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あまのじゃく。

 出席番号18番 天童あかり

 出席番号31番 和田夕夏

 

 ◆◆◆


 中途半端に浴びたシャワーで、中途半端に温まった体が一瞬で冷やされていく。

 やっぱり今晩は我慢して、明日にすればよかったかな。でもシャンプーしないで学校には行きたくないし。ママのを使う気にもならなかったし。帰りに買ってきてなんて言えないし。

 やっぱり自分で何とかするしか選択肢はなかったんだ。

 ダメ元で行ったコンビニには置いてなくて、仕方なく駅前のドラッグストアを目指す。

 この時間には用がない土手を早足で歩いていると、街灯の下で規則的に動く何かを発見する。


「あれ、天童こんな時間に自主練?」

「……ああ、夕夏。ごめん、暗くて見えなかった。

 うん、なんかモヤモヤしてて素振りでもしたらスッキリするかなって。」

「わざわざ土手まで来たの?」

「はは、うん。ここね……虫の声がすごいでしょ。

 不思議と集中できるんだよね。」


 天童は竹刀を下ろすとそう言って川の方を眺めた。

 街を横断する大きな川。夕方には太陽が沈む川。私にとってはおなじみの場所だけど、昼と夜ではまったく別の何かになる。

 秋を奏でる虫の声。一面に茂った草の間から湧き立つように聞こえてくるそれは、立ち止まって耳を済ませると音の大洪水だ。

 でも不思議とうるさくはない。自然の音って、どうしてこうも落ち着くんだろう。


「夕夏は……買い物とか?」

「そう。シャンプー切れたの忘れてて。

 迷った末に出てきたのでした。」

「そっか。まあシトラスフレーバーは夕夏のポイントだしねー。」

「そうなの。どうも親の使う気になれなくて。」


 本当の理由は、匂いでママを思い出してしまうからなんだけど。


「でもうっかりだったね。なくなりそうなのは気づいてたんでしょ?」

「そう、もう何日もヤバイヤバイって思ってて。明日買おう、明日買おうって。

 でもこういうの、なんでか忘れない?」

「わかる。途中で忘れるよね!」


 どうでもいいあるある話で私たちは盛り上がる。

 天童の自主練の邪魔をしてしまっているし、私は私でさっさとお風呂に入り直したいはずなんだけど、どうしてか会話は弾んでしまっていた。

 お互い、もしかしたら会話に飢えていたのかもしれない。


「はぁ……。夕夏と話してたらなんかスッキリしたかも。」

「そう? 奇遇かも、私も。」

「素振りはもういっかな。駅前までいくの?」

「うん、コンビニになかったからさ。」

「そっか。じゃあ途中まで一緒行こうよ。

 私の家そっちの方だから。」


 私は再び歩き出した。隣には天童。なんでもない話をしながらだらだら歩いて行く。

 さっきまでの寒さは、とっくにどうでもよくなっていた。


「今日さ、市営体育館で合同練習会の日だったんだよね。」

「あ、そうなんだ。他の学校と?」

「うーん、いろいろ。大人の人も来るし。

 いつも行ってるんだけど、今日いかなかったんだよね。」

「あれ、なんかあったの?」


 うーん、と天童は星空を仰ぐ。一人で素振りをするくらいなら、練習に行ったほうがよさそうなのに。

 案外なんとなく気分が乗らなくてサボったら、やっぱりモヤモヤしてしまった、という感じなのかもしれない。


「いくとさ、色んな人に会うでしょ?」

「あーー、会いたくない人がいたとか?」

「うんとね……会いたくないわけじゃないんだけど。むしろ逆なんだけど。

 なんか、気まずくて。」

「ふーーーん……?」


 私はそれ以上詮索しないことにした。天童の横顔を見て、なんとなく察したからだ。

 人の気持ちは本当に複雑だ。天邪鬼だ。

 会いたいのに会いたくなかったり、好きなのに邪険にしたり、嬉しいはずなのに寂しかったり。

 家族だってうまくいかないのに、他人とそう簡単に仲良くできるはずがないのだ。

 どうしたらみうみうみたいに誰からも好かれる人間が出来上がるのか不思議でならない。


「そんな日もあるよ。

 会いたいって思ってるならそのうち素直に会える日も来るだろうし。」

「……そだね。」


 天童はすっきりした顔で笑った。もしかしたら、もう気まずさとやらはなくなっているのかもしれない。

 気分なんて、本当に天気みたいなものだ。

 全部が全部、気分で片付く問題だったらいいのにな。凝り固まった感情や状況は、どうしたら溶けるんだろう。


「まり、まだバイトしてるかな。」

「21時だし、いるんじゃない?」

「帰りに冷やかしに行こっか。」

「はは、いいね。竹刀で強盗プレイでもする?」


 虫の声がだんだん後退していき、街の音が聞こえてくる。

 今日は詰め替え用も買っていこう。次こそ忘れたりしないように。

 お風呂で一瞬手に取った、ママのシャンプーの重みを思い出す。


「ついでだし。」


 私たちを追い越した車に、ひとりごとはかき消された。


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