第7章1 小っちゃい強者
―――――――チーム・リッド vs チーム・ハル。
対戦は、中堅のスィルカと副将にしてチームリーダーのハルのカードとなった。
チームとしては押されている側のハルだが、焦ることもなく余裕の表情を浮かべている。
「(……どーやらチーム戦の流れを見越してはるみたいですねー。…なかなか手強そうですー)」
闘技場を降りる事なく連戦を望んだスィルカだが、上がってきた相手の様子を見て少し気後れる――――弱気になるわけではないが事実として現状を再確認すれば、チームとしても個人としても、かなり厳しい戦況にあるのは自分達だ。
「フンッ、そんなデッカイものぶら下げててよくあんなに動けるねっ。…けど、そろそろキツいでしょ?」
ハルはかなり小柄な女子生徒だ。
常に自信に満ちている感じで、一見すると誰に対しても物怖じしなさそうな背伸びしたい盛りのお子様にも見える。同じく小柄なシオウと同等…もしくはなお小さい。
これでも自分より上級生だというのだから、スィルカはなんとも不思議な気分だった。
「…まーそーですねー。けどウチもそう簡単に負けられませんよって」
悪態はスルー。スタイル差を考えれば、ハルが自分のような体型の同性に嫉妬するのは自然な事だし、それに対してスィルカが何か出来る事はない。
ましてこれから試合をするという相手に同情する――――自分から精神面をわざわざ弱くするなどありえない。それは愚かなことだし、今のスィルカにそんな余裕はない。
「チェッ、すましちゃってー。でも…シオウ君にバトンタッチした方がよかったーって後悔させてあげる」
自信満々――――小柄といえどその態度と試合に挑む気力は十分。体調も完璧なのだろう。
そんなハルに対し、スィルカの方は満身創痍でまさにボロボロだ。微笑を浮かべて難なく立っているように見えるが、実際はジッパムの強めの打撃を受けた部分がズキズキと痛んでいる。
しかも疲労感がかなり強い。日頃の訓練でもここまで疲弊した事はなかったなと思い返しながら、彼女は大きく息を吸い、そして深く吐いた。同時にハルに対する嫌味であるかの如く、その胸も大きく上下に動いてたわむ。
「覚悟は別としましても、後悔はしませんー。どうぞ遠慮なくきてくださいな」
気合いと集中力を戻す。ゆっくりと構えながら、表情にもハッキリと戦意が戻る。軽い会話の時間で少しばかりだが心身を休め、整え直す事ができた――――いける。
「まったくかわいくないんだからっ! …なら、手加減はしてあげないかんねっ、その乳がもぎ取れたって責任とらないからっ!」
「けっこーコワイ事言いはる先輩もいらっしゃるもんで……けど、そうはいきませんよ、小さい先輩さん」
そして互いに構える――――一拍置いて、審判が双方を確認し終えると、開始の合図たる上げた片腕を下ろした。
スィルカは完全に閉口し、注意深くハルを観察する。
「(しっかし…こうして見ると小さい言いますか…本当に17歳ですん??)」
失礼かもしれないが、お子様という呼び方をするのが似合いすぎる、ちんまりした女の子。それがハルという女子を見ての素直な第一印象だった。
身長は140…いや下手すると130cm台かもしれない。
上胴から腰回りはとてもか細く、胸は…少なくとも服装の上からではそれらしい膨らみのラインは一切見当たらない。
肩幅も狭く、本人の耳の横位置とあまり変わらない辺りに肩があるように見える。
下半身は胴ほど華奢ではなく、きちんと女性らしいラインが見て取れるが、それでもその細さは年齢不相応だと言わざるを得ないものを感じる。
非常に綺麗な、紫の照り輝きを内包した黒艶髪。肩にかかったところでパッツンとキレイに切り揃えてあり、前髪も同じように目にかからない辺りで揃えている、枝毛もウェーブも一切ない直毛。後ろの頭頂部に近い位置で1本小さなテールを作るリボンが正面からも見え隠れし、前髪の一部が時折ピコンと上がって触覚みたいにピコピコ動いている。
顔立ちは幼くも愛らしい。武器は片刃タイプの木剣による二刀流だが、構え方もなんというか子供っぽいものを感じさせる。
「(うーん…攻撃するのになんだか罪を感じてしまいますー)」
躊躇うのは良くないし、相手も選手として出てきているのだからその容姿から攻撃しづらいというのは、むしろ失礼だと理解はしている。
だがそうと分かってはいても、スィルカには先制して攻撃を仕掛ける気は起こらなかった。
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「あの相手の方…変わったお召し物を身に着けていらっしゃいますね?」
ミュースィルはハルの服装を物珍しそうに見た。
「ああ…この辺じゃ確かに珍しいかもな。アレは “ ハカマ ” といって、“和文化” の国では今でもズボンの代わりに当たり前のように着用されてるな。上は “ キモノ ” で、大きな一枚布のような服を前で交差させて帯っていうベルトで締める感じだが、俺も旅先で一度着た事がある」
「……あー、シオウは確かに似合いそうだな。ウン」
確実に脳内で、ハルの頭をシオウに置き換えて想像したであろうリッドをスルーしつつ、シオウは両手を軽く上げるとその場で小さく振って見せた。
「袖や裾がダブついて見えるが存外軽く作られているし、冷暖にも対応してる。なかなかいい服だよ、アレは」
「そうなんですか…という事は、相手は見た目よりも動くスタイルなんでしょうかね?」
まだハルの戦闘スタイルが良く分からない今、ノヴィンは一体どう動きだすのかと固唾をのんで試合を観る。
あらためてハルの姿を見れば、なるほど…木剣の二刀流はカッスーンを想起させるが、まったく違うタイプだろう事は明らか。試合開始後、静かにスィルカとの間合いをはかって大きな動きはまだない。
ある程度は想像できる。しかし相手は副将――――それもチーム名にもなっている選手という事は、相手チームのリーダーだ。
しかも予選でのチーム・ハルの戦績を考えると、彼女がそれなりの実力を持っているのは間違いなかった。
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「(………? まだ動く気がないっていうんは少々不気味ですけども)」
試合開始後、1分か2分かはすでに経過しているだろうか? しかし両者ともに動かない。
攻撃しあぐねるスィルカは、先の試合の疲労を少しでも回復させられるのでむしろ好都合なのだが、相手が動かなすぎて焦れてくる。
いや、動いてはいる。動いてはいるのだが……ジリジリと、ゆっくりとした動きでただ間合いを計り続けているだけで、攻撃を仕掛けて来ようとする兆候はまったくない。
「(もしかしますと “ 待ち ” か “ 受け ” のスタイルに専念するタイプやゆーことですか?)」
それならば得心がいく。こちらが攻撃を仕掛けるか、一定の状況が整うかに呼応して動くのであれば、ここまで大きな動きを起こさないのも当然だ。
そしてそれは、いまのスィルカにはますます好都合だった。
「(せやったらウチはこのまま少しでも呼吸戻して…一撃入れるんに専念するんが一番の勝ち筋)」
制限時間のある試合では、有効な攻撃を入れてタイムアップを待つことで勝利する事が可能。
先の試合のダメージと疲労がある以上、それはスィルカにとって安全かつ可能性の高い勝利方法だ。しかし――――そんな打算的なことを考えてしまっている事そのものが大きなミスであると、スィルカは気付いていなかった。
「ハルさんの勝ち、ですね」
ジッパムは治癒の設置型魔導の前に座りながら、高揚するでもなく平静にそう断言した。
「ん。相手、ハルのこと、わかって、ない。時間かける、危険」
フランコも、仁王立ちで腕を組んだまま同意するようにウンウンと何度か頷く。
「思うんだけどさー、ハルっちが先方とか次鋒の方が、ウチはもっと楽に勝てたんじゃないかー??」
「へへへ…それは違うね、カッスーン。ハルみたいなのは数こなさないポジションが最適さ。でなきゃあ早々と対策とられっちまって、後々が苦しくなるのさぁ」
エンリコに言われ、カッスーンはふーんとよくわかってない様子で頭をかいた。
「能ある鷹は爪を隠す、というところでしょうか…ともあれこれで、2回戦も突破は確定でしょう」
スィルカを下してしまえば敵チームの後ろの二人はなおのことハルの敵にはなりえない―――ジッパムは肩の荷が下りたとばかりに身体だけでなく心もリラックスさせた。
「ハルなら、ガントにも、勝てる。負ける、ない」
フランコも勝利を確信している。同時に、自分の出番がまたないのかと少しだけ寂しそうでもあった。
ふわっ……
本当に緩やかな、吹いたのかどうかさえ分からないような弱い風が闘技場の上をやんわりと撫でた。その刹那――――
「ニッ」
ハルが笑う。そして、消えた。
「!? どこに行っ」
ビュッ!!
「くうっ?!! は、速―――」
ドドドドッ!!!
「かはっ!!?? な、何が起っ」
ヒュウオオッ!
「!! そこですっ」
ブンッ!
「あまいよ、こっちこっちぃっ!!」
ポヨンッポヨンッ
「くうう!!? なんでっ、このぉ!!」
ブンッ!!
そのやり取りは、それまで沈黙して動かなかった分を一気に取り戻すかのように僅か数秒のうちに行われた。
流れるように動いたハルは、スィルカの死角より迫って剣戟で1閃し、するりとスィルカの身体を軸にして反対側に回り込んだかと思えば、やはり彼女の認識外より舞うように繰り出した連続の斬撃を見舞う。
そして風のようにさらに回り込もうとしたハルだが、今度はスィルカがそれを捉えて攻撃し返した。だがそれはスルリとかわされ、今度は正面より彼女を小馬鹿にするように両胸を軽く打たれる。
そんなハルを蹴り飛ばさんとスィルカが右脚を大きく蹴り上げるも、既にハルの姿はそこにはなく、スィルカから大きく間合いを開けて遠ざかった位置で、両手を頭の後ろに組んだ状態で余裕を見せていた。
「クスッ。あたしが攻撃仕掛けてくるのを待つスタイルって思って、油断してたんでしょ青おっぱい? それじゃあ、あたしには絶対に勝てないねー」
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「今のは何なんだ? なんか舞ってるみたいな動きでスィルカの姫さんにまとわりついてるみたいだったけど、なんで姫さんは対応できなかったんだ??」
リッドが不可思議に思うのも無理はない。ハルの動きはそう早いものではなかったにも関わらず、結果として一連の攻防ではスィルカがまったくの無力であったのだから。
練習で手合わせした事もあるからこそ分かる。あのスピードは、スィルカに捉えられない速さではない。むしろ余裕なくらいのはずだ、と。
「……ものすごく簡単に説明するなら…そうだな、俺が見せた動きの上位互換だよ、今のは」
「え? シオウ先輩、それってどういう…」
「覚えてないか、ノヴィン? スィルカといつかの模擬戦で、彼女の攻撃は俺に全然当たらなかったろう? 今回のハルの場合は避けるだけじゃなく、似たような事をしつつも攻撃も織り交ぜたんだ」
だが、その説明はリッド達3人に衝撃の事実を突きつける。
「お待ちくださいシオウ様、それって…相手の選手はあの時のシオウ様と同じ…」
「いや、同じじゃないぜお姫さん。あの時のシオウは避けに専念してたんだ。けどあのハルってやつはそこに攻撃も入れてる…って事は」
「シオウ先輩よりも上、って事ですか!?」
「………」
ノヴィンの驚きに、シオウは黙して答えなかった。
《クスクスクス…後輩クン、焦ってるわネ。安心させてあげたら? 大丈夫だって》
「(このくらいの危機感があった方がいいさ。楽観的になって腑抜けて大怪我されてもな…)」
《なんだかんだ言って勝たせようとしてるじゃないノ。最初は乗り気じゃなかったくせに》
守護聖獣の言葉に、シオウは心中でため息をついた。
「(乗りかかった以上…ってだけだよ。乗り気じゃないのは変わらないが、だからって走り始めた足をワザと止めるのも違うだろ)」
《そーネ。でもま、いいんじゃない? 友達付き合いは大事ヨ》
「(軽く言ってくれるなよ)」
《それでどうするのかしラ。あの調子じゃ、出番回ってくるでショ…しかも、今度の相手はちょっと誤魔化しで勝てる感じじゃあないんじゃナイ?》
痛いところを突かれる。シオウの悩みは、まさにそこにあった。
「(……。勝てなくはない、が…難解なのは事実かもな)」
そう、勝てなくはない。だがシオウにとっての悩みどころは勝てるか勝てないかではなかった。
自分の試合においてどのように勝つか、あるいは負けるのか…それがもっとも悩ましい問題なのだ。
「(ま、どーにかするしかない事に代わりないか……)」
そう考えながら視線だけを動かしてミュースィルを伺う。残念ながら今回は彼女に出番を回す事はできない。チームとして勝利するためには、残りをシオウが勝たなければ不可能という事だけは確実だからだ。
《二連勝……偶然勝てた~で誤魔化すのは難しそうネェ…クスクスクス♪》
「(他人事だと思って楽しみやがって、まったく)」
シオウは肩を大きく上下させると、木杖を軽く回しながら闘技場の上で戦っているスィルカ達の頭の上の方をなんとなくぼんやりと見上げた。
閉口したままん~~~、と唸りつつ考える姿。ノヴィン達には次の自身の対戦でどうすれば勝てるかの作戦を考えているように見えるだろう。
だが実際はどう戦うかを考えているだけで、シオウ自身は勝てるかどうかという心配はまるでしていなかった。




