アイ・アム・ア・魔法少女 ~ザ・グレートマッスルファイトッッ!!!~
あらすじ
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5歳のとき、怪人に襲われた梶木大吾は魔法少女に助けられ、魔法少女になりたいと願うようになった。
――それから30年。
魔法少女たちは敗北。全滅し、東京に怪人たちが跋扈する時代が訪れていた。
世界は絶望に支配されるかと思われた。
そのとき!
「オレが……オレこそが、魔法少女だッッ!!」
人々が助けを求めたとき、梶木大吾は魔法少女に扮し、怪人たちと戦うことを決意するのだった。
四角いリングのなかでの死闘が始まるッッ!
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「誰か、助けてっ!」
布を切り裂くような悲鳴が街路に響き渡る。
だが、行き交う人びとは誰も彼女を助けようとはしない。それどころか、真横をすたすたと通り過ぎるのみだ。
「だ、誰か! 誰か!!!!」
声がかすれるほどに叫んでも、誰にも気づかれない。その光景に女性の顔が絶望の色に染まる。
だが、決して人々が軽薄なわけではない。
怪人たちの生み出す魔法結界は、人の認識能力を阻害する効果が持っているのである。そして、怪人たちは人間の負の感情のエネルギー――周りに人がいながら誰にも手を差し伸べられない絶望から生まれる甘露な蜜を味わうのである。
カニをモチーフにしたような怪人が「カニカニカニ」と笑う。
「くくく、誰も貴様を助けることはないカニ。魔法少女どもがいなくなったいま、人間どもは我らが餌! その魂が最も絶望に染まったとき、食らってやろうカニ!」
ああ、わたしはこのまま死んでしまうのだろうか。
女性はカニが好物だった。
松葉ガニ、タラバガニ、毛ガニ。そして花咲ガニ。
特にタラバガニが一番好きだった。ゆでた太い脚からずるりと身を抜き出す際の感覚、ポン酢で食べたときの味わい。
だが、その幸福も二度と感じられなくなる。
怪人に魂を奪われた人間は、生きながらにして屍のように何も考えられぬ存在に成り果ててしまうのだ。
女性の絶望が限界に達し、生をあきらめようとしたそのときだった。
「待てぇぇいっ!」
カチカチとハサミを鳴らしていたカニ怪人の身体を誰かが突き飛ばした。
「誰だ、貴様! 怪人か!?」
突き飛ばされたカニ怪人が、不快を露わにして声を荒げる。
当然だろう。魔法結界のなかには人が立ち入ることはできない。では同じ怪人か? だとすれば、極上のステーキを目の前で奪われてたまるものか。
だが、
「……光あるところに闇があるのと同様に、闇あるところに光あり。いま、世界が絶望の深い闇に染まろうというならば、光もまた力強く輝くのだッ!」
そいつは野太い声で答えると、手に持ったピンク色のステッキのボタンを押した。録音されたきゃぴるーんなBGMが流れ出した。
音に合わせて、リラックスポーズからフロント・ダブルバイセップス、サイドチェストとポージングを変えていく。
「正義を愛する心はここにあるっ! 平和を願う熱き魂魄こそが人の世を照らす光なのだっ!!」
ピンクを基調としたフリフリとした魔法少女のような服をまとった男――梶木は、音が最高潮に達すると同時にカッと目を見開いた。
「魔法少女プニフラ、見 参ッッ!!」
キラッ☆
決めポーズはモストマスキュラー。
『最もたくましい』という名をもつそのポーズは、190センチ120キログラムの巨体から生み出される豊満な筋肉の宴を余すことなく表現していた。
ド迫力の胸筋! 気高く、可憐でそしてパワフル。それが魔法少女なのである!
その姿を見た女性が、先ほどの絶望の表情などなかったように目を見開いた。
「誰だって言うより、”何なんだ”あんた!? 助けて、不審者がまた増えた! お巡りさん、おまわりさーん!」
「まだ混乱しているのか……仕方あるまい、それほどに恐ろしかったのだろう。安心したまえッ! オレが来た以上はッッ!! 安心だァッッッ!!!」
女性が髪を振り乱して喚くのに対し、魔法少女こと梶木大吾はバックダブルバイセップスした。
「説明しよう! 『バックバブルバイセップスする』とは美しい背筋を見せつけることにより、父親の背中のような安心感を与える魔法少女の技である!!」
「……」
梶木の言葉に、女性は安心したのか沈黙で答えた。
それよりも問題はカニ怪人である。怪人は赤いトゲトゲのハサミのついた手を、梶木に向ける。
「貴様、どうやって結界を破ったカニ!?」
「人を舐めるなよ、怪人! 人間は虐げられたまま首を垂れるようなか弱い存在ではないっ! 無力なままではないのだ! このマジカル★ステッキには近代科学の粋が結集されている。貴様らの魔法結界なんぞ、こうして……こうだっ!」
ぽちっとさっきとは違うスイッチを押す。
すると、周囲を覆っていた魔法結界が形を変える。静かだった結界内に、ざわざわという人びとの喧騒が戻ってくる。
「こ、これは……っ!?」
己の魔法結界を改変されるという異常事態に、怪人がうろたえる。
形を変えた魔法結界は、マジカル★ステッキの効果により、物理的な形を作っていく。1辺18フィート(5.48m)の真っ白なキャンバスマット、四隅の鉄でできたコーナーポスト。そこに張り巡らされたロープは3本。そう、これは――プロレスのリングだ!
いきなり道路のどまんなかに現れたリングに、通りを歩いていた人々が足を止め、一斉に注目する。
衆人環視のなか、梶木はリングの中央に立つと、トントン、とキャンバスの感触を確かめるように小ジャンプして、くいくいっと挑発するようにカニ怪人に向かって手で招いた。
「こいよ、それとも怖いのか?」
怪人とは、次元の異なる世界――精神がものをいう魔法世界からやってくる生物だ。
それがゆえに、魂のない物理攻撃は通じない。銃火器を持つ自衛隊でも倒せない理由である。
だが、それは同時に、肉体が精神に左右されるということでもある。この衆人環視のなかで挑発から逃げ出すようなことがあれば、しばらく復活できないほどのダメージを負うのだ。
ゆえに、普通の一般的な人間である梶木は、精神的な屈服を含む肉弾戦……そう! プロレスで怪人たちに勝利せねばならないのだっ!
「生意気な人間め! ならば、よかろう! ここで貴様をなぶり殺しにして、人間の無力さを教えてやるカニィッ!」
カニ怪人は声を荒げながら、もともと赤かった甲殻をさらに真っ赤に染め、リング・イン。梶木の前に立つ。
(こいつ……なかなか手ごわいな)
真正面から立つと、その力強さが伝わってくる。
190センチの梶木よりも一回り大きい。トゲトゲだらけの甲殻に頼る怪人かと思いきや、筋肉感知からは鍛えられたキレた筋肉の雄たけびがビンビンと伝わってくる。甲殻をのなかにはみっちりと繊維がつまっているに違いない。
キスすらできそうな近距離で、お互いに試合前の言葉を交わす。
「オレの誘いにホイホイ乗るなんて、なかなか根性があるじゃないか。見直したぜ」
「貴様も人間にしては荒々しくダイナミックな筋肉カニ。そこだけは誉めてやるカニ」
「そいつは光栄だな。あんたもなかなか美味しそうだぜ?」
「ふん、逆に貴様の肉体を食ってやるカニィッ!」
互い挨拶が終わると、対角線上の鉄柱まで引き返し、審判の合図を待つ。
最初は何が起きているのかわかっていなかった人々も、ここにきてこれから起きることを理解したのだろう。かたずを飲んで試合を見守る。
審判がカーンと鐘を鳴らした。
「うおおおおおおおおお!!!!」
先に仕掛けたのはカニ怪人だった。
ダッシュしながらトゲだらけの手で放った水平チョップは、梶木の胸、マジカル★スターの取り付けられた部分を直撃した。トゲがひっかかり衣装が破れる。
速い! そして重い。
からだの芯に響く威力に、梶木のからだがぐらりと揺れる。
「いまのを食らって、生きているだけでも誉めてやろう! だがこれで終わりカニ!」
その隙を見逃すカニ怪人ではなかった。
ふらついた梶木の背後に回り込んで、背中の方からそれぞれ腕を差し込み、首の後ろに両手をクラッチ。からだをブリッジさせるように――
「必殺、甲殻類を超越した至高存在のスープレックスォォォォッ!!!」
『おおォォォォォっっとォォッ! カニの怪人なのに掟破りのドラゴンスープレックスだぁぁぁぁっ!!』
いきなり放たれた大技に、解説者と会場にいる観客がどよめき立つ。
『プニフラ、立てるか!? 決まってしまったのか!?』
「これを食らった相手は、オレの身体についているトゲが突き刺さり、その全身を、茹でたカニよりも真っ赤に染める。それ故に赤い血!! オレはこの技で何人もの魔法少女を仕留めてきた。大口をたたいていたが、瞬殺カニ! あっけなかったカニ。立てるわけないカニ! カーニカニカニ!!!!」
不安の声を荒げる解説者と観客たちの雰囲気に気分をよくしたカニ怪人が、勝利者のように手を空に突き上げた。
だが、しかし、
『魔法少女、プニフラ、立てるか!? たっ――立ったぁぁぁ!!!!』
梶木の体は傷つき、衣装もぼろぼろ。ピンク色の右乳首は露出している。
だが、梶木は毅然として立ちあがった。どのような苦境にも挫けぬ鋼の意志が、梶木の心に燃えていた。
「バカな!? なぜ立てるカニ!?」
「なぜ、だと? 決まっている。それは……オレが魔法少女だからだッッッ!!!」
しっかりとキャンバスを踏みしめて、確固たる意志をもって立ち向かう梶木に、カニ怪人が一歩後ずさる。
「い、意味がわからんカニ!!」
「魔法少女とは希望のカケラ! 感情のエントロピーが頂点に達する者!! 愛は無限! ならば人の心も無限の力を有しているのだッ!!! 聞こえるか、オレを応援する声援が!」
梶木に言われ、ハっとしてカニ怪人は周囲を見回した。
「「「「プーニフラ! プーニフラッ!」」」」
「がんばえー! ぷにふりゃー!」
いつのまにか、観客は300人を超えていた。老若男女。あらゆる年齢、性別、人種。
みんな、梶木の勝利を祈るように、手を空につきあげながら応援してくれていた。それもこれもマジカル★ステッキに仕込まれたBGMによる催眠効果だ!
「ば、バカな。こんな変態を応援する人間なんぞいるわけがっ?!」
「応援してくれる人々がいる限り! 魔法少女は! 無敵だッッ!!!」
狼狽し、隙だらけのカニ怪人の両脇腹を掴み、回転させるようにして空に放り投げる!
「か、カニぃ!?」
「とうっ!」
それを追うようにして梶木も飛び、逆さにドッキング。相手の両腿を手でつかみ、相手の首を自分の肩口で支え、尻餅をつくようにして――
「必殺、マジカル★ハッピー……バスタァァァーッッッ!!!」
それは衝撃で同時に首折り、背骨折り、股裂きのダメージを与える究極の技! キャンバスが二人合わせて300キロ以上ある衝撃を受け止め、揺れる。
「か、カニッ……」
ゴボォっとカニ怪人の口から血が吐き出される。
梶木が手を離すと、キャンバスに力なく俯けになって倒れ、ピクピクと痙攣し――気絶した。
それを見て、審判がカンカンカーンとゴングを鳴らす。
『勝者は魔法少女プニフラ! 強い! 強すぎる! またしても怪人に勝利ィィッ! いったいこの男は何者なのだぁぁぁぁっ!!??』
観客や解説者が勝利の興奮に声をあげる。
「……」
その歓声のなか、梶木はカニ怪人に手を差し伸べた。グッドファイトをたたえるためである。
梶木が胸を叩いてやると、カニ怪人が気絶から息を吹き返す。そして周囲の興奮に気付いて、愕然とした。
「お、オレは負けたカニか? ただの人間に?」
梶木は「ああ」とは言わなかった。ただ一言「ナイスファイト」と告げ、その言葉を聞いたカニ怪人は憑き物の落ちたような晴れ晴れとした表情を浮かべた。
「……いままでオレは人の感情、絶望の魂を食らってきたカニ。その暗い感情は甘露であったが、どこか心に冷えたものが詰まる感覚があったカニ。ふふ、不思議なものだな。負けてしまったが、貴様との試合楽しかったカニよ。たまには、こういうのも悪くない……カニ……」
すーっとカニ怪人が消えていく。
怪人とは精神世界の住人。現世に具現する力を失うと、こうして消えていくのだ。
「今度また、こっちの世界にくることがあったら、一緒にカニ鍋でも食いにいこうぜ」
「そいつは……御免こうむるカニ……」
こうして、カニカニカニ、とどこか楽しそうに笑った笑うカニ怪人は、まるでこの世界にいなかったように姿を消した。
こうして――今日も平和は守られたのだ。
★☆★☆
「昨日はお手柄だったな」
激闘の翌日。梶木は自宅マンションで電話を受けていた。
その第一声が、これである。
「大したことはない。オレは魔法少女だからな」
自宅マンションと言っても、1フロア100平米を豪勢に改造したその部屋は、下手なスポーツジムよりも遥かに高度な機器が置かれており、いまも梶木のほかにも魔法少女練習生として複数人が筋トレをしている。
その収入源はパトロンからの寄付と、怪人との戦いの記録をアップロードしている動画サイトの運営だ。
魔法少女とは50%の無駄のない科学的なトレーニングと、1%の根性論。そして49%のおいしいプロテインから誕生するのである。
「阿曾部には感謝してる。去年、国会で通してもらった魔法少女特別資金決済法のおかげで活動は順調だ」
電話の相手は、通称『史上最強の総理大臣』『筋肉宰相』阿曾部総理。
筋トレ仲間でもある彼こそが、魔法少女活動のパトロンの一人だ。
電話相手は梶木の感謝を聞いて苦笑した。
「おいおい、梶木。この回線で話すときは、マジカル★シャイニーと呼べと言っているだろう。それにあれはオレだけの力じゃない。いま、この国に魔法少女が必要とされているという証明なのだ」
そして、同時に魔法少女の一員でもある。
リングネームは『マジカル★シャイニー』。
仕事が忙しいのでなかなか現場に出てくることはできないが、逆にそれがレア感を生み出して人気だ。
他にも『史上最強のIT社長』『恋するマッスルブレイン』ボディビル・ゲイッツ。
『史上最強の鋼鉄王』『アイアンボルケーノ』サンドリュー・ネギ。
『史上最強の石油王』『地獄の熱血ムーンサルト』アブディ国王。
みな、マッスルネットワークでつながったパトロンであり、仲間たちだ。
だが、その好意に甘え続けるわけにもいかない。
出現する怪人の数は多く、魔法少女の数を増やしていく必要もある。
梶木は未来のことを考えながら、空を見た。
昔と変わらぬ青い空は、怪人のことなど知らぬかのように澄み渡っていた。
――かつての魔法少女は敗北し、もういない。だが、そのことを嘆く必要はない。
この世界には正義を愛し、平和のために戦う男たちがいるのだから。
ブーメランパンツ一丁で仁王立ちになって太陽光を浴びる梶木は、改めて平和を守る決意を胸に抱くのだった。