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That was a World

作者: 微酔 孫・黙考する『叫』 Part.3・光煌晃・火炒燐・真実色

自分の心を武器化して戦うMMOゲーム、That World?

      ――面白そうじゃん。やろうやろう。

 ――――結構大掛かりな機械だね、医療機器のMRIみたいだ。最近のゲーセンはすごいな〜。

    ――お前、相変わらず世間知らずだなぁ。

――丁度5人分の台だし、とりあえず始めようぜ。――――




◆チャプター0:That World



草原。ただ草原。


「皆は? どこいったんだ?」


ゲームのルールは意識の転送中に粗方頭に入った。てっきり皆とパーティを組んで冒険が始まるものだ、と思っていたが違うらしい。


「それにしても広い…人影もないし、村や町に行けばプレイヤーがうじゃうじゃいんのかな…?」


とりあえず人気の多そうなエリアに行きたい。もし道中で人に会ったらはぐれた4人に心当たりがないか聞いてみよう。

俺は歩き始めた。

さて、自分の心の有り様、このゲーム内でのスキルは何になったのか、パラメータ画面を開いて確認する。


「スキルは…相手の制約を見抜くことで、相手のスキルを制約なしで使えるようになる……」


あ、扱いづらい奴~~!!

多分強い、ていうかずるい部類のスキルだけど、


「俺一人ぽつんとしてたら最弱じゃねぇか!!」


画面に向かって叫んでも空しかった。どうしよう、誰でもいいから協力者を得るなり、スキルに付き物の制約を自力で見破るなりしなくては丸腰だ。そういえば、俺の制約は一体何なのだろう? まぁこんなスキルでは発動条件自体が制約まみれみたいなもんだし、お目こぼしがあったのかもしれない。

空が曇ってきた。苦い顔で草原を進んでいると、木陰に小柄な人影が見えた。座っているが休憩中なのだろうか。深くフードを被り、ゆとりのある服を纏っているため顔や性別は分からない。とりあえず彼? 彼女? に声をかけてみよう。


「おーい! そこの…」


身体がそれ以上前に進まなかった。動けなくなった。地面から張り出た柱石が関節を固め、鋭利な結晶が目を突き刺さんとしている。

透明度の高い柱状結晶の向こうで、小柄な人影が立ち上がり逃げていくのが見えた。距離が広がるにつれ、結晶はゆるゆると崩れ、消えていく。


「スキルって、こんな絶対的なのかよ……」


もし相手がその気になれば、串刺しにされ瞬殺されていただろう。しかし、この身には傷一つ付いていない。ここに光明がある気がした。

相手は戦いを好まないと見て間違いないだろう。俺のスキルを警戒したのなら逃げた説明はつく、しかしダメージを与えなかったことの説明はつかない。奴には取り入る隙があるはずだ。何よりも……


「あんなカッコイイ技見せられて! 逃げられて! 追いかけたくならねぇワケがねぇぜ!!」


全速前進でフードの奴を追いかける。相手が一度振り返ると、柱石による足止めが始まった。やはり攻撃の意思は感じられない。怖がることはない、確信を得た。

フードの奴は余程体力がないのか、明らかにスピードが落ちている。逃げ切れないと腹を括ったのか、こちらへ振り返り立ち止まった。


「はぁっ…はっ…ぜぇ……ぜぇ……」


トゲ状の結晶を横一線に突出させ、拒絶の意思を表している。ただ、近寄るな、と言われているようだ。ここまで来ても牽制以上の動きは見られない。


「そんなに逃げなくても、少し話をしたいだけなんだ」


針の防壁は動かない。


「声は届いているか?」


一歩、前進する。足元がパキッと小さく鳴いた、刹那――


「ひっ…!」


結晶の棘がデタラメな方向へ伸び、身体中を突き刺した。俺のではなく、フードの人の……。

痛々しい。痛々しい光景。自害と、それを支えにして立っているのだろうか。小刻みに震えながらぐったりと棘に身を委ねている。

ふと、結晶の反射でフードの中に隠れていた顔が見えた。


「蒼井……?」

「……誰……? どう…して…名前……」

「俺だよ。秋也だ」

「秋也? …全…然……違う…人……に見える…」


蒼井は結晶を杖に変えて自重を支えた。俺との間にはまだ半円状に晶石が張られているが、とりあえず串刺しはもう見なくて済みそうだ。あれは心臓に悪過ぎる。


「背丈も顔つきも違う…本当に秋也なの?」

「え?」

「見てごらんよ。ステータス画面」


画面を開くと、まつ毛がバッチバチの美少年が映し出された。このゲームでのアバターなのだろうが、設定した覚えがない。画面上では背丈はよく分からないが、蒼井の服装以外に変化がないとすれば、俺の目線は10cm強上がっていることになる。

画面と蒼井を交互に見ながらうむうむと一人納得していると、蒼井の方も警戒を解いたのか晶石は跡形もなく消えていた。空は晴れ、地面は草花で覆われ、先程まで冷たく結晶が刺さっていた気配など微塵も感じられない。


「もしかして、見た目も心を反映しているのかな」

「あ、あぁ、そうなのか?」


それなら合点がいく。もうちょっと背が高かったらなぁ、とはいつも思っていた。顔は漠然と凛々しくなったらなぁ程度で、ここまで目力アップするのは願望の外な気もするが。

にしても、その理屈でいくと蒼井は自分の見た目には悩みがないってことか、羨ましい奴め。それとも、他の何かになりたいのではなく、ただ隠れたいという思いが服装に現れたのか。蒼井の性格を考えると後者な気がする。


「一緒に来た3人も見た目が変わってたりするのかな」

「困るなぁそれ」

「まぁ、現実ではぐれたわけでもないし、ゲームを楽しむだけなら絶対会わなきゃいけないわけでもない」

「俺はせっかくなら皆に会いたいよ。心を武器化するゲームなんだから、リアルで知ってる連中がどんなスキルを使うのか、ちょっと気になるじゃないか」

「……」


蒼井は黙ってしまった。蒼井のスキルはパーソナルスペースを表していたのかもしれない。好感度のパラメータが下がったのを感じる。


「そうだ、俺のスキルを見せるよ。それでおあいこだ。な?」

「あんまり興味はないけど……」

「うん…興味のあるなしどころか、ひょっとするとあまり心象良くないかも」

「なにそれ」

「気になるか? しゃーねーな~」

「……」


蒼井の無表情が少し怖いが、自分のスキルを説明した。

制約を見抜くことで他人のスキルを使うスキル、俺の心の有り様は…?




◆チャプター1:蒼井



一本木の下で目が覚めた。


「一人? 他のプレイヤーもNPCもいない。静かだ、なんか久し振りに安心する……。」


転送中にゲームのルールは粗方インストールされた。出発地点に関する説明はなかったが、皆違う場所になったのだろうか? ルール自体もざっくりとしたものだったので、オープンワールドに近いMMOなのかもしれない。


ゲームクリア前の、最終ゲートをくぐるには最低5人のパーティを組む必要があること。

自分の精神状態によってスキルが変化することがあること。

ここでの強さは心の強さであること……。


一緒にいた皆を合わせれば丁度5人だが、ざっと見渡すだけで広大なエリアであると判断できたため、皆を探すのはゲームを遊ぶついでくらいでいいかな、と蒼井は思った。

とりあえずここは安地のようなので、各種パラメータ画面やステータス画面を確認することにした。説明書を読むみたいで楽しい。


「チャーハンよりも焼き飯の方が好きって、すごい微妙なことまで書いてある。すごい」


ざっと全体をさらってから気になる部分を反復する。まずスキルについて。

視認できる範囲に結晶を生成できるというもの。何度か試してみたところ、形状は柱状から針状、心理状態によって刺々しくなることがわかった。

あとは、恐怖が増悪するほど威力が上がるらしい。これはあまり嬉しくない。らしい、というのはその制約故に攻撃判定を出すことが躊躇われたからだ。傷つけた分だけ自分も傷つく、蒼井にとってこの制約はあってもなくても同じことだった。誰も傷つけたくないし、傷つけなければならないなら自分が死のう、と思うから。


「回復系のスキルが良かったなぁ…。でも、助けたい自己も、助けたい他者もいないわけだ、今は」


スキル変化についても再読する。ゲーム開始直後のスキルは固定ではない。心境の変化によりスキルも変化する。それはより破壊的かもしれないし、建設的かもしれない。

蒼井はプロフィールを斜め読みしてから画面を閉じた。


「不思議なゲームだな。自分のことが書かれているけど、これは自覚している部分についての記述なのか、他人から見た自己なのか。他人から見た自己と言っても"こんな風に思われてるのでは"という主観でしかないけれど……」


またいつもの自問自答を繰り返す。動くのはもう少し静寂を楽しんでからでいいと、木漏れ日とそよ風の気持ちいい草の上で、蒼井はバーチャルの鳥をのんびり眺めていた。うつら、うつら、と。少し怖い夢を見ていた。


「おーい! …」


いきなりの大声にビックリして思わず人影を柱石で雁字搦めにしてしまった。いいや、このまま距離を取ろう。

後ろを振り返ると、長身の男が豪速で追って来ていた。


「ひいぃ!」


怖い怖い怖い! 心拍が波打つ。晶石の細かいコントロールは効かない。息が切れる。目が霞む。もうダメだ、これは夢か? 怖い怖い怖い!


出来るだけ強固に、威嚇するように、茨の結晶群を形成する。長身の男は……


「パキッ」

「ひっ…!」


このまま、捕まるのなら、捕まる前に、自由は、命は、獲られるくらいなら!!


「……」


串刺しになった気分は、良い。傍から見たら金平糖みたいになってるのかな。HP、MP、SP上限20%減少。気持ちが良い。誰も触れない。誰も入れない。死人には干渉できないだろ、ざまあみろ。……本当には死んでいないから、痛みも感じないから、これはただの死んだフリでしかないけれど、誰も触れない。誰も入れない。気持ちが良い。無機物が支えてくれる、守ってくれる。諦めて帰れ、消えろ、消えろ。


「蒼井……?」

「……誰……? どう…して…名前……」

「俺だよ。秋也だ」


目を開けて、追跡者の顔を見る。嘘を吐いている顔ではない。正直友達の顔と名前は曖昧にしか一致していないので、どうでもいいとして、体が大きい。こんな知り合いは知らない。服装、言動、敵意の有無で安全か否か判断する。……串刺し公はやめてもいいだろう。


「心臓に悪いことはやめてくれよ。はぁ」

「こっちはもっと心臓がくたびれてるよ」


いくらかのやり取りで秋也と名乗る男を秋也だと信じられた。

彼のスキルは他人のスキルを条件付きで使えるようになるものらしい。蒼井は、自分のスキルと制約をひとつだけ教えた。


「あーそれで牽制しかしてこなかったのか。めっちゃ強え~って思ってたけど、雑魚だな」

「雑魚で結構」

「とにかくこれで俺もカッコ良く、華麗に、美しく、あの、ばーってなってジャキーンってなれる……」

「すごいカッコ悪そうに言う……」


秋也がクリスタルどーたらこーたらと叫ぶと、盛り塩みたいな欠片がポロポロ出来て、崩れた。そのまま勝手に名付けられた技名も崩れてしまえ。


「どうして……」

(なるほど、恐怖心と威力が比例することを教えてないとこうなるのか。制約が消えても、発動条件は引き継がれる)


蒼井は秋也のスキルについて考察しつつ、調子よく相槌を打つ。


「そりゃ、外側だけとはいえ人の心を使うんだから、簡単に真似されたらショックだよ」

「ちくしょ~俺の能力は一体なんなんだ!!」

「心の有り様によっては、スキルがガラッと変わることもあるらしいし、これが君の本当の能力とは限らないよ」

「それで慰めたつもりか! うおお~~」


秋也は地団駄を踏んでいる。ひとしきり暴れまわったらスッキリした顔で戻ってきた。その性格、少し羨ましいよ。


「まっ! 蒼井と合流できたから良しとしよう! っで、他の奴らも探して、最後のゲートをくぐるぞ!」

「まだパーティ組んでないけどね。結成の画面からそこ押して、分かる?」

「蒼井、お前That WorldのことMRIみたいだって言ってた割にゲーム詳しいな」

「別に、普通」


「……よし、パーティ組めたしこれではぐれても安心だな。次のエリアへ行くぞ!」


秋也は意気揚々と進んでいく。人の多い所が良い、というので港か城下町を提案しておいた。


(最終ゲートをくぐったら、君がぬか喜びの頂点に達した時に……。強迫的にそう思うのは、何故……?本当はそんなことしたくない、誰にも……)


蒼井は違和感と不快感を抱いていた。他人が土足で入り、溶けて、融和する恐怖。


(これは、誰の感情だ?)




(―――それナ、あㄘきの感情やネン)



「!?」



蒼井は自ら頬を強く叩いた。驚きのあまり突然とった行動だったので、当然防備している訳がなく、今の衝撃で地味にHP上限5%減少。ちなみにこの一連において、頬を叩く際に仄かに寂しく孤独を漂わす音が伴っていたため、瞬く間に秋也も気づいた。



「ど、どうしたんだよ。大丈夫か?」



「あ、えっと、平気。そ、それより......」



蒼井は自らフードを外す。ついでにたまたまポケットに入っていたドッグフードも食べる。フードを解いて、フードを口にした後に、両頬に両手の人差し指(もしくは両腕における第2先端)を当てて、戸惑いを含めながらも全力の笑みで一言。



「海鮮チャーハンが食べたいYO☆☆」



秋也は何の反応もしてこない。極めて、真顔である。いや、無だ。秋也はいま無の表情をしている。人って虚無が過ぎるとあんな表情するのかな。それも、ましてや自分と真反対な人間があんな表情をしていると、さすがに怖い。何かこう、せっかく明るく宴会とかしてたのに空気読めない奴が他人の地雷踏む真似して一気にお通夜モードと化した際の雰囲気に似ている。これは胃に悪い。何かこう、ジワジワとHP削られていく感じある。もう、どうすればいいのかわからない。あ~モンテスキュー。あ~~~モンテスキュー。



―――むしゃくしゃした感情は、串刺しにしてしまえばよい。己の身体ごと。HP、MP、SP上限20%減少。嗚呼、秋也。また串刺しになったこの有り様を見てくれ。とても、おいしくなったんだよ。何でこうなったのか、言い訳しても無駄だろな。



というのも、さっきの海鮮チャーハンを食べたい発言は、自分の意思に反して放ったもの。そう、まるで"誰か"に操られたかのように。一体、何がどうなっているのか。しかし、一つ確定した事実がある。それは例の自分でない感情が紛れ込んできた事、ならびにチャーハンより焼き飯派である事から察知の通り。



―――明らかに、心を読まれている。そして、"侵入"された。



だが、先ほどの串刺し一点張りでもって、気のせいかどうかはわからないが、心に誰も踏み入られていない感覚となった。一先ずここは弁明をしなけばならない。どう足掻いても重苦しい空気を変えることは不可能だと知ってはいるが、苦し紛れながらも言い訳をかまそうとしたのだが、どうやら考えすぎだったようだ。秋也は満面の笑みで



「…そっか!なら、海鮮とか美味しそうな港に行くのがいいな!」



何事も無かったかのように、「レッツゴー・港の方へ!」と意気揚々と山(それもめっちゃ険しいヤツ)の方へ進んで行った。色々と突っ込みたい所は山々だが、第一に海鮮料理がおいしいのは何も港とは限らないと思うので、まずはそこを修正した。そして結局は「とりあえず人の多い所を目指そう」という結論に至った(というより戻った)ため、今度は比較的登るのが楽そうな山へと向かうこととした。……この最中、またしても私の心に侵入してきた"誰か"が、やけにビー●たけしの物真似をしてくるので、今度は秋也に気づかれないように音を立てぬよう、頬を抓まくった。HP、MP上限3%減少。


どうやら、自分自身に何らかのダメージを課すと、心を読んでくる不届き者は一時的にフェードアウトする。だが、しばらく経てばまた心に侵入者が来るので、その際はまたしても同じことをせねばならない。しかもダメージを与える時は自分自身も痛いと感じるようなものでないと効果が無いらしいので、延々と心を読まれては自傷したりの繰り返しとなるのか。あとこれHP地味に削れてるみたいだから、これずっとやってたらHP0になってゲームオーバーになるねこれ。どうしようこれ。これ。


いま、青く晴れ渡る空とは裏腹に、最大の試練に対面している。




◆チャプター2:This Way



目の前が真っ暗である。というか、息が出来ない。苦しい。―――それもその筈、俺はどういう訳か、頭だけ地中に埋まっている姿勢スタイルで目覚めたからだ。


「何でこういうスタートなんだよ!!!!」


俺は勢いよく地中から出た後、しばらく顔中の土を取り払う作業に専念する。顔を手で拭きがてら、辺りをキョロキョロと見回す。誰も居ない。あるのは木と木と木……おっ、木が三つあるってこたぁ、ここは森って訳だなぁ???……本来、ここで俺のややベタ気味な小ボケに対して黄谷きたにか、柴谷ことシバやんが必要以上のツッコミをかましに襲い掛かるのだが、誰も来ないということは、少なくともそういうことなんだろう。……緑野みどりのと蒼井は、居てもきっとスルーするだろうけど。


「……1人ぼっちで地面に顔埋まってる姿勢って、傍目から見れば絶対怖いわな。」


ゲームのルールは、少しだけ把握している。意識をゲーム世界に転送している時にグニュグニュって概念が入ってきたからね。……なぜ少しだけなのかというと、転送中はずっとドンキーコングを題材にいかにエロい漫画を描けるかということを脳内議論していたせいで全くルールが身に入ってこなかった。だからスタート時は1人きりであることをわかっていなかったことから、俺が持つ知識は限られている。しかし、だからといってこんな所で今置かれている状況を把握するだけでボーッとしゃがんでいてもゲームの進行としては面白くないだろうから、ひとまず歩き出す。宛てはない。だが、せっかく5人で始めたゲームなのだから、はぐれた4人を見つけ出した上でゲームを楽しみたいのだ。どこか適当にほっつき歩いてたら誰かに出くわすだろう。そんな訳で15分間ほど歩きつつ、特に文として残す価値もないようなつまらん森林風景けっけけぃを眺めていたのだが、俺はそんな静かな視界とは裏腹に考えに考えた末に、ある明快かつ単純な閃きが生まれた。


「……画面開いて読めばいいんじゃん!!」


ルールがわからなければ、オプション画面やらカスタマイズ画面を開いて確認すればいい。こんなシンプルな解決策、どうしてさっき気づかなかったんだろう。俺はまるで深い藍に呑まれた紅のよう。ただ呑まれるだけならまだしも、画面を開いた後、淡い希望は藍に融けて、広く広く滲んでいった。


というのも、画面の文字が全て「ㄘ」となった怪文になっていたのだ。


どう考えてもバグ。圧倒的、バグ。何故こういう時に限って、バグ。たぶんこの感じだと、地中に頭埋める形でゲームスタートになったのも絶対バグだろうな。うん、そうに違いない。


だが、全く解読不可能という訳ではなかった。例えば先述のオプション画面の場合は「ㄘㄘㄘㄘㄘㄘㄘ」といった具合に変化している。つまり文字数には対応しているワケで。だから読めなくもないのだが、クソ面倒くさいことに変わりは無かった。それに、画面そのものの説明は分かっても、その画面にどういった内容が載っているかが分からなければ意味がない。「ここ開けばパラメータわかりますよ~」というのは分かっても、肝心の「どんなパラメータなのか」がわからないという。とても、悲しい。自分の心がどういった武器になっているかも知ることができないだなんて。


しかし、頑張れば何か……何かがわかるかもしれない!そんな面持ちで俺は「ㄘ」とだけ続く意味不明な説明画面を見ることにしたが、勿論のこと頭に入ってこない。というか、この物体からどうやって情報を仕入れろというのか。何となく円の中に色々と先の尖っている何角形かわからない図形が載っているあたり、恐らく自分の能力別パラメータが説明されている画面なんだろう。まぁ実際はどうなのかわからないけれども。次はどうしようか。……「ㄘㄘㄘ」は、文字数としてはセーブとかだろう。……ゲーセンに置かれてるのにセーブ機能あるってのも変な話だが。じゃあこっちは……ㄘが5文字か。……オプションとかかな。でもそういやステータスとかも5文字か。うわややこしい。まぁとりあえず、「ㄘㄘㄘㄘㄘ」と書かれているコマンドバーを選択しよう。

























挿絵(By みてみん)














「UWAAAAAAAAAAAAAAA?!?!?」




驚きのあまり、正拳突きの要領で思いっきり左ストレートで画面をぶち割ってしまった。てか、普通に物体だったんですね。この画面。



あれは何だろう。確かに「グロがぞう」も5文字だが、わざわざ個人のスキルとかを載せるコーナーにグロ画像を載せるか?それに別に画面一杯にあれがドドンと出た訳ではない。まるで何かのプロフィールみたいな文も付けられていた。と、すればだ。とすればとすればとすれば………



―――俺は、改めて顔をあちらこちら触ってみる。まるで人間の顔とは思えない肌触り。なんか、いろいろグチャグチャしている感じ。そんな自分の手を見てみると、これまた人間離れした形をしていて




……間違いない。俺の外見は今、さっきのモンスターみたいなのになってる。




でもまぁ、仕方ねえな!例の怪文書(いや怪文画面?)は全くもってわからなかったが、少なくとも俺がいま異形かつ人外と化していることは把握できた訳だ。無情報よりは、まだマシだろう。だが、これではゲームプレイヤーではなくゲーム中の敵として間違われる可能性がある。それではマズい。何とかして、敵ではなくてゲームプレイヤーである・すなわち味方である旨をうまく説明せねばならない。ただ「俺は味方だ」だなんて連呼しても、疑い深いプレイヤーだとしたら信じちゃくれないだろうからね。




さて、そんなこんなしている内に俺は森から抜け出し、ただっ広い草原に出た。本当に草原。とても草原。誠に草原。草生えるわ。草原なだけに。



……誰も突っ込んでくれないのが、少しばかり寂しい。



1人きりでもやや大丈夫な方である俺だが、ただボケを放つだけなのは、より孤独の色が強まるだけでしかなかった。



そうだ、せっかく広い広い草原に出たんだ。ここで少し気分転換をしよう。というか、ドンキーコングでエロいのを想像する回の続きをやろう。そうしよう。……俺はなりふり構わず、その場で胡坐をかき、ゲーム世界からさらにワンテンポ先にある1人妄想の世界へ入る。そこで俺はドンキーコングに決定的なエロさを抱いた時点で、何か、こう……"違和感"を抱く。それはなんかこう、誰かが俺に語り掛けている……いや待てよ、誰かが自分自身に語り掛けてね?つまり心の中での独り言とか思っていることが、俺にそのまんま聞こえているかのような感じ。ていうかこの人、恐怖してたり他人を羨んだりしてるな。忙しいなぁコイツ。



……俺はこの正体を探るべく、集中しなければならない。またしても妄想を中断するハメとなったが、俺は目を閉じ、どこからか聞こえてくる声……というか、念。それに深く深くダイブしてみる。すると、ほわ~んと景色が浮かんできた。俺は目を閉じているはずなのに。何だかまるで、俺が俺じゃない"誰か"になったみたいだ。ぷわわんと浮かんだ景色には、男が居た。それもまつ毛バッチバチで且つ背も高い。きっとこいつ洋楽とかが好きなんだろうなぁって感じが、わかる。何故わかるかというと、俺の昔のバイト先にこんな先輩がいた。俺はそいつのことが、全く以て気に入らなかった。別に何か嫌がらせを受けた訳ではない。ただ単純に、そいつの挙動一つ一つが腹立たしくてたまらなかった。おかげでバイトに全く精が入らず解雇されたので、俺はその先輩に根を持っている。だから、そいつと同じ顔をしている奴が、目の前(正確には目を閉じた先に浮かんでいるヴィジョン)に居ることが嫌で嫌でたまらん。……ここゲーム世界だもんね。殺し、許されるよね?あー、R指定くらう程のグロテスクな方法で懲らしめたい。



やがて、目を閉じた先に浮かぶ風景はやがて音声をも伴うようになってきた。あ、目の前の気に入らねぇ奴そっくりな野郎が俺に向かって何か言ってる。どれどれ……



(――「……よし、パーティ組めたしこれではぐれても安心だな。次のエリアへ行くぞ!」――)



あぁこれアレだ。例の先輩と同じような挙動してるわ。なんか一歩先リードしてあげますよ的なね、ノリね。はいはいはい。わかる。これは、気に入らない。……このゲームって確か最終ゲートくぐったらクリアらしいってことは覚えてるけども、最終ゲートをくぐったら、君がぬか喜びの頂点に達した時に殺された方がマシなレベルの苦痛を与えたいわ。マジで。間接的にバイト解雇させられた積年の怨み・嫉み・全てぶつけてやるけん。



そんな俺の強い感情が伝わってしまったのか、いま俺が踏み入っている"誰か"の心の言葉は、まさに戸惑いそのものであった。



(―――これは、誰の感情だ?―――)




これは、"バレて"いる。きっと、俺は心を読んでいて、感情をも乗っ取りかけていた。そこに反応してしまったのだ。さて、どうすべきか。試しに返事してみるか……しかし俺に向けられたこの問いに、俺はどう返せばいいのだろう。……俺は試しに、念でもって返答をしてみた。




(―――それナ、あㄘきの感情やネン)




その刹那、俺は頬に強い衝撃を受けて地べたを転がった。これは、誰かに平手打ちをくらった痛みだ。何かHPも減った気もする。だが、俺の周りには誰も居ない。となるとだ。この頬の痛みは――恐らくだが――俺が侵入した相手が自ら頬をぶった衝撃が、俺にも伝わったのだろう。そこで俺は、己の持つスキルがどんなものか、一つの予想が生まれた。予想は、確かめなければならない。俺は再び、ドンキーコングでエロいことを想像する。……エロイズムが頂点に達した時、またしても俺は自分でない誰かの声が聞こえてくると同時に、自分でない誰かが見ている光景が目に浮かんできたことから、ついに確信した。



「……そうか、これが俺の……」




と言いかけた瞬間、俺は自分の近くにチャーハンがあることに気づいた。視線をそっちに向ける。草原にただポツンと置かれているチャーハン。野晒しチャーハンだ。レンゲがあるということは、食べてもいいのだろうか。だが、俺はチャーハンは箸で食べる派だし、何より俺はチャーハンよりチャハハーン派。しかし、色々とエロいことを想像しては他人様の心や体を乗っ取っては追い出され、そしてまた現在進行形で乗っ取っている最中なので、やや空腹気味である。ちょっと食べようかな。……目を凝らすと、チャーハンにはカニ肉やエビ肉、魚肉も混ざっておる。ほうほう、これすなわち海鮮チャーハン。ああ、海鮮全般好物な俺はもう耐えられない。俺はチャーハンが食べたい。俺は何かを被っている訳でもないのに何かを頭から外す仕草をしてから、何となく両頬に指を差し、一言。



「海鮮チャーハンが食べたいYO☆☆」



俺が食事を始める際は、「○○(これから食べる料理)が食べたいYO☆☆」と言うのがセオリー。世間皆様が食事前になさるであろう「いただきます。」だとか、もしくは欧米圏内における神様への食前のお祈りだとか、そういったのと同類だ。挨拶だ。これ実は俺のスペシャルな習慣なのだが、どういう訳か皆には知られていない。家族にも、恋人にも、そして例の4人にも。それはさておき俺は颯爽と食事を始めるつもりだったのだが



「バ……化物が喋ったァァァァアアアアアアァァァアアアアア!!!!!!!!!!」



チャーハンが喋った。



「チャ、チャーハンが喋ったぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁああ?!?!?!」



その絶叫と共に、俺は身体を串刺しにされた感覚に陥ったのだが、意外とこれはこれで悪くはない。




◆チャプター3:柴谷



チャーハンになっている。ただ広い草原で、私は動かぬチャーハンとなり、大きな空を見上げている。……よくわからないだろうが、全て事実なんだ。私、柴谷しばや冬美ともみはいま、チャーハンになっている。


ここまでの経緯はというと、まず私は友人4人とゲーセンに遊びに行って、不思議なゲームを見つけた。MMOゲーム、That World。5人分の台があったし、丁度よかったから遊ぶことにした。どうやら転送先の世界では自分の心が武器となり、そこからアレやコレやと冒険・戦闘・買い物・エクササイズ・その他娯楽全般を行える筈なのだが、私はムチャクソ広い草原にいて、何故かチャーハンとなっている。


……ルールは把握していたつもりだ。現実世界からこの世界へ転送される際に、ゲームのルール概要が、ポ●モンでわざマシンを覚えさせる時のあのエグい図のように入ってきたからね。……だが、身体がチャーハンになることは聞いていない。どういう事だこれは。


ひとまず各種パラメータ画面とステータス画面を確認する。何でかヒンドゥー語で書かれてはいるが、東京生まれインド育ち、インド人な奴大体友達な私からすれば、全く以て問題はない。



「焼き飯よりチャーハンの方が好きって……いや事実だけど……でもそれでチャーハンになる?!」



ざっと全体を見た。見直す必要はない。何故から古代ギリシャから伝わる秘伝の記憶術をマスターしているからね。だが、えられた情報はしょうもないもので。


私のスキルは、チャーハンであること。ただそれだけである。


制約だとか、スキル発動条件もない。いや、スキルは既に発動されている。私はいまチャーハンになっているのだから。そしてスキル変化とかもなければ、発動しっぱなしであるこの状態を終わらす条件もない。ゲームを終わらせない限り、ずっと私は、チャーハンである。


さぁ困った。移動したくてやまやまなのだが、それもかなわない。何故ならチャーハンだからだ。チャーハンに、手も足もない。……目も耳も口もない筈なのだが、私はいま電子空間の青空を眺められているし、バーチャルの鳥のささやき、風がもたらす草木の揺らめき、そのすべてが聞こえている。それとたぶん喋れる。口はないが、口をパクパクできるから、その気になれば会話もできるだろう。



そこで私は、渾身の「タスケテェ!」を叫ぶつもりだった(なぜなら周辺に人がいれば絶対に気づいてくれるだろうし、事情の分かる人ならチャーハンがしゃべっても受け入れてくれるからね)。が、中断。……なぜかというと、いままで見たことのない異形のモンスターが側にやってきたからだ。



眼球が頭のあちらこちらにあり、気持ち悪い触覚。丸見えの内臓。私には不快すぎる映像。ある意味で「タスケテェ!」と叫んでしまいそうだったが、恐怖を堪える。あんな化物に食べられるのはさすがにイヤだ!……せ、せめてその、イケメン高身長でちょっとガタイがいい狼獣人でお願いします!!!(めっちゃ筋肉質な竜獣人でも可)


しかし、幸いなことにあの化物はこちらに気づいていない。……何のための眼球だよ。そのたくさんついてるの。おッ、化物が座り込んだぞ。きっとあれ胡坐かいたつもりだったんかね。えれェビジュアルになってるけど。……え、何か地面に横たわったんだが。ん、なんか頬を抑えてる。なんか痛そうにしてる。てかそこが頬なん?……呻き声あげてる。こえぇ……。……あ、また態勢戻した。本人には胡坐かいてるつもりだけど他からすればえれェビジュアルの姿勢。……動かねぇ。……その独特な姿勢が、はたまた奇怪にして、珍妙で……


「……んふふw」


私は思わず、噴き出した。それが、いけなかった。



化物は完全に、こちらに気づいた。複数ある眼球はこちらを向いている。うーわキモい。さっきの面白おかしく感じたのナシ。単純にキモい。うーわっ、もう食べられる手前じゃんこれ。見下ろされてるし。なんかこう、変な化物に見下ろされるの、イヤだわ。いつ食べられるのかもわからん。ホンマに嫌な時間。……そんな時間が20分ほど……正確には、19分20秒間続いた後に、突如化物が(恐らく)両頬(であろう部位)に(恐らく)人差し指(思われる触覚)を当てて



「海鮮チャーハンが食べたいYO☆☆」



この化物喋るんか。




「バ……化物が喋ったァァァァアアアアアアァァァアアアアア!!!!!!!!!!」



思わず、叫んでしまった。というか、私やっぱり喋れたんだ。ただ驚いたのは向こうも同じだった。



「チャ、チャーハンが喋ったぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁああ?!?!?!」



やがて向こうは、なんかこう……「ぬわ~!な、なんか胸に大きな穴(物理的に)空いた~!」みたいな姿勢をとったまま、動かなくなった。何となく向こうは動きそうになかったので、こちらから会話を試みた……つもりが、なぜか化物の方から話しかけてくるという。



「……あ・・・あの、……・・・チャーハンさん?」



私はチャーハンという名前ではないが、まぁ仕方ない。



「…・・・はい?」



「……・・・も、もし、目も、・・・見えるようでしたら、…教えてほしいんですけど」



化物は、(恐らく)胸(かと思われる部位)に、指(と思われる触覚)を当てて続ける。



「…・・・いま、私の、胸元は、…・・・空いて、いますか?」







「…・・・…・・・・」







「…・・・・…・・・・…・・・」







「…・・・…・・・・・・…はい。」









…・・・…・・・・・…・・・…・・・。







「そうですか…・・・…・・・…・・・・」





「…・・・…・・…・・・・…・・・」





「…・・・…ところで、…・・・あなたは、…・・・…チャーハンでs」



「見りゃわかるに決まってんだろうよ。」



私はスローテンポな会話は苦手だ。



「さっきチャーハンって思いっきり言ったじゃんっすか。何でそこで再確認すんすか。何のために眼球そんなたくさんつけてるんすか。」



私はやや控えめにツッコミをかます。だが、……初めましての相手に、……このスローテンポな話し方……何だか、"心当たり"がある。そしてどうやら、相手にもその感覚はあるようで。化物は、ある一言を放った。それはそれは、私がひっくり返ってしまう程……いやいま動けないけどね。




「……もしかして、シバやん?」




私のことをシバやんと呼ぶ者は、1人しかいない。




「……赤間あかまくん?え、赤間くんなの?」




2人は喜びを、分かち合う~♪出会った喜び~を~♪





……何の歌でしょうね。




「うぉおシバやん!おぉ~シバやん!シバやん!!!シバやん!!!!!」



赤間くんは私の身体をペタペタ触ってくる。やめろお前食べ物に無暗に触るなよ。てか、私視点からすると異形の怪物がその触手でひたすらボディタッチする図でしかなくて、すごい怖い。



「も~俺ずっと寂しかったんだよ!ボケてもボケても誰も突っ込んでくれないしで!!!」



赤間くん、普段からいつも謎のボケをかましては私とか秋也くんが突っ込んでたけど、いままでのって突っ込んでもらいたくてやってたのかね。構ってちゃんじゃねぇか。



「……ところで何でシバやん、チャーハンなってるの?」



それはこっちも聞きたい。



「画面見たんだけど、どうやらこれが私のスキルみたいなの……」



「えっ、えっシバやんのスキルそれ?シバやんのスキル、チャーハン????」



んぐふふふふふふと赤間くんは吹き出す。わざわざ腰下げて口も押えて笑うその姿勢。見た目は怪物なのに、仕草は完全に赤間くんなのは、良い違和感。



「ところでさ、チャーハン食べたら回復したりとかすんのかな?」



そういえば、その辺りのことは書いていなかった。私のことを食べた相手は回復するのだろうか。そして、食べられた私は一体どうなるのだろu



「いただきますー。」



赤間くんはレンゲをとり、私、チャーハンと化した私から、全部じゃなくとも結構な量を掬い、口に食した。レンゲで掬われただけで身体のどっかが捥げた感覚になったのに、赤間くんが咀嚼する度に何度も何度も激痛が走る。



「イ、イィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」



耐えられない痛み。こんな痛いの私初めて。絶叫する余裕もなく、私はただ「イ」と唸るだけ。私の異変にさすがの赤間くんも気づいたようだ。



「……えっ、ちょっえ?!シバやん!?とてもおいしかったよご馳走さん?!?!」



「今言う言葉じゃねぇだろそれ!!!!!!!!!」




赤間くんもさすがに罪悪感を覚えたのか、その右手(かと思われる部位)についてる何かヘンなのから垂れてる液体を私にふっかけてきた。……すると、私を襲っていた身の毛もよだつ激痛はまるで嘘みたいに消え去ったが、なんかこの液体めっちゃネバネバしてて気持ち悪い。



「なんか見ようによっては五目あんかけチャーハンだなw」



私は手が生えていないので、気でもって全身全霊の殺意をふっかける。彼はさすがに察して、反省の色を見せた。反省してくれなきゃ困る。死ぬところだったし。パラメータ画面も確認したのだが、例の液体では完全に回復はできていなくて、今はもう全体のHPの60%しか残っていない。もしあのまま食べられたまま回復できていなければ、HPは残り1桁となり得たかもしれない。こちとら、お前への恨み・怒りは大きく膨らんでいるのだ。



「……何でこれ、かけてきたの?」



「え、いやそれは………勘?」



何で勘でかけてくるんだよたまたま回復だったからよかったけど攻撃だったらどうしてくれるんだよ勘で他人様の命弄ぶなよお前etcとまくし立てたのだが、こんなことをしても意味は無い。コイツ含め食べられて終わる前に、ゲームをクリアしなければならない。ひとまず私は、完全に反省した赤間くんとパーティを組むことにした。……赤間くんは設定画面を壊したせいで何もできないとかほざくから、私の設定画面でやったけどね。まぁ、私も手がないから一連の作業は赤間くんにやらせたけど。



……ちなみに私のスキルを教えたお礼からなのか、赤間くんは自分のスキルを知らせようとしたんだけど、画面を壊したからという理由でその場で披露してくれた。いたって地味だったよ。人の心を読み、身体をも乗っ取れるというスキル。使いようによっては凄いスキルだね。でも、発動条件がエロいこと考えることって、どうなのかな。そして身体も意識も乗っ取れる代わりに、乗っ取った相手の受けたダメージや状態異常等の感覚も全て受けることとなる。現に、赤間くんは身体を乗っ取った後にひたすらビー●たけしの物真似を心に直接かました挙句、(恐らく乗っ取られた者から)頬(だと思われる所)を抓られていてとても痛そうにしていた。もちろん相手が死んだ場合、乗っ取っている自分自身も死ぬこととなる。……使えるんだか、使えないんだか。



「……とりあえず、ここに居ても何もならないから移動しよう。人とか多い所があれば、そこに。」



私は足がないので歩けない。だから赤間くんに持ってもらって移動することとなった。……異形の化物が、チャーハン乗っけた皿を持って移動している様とか、想像するだけでシュールなんだけれども、まぁこの際致し方ない。




◆チャプター4.3:黄谷



俺は先程、シバやんこと柴谷と合流し、こうして共に行動している。……ここに来る前は俺と同じ人間だったってのに、かたや俺はモンスターで、そのうちの1人を今こうして料理を運ぶような要領で持ち運んでいる。きわめて、シュールだ。



「……他の友達は探さないの?」



「そりゃあ、秋也くんもハルも……黄谷くんのことも心配だけど……」



と、まだ見当たらない友人の身を案じていたその矢先




「ボ~ク~ハ~コ~コ~ダヨ~~~~。」























挿絵(By みてみん)



















山が動いた。てか、山が喋った。





「な……何だお前ェェェーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!」



驚くことなかれ、このデカブツなんと



「ボ~ク~ダヨ~~~~。キ~~~タ~~~ニ~~~ダヨ~~~~~。」




「……北見?」



「黄谷だっつってんだろ。」



「えっ、普通にしゃべれんじゃん。」



……みんながみんな、アハハハハと笑う。皆の心から邪の念がなくなる、束の間の平和ピースだ。私は、平和が、好きだ。ちなみに、例のデカブツは間違いなく黄谷くんで間違いない。それは何故かというと



「じゃあ……黄谷くんは、どっちがどっちだか、わかる?」



「知ってるよぉ、その喋るチャーハンが柴谷でぇ」



そして化物の方を指さし



「こっちがThis Way」



「やめろそう呼ぶの。」



…赤間=This Way=夏次郎。それが赤間くんの本名。赤間くんはミドルネームで呼ばれるのが嫌だから、私含め誰も呼ぼうとしないんだけど、あえて呼んでからかい続ける人なんて、黄谷くんしかいない。……ちなみに赤間くん、下の名前で呼ばれるのも嫌らしいから、こうして徹底して私たちは赤間くんと呼んでるの(でも1人だけ唯一、赤間くんのことを「ナツ」と呼ぶ人がいるの。それは誰かというと……)。


さて、無事に3人目と合流できたから、残るは秋也くんとハルだけ。



「……ところで黄谷くん、秋也くんとハルは見なかった?」



「秋也、ハル……あァ、That Worldと蒼井のことかァ。」



緑野=That World=秋也。秋也くんの本名だ。ちなみに彼もまたミドルネームで呼ばれることを嫌い、私とハルは秋也、黄谷くんと赤間くんは緑野と呼んでいる。ちなみに蒼井のことを下の名前:ハルと呼ぶのは私だけ。


デカブツは、自分の背中あたりを指さして



「ボクの背中にしがみついてるよォ。」



Wow!That’s Amazing!




―――黄谷くん曰く、転送された後に気づけばすっぽんぽんになってて恥ずかしかったので蹲っていたところ、秋也くん達が山だと勘違いして登っていたらしく、ムズムズが耐えられずに飛びあがったと。しばらく巨大型モンスターと勘違いした秋也・ハル一行と、何でか自分を襲い掛かってくる謎の小人にムッとした黄谷くんは戦闘をしていたが、秋也くんと木谷くんが戦闘中に何となく口遊んでいた鼻歌が唐沢美帆の『Divine Spell』のAメロだったため意気投合し、和解。互いは敵でないこともわかったため、交流を深めるという名目で、ハルも連れて某激安居酒屋で打ち上げを開催。そこから近くのカラオケで2次会をしていたところ、ようやく正体を把握し、合流できた……そうである。大学生のノリじゃねえか。そこから残った2人を探すべく、こうして黄谷くんは山のフリをし、その他は黄谷くんの上でひたすらフリスビー遊びに興じていたという。ハルは犬を飼っているので、こういった場でも犬遊びに必要なフリスビーやドッグフード等を備えているという。そうこうしている内に、私たちと遭遇したそうだ。




「――よぅし!これで全員揃ったな!」



「ところで緑野、おまえ今オレの気に入らなかった先輩にめっちゃそっくりだから殺していい?」



「ななな何で?!?!?!オレおまえに何もしてねえじゃん!!!!!」



「見た目似てるだけで気に入らねえからよ。まぁでも、今はいいや。最終ゴールの手前くらいでやったるけん。」



蒼井は引っかかるものを感じた。自分の抱いた、"自分のものでない"感情と、全く似たようなことを言うだなんて。……だが、いま問い詰めるのはよそう。蒼井は、赤間に抱いた疑念を心の奥に閉まった。



「てか、緑野と蒼井はいいよなぁ。ちゃんと人間の形になってて。こちとら化物とチャーハンと山だぞ。」


「でもよ、黄谷は身長そんな変わってなくね?元からこんなデカカったじゃん。」


「それでも30mだよォ。いまそれよりも大きくなたよォ。」


「柴谷も元からチャーハン顔だし……」


「誰がチャーハン顔じゃコラ。てか何だよチャーハン顔って。」


「赤間はなんかこう……ゥゥゥウウウウウウウゥゥゥィィィィィイイィ」


「うわっな、何だよそんな取り乱して」


「あ、ごめん。感情間違えた。」


「感情間違えるってどういうことだよ。キ●ガイじゃねぇかよ。」



この4人といるといつもこうだ。グダってグダって、じゃんけんぽん。僕らは排水溝に浮かぶ蜉蝣のようだ。それでも、無駄なのかもしれないこの時間が、僕にとっては一番の至福だ。


だが、僕たちの冒険はまだ、始まっていない。これから先、僕よりも大きな壁が立ちはだかることだって、あるのかもしれない。それでも僕は、こんな何にでもない時間に幸せを抱ける今なら、どんな壁だって、乗り越えられる気がするんだ。



「―――さて!緑野、蒼井、赤間、柴谷、黄谷も揃ったことだし、そろそろ冒険、始めるか!」



「そうだなぁ……よし!あのいかにも寒そうな山行ってみようぜ!!!なんか強い敵いっぱい居そうだし、金とかいっぱい稼げそうだ!」



「いやいや、今のままいったってイチコロでやられるだけだよ。ここはやっぱり街に行って防具を買わないと……」



「でも、お金持ってないし……てか、私動けないし……」



「シバやんは俺が持つから安心してけろ。……なんなら、雑魚敵が居そうなとこ見つけようぜ。」



「だけど、これオープンワールドに近いゲームだし、だとしたら強敵もゴロゴロいるんじゃ……」



「まぁまぁ、その時は安心しろって。俺のスキル、結構強いからさ!」



「なーに言ってぇ……」



「よし、多数決ってことで、まずはお金稼ぎだ!」



「なんかゲーム世界行って最初にやることが金稼ぎって夢ねぇな……」



「ま、それはそれってことで!よーし……いつもの、やりますか!」



言い出しっぺが手をかざす。これはきっと、皆で手を合わせておー!だなんて文脈。僕はこういうノリが少し照れ臭かったりするけど、今は何でか悪い気はしない。



「それじゃ、頑張ってくよォ!」



「「「「「「おぉー!!!!!!」」」」」」






―――そして僕は、その勢いで、言い出しっぺの頭を思いっきり叩いた。






「てかッッ知らねェ奴ひとり混ざってんなッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」




◆チャプター5:セグウェイ



っぼく~は笛吹き、こ~じろう~くんっ♪


 いつの間にか混じっていたセグウェイに乗って変な歌を歌う見知らぬ人(ストレンジャー)をふんじばってイツメンパーティ一行は当初の予定通り港に向かうことにした。

 思いがけず早い段階で全員合流できたのは幸いだった。もちろん皆がそれぞれあちこちで楽しんでから合流して何を見たとか何があったとかゲーム攻略談義に花を咲かすのも悪くはなかったとは思うけど、やっぱり皆と一緒のほうが落ち着くし楽しい。これからもずっとみんなと一緒でいられたらと思う。

 そういう意味でもゲームシステムがちょうど5人パーティであることを推奨していたのもちょうどよかったかもしれない。苗字と性格もなんとなくスーパー戦隊っぽいしな。


 ちょっとスケベだけど面倒見のいいレッド、赤間!


 思い込みが激しく自傷癖のあるメンヘラ、蒼井!


 影を感じる好奇心旺盛なイケメン、緑野!


 チャーハン、チャーハン


 体が大きくて気のいい兄ちゃん、黄谷!


 5人そろって……何レンジャーだ? チャーハンジャー、はなんだかゴロが悪いな。チャーハン、冷凍チャーハン、レンジ……



――五人そろってレンチンジャー!――



 港に到着した秋也達一行は体積がデカくて邪魔になる黄谷を除いて散策を始めた。


「それなりに人がいるから何人かに話しかけてみたけど皆NPCみたいだな」


 真っ先に情報収集に走った緑野もとい秋也が拍子抜けしたように呟く。


「プレイヤーが少ないのか、ゲーム内のワールドが大きすぎるのか、どっちだろうね」

「結構話題になってるゲームだし、ワールドがめっちゃ広いって方がそれらしいけど」

「でもあんなでかい設備が必要なゲームだし台数はそんなになさそうだからプレイヤーが少ないのもありそうだ」


 人が少なければ良い、そんな心の声が聞こえてきそうな蒼井の言葉を受けて秋也と赤間とはゲームの規模を推測する。


 すると秋也の足元に白い毛並みの犬がひょこっと現れた。


「ハッハッハッハッ」


 尻尾を振りながら秋也にすり寄る犬。


「おっ、ゲームの中にも犬がいるのか。毛並みとかすげーモフモフだしスッゲーリアルだな!」

「俺にも触らせてくれよ」

「お前は見た目でわんこがビビるからダメだ」

「そんなに俺の見た目やべぇかな……」

「かなりヤバいと思うよ、赤間くん」


 わんこ接触禁止令を出されて落ち込む赤間に現実を突きつける蒼井。


「餌付けしたら懐かねえかな。ほれチャーハンだぞ」

「大丈夫かそのチャーハン、ネギ入ってないか」

「秋也、心配するところ違うよ」


 赤間に差し出されたチャーハンに勢いよく飛びつく犬。秋也と蒼井がボケ突っ込みを繰り広げる間に完食してしまった。犬はそのまま、先ほどは近寄りもしなかった赤間の触手の中にすっぽり収まって気分よく寝始めた。


「おお、秋也より俺の方に懐いた。やはり世の中養う者がすべての権力を握るんだな」

「餌付けで心を開くなんて所詮は獣だね。それより秋也、これからどうするの?」


 心底どうでもよさそうに蒼井が受け流し今後の予定を秋也に尋ねる。はっきり言って今のところ全くゲームが進行していない。現状の進行度は家庭用ゲームでいうならOPが終わった所だしネットゲームでいうならチュートリアルが終わった所、ソーシャルゲームならリセットマラソンが終わった程度のものだ。いい加減進めないとこのゲームが面白いのかどうかすら分からないまま日が暮れてしまう。


「ふっふっふ、この俺がただプレイヤーを探すためだけにあちこち人に話しかけていたと思うか?」


 秋也は悪役のような笑いでもったいぶる。ゲームの世界に入ってからというもの秋也は自分が妙にアクティブな性格になっている感覚があった。見た目が変わったことや能力が手に入ったことで少し気が大きくなっているのだろうか? 赤間は犬に夢中で何も聞いていなかった。 


「プレイヤーを探すのと並行してNPCから今後の攻略方針も聞き出していたのさ!」


 秋也は自分が集めた情報を二人に伝えた。NPCの会話の節々から『海の向こう』『船』と言ったワードが出てきた。そして港にはちょうど今日一隻だけ出港する船があるそうだ。開発者がよほどのひねくれ者でない限りは船着き場に行けば何かしらのイベントが起きて海を渡れると考えていいだろう。

 秋也達3人と餌付けされてついてきた犬――シロと名付けた――が船着き場に到着すると『雇ったはずの用心棒が駄目になった』『護衛を引き受けてくれれば乗船の代金は払わなくていい』とあれよあれよという間に話が進んだ。ご都合な展開は流石ゲーム、面倒な手続きがなくていいと素直に感謝するところだろう。映像がリアルになったからと言って手間暇もリアルにすればいいというものではない。


 こうして3人と1匹は親切な誘導に従い船旅へと乗り出した。



「すっげぇ! めっちゃ海綺麗だぜ、本物の船に乗ってるみたいだ!」


 NPCたちが慌ただしく走り回るのをしり目に甲板で水平線を眺める秋也と蒼井。赤間は船酔いでトイレに引きこもっている。曰く「船酔いまで実装済みとはとんでもねぇリアリティだぜ」とのこと。異形の者が穴という穴から吐瀉物を吹き出す光景は不気味を通り越してグロテスクだった。シロは赤間の

 

「秋也、船乗ったことあるの?」

「いやねえけど」

「えぇ……」


 この船の動力は分からないがかなりのスピードで飛沫をはじきながら水面を滑っている。海に行ったことがなくとも光を反射して煌く水面と光の粒のような水飛沫にはそこがVR(拡張現実)とは思わせないリアリティがあった。

 二人で縁沿いを歩いていく。見渡す限りの水平線から徐々に目的地となる陸地を蒼井は身を乗り出して眺める。


「あぁ、綺麗だなぁ。こんなきれいな景色、誰もいないところで一人で楽しみたかった」

「おいおい、俺と赤間もいるのにその発言はどうなんだよ」

「私にとって一人で楽しむ拡張現実世界(小なり)友達だから」

「ひでぇ」


 先ほど蒼井が秋也の行動から変化を感じ取ったのと同様に秋也もまた、蒼井の言動から普段との変化を感じ取っていた。確かに蒼井は少々暗いし人付き合いもいい方ではないが、だからと言ってたかがゲームで知らない(と彼女が勘違いしていたのだが)プレイヤーに近寄られただけで自分を串刺しにするほど人間恐怖症を拗らせてはいなかったはずだ。。

 いや、むしろゲーム、非現実であるからこそなのかもしれない。現実では人に声をかけられれば例え自分が人と交わるのが『死ぬほど苦手』でも、否が応でも答えなければならない。社会に生きるとはそういうことで、あの自殺はそんな社会に対する抵抗なのか。

 あの自傷行為は蒼井の人間関係に対する潜在的な願望が現れたものなのか。このゲームが心を具現化するのは能力によってだけではないのかもしれない。


「……なんでもいいけどまた自傷するのはやめてくれよ。今のところまともに戦闘できる能力を持っているのは蒼井だけなんだからさ。赤間もどんな能力持ってるか教えてくれねえし」


 蒼井の精神状態がどうであれ、現状戦力として計算できるのは蒼井の結晶を作る能力だけ。秋也はまだほとんど他のプレイヤーと遭遇していないため使いこなせるレベルの能力を身に着けていないし、赤間は何故か能力を教えたがらない上に「正面から勝負するのは苦手」な能力だと言っていた。故に戦闘はこの何とも頼りない蒼井に頼るしかない。


「断固拒否する。もしこの船で敵に襲われたら私は戦うまでもなくここから身投げするよ」


 頼りないとかいうレベルではなかった。地雷、という単語が脳裏をよぎる。脳裏によぎるのは協力プレイのゲーム中「俺非戦主義だから」とか言って笑いながら味方を放置して逃げ続ける友人。


「勘弁してくれ……」


 がっくりと肩を落としうなだれると船もそれに呼応したようにずんと前に沈んだ。振り落とされないように二人は縁につかまる。


「うおっ、なんだぁ!?」


 沈んだ反動で今度は船体が浮き上がり振り回される秋也と蒼井。辛うじて顔を上げると船の上には巨人がしゃがんでいた。


「でけぇ!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 間髪入れずに身投げを敢行する蒼井。秋也は落下する蒼井の下半身を身を乗り出して両手で掴む。


「本当に身投げする奴がいるか!」

「死ぬ……死ぬ……」


 名前の通り真っ蒼になりながら船と共に揺れる蒼井をどうにか引きずり上げる。なんとか下半身を船側へ引きずり込んだ秋也が振り返ると巨人は立ち上がって右手を大きく振り上げこちらに叩きつけようとしていた。

 あっ、死んだな。――秋也は走馬灯を見た。現実の走馬灯は青くきらめいていた。統一感無くあちこちに躍り出た輝きは万華鏡のようだった。そんな死の淵にいる割にのんきなことを考えていると青いきらめきは赤く染まった。

 目の前でスプラッタな光景が広がってようやく秋也は正気に戻った。走馬灯か何かに見えた青い光は蒼井の能力だ。こんな土壇場で発動してくれるとは運がいいというか奇跡的というべきか。蒼井が作った結晶の障壁を素手で殴った巨人は血だらけの手を押さえている。


「おい蒼井! このままあの巨人に結晶をぶっ刺しまくってやれ!」


 秋也が大声で叫ぶが蒼井には聞こえていなかった。むしろ血まみれの巨人を目の当たりにしてしまい白目をむいている。この状態では蒼井が能動的に攻撃するのは無理だろう。気絶して能力が解除されないどころかむしろ結晶がより鋭くなっていることだけが救いだ。

 結局戦況は悪いままで、秋也も結晶を作ってみるが出てくるのは相変わらず失敗作のお菓子みたいにボロボロ崩れていくできそこないの砂だけだった。

 巨人は右手を串刺しにされた怒りに狂い、左手に持っていた巨大なこん棒を振り降ろした。船が大きく揺れ、結晶の壁越しにとてつもない振動を感じる。壁からほんの少し、小さな割れた破片のようなものが振ってくるのが見えた。蒼井の結晶はかなりの堅さのようだが、あの質量と速度で叩きつけられてはもってあと数発といったところのようだ。


「くっそ、序盤のイベントにしちゃ過剰戦力すぎるだろ!」


 かといってこちらが何かできるわけでもない。秋也にできるのは赤間が突如復活しとんでもない能力で俺たちを助けてくれる、という展開を祈るだけだった。

 巨人が結晶を破壊せんと一際大きく振りかぶる。秋也は本日二度目の諦めに境地に至る。今度こそゲームオーバー――そんな気持ちで振り下ろされた死を見ていた。


 巨人の得物は、意外にも結晶を砕かなかった。だが結晶がその衝撃に耐えたわけでもなく、巨人の一撃は見えない何かに止められたように結晶の少し上で止まっていた。

 今度はなんだ、赤間の能力か。秋也はわけもわからず呆然とその光景を見つめた。


「不可視の物体で防がれたんですよ」


 女性の声が、荒れ狂う船上でやけに響いて聞こえた。


「というより私が防いだのですが」


 秋也が声のする方を見ると船内に続く扉の前に一人の女が立っていた。


「不可視の……物体?」

「ええ、私の能力です」


 巨大な質量の物体がぶつかり合う音がして秋也は巨人の方へ視線を戻す。巨人の持つこん棒は何かに強く打ち上げられたように弾かれ、巨人はそれにつられて体勢を崩していた。かと思えば今度は鈍い音が響き巨人が腹部を抑え膝をつく。見えない何かが巨人の腹部を思いっきり殴ったようだった。


「私は不可視の物体を変幻自在に操ることができます。操れる物体の体積は大体小さな部屋一つ分くらいでしょうか。操れる範囲は私の周囲100メートル以内、力は……そうですね、あの巨人一人分くらいでしたら軽々と持ち上げられる程度でしょうか」


 巨人を一方的に蹂躙しながら突如現れた女は自分の能力について話し始めた。秋也は改めてその女の姿を観察する。顔は嘴のような突起の付いた仮面をかぶっており見ることはできない。髪は黒くセミロングくらい、黒いコートの下には軍服のようなものを着こんでいる。――蒼井もこいつもやたら布面積多いな。いや、色々とあっぴろげの赤間よりはましか――目の前の公開処刑を見ながら秋也は思った。


「あの巨人は『That World』ではそれなりに有名なプレイヤーの能力ですね。パーティを組まずにPK(プレイヤーキル)行為を活発に行う要注意人物です。かなり遠い距離からでも巨人を具現化して操ることができるようです。流石に制約までは分かりませんが、一度消滅するともう一度巨人を作成するのにかなりのクールタイムが必要なようです」


 聞かれてもいないのに説明を続ける仮面の女が手を掲げると一段と大きな一撃が巨人の頭部に直撃したようで、巨人はそのまま海に倒れ込んだ。巨大な体積の物体が落ちたことで高く波が上がり、甲板を襲った。秋也は蒼井が流されないよう襟を掴んで耐えた。

 波が過ぎ去り秋也が顔を上げると、そこには何事もなかったのように仮面の女が立っていた。


「そんなに警戒されなくても大丈夫ですよ。私は皆さんに攻撃する気はありませんから」


 仮面越しの割にやけに通る声で女が声をかけた。


「信用できないな。港町でも船でもこっちから隠れていたようだし、お前も俺たちをPKするつもりだったんじゃないのか」


 秋也はこの船に乗る前に港町でプレイヤーを一通り探していたが、プレイヤーは見つからなかった。そのため船の中には自分たちしかいないと思っていた。見知らぬ人物がこの船に乗っているということは意図的に自分の存在を隠していたということに他ならない。

 先ほどの透明な物体の能力なんていうのは全くの嘘で、あの巨人自体がこの女の能力で、こちらの油断を誘うためにパントマイムを演じていた可能性だって捨てきれないのだ。


「まぁ、こっそり行動していたのは事実ですがそれは初心者である皆さんを助けるためなのですが」

「そうですね、まずは疑心を解くために私のことを紹介させてもらいましょうか」


 仮面の女は一つ手を叩くと自己紹介を始めた。


「私は黒瀬、皆さんよりThat Worldを少しだけ早く始めた、先輩です」


 そう言った瞬間、秋也には黒瀬が仮面の下でにっこりと笑ったような気がして、多少理不尽ではあるが、なんだかとても胡散臭く感じた。


「能力は先ほども言いましたが不可視の物体を操る能力です。制約は能力の説明をすること、そして嘘をつかないことです」


 秋也はぎょっとした。このゲームで能力はおろか制約までばらされることがあるとは思っていなかった。蒼井からは能力も制約も聞いていたが、それは友人でかつ自身に気を許している(と秋也は思っている)からこそだ。普通ならありえない行動でとても信じられる内容ではない。

 だが秋也にはこれが嘘かどうかを確かめる術がある。秋也の『制約を知ることで制約無しで相手の能力が使える』能力で黒瀬とかいう女の能力が使えるかどうか試してみるだけでいい。


 秋也が黒瀬に気づかれないようこっそり念じてみると、自分の周りになにか強靭でしなやかな物体が浮かんでいることが"認識"できた。更に念じてみると本当に自在に形を変え、動かすことができる。ただ、先ほど黒瀬は動かせる体積は小さな部屋一つ分と言っていたが、秋也の認識では精々人間一人分くらいの体積でそこまで大きいようには感じられなかった。操れる範囲もかなり狭いような気がする。やはり100%持ち主の能力を再現することはできないということだろうか。それでも蒼井の能力よりははるかに実用に耐えるレベルだ。

 そして能力が発動している以上、制約に関しては本当だということだ。これで黒瀬が自分の能力と製薬をペラペラ喋った理由が分かった。そして『嘘をつかない』という制約が事実である以上、黒瀬の言っていることも一応信用して良さそうだ。


 目の前の人物が本当に敵意がないこと、そしてようやく自分にも最低限戦える能力が備わったことで秋也の心にも大分余裕が生まれた。


「まぁ、とりあえず君のことは信じるよ。それで、なんで俺たちを助けた?」


 秋也が心の距離を縮めることに成功したと理解した黒瀬は物理的にも距離を縮めてきた。


「それは皆さんの力が必要だからです」

「それは俺達のパーティに入りたいってことか?」

「今のところその予定はありませんが、ゆくゆくは、というところでしょうか」


 黒瀬の答えは雲をつかむような答えを返した。嘘はついていないが肝心なことは語らない。意外と嘘をつかないって難しくないんだなと秋也は思った。


「皆さんにここで倒れてもらうわけにはいきませんでした。ですからいざというとき守れるようにこうしてこっそり隠れてついてきていたというわけです」

「ふぅん。で、その襲ってきたプレイヤーってどんなやつなんだ?」

「先ほども言いましたがそれなりに有名なPK(プレイヤーキラー)です。よくセグウェイに乗って初心者の降り立つ島で初心者狩りをしている悪質なプレイヤーですよ」


 セグウェイ……さっきパーティに混じってた変な奴か! 多分襲われた理由は初心者というのもあるだろうが突然ボコボコにしたことも大きいだろう。どうやら思わぬところで敵意を買っていたようで秋也は軽率な行動を反省した。


「そろそろ目的地に着くようですね」

「あ、本当だ……」


 黒瀬と話しているうちに船はもう陸地の近くまで来ていた。まもなく到着しますという、先ほどまで巨人が暴れていた船とは思えない陽気な声のアナウンスが流れた。


「ようやく着いたのか……途中からひどい揺れだったな」


 グロッキーな顔をした赤間がシロと共に顔を出した。のんきなのかそうじゃないのか。いまだに放心状態の蒼井を見下ろし、秋也は内心ため息をついた。


「秋也さん、先ほどの島はいわゆるチュートリアルです。物好きなPK(プレイヤーキラー)を除いては基本的に襲ってくる存在はいませんでしたが、ここから先はクリアを阻止せんとする様々な障害や、ゲームクリアを目指しライバルを蹴落とそうとするプレイヤーたちが待ち構えています」


 まるでチュートリアルのお助けキャラみたいなことを話し始める黒瀬。つまり彼女は「ここからがこのゲームの本番だ」と言っているのだ。


 少しの緊張とワクワクが心の中で渦巻く。どうやら日が暮れる前にはこのゲームの醍醐味が味わえそうだ。


「では、私はこれにて失礼させていただきます。また会うときまで、4人の初心者の皆さんのご武運を祈っております」


 そういうと黒瀬は何かアイテムのようなものを使い姿を消した。風のように現れ、去って行った彼女と、また近いうちに会うのだろうと秋也は直感した。


「4人……?」


 秋也が振り向くと蒼井と赤間(多分)も不思議そうな顔をしていた。そして3人の視線は赤間の側にくっついているシロへと向かう。


「まさかシロ、お前、プレイヤーか……?」


 秋也の疑問にわん!と元気よくシロが返事をした。船が完全に停止し、下船用のタラップが降りる。


 秋也達は新たな大地へと踏み出した。


そして10年の月日が流れた。


緑野秋也と蒼井ハルは人生の伴侶となり、永遠の愛を誓った。

この10年で出会いや別れ、数々の逆境、困難、トラウマ、洗脳、調教、最愛の人の死を乗り越え、秋也とハルの間には絶対的な信頼が生まれていた。

しばらくの間、ふたりは静かな湖畔の森の陰でつつましやかな生活を送ることにした。大冒険も、一大スペクタクルも、新大陸も何もない。ふたりはただ微睡みのような安寧だけを望んでいた。

もはや離れることはないだろう。秋也は人生を通して守るべきものを見出し、ハルもまた秋也を支えていくという疑う余地のない人生の意義を確信していた。


赤い月の夜だった。ハルが寝ついたのをしっかりと確かめてから、秋也はそっとベッドを抜け出す。秋也はこうしてときどき夜の湖畔へと繰り出していた。

風は凪ぎ、あらゆる感情を殺したような冷たい夜だ。波ひとつない湖面には一面の星が彩られている。そのひとつひとつの光が、かつて仲間と船上からみた波間の煌きのようにも感じられた。

この頃はどうにも感傷的な気持ちになる。あれからどれだけの時が過ぎただろうか。まるで波が引いては満ちてをくり返すように、過去の輝きが浮かんでは消えていく。

本当に色々なことが起こった。秋也がまだ未熟だったころの話だ。自分の人生がまあ悪くなかったと反芻できるくらいには成長していた。


このときすでに秋也は1000を超えるスキルを身につけていた。ひとたびハルの身に危険が迫れば、秋也は一瞬のうちに加速し次元を越え熱線を放ち空間を氷結させフィールド上のモンスターを全てゲームから除外するだろう。もはやこの惑星で秋也に対抗できる相手など存在しなかった。

しかしそれはあくまでこの惑星での話だった。

秋也は空を見上げる。夜空には赤い月と並び、もうひとつの惑星が浮かんでいた。


黄谷だ。まだ山のサイズに収まっていた黄谷はさらに成長を遂げ、10年経った現在ではひとつの惑星となって空から人類を見下ろしている。


「あいつが地球を離れるって言った時、俺たちは世界の終末が来たみたいに大騒ぎしたよな」


と感慨にふけっていたところ、背後からかすかな衣擦れ音が聞こえた。


「どうした、こんな時間に?」


どうやら起こしてしまったらしい。ハルはパジャマとお気に入りのナイトキャップ、それからクマのぬいぐるみを手にしてトコトコとこちらへ歩み寄ってきた。


「月が綺麗でさ。ふと昔のことを思い出していたんだ」


「そうかい。……そういえば黄谷、来年は惑星への入植者を募集するんだったね。うまく行くといいけど」


「あいつなら大丈夫だ。俺よりはるかに人望もあるし、誰よりも皆のために尽くしてきたあいつを邪魔しようだなんて思う奴はいない。もしそんな奴がいたら、神様だって黙っちゃいないさ」


「全くそうだったね。そう願っているよ…………っくしゅ」


春先とはいえ薄着ではまだ肌寒かったのだろう。身震いしたハルが人のぬくもりを求めるように肩を寄せてきた。

パジャマ越しに感じる柔らかな肉の触感が私を確かな現実に引き留める。

秋也はハルの華奢な身体を受け止めて、それからこの陽だまりのようなひとときが永遠に続くよう願った。


時折、遥か地平の先から激しい戦闘のような音が聞こえた。それはあまりに微かで、まるで太古から続く戦争の歴史がどこかから漏れ聞こえているようだった。


きっと赤間に違いない。


赤間とは結婚を機に徐々に距離が離れていった。だから本当のところはどうなのか分からないが、なんでも内臓至上主義国家を建国し急速に領土を拡大しているらしい。

そのやり口は非常に悪質で暴力的だという。黄谷がみずから惑星となり、戦禍に巻き込まれた人々を避難させようと決断するに至った原因でもある。秋也と蒼井もかつての仲間との争いを避けるために、人目に付かない場所へ生活の拠点を移すことを決めた。


耳元からハルの規則的な寝息が聞こえてくる。

もうしばらくこのままでも良いという気持ちはあったが、ハルが風邪を引いてはいけないと思い直す。

何度か肩を揺すると、辛うじて意識を取り戻したハルはしばらくの間とろんとした瞳で秋也を見つめた。

夢でも見ていたのだろうか。それからぺたぺたと秋也の身体を触り、迷子の雛が親鳥を見つけたときのような表情を浮かべた。


「ねえ秋也」


ハルは誰に言うでもないように宙に向かって言葉を投げかける。


「キスしよっか」


「き、急になにを言い出すんだ」


くすぐったそうな笑みをこぼしながら、ハルは顔を近づけ耳元でそっと囁いた。


「一生他人の模倣だけして終わるお前の人生」


ハルの言葉ではない。色褪せた荒野の中心で、誰からも顧みられることのないような冷たさを感じる声だった。

秋也のこころは溶岩に投げ込まれた水滴のように一瞬で沸騰する。

秋也は怒りに震えている。こんなことをする奴はひとりしかいない。


「赤間アアアアーーーーッ!!!」


「どこまでニブいんだよ、秋也」


ハルの姿は砂のように崩れ、そこには漆黒の鉄鎧と外套をまとった赤間だけが立ち尽くしていた。


「秋也、お前は他人が土足で入り、溶けて、融和する恐怖を知っているか?」


「ハルを、ハルをどこへやった!!」


「話を聞け秋也アアーーーー!!! 貴様はどこまで他人の人生を愚弄し続けるというのだ!!!」


鬼気迫る赤間の声におもわず身体が硬直する。


「ハルと私は幼馴染だった。幼いころに将来を誓った仲でもあった」


乾いた夜のような赤間の声が響く。


「そこに現れたのが貴様だ、秋也。貴様はあらゆる物事を貪欲に吸収していった。クラスの誰々が絵で賞を取れば貴様もより優秀な賞を取る。部活で成績を残せばそれ以上の結果を出す。なにか功績を残せば、貴様はまるで見せつけるかのようにより優秀な成果を残していくのだ」


確かに、そうだ。秋也は昔から与えられた課題を


「そして俺の恋心をも模倣した。圧倒的だった。悔しいほどにドラマがあった。俺には到底たどりつけないような出会い、交際、そして絆の深さだった。最後には貴様とハルが結婚した。秋也、貴様は化け物だ。何もかもを飲み込んでいく。おれの夢も、ハルとの将来も。だが俺は哀れにも思う。貴様の人生からは貴様の意思が見えない。まるでツギハギな人生だ。盲目的に、貪欲に、ただ目の前にあるものを食らいつくし、それでもなおその内なる渇きを潤すことができないのだろう」


「違う、俺はちゃんとハルを愛して……」


「自分の意思で生きることを放棄した豚がアアアアアーーー!!! 貴様のその愛はどこまで自分自身のものだと言い切れる!!!!!! つぎはぎだらけの貴様にハルを愛する資格など無い!!!!」


そうだ、赤間もまた恐れているのだ。

むき出しの自分自身を否定されることに。

赤間を構成するプライドが、俺の模倣によって屈服してしまうことに。

だから鎧をまとい、暴力をまとい、自分を守っていたのだ。

だが、赤間はそのすべてを捨てて俺に挑むつもりだ。赤間の咆哮が、俺と赤間の魂を強烈に揺さぶる。


「秋也アアアアアー!! 俺はお前のことが反吐が出るくらいこの世で一番大ッッ嫌いだったんだよオオオオーーー!!!」


「ちゃんと言えたじゃねえか」


俺は掌中にマイクロブラックホールを生成し、赤間を周囲の空間ごとゲームから除外しようとした。

しかし赤間の反応も早い。とっさにハルのエロいことを考えて秋也の知覚を歪める。そしてその隙に上空へと離脱した。

マイクロブラックホールが物質と対消滅を果たした衝撃で、地上はなにもかもがめちゃくちゃになっていた。


「貴様には愛するもののためにチャーハンになる覚悟があるか?」


赤間の姿を借りた柴谷が指をはじくと、そこには「料理対決」と書かれた横断幕とオーディエンス、調理台、そしてハルが姿を現した。


「赤間、いったい何を言って…………まさかお前は柴谷なのか!!」


「だからニブいと言ったのだ、秋也」


チャーハンとしての真の姿を現した柴谷を、俺は心の底から模倣する。

ハルへの愛が俺自身を焼き飯へと変えるのだ。


「お前の焼き飯と俺のチャーハン、どちらがハルを幸せにできるか」


「いまここで決着を付けてやる」


「審査員を紹介しよう。蒼井ハルだ!」


ワーーッっとオーディエンス(どっから湧いてきたんだこいつら?)が沸き立ち、どこからともなく現れたスポットライトがハルを照らし出す。


「ハル……」


燦々とスポットライトを浴びるハルは、どう見ても様子が変だった。目に光が宿っていない。あらぬところを見て、心ここに在らずといった感じだ。

まさか、柴谷がハルに何かを?

俺が不思議にハルを見ていると、柴谷がカラカラと皿を鳴らしながら言った。


「安心しろ、ハルは俺の能力で、一時的に余計なことを考えないようにしてある。『素直な』ハルに、俺たちの愛をジャッジしてもらうとしようじゃないか」

「お前……一体ハルに何を!」

「慌てんなよ、一時的にっていったろ?」


柴谷はカラカラと愉快そうに皿を鳴らしながら続ける。


「お前は知らないだろうがな、俺は赤間を吸収してたんだ。だから赤間の能力が使えるんだよ。そこは、忘れないでくれな」

「吸収だと!?」

「おおっと怖いカオだ。それはまあどうでもいいとして。ひとつクイズとしゃれこもう。」

「問題で〜す。俺が、普段『触れ合って』いるハルに、お前が気づかないほど『そっくり』に擬態できたのは、なぁぜだ?」

「まさか、お前、ハルを!」


柴谷は(厳密にはチャーハンの姿だから表情が窺えないが)ニヤリと笑った。


「理解したかな? 今や、赤谷(おれ)の能力はフルパワーで発揮できると言ってもいいんだよ。『新鮮な記憶』を補給したからなァ!」

「て、テメェ……!」


俺はカッとなり、右手からプロミネンスを吹き出し、それをぶつけることで赤間を再度周囲の空間ごとゲームから除外しようとした。だが、


「おっと危ねぇ」


柴谷が呟いた瞬間、視界がうねうねと揺らぎ、体が一瞬浮遊感に包まれる。

妙な感覚が引いていった後、気がつくとあたりは自分の周囲7メートルぐらいの空間は残して、あちこちに真っ赤に煮えたぎった溶岩の池が点在するような地獄と化していた。


「だから、俺に攻撃をするなんて無理なんだよ。お前は」


皿ごと宙返りしながら落ちてくる柴谷が言った。柴谷はハルに受け止められ、そのまま先ほどの調理台の上に戻される。


調理台は無事だ。どうやら俺は攻撃地点をコントロールされた上に、バリアまで張らされていたらしい。ハルから摂取したらしい新鮮な記憶とやらのせいで、どうやら俺はどうしようもないようだ。今まで、ハルを人質にとるような不埒者に会わなかったわけではない。そのときは何不自由なく行動できたが、いまはそれができない。先ほど放ったような強力なスキルは、今の俺でもバンバンとは連射できない。


「これだけは言っておく。ハルには傷一つつけちゃいねぇ。俺もそんなことは望んでないからな。俺は、ハルを愛している。わかるだろう?」


余裕を含んだ薄ら笑いを浮かべながら(といっても厳密にはチャーハンの姿だから表情が窺えないが)柴谷は俺を挑発する。


「さあ、見せてみろよ。 ハルにふさわしいお前の姿をよ」

「いいだろう、見せてやるよ!」


俺は自分の想像した姿を自分に着せる想像をする。

体が光に包まれながら、俺の体は新たなる姿に移り変わって行く……


「どうだ、これが俺のハルにふさわしい姿だ!」


光が収まり、新たな姿の俺は堂々と宣言するが、どうも肌寒い。これはチャーハンの感触というべきなのかと思ったが、どうも人間の時とあまり変わりがない。おかしいなと思っていると、とうとう柴谷が口を割った。


「……お前、なんで素っ裸になってんだ?」


柴谷は(厳密にはチャーハンの姿だから表情が窺えないが)呆然としている。


俺はこのThat Worldにおいて自身の姿や属性は、自分はこうあるべきだという『自分の役割』を投影しているのだ。これはあやふやな感じではダメで、イメージの『定義』がしっかりとしていないといけない。

『料理を作る人間であること』をイメージせず、『食べてもらって喜んでもらうこと』が役割だと思うと料理の姿になってしまう。


今の俺はまさしく、ハルに食べてもらうことが目的だ。

だが、今はその『食べる』じゃないだろうが! 意味が違う! 意味が!

ハルに誕生日は二人きりで過ごそう、と言われた事実が煩悩となってデフォーマを阻害する……


気を取り直し、正しい定義をイメージする。

考えるな、考えるなと念じるごとに


そんなんじゃダメだ。もっと別の強い感情を生み出さねば、俺は不戦勝で負ける……


(赤間が憎い……柴谷が憎い……ハルの『昔』に触れられた……お前たちが……!!)


じゅるじゅると、俺の体は徐々に焼き飯にデフォーマされていく。

そして、ちょうどいい感じに、調理台の上の皿に収まった。

もう邪魔な感情はない。堂々と戦うのみだ。


「それじゃあ、いただきます。」


ハルは手に握ったスプーンで俺の体を切り離していく。

切り離された部分も感覚があるようだ。


切り離された<俺>の体はスプーンに運ばれ、ハルの口に吸い込まれていく。

それから<俺>の視界はやがて真っ暗になる。

身体中がぬめっとした感触に包まれたそのときだ。


「い、いてぇッ!!」


ずずっと体に激痛が走った! <俺>がハルに噛み潰されたのだ。釘を打つときに間違ってトンカチで潰す親指がものすごくたくさんあるような感覚に、のたうち回りそうになる。とっさに俺はスキル『鎮痛薬(エキセドリン)』を使い、この苦しみから逃げようとする。だが、それもしばらくすると消えていった。どうやら消化酵素と混ざり、俺の体が別の物質に変換されたことで<俺>ではなくなったらしい。

ハルは、虚ろな目をしたまま、ごくりと喉を鳴らした。

<俺>であったものが、華奢な首の中を押し流されていくのが見えた。とりあえず、知りたくないことは知らなくて良さそうだ。


「う〜ん。 まあまあ、かな。」


虚ろな目をしたハルは、抑揚に乏しい声でいった。


「ハハハ、貴様の愛というものはどうやら『まあまあ』だったらしいな。

みているがいい……そこで、じっくりと、俺の愛というものがどういうことか、その目に焼き付けておくがいい!」


俺は体の焼き飯化を解き、いつもの冒険者の姿に戻った。

ハルは徐々に、チャーハン姿の柴谷に歩み寄り、スプーンで切り分けた柴谷を口に運んだ。

ハルはもぐもぐと<柴谷>を噛みしめるが、柴谷は全く動じない。


「お、お前、痛くないのか?」

「へっ、あんな痛み、慣れたってもんよ。こちとらチャーハン何年やってるって思ってんだ。それに、ハルに食ってもらってるんだ。好きな子に食ってもらえる……チャーハン冥利に尽きるってもんだ!」


柴谷の噛まれた痛みをものともしない頑健な精神に驚き、頭が少しぐらりと揺れる。奴は、ハルに食べてもらう、その一心で身も心もチャーハンになってしまったとでもいうのか!


圧倒的なチャーハン力をまざまざと見せつけられる。

これはもう勝てそうにない……心が屈服し、次第に体の力抜けて行き、気づくと俺は膝をついていた。


んぐっと柴谷を飲み下したハルは、心無い虚ろな瞳のまま、純真な答えをその瑞々しい唇から紡ぐ。


「まずい。毘沙門天の『激辛! にんにくぅ〜がキマってるぜ! なチャーハン』のほうがおいしい」

「ええっ!?」


チャーハンの姿の柴谷は、声を荒げた。


「う、嘘だっ! 味付けは完璧にお前の好みだったはず!」


うろたえる柴谷をじっと見下ろしながら、ハルはスプーンをぽいっと皿の上に戻してしまった。もう口をつけられることはなさそうだ。

さてさて、その味がどんなものかと少しばかし気になった俺は、ハルが置いたスプーンを手に取り柴谷(チャーハン)をひと掬いし口に運ぶ。


食んだ瞬間、じわぁっと口に広がる味……


「うっ……!!」


予想だにしなかった強烈な味だった。

危険を感じ、すぐさま飲み込もうとするが、体がそれを拒否する。

舌根のあたりでせめぎ合いをしている最中も、その『物体』から滲み出る狂気の感覚が俺の舌を包囲し、せめぎ立てる。

荒波のような刺激の洪水に、すこしばかし吐きそうになるのをこらえ、やっとの思いで『それ』を嚥下する。


「ククク、あまりの感動にしばらく言葉が出ないと見える」


柴谷はせせら笑う。確かに、これは言葉を出すのに時間がかかった。

そう……




チャーハンは、甘かった。




「どうだ、綠野ォ!!、これが俺の愛だァ!!!」


ははは、と得意げな柴谷の余裕顔(厳密にはチャーハンの姿だから表情が窺えないが)に向かって一言ぶつけてやる。


「お前、その好みはいつの日のだよ……」

「いつって、そりゃあ俺と赤井とハル、三人でなんやからやって、仲が良かった時代、つまり、貴様がハルを連れてく前だ!」

「お前なぁ、ハルは今いくつだと思ってんだよ……」


イラっとして、待つことができずつい口を出してしまった。柴谷はなおも得意げな感じだが、もうこうなったら、全部言っちまおう。


「もうハルはな、立派なオトナなんだよ。それに、That World(こいつ)に踏み入れたあの時ですら、もうハルはこういうのノーサンキューだったんじゃねぇの?」

「う、ぐう……!!」


あの日の幼いハルはもういない。いるのは今まさに目の前にいる、絹のようにすべすべな肌、抱きつくと温かくそして柔らかい、ふくよかな体つきをしたもう立派な大人の女だ。俺はゆっくりと立ち上がりながら、


「かわいそうなやつだ。『今』を見れていないんだな」


柴谷は一瞬、動きを止めた。


「お前は、いつも一番になることしか頭になかった。なにかをやる楽しみだとか、そういうが何にもなかった。空虚なんだよ、お前は。そんなんだから、お前が『一番』だった『昔』に、こんなときでもしがみついてんだよ。はっきりいってやるよ……」


一呼吸おいて、しっかりと柴谷を見据え、突きつけてやる。


「今のことを何も考えていない『豚』はお前だ! 柴谷!」

「だ、黙れ!」


柴谷は怒りに身を任せ、手から熱光線らしきビームを放つ。攻撃予見スキルでどこを狙ってくるかは3秒前にすでにわかっている。大きくかわすと隙を晒すので、体をちょっとだけ傾け、最小限の動きでそれをかわす。

外れたビームは後ろの山に向かっていったようだ。雷鳴を遥かに凌ぐ爆音があたり一帯に轟き、山は消し炭となった。


「何がわかる! 貴様に! いくら努力を重ねても笑ってその横から、俺の、俺のすべてをかっさらう奴がお前に」


「わからんさ。進歩もせず、こうして今も昔の幻影に囚われ続けているお前のことなんてな」

「き、貴様ッ……」

「だが、あの時に戻れば、お前のことが少しわかるような気がするぜ!」


自分の記憶の壺の奥底と、柴谷の発する意思の波動を同調(シンクロ)させる。

景色が見える……ジャングルジムで遊ぶ少年と少女ーーおそらくハルと、俺なのだろうーー

が見える。これは、柴谷の記憶か!?


視界の主は、そのジャングルジムに近づいていき、そこを見上げて言う。


「なあ、おれもまぜてくれよ」

「いいよ〜」


くるっとハルが振り向き、ちょこんとそのてっぺんに座る。

暖かい風が優しく吹きわたり、その風がハルのスカートをはためかせ、そのなかの真っ白なパンツが……!!


「お前ロリコンだったのかーーー!!!」


エロいことを考えることで他人の意識を乗っ取るのが赤間の力だ! 反射的に俺は超気功砲を放っていた。詳細不明かつ理不尽なエネルギーの奔流は柴谷を押しつぶし、そのままぐんぐんと俺と距離を離して行く。それはやがて宇宙に漂う惑星黄谷に衝突、それはばらばらに砕け散った。


「黄谷イイィィィィィイ!!!」


黄谷を表すアイコンがメニュー画面からフェードアウトし、さらにゲームのメニュー画面のプレイヤー人口がみるみる減少して行く。

助かった連中(プレイヤー)も、宇宙属性のフィールドでダメージを受けずに活動できるスキル『宇宙服』を持たないものは、たちまち毎フレーム体力の120分の1ダメージを受け続け、2分そこらで死に至るだろう。


だが俺は勝利したのだ。尊い犠牲だ。


「秋也!」


今まで柴谷に洗脳されていたのだろう。ついに正気を取り戻したハルは、俺にぎゅっと抱き付いて来る。


「おかえり、ハル……」


俺は優しく抱きとめてやる。やわらかい二つの双丘が、硬い胸板に


「はっ……!!」


頭に煩悩が浮かんだ俺はとっさに身構えてしまう。だが、それは杞憂だった。


「ふふっ、こういうのご無沙汰だった?」


ちょっと頬が熱くなってぼんやりとしていると、ハルはくすくすと笑いだした。つられて俺も笑いだす。

そうだ、そうだ。赤間ごと柴谷は消し飛び、ハルは笑顔を取り戻したんだ。もうエロいことの恐怖はない。存分にエロいことをしよう!

ただ黄谷も地上も消し飛んでしまったので、メニュー画面にあるプレイヤー数はたった数十となり、彼らはもはや絶滅危惧種となった。


ワールドマップは超広大で、10年やってる俺たちでも行ったことのある場所の割合は3割ちょっとといったところ。そこにいるわずかな生存者(プレイヤー)を探し出すのは並大抵なことではないはずだ。もはやこのゲームはクリアすることは並大抵なことではないはずだ。ひょっとしたら、このゲームから『脱する』ことはもう不可能なのかもしれない。だが俺の左腕にはとびきり眩しい笑顔のハルがいる。今朝も口づけを交わし、昼は一緒にわずかに残った木の実を集め獣を狩り、夜は一緒に抱き合いながら星を眺め眠る。


荒れ果てた大地、何もない空の下、俺とハルはどこまでも歩いて行く。

まだ見ぬ大地と、旅人(プレイヤー)を求めて……

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