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デイ・ドリーム・ビリーバー。

 出席番号2番 綾瀬みう

 出席番号30番 渡辺芽依



 ◆◆◆

 

 姿は見えないけれど、右から左から、後ろから前から、不揃いに、でも不思議と心地のよい音色を響かせる虫たち。耳をすませながら、私は渡辺芽衣と歩いていた。

 夏のある日の放課後に、屋上から二人で眺めた川の土手をあてもなくとぼとぼと。


「人の存在が本当に消えるのは、忘れ去られたときである。」

「え、哲学書でも読んだ!? あ、読書の秋。」

「読まないよ凛子じゃないんだから。」

「だよね、メイメイが読むわけないか。」

「それはそれでイラッとくるなぁ。明日図書室いこっかな。」


 茶化してしまって申し訳ないと思うけど、いきなりそんな難しそうなことを言われても面食らう私である。


「ごめんごめん、でも急にどうした。」

「そのまんまだよ。人はね、忘れられた時に本当に消えてしまうの。」

「死んじゃっても、覚えてさえいれば胸の中でその人は生きている……的な?」

「そう、まぁそういう流れの話だね。」


 あの日、屋上でメイメイと話したことをぼんやり思い出した。夢の中のような、ここではないどこかへ行きたいと、彼女は言っていた。

 もしも、メイメイが本当に別の世界に行ってしまったら、どうなるんだろうか。

 この世界は彼女の存在をどのように処理するのだろう。海外に旅行に行ったような感覚なのか、死んでしまったのと同じ対応になるのか、存在そのものが消滅したように取り扱うのか。

 ふとそんなことを考える。


「哲学書は読まないけど……これってきっと哲学的な話なんだと思う。

 なんていうか……存在そのものをどう考えるのか、みたいな。」


 もしかしたら今、メイメイも同じようなことを考えていたのかもしれない。


「前にね、メイメイ話してたじゃない。他の世界に行きたいなって。

 実際にいったらさ、どうなんだろう。その、存在的な話。」

「……そうだね、戻ってこれるかどうかで変わる気がするな。」

「その心は?」

「戻ってこれるってことはね、体重をこっちに残してるってことだと思う。

 片足はこっちにちゃんとつけてる。でも、両足を離してる、体重が残って

 ないって状態は、もう完全にいないってこと。戻ってこれないってこと。」

「なんだろう……その体重って、存在感ってこと?」

「うん、そんな感じ。存在感、重みみたいなものを感じられたら、ああいるなって

 思うけど、それがなくなったら、もういるのかどうかわからない。」


 消えるってことじゃないかな、とメイメイはつぶやいた。

 お互いに言いたいことを上手に形にできずにいたけれど、なんとなく思っていることは一致していた。そんな予感があった。

 別の世界に行きたいメイメイは、この世界にいたくないメイメイなのだろうか。

 私はそれが、とても聞きたくなったけれど聞けなかった。

 なんとなく夜の散歩をすることになって、なんとなく目指していた場所がこの土手だったことに、意味がないわけがなかった。

 メイメイは現実と夢が混じり合う境界線を探していると言っていた。

 私は、もしもそれが存在するとしたら、夕日にきらめくこの川だろうとあのとき思った。直接メイメイに伝えたわけではないけれど、あの瞬間、私たちの心はきっと寄り添っていたから、そう感じたから、通じてしまっている気が、した。


「秋は、夜が長いからいいよね。」

「メイメイ、夜好き?」

「うん。寝るのが好きだからね、好きだよ。」

「それって……夢が見れるから?」


 そう、と短く返事をしたメイメイは、なんだか楽しそうだった。涼やかな虫の鳴き声が、彼女の鼻歌なのではと錯覚するほど、気分が良さそうな横顔。

 いつまで歩くのだろうと思う。この土手は、行こうと思えばどこまでも行けるくらいには長かった。

 ああ、このまま歩いていたら、本当に別の世界に

 行ってしまうのではないだろうか。

 私は立ち止まりたくなる。

 この世界でやらなくてはいけないことがある気が、急にしてきた。


「……あの街灯のところまで行ったら、戻ろっか。」


 意外にもそう提案したのはメイメイだった。私は迷わずうなずいたけれど、彼女的にそれで満足なのだろうかという疑問は残る。


「すごく気分よさそうだからもう少し歩くのかなって思ってた。」

「うん? ああ、そうだね。このままどこまでもいけちゃいそうな気はしてる。

 でも。」


 メイメイは笑った。とても可愛い感じで。


「みうをこのまま連れて行っちゃったらダメだなって思って。みうはさ、

 この世界に必要な人だと思うから。」


 何も言えなかった。ただ、思わずメイメイの手を握っていた。ダメだよ、まだ。

一緒に帰ろう。


「みうってさ、いいヤツだよね。もし私が消えても、みうだけは最後まで覚えててくれそうな気がする。うん、そう思う。」


 何も言えなかった。私もそんな気がした。


「コンビニ行こう。何かおごってあげましょう。」

「わ、じゃあおでん食べよ?」


 いつの間にか約束の街灯にたどり着いた私たちは、土手を引き返す。手を繋いで。

 コンビニの光が恋しかった。24時間輝き続ける、現実の光が。

 


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