脇役のAだかBだかCだかです
順風満帆に、脇役のAだかBだかCだかの人生を平穏無事に過ごしていた。
ここが、前世で大好きだった乙女ゲームの世界で、自分が主要人物ではないことに気が付いたのは、学園に入学してからのこと。
(画面を通して)よく知っている顔ぶれに興奮しながらも、自分がそのゲームの中では名もなき群衆の一人に過ぎないことに気付いて「生の乙女ゲームを傍観できる!」とわくわくしながら、クラスメートその一であり続けた。
どこでどんなタイミングでイベントが起きるのか知っているので、先回りして陰ながらそのイベントを眺めるその至福と言ったらなかった。
神様だか誰か、脇役に転生させてくれでありがとう!
当事者にしないでくれてありがとう!
やっぱり乙女ゲームは自分が体験するより、間近で見るのが最高よね!
とても楽しい学園生活だった。
最終的に、可愛らしいヒロインは婚約者を定めていない騎士団長の息子を選んだようで、逆ハーざまぁもなく、王子にちょっかいをかけていないから王子の婚約者である悪役令嬢からの嫌がらせもなく、穏やかにもうすぐ卒業式を迎えようとしていた。
「……あとは、卒業イベントを残すのみ、ね」
思い起こすのは攻略本。
選択肢を自分で選んで恋愛を疑似体験するより、攻略本や攻略サイトを脇に物語を楽しみながらゲームを進めるタイプだったからだ。
「あのふたりの様子を見るからに、通常恋愛エンドよりもトゥルーエンドの方かな。ってなると、やっぱり卒業式では告白すっ飛ばした、例のプロポーズ……いやぁん、早く生で見たいぃ!」
ちなみに、ここ、学園の中庭の大木の根元。
放課後は、このあたりはほとんど人か来ないのをいいことに、妄想垂れ流しである。
人様に見られたら、ちょっとどころじゃなくアレだという自覚はあるから、ここを選んだ。
だから、これはちょっとしたアクシデントだったのだ。
「……あなた、転生者なの?」
「へ?!」
背後からかかった声に、思わずびくりと体が揺れた。
あ、あれ、今の声って……
「ミーシェ様……っ」
振り返ってやっぱりと驚愕の声をあげた。
綺麗な金色の髪が縦ロールに巻かれ、空色の瞳が剣呑なまなざしを送ってくる。
……ええっと、睨まれてますか?
「『転生者』、わかる?」
「……えっと……はい……」
その単語が出ること自体、ミーシェ様が『転生者』であることを示していると言ってもいいようなものだ。
ここ世界の物語に、『転生者』は登場しないし、そもそも『転生』の概念も存在しない。
「そう、お仲間だったのね。ちょっと、聞いてくれる?」
「はぁ……」
盛大にため息をついて、私の隣に座ったミーシェ様はそのまま後ろの大木に背中を預けて空を見上げた。
なんだか、疲れているように見える。
「……ヒロインは、王子を選ばなかったわ」
「はい」
「どうしてなのかしら、あんなに頑張ったのに」
「……はい?」
えっと、よくわかりませんが、ヒロインには王子を攻略してほしかったというように聞こえましたが、気のせいでしょうか。
確か、ミーシェ様と王子の婚約が成立したのが、幼少のころだという設定だったように思う。母親同士のお茶会について行ったら、お忍びで王子が来ていて、一目ぼれしたミーシェが父親にわがままを言って婚約したんじゃなかっただろうか。
首をかしげたのに気付いて、ミーシャ様が再びため息をついた。
「こんなことを言うのは、おかしい?」
「はぁ、……まぁ……私の知る悪役令嬢ミーシェは、そんなこと言いませんから」
「そりゃそうよ。ゲーム内のミーシェは前世の記憶なんて持っていなかったんだから」
確かにその通りだ。
ミーシェが『転生者』である時点で、すでにシナリオから外れている。
性格が違って当然だ。
「ゲームの設定では、ミーシェが望んで王子と婚約したことになっていたけれど、現実は違うの。だって、破滅したくなかったんですもの」
そう、ヒロインが王子ルートを進むと悪役令嬢と言われるだけあって、ミーシェはヒロインにいじめを繰り返す。
そうして、エンディングで家まで巻き込んだ没落エンドを迎えるのだ。
行き着く先は、破滅。
だというのに、なんでヒロインに王子を攻略してほしかったのか。
「逃げに逃げたわ。なのに、どういうわけか王子に執着されて婚約する羽目になったのよ。どうして王子の性格も違うわけ?」
「違うんですか」
「全く違ったわよ。後宮の妃たちの寵争いを間近で見て育ったから、女性不信っていう設定だったはずじゃない。でも、あれは真正のフェミニストよ。でもって、ナルシストよ」
「……はぁ?」
王子さまだから、フェミニストはまだいいとする。
ゲーム設定からずいぶんとずれているが、それでもまだ許せる範囲だろう。
だが、ナルシストってどういうことだ。
「美しい俺の隣にふさわしいのは美しいお前だけだ、って5歳児のセリフじゃないわ!」
「何それ、怖っ」
ゲーム内で描かれなかっただけでそんな要素があったのか、それとも『転生者』がこの世界に存在することで何らかの影響が出たのか。
それにしても、それはない。
「でも、王子の性格が違ってもエンディングが変わるとは思えない。だから、最初は婚約なんてしたくなかったのよ」
「最初は、というと」
「後になって気付いたの。悪役令嬢ミーシェの末路って、家族から勘当されて平民に落とされるだけでしょ? 前世じゃもちろん一般庶民だもの。世界が違うから苦労もあるとは思うけど、それでも平民に落とされるのが苦痛なんてこれっぽっちも思わないわ」
下位貴族の娘をいじめたにしてはかなり重い処罰ではあるのだが、たしかに、一般庶民として生きた記憶があるのだから、それほど地位に固執する必要もないのは確かだ。
かくいう自分も、子爵家令嬢という肩書を持ちならも贅沢する事には気が引けている。公の場はしょうがないにしても、普段は平民が着るようなシャツにスカート姿である。毎度のことながら、その姿に頭を抱える母がいるのもまた事実だった。
「つまり、ナルシストな王子の妃になるより平民になりたかった、と」
「そうよ! でもって、うまく立ち回って何年も前から考えに考えたルートを突き進むつもりでいたのよっ 侍従の頭脳も借りてっ でも、そもそもヒロインが王子ルートに入ってくれなきゃお話にならないじゃない!」
「たしかに……ヒロインは、王子は眼中になかったみたいだったね……」
乙女ゲーム内に置いてヒーローの位置づけにいたのはもちろん王子だ。
だから、最初に遭遇するのも王子のはずなのだ。
ところがどっこい、ヒロインはそのイベントを見事にスルーした。
まぁ、当然と言えば当然だろう。
入学初日に遅刻して王子に遭遇するイベントだが、一体誰が入学早々遅刻するなんて言う失態をするのか。
あのイベントそのものに無理があったとしか言えない。
乙女ゲームではテンプレでも、現実的ではなかったということだ。
その後も、故意か無意識か王子のイベントどころか騎士団長の息子以外のイベントはスルーしていった。
「ヒロインが『転生者』だから、とか?」
「確かめたわ。でも、違った」
「……違ったか」
「頑張ったのよ。ヒロインに近づいて王子の方に興味を持つように、いろいろと画策もしたの。王子にも、ヒロインがいかにかわいいか知らせるためにも、いろいろ画策したの」
全て徒労に終わったという。
なんという空回り。
「……もう、疲れたわ」
「えっと……ご愁傷様?」
「疑問形なのが疑問ね」
「いや、だってこのままいけば王子妃で、ゆくゆくは王妃なんでしょう。ナルシスト王子がお相手とはいえ、この世界の女性にとっては最高位じゃない」
「いらないわよ、そんなもの。なんだったら、あなたにあげるわ」
「謹んで遠慮します」
そんなものいらない。
王子がたとえまともな人でも、そんな重い地位なんていらない。
せっかく子爵令嬢で乙女ゲームの脇役に生まれたのに。
「でも、じゃぁどうするの? 公爵家から王家に婚約破棄なんて言い出せないし」
「さっき、侍従にお願いしたの。今頃家に届いているはずよ、絶縁状が」
「は……?」
「このままじゃ、卒業してすぐに王子妃よ。卒業する前に手を打たなきゃいけない。けれど、短い期間に打てる手なんて限られてる」
「……さすがに王子の婚約者の立場で出奔したら、家にも非が及ぶと思うんだけど」
「降格するかもね。わかってる、家族に迷惑をかけることは。でも、もうそれに関しても話し合いは済んでいるの。家を出ることを、認めてくれたわ」
よくそんな我儘を認めたものだ。
貴族に生まれたからには貴族の役目を果たすべし、そう言われて育つのはおそらくどの貴族の家でも同じであろうに。
「だからとっとと出てけって」
「は?」
「役に立たないならいらないって言われたわ」
娘の我儘を聞いた甘い父親、というわけではないらしい。
血を分けた娘に、とっとと出てけって……。
「……堪えてないみたい」
「だってそんな環境で育たのよ。前世の両親が恋しいわ」
なんだかいろいろと悟りきっているらしい。
「本当に疲れる学園生活だったわ…………でも、これから先は念願の庶民暮らし!」
「令嬢がガッツポーズしちゃダメでショ」
「ナル王子ともお別れ! 重苦しいドレスとも、片っ苦しい礼儀作法ともおさらばよ!」
「……おーい、公爵令嬢~」
おーっほほほ!
との高笑いだけが令嬢らしかったのだけれども。
でも、そうは問屋がおろさなかった。
突如として地面から光があふれだしたかと思うと、それは何かを描くように縦横無尽に走った。
え、と思う間もなく光は目的のものを描き終わったらしい。
そして、急激に襲った目がくらむような光と、体全体にかかる強い引力。
もしや、これは。
でも、まさか。
そんな、バカな。
「「……嘘……」」
二人の声が重なる。
考えたことは同じだ。
「卒業イベント間近なのに?!」
「叫ぶポイントが大幅に間違ってるわ!」
思考の行き着いたところは、違っていたけれど。
そうして。
光が収まって目を開けた場所は、案の定知らない場所。
知らない人たちが囲んでいる。
「ようこそおいでくださいました、神子姫様」
豪華な衣装を着た一人が、ミーシェ様の前で跪く。
どうやら、異世界に召喚されたようです。
そして。
どうやら、ここでも脇役のようです。