているとも言い換えられるその態度に、エステランタは呆れていた。
「(うわわうわわわあ…こ、こんな近くにエステランタさんがっ)」
その隣に座っているノヴィンは、他人の馬車の中でリラックスしきってるシオウとは対照的にカッチンコッチンだった。貴族の馬車に同乗させてもらっているというのもあるが、ノヴィンはエステランタに対してほのかな恋慕の情を抱いている。
いかに貴族の立派な馬車といっても中はそう広いわけではない。4人が対面して腰かけていればシオウのような小柄な者ならともかく、ノヴィンのように背のある人間なら、その膝が対面者に接触しそうになっていた。
なので彼の緊張の度合いたるやである。対面に座っているエステランテを直視したまま、意識がどこかへと飛んでいきかねない表情。ブロンズ像の如く固まったまま微動だにしない。
《クスクスクス、わざわざ気をきかせた甲斐もなさそうネ?》
「(ま、こんなもんだろ。エステランタの方はノヴィンをなんとも思ってないだろうし。……座り位置がこっちでも多分同じようになってたな、コレは)」
馬車に乗る際、シオウは促されるのも待つことなく、ハシャぐ子供の如く真っ先に奥へと乗り込んだ。まるで作法のなってない様にエステランタの老執事は烈火の如く怒っていたが、それを無視してノヴィンを隣に座らせた。
ちょうど後ろを向く形で奥にシオウ、手前にノヴィンが座ったその対面、進行方向に向く形で奥に執事、手前にエステランタが座した。
エステランタが最後に乗り込んだ時点で御者が扉を閉めたわけだが、飛び乗るように乗り込んだ事を除けば、シオウはあながち間違ってはいない。
搭乗順としては馬車主のエステランタが最後に乗るのが正しい。そしてシオウ達はゲストになるため、執事が促して先に搭乗させられるので、促される前に搭乗した事を除けば何ら問題はないのだ。
だがその場合、座席位置は執事の差配による。彼はノヴィンがエステランタにホの字なんて知らないし、万が一にもその事に気付いたりでもしたら、逆に御嬢様にまとわりつく不届き者として煙たがり、同乗を反対したかもしれない。
なので四の五の言わずに真っ先に乗り込んで、搭乗と発進に時間をかけさせなかったシオウの行動は、とりわけノヴィンの事を考えてやればベストだった。
《でも、このままじゃ気づいたら目的地についてたって感じになっちゃうんじゃないの、このコ? フォローしてあげたら?》
「(そこまで面倒見切れないって。ただでさえ、誰かさんのために工房に行くんだからな、これ以上はオーバーワークだ)」
あくびをするシオウに執事は眉をひそめる。厳格そうだがお仕えする御嬢様には甘々なタイプだなと思いながら、軽く車窓の外へと視線を移す。もう目的地である工房の近くにある建物が、窓ガラスの向こうで流れていた。
――――――ベルトロン工房。
ルクシャード皇国首都の中にある工房の中でも、珍しい非専門的な工房である。
古く巨大な倉庫の中を改装して簡単な仕切り壁で区画分けし、作業場としているが、銅工、鉄工、木工、縫製、製紙、解体……工房員それぞれが行っている作業内容には統一性がなく、実に混沌としていた。
「こんなところで私の装備を製造しているだなんて、まさかまさかですわ」
しかめっ面で上品なハンカチを鼻に当てているエステランタは、服が汚れぬようにと気を遣いながら歩を進める。
「で、ですから御嬢様が直々にこちらにお越しになる事に反対だったのでございます…あ、お、お待ちを!」
エステランタの後を追うようにしてついてゆく執事は、このような下賤な場所は一刻も早く出るべきだと言わんばかりだ。
実際、鉄と油をはじめとして様々な臭いが蔓延しており、貴族様でなくとも鼻をつまみたくなる。音はうるさく、どこもかしこも汚れていない場所はない。
少なくともエステランタのような身分の人間には一生縁のない場所だ。だがその数歩前をスタスタ歩くシオウは慣れたもので、床に転がる金属棒や放り出されている錆びた工作道具などをひょいひょいと跳ね越え、進む速さが衰えない。
「そこ、足元注意な。おっと左に避けるなよ、前から大荷物運んでるのに当たるぞ」
田舎出身で小さい頃から実家の泥にまみれる仕事にも慣れてるはずのノヴィンでさえ四苦八苦する中、この混沌とした工房の中をシオウは先頭切って進んでいく。
そして驚く事に、汚れぬよう十分に気を遣いながら進んでいるエステランタですら衣服が汚れるのを回避しきれないというのに、シオウのいつもの制服姿には一切汚れが付いていなかった。
「(す、すごい。確かにシオウ先輩、優れた身のこなしが出来るのは知ってるけれど…)」
試合の様子や、かつてのスィルカとの練習での動きなどを思い返せば、このゴミゴミした場でも何かに当たったりせずに進めるのは納得だ。それでもああも何気なく進んでいて、一切汚れがないのは凄いの領域を越して摩訶不思議。まるで周囲が勝手に避けてくれるが如し。
「…先輩って、幽霊か何か…なんて事はないですよね?」
「ん? 何だそれ…っと、ついたぞ。あのオッサンだ」
ようやく目的の人物にたどり着き、一同は足を止めて両肩を上下させつつ大きく一息つく。
そこは工房の中でも奥まった場所、木の匂いと削る音で満たされている木工の作業現場だった。
「ん? おーう、嬢ちゃんじゃあねぇか? どうした、また新しい装備品の依頼かぁ?」
木を削っていた太目の中年男性が、振り向きながら木クズや噴く粉から目を保護するゴーグルを上げる。
筋肉質ではなく、だらしなくぶよぶよした脂肪に包まれた身体。しかし腕と脚だけは強い筋力を内包しているらしく、逞しさがその表面上にも見て取れた。
「嬢ちゃん、って…え、シオウ先輩のことですか??」
「ノヴィン、そこはもういい。面倒だから好きに呼んでくれって俺が言ったんだ」
初めてこの工房に来た時、当然の如くの女子扱い。
だがシオウが男子である事はもう彼らも知ってはいる。にも関わらず、この工房ではお嬢ちゃん呼ばわりがすっかり定着していた。
「ん? なんでい、本物の嬢ちゃんもいるのか…って本当に嬢ちゃんかぁ? 実はアンタもおと――――」
「無礼も極まれりですわね! この私、エステランタ=プルー=ファンデルクをつかまえ、よりにもよってその態度、許し難――――」
「なんでぇ、エステランタってぇのはアンタかい。わざわざ直で取りに来るなんざぁ、貴族サマにしちゃ骨があるじゃあねぇの。ほれよっ、そいつが注文の品だ」
「キーーーー!! アナタねぇ、私の話をお聞きなさいなっ」
だが職人は、こういった手合いの扱いを自分の中で持っているようで、癇癪気味に喚き散らしてくるエステランタの言葉は全スルーしていた。
彼女に軽く投げて渡したのは胸当てのようだった。綺麗な曲面の木板をベースに、内側には革を張り、さらに肌触りがいいように羽毛らしきものを厚く張り付けた毛皮を重ねている。表面は何重にも厚く塗装が施されており、パッと見では木で出来ているようには見えなかった。
「だいたいよぉ、そっちが悪いんだぜぇ? いつまでに届けろってところまではいいんだが、その後の変更についてちゃんと話持ってこなかったろ。聞いてねぇ事に対応なんざ出来るわけねーっつーの」
ノヴィンがエステランタの胸当ての出来を観察している間に、職人とエステランタの会話は、納品スケジュールに関する話になっていた。
職人に言われたエステランタは、怖い顔で頭だけ執事の方を振り向き、睨みつける。どうやら手違いの原因は執事にあるようだった。
「も、申し訳ございませぬ。私めがうっかり…」
「うっかりじゃねーよ。このジジイ、メチャメチャ上から目線な注文書を送りつけてきやがって、最初からこっちを見下しまくりでよ。ハッキリ言わせてもらうと、オレぁこの仕事は気にくわなかったんだぜ? でもま、手抜きはしてねぇから安心しな。威張ってばっかな貴族サマ連中と違って、こちとら心は広いからな」
売り言葉に買い言葉。
エステランタにしてもその性格上、一度火がつくと止まらないタチだ。自分の執事を咎めつつも、職人との言い争いはさらに白熱する。
場の状況をどうしたものかとノヴィンがオロオロしているその横で、シオウは我関せずとばかりにしゃがみ込み、作業場に転がっている木材や板材などを拾っては何やら物色していた。




