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ドライ部  作者: 如月 六
25/28

【25】杞憂


遊佐自動車で使っているリフトは先月導入した、床から車体ごと持ち上げるだけでなく、真ん中のリフトだけ上昇させることもできるマルチフラットタイプだ。

それまでは門型のリフトだったのだが、重い左右のアームを伸縮させたり、逐一ジャッキアップポイントを確認しながらリフトアップするなどとにかく面倒であった。ジャッキアップポイントを選べるためほとんどの車種で使用できるなど門型にも良さはあったのだが、導入されて1ヶ月ですでに便利さの極みである新リフト様にゾッコンなのは隠せない。

工場に着くと社長が新リフトでクラウンをリフトアップしているところだった。


「お疲れ様です」


「おっ、早かったな、天。いちごは?」


「少し体調悪そうでしたけど、着替えてから降りてくるみたいです」


十分な高さまで上昇しリモコンから手を離す社長。空中に備えられた巻き取り式リールコードのためリモコンと100ボルトの電源は常時ぶら下がっている。後者の電源に関しては新リフト設置のサービスらしい。


「そうか。シルビアはどうしたんだ?」


「いちごの体調が悪そうだったので運転させませんでした。学校に置きっ放しになりますが事故に繋がるよりは、と思って......」


「お!ナイス天。今から俺も桜も別々だが用事ででかける事になってだな。行きは桜に送ってもらって帰りはどうするか悩んでたんだよ。佐奈大に行くからそのままシルビアに乗ってくるわ」


話しながら事務所のドアを開け席に着く。結果的にS15を置いて来たのは僥倖のようだ。

大学に用といえば、星川学長と整備工場の件を密に話し合うのだろう。


「天くん、いちごのことよろしくお願いね。同窓会の日にちすっかり忘れてて」


「俺もきらりちゃんと話が終わったらシルビアで同窓会に行くから、適当な時間で工場閉めといてくれ。あ、今上げてるクラウンのオイル交換だけ頼むな」


2人とも夜まで帰ってこないのだろう。バタバタと奥に消え支度をしている。

事務所の奥にはたまに誰かが使っているぐらいの休憩室と御手洗いがあり、2階には階段を挟んでシャワー室と大地さんの趣味で筋トレ部屋。階段正面の通路を抜けると遊佐家の2階に繋がっている。


「なんか、2人ともバタバタしてるんだけど。天なんか聞いた?」


奥から事務所に入ってきたいちごに問われ、事の顛末を話す。

いつもの黒のツナギを着たいちご。俺も早いとこ着替えに行かないとな。ツナギをずっと抱えているのだが、おそらく奥の休憩室では大地さんが着替えているのでいくら男同士とはいえ気不味いものがある。急いではいない事を理由に待ちの一手しかうてない、と考えていると、


「おっ、いちご。体調悪いって聞いたが大丈夫か?悪いな、伝えそびれてて」


「平気だよ。それより、はい、鍵」


「お、おぉ。話が早くて助かる。何かあったらすぐ連絡するんだぞ。俺も桜も酒は飲まないから」


「ごめんね、いちご。行ってくるわね」


俺に「早かったな」と言いつつこの慌てよう。W221ベンツに乗り込み、すぐさま発進する桜さん。『早く』なかったらどうするつもりだったのだろうか。それに大学に、星川学長に用なら話が終わった後に学長のマークXに乗せてもらえばいいだろうに。学長も同窓会に行くだろうし。


「ふふっ。もー、見てよ天。お父さん、すぐ連絡してくれって言いながらスマホ忘れてるし」


いちごのいつもの笑顔に安心しつつ苦笑いを返す。ごく自然に頬が緩んだような、それでいてどこか幼さを感じさせる笑顔。もうずっと昔から見てきたが変わらないもんだ。


「お母さんにENILしても運転してたら既読つかないよね。どうしよっか?」


「社長はスマホに無頓着だから別にいいんじゃないか?一応、桜さんにENILだけしとけば安心だろう」


「そそっかしいんだから」とぶつぶつ言いながらも未だに口元が少し緩んでいるいちご。

結局、熱っぽいのは杞憂だったらしい。

さぁ、俺も着替えて仕事するか!


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