プロローグ
プロローグ
「後悔はしないのね?」
真っ暗な部屋の中でオレはそんな心配するような女性の声に耳を傾けながら手に持っているナイフを見下ろしていた。
オレはこれから自分がやろうとしていることに冷や汗をかきながら、頷いた。
「そう・・・・・」
頷いたオレに女性は呟きながら涙交じりにそう呟く。
彼女はこれからオレがやろうとすることを泣きながら何度も止めた。
やめて、と。
早まらないで、と。
なんとかするから、と。
だが駄目だった。
やはり駄目だった。
オレの両手はもう誰かを抱けるような手を持っていない。
オレの両手はもう血まみれだ。
オレはもう誰も愛せない。
誰かを愛し、愛してもらう資格すらない。
それだけのことをしでかした。
たとえそれが不本意なことだったとしてもその罪は見つめなければならない。
たとえ誰が許しても自分が自分を許せない。
オレがそう言いながら、彼女を必死に説得した。
そうして1年間妥協に妥協を重ね、この方法で罪を償うことにした。
「ねえ・・・・やっぱりやめない?」
本日もう何度目かわからないやり取り、そしてそれを口にする彼女の目には大粒の涙がたまり、今すぐにでも大声で泣き出してしまいそうな気がする。
オレも正直怖い。
今すぐ手に持つナイフを捨てて彼女に身をゆだねてしまいたい。
だが――――――
「後は頼むよ・・・・・」
それしか言えなかった。
歯を食いしばり彼女の顔を見て見ぬふりをしながらそう絞り出すしかなかった。
そんな言葉に彼女は低く声を漏らすのが聞こえた気がした。
本当にごめん、と心の中で呟きながらナイフを構えた。
そして―――――――
「これで今までのオレとはお別れだ・・・・・さよなら、トレア」
そう言うと、大声で響く涙声をバックにナイフを振り下ろした。
これがオレの学園転入の1週間前の出来事だった。
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「ねえ、また会える?」
桜咲く丘の上で目の前の彼にそう言いながら私は目に涙をためて呟く。
そんな私らしくもない私を見て、彼は少し戸惑っていた。
彼は今日でいなくなる。
つい昨日まで仲よく遊んでいた彼が。
昨日遊ぶときに戸惑いながら言われたんだ。
ボクは引っ越すんだ、と。
当分会えなくなってしまうんだ、と。
それを聞いた私は、私らしくなく信じられず戸惑い、やがて信じるようになると大喧嘩した。
彼と友達になって初めての喧嘩だった。
なんで黙っていたの、と。
どうしてあなたがいかなければいけないの、と。
私らしくない言葉に戸惑いながら彼は必死に説得した。
そんなこんなで彼は私と一つの約束をし、この喧嘩は収束した。
そして今日、彼を見送るために彼とよく遊んでいたこの場所に来た。
「約束、きちんと守ってね?」
私はそう言いながら彼の両手を握りしめる。
しばらく触れられないため、そのぬくもりを忘れないように。
「うん・・・・・」
そんな私を受け入れながら、彼も涙交じりに返す。
「絶対に約束は守る・・・・・」
そして、その後――――――――
目の前が暗転した。
ピリリリ・・・・・と鳴り響くけたたましい音が聞こえてきた。
耳障りな音に私は長い耳がひくひくと動くのを感じながら、目を開く。
そして起き上がりながら、音源である目覚ましをたたいて音を止める。
「またあの夢かぁ・・・・・」
どうせ見るなら最後まで見たかったな。
そう呟きながら窓の外から入る日差しを親の仇のように睨むように目を向けた。
「・・・・・・よし!」
放心していた自分の頬に活を入れながら、ベッドから起き上がる。
今日も今日とてやってくる変わらぬ日常に向けての装備をととのえる。
私、リーデルフォンス学園生徒会長トレア・ベルーディアの1日はこれから始まる。
だが私は知らなかった。
今日変わらずに過ごすだろう1日は、今日やってくる転校生によって変わり、これからの私の運命が大きく変化していくきっかけであり、分岐点になることを。