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ドライ部  作者: 如月 六
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【7】 入学式 (3]


「着いた」


そんなこんなで連れられた先は何の変哲も無い部室...なのか?

入り口のドアには『ドライ部』と張り紙がされていたが中に入ると、カランと涼やかな鐘の音が鳴る。壁にはメルセデスベンツの遮光ポスターがズラリと天井から吊り下げられており、照明は全体的に暗めでまるで高級ディーラーのようなラグジュアリーな雰囲気が漂っている。


「あっ、紫音ちゃんおかえり〜」


「ただいま。良い子にしてた?」


「もぉー。子供じゃないんだから...ってそっちの2人はもしかして!」


「新入部員ゲット...」


「いやいやいや、入るなんて言ってませんって」


膝ほどの高さしかないガラステーブルに合わせて設計されたであろう腰の低いソファ椅子でダラけていたチビっ子が身を乗り出す。真ん中のテーブルを挟んで2つずつの4人席に通されながら慌てて否定するが、紫音ちゃんと呼ばれた美人さんもなぜかキョトン顔。


「私は篁紫音。この子は縫川心ちゃん。よろしくね」


このタイミングで⁉︎


「私は遊佐いちごです。こっちは久我天と言います。2人とも入部希望です」


いちごさん⁉︎


「いちごちゃんと天くんだね、よろしく。私は薬学部の2年生でみんなからは名前を縮めて「ぬこ」って呼ばれてるから、良かったら2人もそう呼んでね。紫音ちゃんは心理学部の3年生だよ」


「私と天は工学部です、ぬこ先輩。ところで、大学のサークルってこんなに豪華な部室が普通なんですか?」


「あ、えーっと、実は矢野くんって部長がいるんだけどーーー」


言いにくい事なのだろうか、クリッとした二重でまっすぐ目を見て話していたぬこ先輩は急に視線を泳がせる。ーーと、ぬこ先輩の話をさえぎるように、ガチャっと入口のドアが開く音とともに、


「お待たせ致しました、ぬこ様」


さっきの小太りメガネが手押し台車に段ボールを2箱積んで入室する。なんとなく予想はついてたが、やはりこの人が部長の『矢野くん』なのだろう。しかしぬこ先輩に対して様付けとは。

いそいそとカウンター席の裏側に消えていき段ボール箱を開放する音が聞こえる。程なくして部長が持ってきたのはーー


「いちごミルクでございます」


薄桃色の飲み物が入ったグラスと紫音さん、俺、いちごの前に置かれたオレンジジュースと思しき飲み物。


「わー、いつもありがとう。ごめんね、いちごミルク切らしてるの忘れてて」


「なんのこれしき。ぬこ様の為なら例え火の中水の中ですよ、はっはっは」


「いちごミルクの為に火の中はダメだよ〜」


「ホットミルクは好みではございませんでしたな」


微笑と共に微妙にズレた2人の会話の隣で紫音さんが口を開く。


「良かったらこれから少しドライブしない?4人で」


「あっ、えーっと...どうする?天」


「もう入学式も終わった頃だろ。2時間くらいはあるし大丈夫じゃないか?」


「そうだね!というわけで紫音さん、よろしくお願いします」


ぐいっと良い飲みっぷりのいちご。

せっかく出してもらったからな。俺も飲み干そう。


「えーっと、もしかして僕はその4人の中に入ってないのかな?」


「私、ぬこちゃん、いちごちゃん、天くん。の4人」


「じゃ、じゃあ僕の車で5人で行こうよ!」


「......」


紫音さんは黙ってチラっと横目でぬこ先輩の方を見る。


「ごめんね、矢野くん。あまり時間がないみたいだから、ここの後片付けを頼んでも大丈夫かな?」


「はっ!お任せくださいぬこ様」


なぜかぬこ先輩には絶対服従の部長。よくわからん。


「というわけで、こっちに来て」


紫音さんが指を指す方向は、部室に入った時に気がついてはいた奥のもう1つのドア。


「こっちはガレージにつながってるんだよ」


そう言ってぬこ先輩が扉を開けた先には、奥からコルベット、911カレラ、ミニクーパー、ゲレンデ、シェベルSS。3枚の上開きのシャッターは全て開けられ新車のような輝きを放つ5台は綺麗に並んでいる。


「えっ、これ、誰のクルマなんですか⁉︎」


いちごじゃなくても驚くだろう。統一性で言えば5台全て海外車。1台1台が相当な価値を持っている。特にシェベルSSに至っては初めてお目にかかれたシロモノだ。


「これは私のクルマだよ」


「これは私の」


ぬこ先輩はミニクーパーを、紫音さんはゲレンデをそれぞれ指で示している。


「このシェベル、乗ってる人いるんですか?」


「天くん、相当なクルマ好きだね〜。これは矢野くんのだよ。奥の2台は教授達のだね」


詳しい年式はわからないが、70年台近いのではないだろうか。旧車として名高いシボレー・シェベルSSは『旧い』というのが大きな理由だろうが、公道で見かけることはほとんどないレア中のレアだ。車内を覗くと左ハンドルのマニュアル車。50年落ちとは思えないほど外観が綺麗でキズや凹みが見当たらない。


「あっ、すみません、俺まではしゃいじゃって」


「いいよいいよ。クルマの話で盛り上がれる人は貴重だからね。っと、それよりごめんね紫音ちゃん、運転お願いね」


「まかせて」


海外車の中でもゲレンデは公道で見かける方だと思う。実際に改めて見ると、重厚感とクラシックなデザインに圧倒される。いちいち驚いていても仕方ないのだがエンジンの始動音やら想像以上の安定性、見通しの良さ、運転していて間違いなく『楽しい』と思えるのだろうが、新車価格もだし、中古車でも維持費を考えると一般人にはなかなか手が出せないんだよなぁ。

ガレージを出てすぐ右に曲がると『9号棟』と書かれた建物が見えてくる。その9号棟を横目に過ぎると本線が通っておりその本線を横断すると南側駐車場がある。本線の流れに入る紫音さんがどこに向かっているのかはわからないが後部座席ではすでにいちごとぬこ先輩の2人で話が盛り上がっている。


「へぇ〜。じゃあ天くんといちごちゃんは従姉弟で幼馴染なんだね」


「私が4月生まれで天は3月生まれなので私の方がお姉ちゃんなんです」


「うらやましいなぁ。あっ、もしかして、お2人は付き合ってたり?」


「ーーーち、ちち違いますよ!ただ親が姉妹で家も近くて小さい頃から一緒に遊んでいましたけど、そ、そそそんな私たちがお似合いだなんて!」


晴天の下でどこに向かっているのかもわからない車内の後部座席では、いちごとぬこ先輩が自己紹介......なのか?紫音さんは無言で運転しているのだが、相変わらずの無表情だ。まぁ、もともと体験入部の自己紹介だ。話して見ないとわからないことだらけだからな。


「紫音さんはこのゲレンデにずっと乗ってるんですか?」


「うん。高校を卒業して半年くらいは軽自動車に乗ってたんだけど、両親が転勤でこれに乗る機会が減ったから貸してくれるって。それでも2年以上かな」


あ、話しかけてみたら普通に返ってきた。怒ってはいないみたいだ。


「へぇ。紫音さん、身長高くてスラっとしてるから似合ってて羨ましいです」


「似合う?ありがとう?」


なぜか疑問形でお礼を言われた。


紫音さんが運転する左ハンドルのメルセデスベンツG55、通称ゲレンデは国産のSUVと比べて車高が高く見通しが良い。その分足元、タイヤ周りの死角が増えるのだが、車間距離を多めに取って走るように心がけているのだろう。付かず離れずの車間距離は並走車の有無で臨機応変に詰めたり譲ったりと、隣に乗っていて心地が良い。高身長でスタイルの良い紫音さんにずばり似合っている車だと思うのだが本人にその自覚はないみたいだ。小首を傾げあまりピンときていない様子。


「ねぇ、天くんはいちごちゃんの事どう思ってるの?」


「えっ、あー。家族...ですかね?お互いの家に気兼ねなく行き来してましたし、親同士も受け入れてくれたので」


いきなり後部座席から声をかけられて少し驚いたがなんてことない質問だ。高校3年間は遊佐家で生活していたし、さっきいちごも家族と言ってくれたからな。間違いない。

なぜか『えぇー』とでも言いたそうなぬこ先輩の顔。対照的に「家族......いいね」と珍しく少し興奮した感じの紫音さん。なんとも言えない顔で窓の外を見ているいちご。

あれ?俺なんか変なこと言った?

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