【8】入学式 (4)
そろそろ市内にさしかかるのだが、一体どこに向かっているのだろうか。
いちごの気の済むまで付き合うつもりではあるが、あんまり遅くなると社長に負担がかかるのも事実なわけで......
「あ、紫音ちゃん、この先のスタバ行こうよ!昨日から新作の桃祭りスイーツだよ」
「スイーツ......行く...」
「あ、桃のレアチーズタルトなら昨日食べましたよ。すっごい美味しかったです!」
「えー!いちごちゃんはやい!しかも、1日20食限定で人気ナンバーワンのやつじゃん!」
「ふっふっふ。毎月、新作が出た日の開店時間に突撃してますからね」
「紫音ちゃん、私たちも見習わないと!」
「うん...着いた」
空いた駐車場に一回で綺麗に駐車する紫音さん。ゲレンデに乗って2年と言ってたから相当慣れてるのだろう。左ハンドル車では右側の死角が格段に増える。例えば、交差点での右折待ちの時、対向車線に右折車がいるとこの車が邪魔で対向車が来ているかどうか分かり辛く、慣れない道では特に大変だ。さらに、対向車を気にし過ぎると歩行者への注意が疎かになり巻き込み事故を起こす場合もある。左ハンドルというだけでカッコいいし自慢にはなるが、実際に運転すると日本の道路では非常にデメリットが目立つのだ。
「桃祭りだー!」
「「おー!!」」
驚くほどのスピードで3人ともクルマを降り、ぬこ先輩の掛け声にいちごと紫音さんがつづく。今日が初対面とは思えないほど息があってるな。
店内に入るといちごを含む3人は桃のレアチーズタルトとそれぞれドリンクを注文する。昼前で開店してまだ数時間なのだろう限定スイーツの注文に成功した3人はそれはそれは喜んでいる。いちごは昨日食べただろうに。俺はいつものダークモカチップフラペチーノだ。
「天くんはケーキよかった?あ、もしかして甘いもの好きじゃないとか?」
「あ、いえ、俺もふつうに甘いもの食べますよ。今、無性にこれが飲みたいだけです」
「ほんと...?あ、でもここのお会計は任せてね。新歓ってことで経費でおちるから!」
いちごと共に財布を持って会計を待ってたらこれは経費で落ちるらしい。入部しないとは言い難い雰囲気になるぞ...
「ほんとですか⁉︎ありがとうございます、先輩」
「......」
もう絶対入部する気だよいちごさん。
ショーケース内のケーキだけ先にテーブルまで運び飲み物を待つ。
「天くんはどのクルマが好きなの?」
4人席で飲み物が出来上がるのを待ってる間にぬこ先輩から唐突に話をふられる。
「え?えーっと、俺は日産のフェアレディZが好きですね」
「おー!ゼットかー。34?」
「いえ、どっちかといえば33の方が好みです。見た目の問題ですけどね。横から見たときに天井からテールにかけての『への字』大好きなんですよ」
おっ、みんなのドリンクもできたみたいだ。テーブルについた席の都合上、俺といちごからはカウンターが見えるが、ぬこ先輩達には背後になるため呼ばれるまで気づかない。
「飲み物取ってきますね、あぁ、座っててください」
紫音さんが手伝おうと立ち上がってくれるが、これぐらいはさせてもらおう。
4人分の飲み物をお盆に乗せて席に戻り、それぞれ自分が注文した飲み物をとる。
「天は昔から好きだもんね、Z」
「ありがとー、天くん。いちごちゃんの好きなクルマは?」
「私はですねー、スポーツカーだったらなんでも好きです。あ、でも今一番乗ってみたいのはRX-7かな?」
「あー!いいよねFD!あ、FC派かな?」
「FD派です!マツダ車の最高傑作だと思います!FCからFDへの進化がたまらないですよね!」
「ふふっ。いちごちゃん、本当に楽しそうにクルマの話するね」
「あ、すみません。はしゃいじゃって。同年代の友達でクルマの話ができるの天ぐらいしかいなくって」
「私たちも一緒...」
「うん、私も紫音ちゃんと出会う前はおなじだったよ...。やっぱり年頃の女の子の趣味とはズレてるからね。だから、天くんといちごちゃんともこれからもっともっとクルマの話ができたらなって思うんだ...」
俺はともかくいちごはこういうシチュエーションに弱い。『弱い』と言えば語弊が生じるが、相手によって裏表なく自分の素直な気持ちや直感で人と接するタイプのいちご。人を疑うことを知らない。本当に父親そっくりだ。
「はい!私もぬこ先輩や紫音さんともっとクルマの話がしたいです。入部させてください」
ズビッと鼻をすすり涙を堪えたのだろう。
ある程度予想はできていた。
「俺も入部させてください。ただ、俺といちごは実を言うと夜間学部ですので毎日は来れないかもですけど」
「うんうん!ありがとう、2人とも!」
「曜日によって昼間の授業も受けれるし、来れる日だけ、暇なときだけでも大丈夫...」
「そうなんですか?夜間って普通に毎日夕方から夜まで授業受けるんだと思ってました」
「来れるとき、来たいときでいいんだよ。よかったぁ、これで廃部にならなくて済んだよ」
「「廃部?」」
「あっ...」
心底嬉しそうなぬこ先輩から不穏なワードが飛びだす。
「えーっと、黙っててごめんね。うちのサークルは3人しかいないからあと2人、合計5人以上じゃないと廃部になっちゃうんだ...。あ、でもね、まだ数時間だけど、2人とお話しして一緒に活動したいって思ったのはホントだよ!大事なこと黙っててごめんね...」
ぬこ先輩も紫音さんも心から申し訳なさそうに俯いている。別に騙されたなんて思っていない。
「そんな、先輩たちが謝ることなんてありませんよ。あ、そうだ!良かったらこれからもう少しだけ時間もらえませんか?今度は私たちの秘密をお話しします。ねっ、天」
「そうだな…」
俺もいちごと同じ考えだ。もともと隠しておくつもりもなかったし、せっかく話してくれたんだ。むしろ知ってくれてる方が接しやすいだろう。
「と、いうわけで、一度学校に戻りましょう。その後連れて行きたいところがあります」
キョトンとしてる先輩たち2人に、イタズラ好きの子供がするような笑顔を向けるいちご。いつのまにか俺以外の3人はケーキだけでなく飲み物まで平らげている。俺も急いで半分以上溶けたダークモカチップフラペチーノを胃に流し込み、いちごと同じしたり顔で先輩たちを見る。俺もこういうのは嫌いじゃない。人を良い意味で驚かせ、お互いにもっと親密になれる。共通の趣味であるクルマのことならなおさらだ。
いちごの事を『イタズラ好きの子供』と小馬鹿にしているが、年甲斐もなくワクワクしている自分もまた、根は同じレベルなのだと実感する。
でもまぁ、これから楽しくなりそうだ。