第5章4 戦力の要とチームの要
チーム・リッド vs チーム・オグワス。
対戦状況としては、チーム・リッドが2勝とリードしてはいる。
だが本選では勝利数は関係ない。最終的に相手の大将を倒した方が勝利するルールである以上チーム内の実力ある者が連戦してなるべく多くの敵を倒す方が、チームが勝つ確率が上がる。
「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ…く…ぅ」
なんとかデフラに勝ち、闘技場を降りてくるリッド。その消耗は目に見えて激しく、これ以上の連戦は不可能だった。
「大丈夫ですかリッド先輩!?」
おぼつかない足取りでふらつく身体をノヴィンが慌てて支える。
「すまん…。次はノヴィンの番だろ、オレなら大丈夫―――ふ、くっ」
ノヴィンから離れるもすぐに膝が笑って、地面に両手をつく。デフラの能力を見極めるために闘技場の上をこれでもかと動き回ったのが今になって効いてきた。
気力を振り絞ればあと1戦くらいなら戦えるかもしれない。だがそれでどれだけの戦いが出来るのか? 後続のために時間稼ぎや体力削りに終始したとしても、悪あがき程度が関の山。
そう自己分析したリッドは闘技場から下りて、素直に次へとバトンタッチする事を選んだ。
「ノヴィン、無理に勝とうとすんなよ? 相手は自分が負ける事さえ計算に入れてチームの勝利を目指してるみてぇだ。だから勝ち負けはこの際どうでもいい。お前が今出来る事をやってくれればOKだからな、気負ったり萎縮したりすんなよ?」
「! は、はいっ、が…がんばりますっ」
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「………」
「シオウ? どうかしまして?」
アレオノーラに問いかけられても、シオウは闘技場を注視したままだった。
彼女は試しに、抱っこしている自分の娘をシオウに差し出してみる。が、やはり視線を動かすことなく、しかし差し出されたメルリアナを余裕で受け取った。視線は変わらず微動だにする事ないが、それでも器用に子供を軽くあやして見せる。
「…き、器用なのか不器用なのか分かりづらい態度ですな」
思わず笑ってしまいそうになるのを失礼と思い、ヴェンテは苦言に留めて堪える。
それでもシオウは、黙してノヴィンの試合を観察し続け―――――と不意に、その口が開いた。
「なるほどな……。狙いは中堅か」
ポソリと呟きながらメルリアナをアレオノーラへと返した。
「俺はそろそろ行かせてもらうよ。これ以上遅れるのは仲間に悪いし、ちょっと準備していく必要がありそうなんでね……ああ、さっきの話は今日の試合が終わったら詳しく話すからまた後ほどという事で」
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シオウがようやく観客席より姿を消した頃、闘技場では意外な結末が起こっていた。
『勝者、ノヴィン=コラットン!!』
審判のコールに沸く歓声。当のノヴィン自身が信じられないといった様子で、間の抜けた表情のまま立ち尽くしていた。
「あ、あれ……僕が、勝っちゃった……??」
勿論、それなりに緊迫した試合だった。あくまでもノヴィンにとってはだが。
幸いな事に相手の中堅はさほどの実力者ではなかった。両者の腕はほぼ互角で、多少派手さには欠けるものの地味で堅実、それゆえに観客にも分かりやすい試合運びをした、安定感抜群の勝負であった。
そして結果、ノヴィンに軍配が上がったというわけなのだが…
「…今の、少しヘンと違います?」
スィルカはチームが3勝した事を喜ぼうともせず怪訝そうに、相手選手が闘技場を降りて行く様を鋭く見つめる。
「どういう事、シルちゃん?」
「最後…相手はワザと負けようとして動いたように見えたんですー。ノヴィンさんの槍…それまでかわせてたんとまったく同じ攻撃やったのにワザと当たったような感じの足取りを取ったようにも見えはったんですけども……」
「けど意味あるかそれ? いくら大将首とった方の勝ちっだっつっても、負ければそれだけ後続に負担かかるだけだしさ」
手当を終え、地べたに座って休息を取っているリッド。彼の言う通り、ワザと敗北する事に意味なんてあるのだろうかと、スィルカは考える。
だが、行為・行動に対して全力を傾けて最良の結果を目指すべきという、やや潔癖とも思える信条を持つ彼女では相手の考えを看破する事叶わず、そうこうしているうちに闘技場の上ではノヴィンvs相手の副将ゴヴ の試合が始まろうとしていた。
「まずまず作戦通り、かな」
チーム・オグワスの大将、オグワスはふむと腕組みをしながら反対側にいるリッド達の様子を伺う。表情に喜怒哀楽を浮かべる事もなく、平静に状況を分析しているようだった。
「けど、そんなに上手くいくものか? あのスィルカ姫がそんなに脆いとも思えないな……まぁ、好き勝手に戦わせてもらった手前でこう言うのもなんだけどさ」
デフラは、リッドとの試合においてはオグワスの作戦を忘れさせてもらって、作戦度外視で自由に戦っていた。もっとも、それもオグワスに言わせれば作戦に勘付かれないようにする効果が見込めるのでOKと、想定内だったようだが。
オグワス=ノノ=フアンダン―――――――
学業において成績上位者であり、知能を活かす典型的な頭脳派。このチームにおける作戦のすべては彼が立てている。
いつでも平静で、むしろあまりにも周囲に対して無関心過ぎると心配されるほど淡泊な性格。ある意味でシオウに通じるものがあるタイプだが奔放な彼とは違って、オグワスには研究者肌な内向きの生真面目さがある。
将来、やはり何かを研究する道か学術を深めて学者になるか。
そういった方面を見据えてはいたものの、具体的に何を目指すべきか定まっていない中、たまたま誘われた今大会。戦略家のような将来も悪くないと思い至り参加し、そういう役どころに自分が向いているか試さんとして、チームの頭脳を務めていた。
「スィルカお姫様は芯が強い…それは間違いないことさ。でもねデフラ、堅ければ堅い芯ほど、一度ヒビが入ると脆く折れやすかったりするものなんだ。柔軟性…それがあのお姫様にはない、そう僕は睨んでいるよ」
「へぇ、そういうものなのか……」
デフラは今一度スィルカの様子を伺う。とてもそんな風には見えないと納得しきれていない様子で。
「それよりもシオウの奴が不在だった事の方がこっちには幸運だったよ」
「ん? シオウって…あの劣等生か?」
デフラは別に、他の連中のようにシオウを馬鹿にしているわけではない。劣等生と呼ぶのもあえてそうする事で、気楽に接しようとする意志によるものであり、悪気はまるでない。
「向こうのチームの頭脳は彼だからね。なぜ不在なのかはわからないけれど、もし彼がいたならスィルカ姫を追い込む事は難しかったかもしれない」
オグワスは、何だかんだ言ってもシオウという人間がスィルカにとって心身ともに力が入り過ぎないよう適度にリラックスをもたらす役目を担っていると考えていた。
勿論、彼女だけではない。
リッドには本人の僅かな穴を埋めるための適格なアドバイスを。
ノヴィンには相手の情報と為すべき戦い方を。
ミュースィルの前に残った相手が彼女の手に負えるかどうかを見極め、副将であるシオウ自身が防波堤の役目を……
予選でのチーム・リッドの試合を分析していたオグワスは、シオウは確実にあのチームを支えている存在だと踏んで警戒していた。
だがいざ本選が始まってみるとその要は不在。いささか拍子抜けはしたものの、それはそれで好機と睨んだ。
そして、ここまではまさに彼の作戦通りにほぼ事が運んでいた。それはシオウ以外にオグワスの作戦に気付くなり対策を取る事の出来る者がチーム・リッドにはいないという事を意味している。
「勝てるよ、確実に。スィルカお姫様さえ攻略すれば容易くね」
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ノヴィン vs ゴヴの戦いは、実に一方的なものとなった。
「ごはっ…げほっ、ごほっ…!」
勝者はゴヴ。
彼自身はさっぱりした性格で、多少体格がいい程度。背の高さはノヴィンと同じくらいだ。
だが戦技における実力は桁が違った。
彼が用いた武器はナックルとメイス。共に近接の殴打攻撃がメインのスタイルで、実際にゴヴの戦い方は接近しての打撃のみと、実にシンプルなものだった。違ったのはその動きだ。
間合いが十分に空いていても、構えたまま上半身をほとんど動かさずにトントントンと3ステップでノヴィンまで詰め寄ってくる脅威の高速フットワーク。
木槍の射程的な優位など活かす間もなくゴヴの接近を許し、一方的に殴られては反撃もままならない内にまた間合が離れる。
ヒット&アウェイと、これまたシンプルな戦法。
そしてゴヴはそれをひたすら続けた。10分近くもの間、時間いっぱいまで。
『俺は不器用かつ臆病でね。着実にいかせてもらおう』
試合中、ノヴィンに放った言葉。
実際彼は、間合いを取った後に呼吸を整えたり、構えを取り直すなどして仕切り直した後、また詰めては攻撃を繰り出すを続けている。
数撃。しかし1撃あたりがなかなか重い。すぐに沈むようなものでないにしろ、受け続ければダメージは重くのしかかる。
決着がついた後、ノヴィンの全身には余すことなく打撲の跡が出来ていて、闘技場から下りてくると同時に彼は両膝と手を地面について、その場から一歩たりとも動けなくなった。
「す、すみません…粘る…だけで精一杯でした…げほっげほっ!」
ノヴィンの粘りは無駄ではない。闘技場の上に残っているゴヴも、疲労が蓄積しているようで両肩を上下させているし、まったく攻撃を受けなかったわけでもない。
少なくともノヴィンからバトンを受け取るスィルカは、勝利を確信していた。
「任せといてくださいノヴィンさん。ウチがカタキ取ってきますよって! ミュー姉様、ノヴィンさんの手当お願いしますー」
「ええ。気を付けてね、シルちゃん」
………だが、スィルカは敗ける事となる。
「な、んで…ハァハァ、こ、こんなはず…ウチが、こんな苦戦を…」
「言わなかったっけ? 俺は不器用かつ臆病だって。アンタみたいな強い相手、正攻法で勝てないのは分かってるからね、あらかじめ奥の手は用意しとくさ、当然だろう?」
スィルカ vs ゴヴ の試合が始まって9分が経過。スィルカ自身のダメージは少なく、見た目にもさほど苦戦した後とは思えないほど、その装備は綺麗なままだ。
しかし――――
「うぅ……こ、ここっ?!!」
ビシュッ!!
彼女は、ゴヴのいない見当違いな方向に蹴りを放つ。薄らと滞留している煙が風圧で散っただけで当然、何者にも当たりはしない。
「惜しい惜しい。ほらこっちですよ、頑張らないと仲間の奮闘が全て無駄になってしまうんじゃないかい?」
「う、うるさい! そんなん言われんでも分かって――――うっ?!」
ガッ!
ゴヴの打撃にかろうじで対応し、直撃は免れる。
だが、ダメージも疲労もさほど増していないはずのスィルカが、まるで何時間も戦い続けているかのように、呼吸を荒げていた。
「さて…そろそろ終わりにするよ、お姫様? ちょっと痛いかもしれないけれど、これも勝負だからね。恨まないでくださいよっ」
「ま、まだ! まだウチはっ…こんな簡単にはっ―――――危なっ」
後方からゴヴの右手の打棒が振るわれてきたのを気配で感じ取り、紙一重で反射的に上体を前に傾けて避ける。だがその直後の足首を引っかけて後ろへと引っ張るような足払いを回避することができなかった。
ガッ… ゴンッ!!
「ぐぅ…ん、~~ッ!!」
全身で前に倒れ、顔を地面に打つ。豊かなバストが多少のクッションの役目を果たしたのか、さほど強くは打たなかったがそれでも鼻の辺りが赤らんだ。
『そこまで! 勝者、ゴヴ!!』
制限時間10分が過ぎ、審判のコールがなされる。歓声は上がるが、今までの試合に比べるとやや大人しい。
観客から見て、この試合がどういう状況なのかよく分からなかったためだ。
「卑怯だなんて思わないでくださいよ、これも作戦という奴なんで。こちらも勝ちたいですからね、これでも懸命なんですよ」
そう言うゴヴではあるものの、彼自身あまりこの勝ち方には気乗りしていないような雰囲気だった。
「…慰めはいりません。ウチが負けたんは、事実…ですんで……う、ぅ…っ…」
ブワッ…
薄っすらとした煙が晴れる…と、同時にゴヴは驚いた。
地面に這いつくばったまま敗北に落ち込むスィルカ。その後ろにいつの間にか人がいた。
「精神攻撃か。スィルカ相手には確かに抜群の手だとは思うが…よくもまぁ考えもんだな、そちらの大将の指示か? お前はそういうタイプじゃないだろう」
「……。そのまま遅刻してくれてても良かったんですけどね? 劣等生クン」
ゴヴは平静を装って軽口を叩きつつも、軽く冷や汗を流した。
姿を現したシオウは、実際に対峙していたスィルカにも分からなかったゴヴの手口を見抜いているような口ぶりだ。
しかし彼が一番恐ろしく思ったのは、シオウがいつの間にスィルカの後方に来ていたのかまったく分からなかったという事。
隠していた特別な3つ目の武器の効力。闘技場の上は満遍なく薄っすらとした煙がかかっていたとはいえ、それでも闘技場の端から反対側の端にいる人物のシルエットがハッキリと分かる程度に薄い煙だ。
なのに数m先、完全に晴れるまでそこに人がいる事に気付けなかったという事はつまり、シオウは煙が晴れるのとほぼ同時にその場に移動してきたという事になる。
だが姿を見せたシオウは、今急いで移動してきましたよというよりは、最初からそこに立っていたかのような悠然とした態度だった。
「悪いけど審判、ちょっと試合待ってくれる? まずは姫さんを……お疲れ、大変だったな」
そう言うとシオウはパチリと彼女の顔前で指を鳴らす。いつかの時、ミュースィルを襲おうとした不埒者に行ったモノとはまた違う、癒し系の精神魔法。
パァッと光の輪が広がったかと思うとスィルカのまぶたが落ちた。シオウは彼女の身をよっこらせと言いながら抱き上げ、背を見せる。
「なかなかエグい手だが勝負は勝負だ、理解はする。けどま…女性に用いる策としてはちょっとやりすぎたな。…悪いが次の試合、楽には終わらせてやれないぞ?」
そう言ってシオウは一度闘技場を降り、待っていたミュースィルにスィルカを預ける。
その様子を眺めながらゴヴは辛うじて一言を呟いた。
「……それは…なかなか、楽しみです」
情けなくも思わず出てしまった強がりな呟き。
何か言い知れぬ迫力。表面上はいつもと変わらないのに、小柄なシオウの深いところから自分へと向けられた確かで強い戦意――――――手ごわいと感じる。
ゴヴは思わずポケットに手を入れた。
スィルカに使ったものとは違う別の切り札。
試合開始まで待つ間中、彼の指先はソレがそこにある事を確認し続けずにはいられなかった。




