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努力≠課金。

 出席番号6番 上野雫

 出席番号13番 佐々木千景


 ◆◆◆

 

「ったぁぁあ~! 

 どうなってんのこれ、アーム弱いんじゃないの!?」


 思わず筐体を手のひらでバンバン叩いてしまう。

 とにかくむしゃくしゃしていた。いつにもまして部活でうまく立ち回れず、監督にはどやされる、後輩にはイヤミを言われる、一番同情されたくないライバルに無駄に優しくされる……。

 厄日過ぎて破裂しそうだった。どうにかストレスを解消したくて、帰りに目についたゲームセンターに寄ったら……これだ。


「ああ……神はいないのか!」

「お客さーん困るんすよねーーもしくはにわか。

 筐体叩くな罰当たりめ。神は死んだむしろ私が殺したけど。」

「ぬっ!?」


 振り返るとヤツがいた。全方位ディスりマシーン、佐々木千景。


「……筐体叩いたのは悪かったと思ってる……。」

「反省してるならさっさと帰りな。

 このゲーセン、あんた程度がノベルティ取れるようにできてないわけ。

 店員に文句言ったらお茶にごす程度のなんかもらえるから、

 それで満足することだな一般人。」

「マジで腹立つなオタク。」

「ヲタクだよ。

 あたしはそんな年代もんじゃない2010年台モデルだよ。」


 最悪な気分の時に、最悪な人間に出会ってしまった。佐々木は本当に面倒でムカつくヤツだ。

 口を開けば文句ばかり。その上、無駄に悪口のセンスがあるから三倍腹立つ。

 そして絶対に折れない。逃げない。買ったケンカも売ったケンカも、インサイダーで十倍の利益にするような、とにかく口から生まれたサラブレッドクソ野郎なのだ。

 ……自分の語彙を最大限に発揮してディスってみたけど、この程度はすぐに言い負かされる。敵わないのがわかるから余計イラッとするんだよね……。


「つかなんであたしの縄張りに出没するわけ? 

 クラスメイトのエンカウント率極めてゼロのこの聖域にさ。

 まじレアすぎるんですけどゲットして博士に送ってやろうか。」


 佐々木は人差し指でスマフォを私の方にスワイプするような仕草で睨みつけてくる。

 なにそれ、ほんと変なヤツ!


「どこにいようが私の勝手でしょ。ここ、いつから佐々木の土地になったわけ?」

「はぁぁぁめんどくせぇぇぇ!!

 なんであんたらってすぐそういうこと言い出すわけ? 

 マジ明日から結界張るわ。安倍晴明カム。この際、ドウマンでもいい。」


 散々文句を言いながらも、佐々木はハナから私に興味の欠片もない。するっと私の横をすり抜けて、目当てのコーナーに行こうとする。私はその手を無意識に掴んでいた。


「散々ケンカ売って逃げる気?」

「わーー暴力反対ガンジーマンセー。」


 今にも噛みつきそうな目ぇしといてよく言う

 わ……! ダメだ。今日は本当にダメだ。このまま帰ったら何するかわからないから、せめて佐々木に思いっきり文句言って討ち死にしよう。

 勝てないのはわかってるけど、少しはスッキリするはず!


「今日はとことん付き合うよ。一矢報いてやる罵詈雑言製造機!」

「マジ無理通報したい。していい?」


 佐々木は私の文句に自動返信しながら黙々と二階への階段を登っていく。引き下がれなくなった私は佐々木の後を追って、ついに三階フロアまで来てしまった。

 ……なんだろうこれ。ばっきゅんずっきゅん音の洪水。異様なアクションを繰り広げる人たち……。


「ああ、ここパンピーが吸ったら10秒で死ぬ毒が空気中に散布されてるから

 帰ったほうがいいよ。」

「なわけあるか!! え……あれなに、ゲームなの?」

「違うよ、特殊訓練受けてるんだよ。

 あんたらみたいなふわふわな生き物を殲滅するために。」

「そう、見えなくもない……。」


 しばらく観察して理解した。どうやら音楽に合わせてリズムをとったりするゲームの筐体で溢れかえったフロアらしい。

 問題はどの筐体で遊んでいる人も、常人とは思えない動きをしていること。

 なんだろう……これって遊びじゃないの?


「遊びじゃねーんだよ! こちとら命かけてんじゃい!」

「え、やっぱやるの、あれ。佐々木あんだけ動けんの!?」

「舐めるな小娘、お前の首なぞ人差し指一本で切り落とす我だぞ……。」


 佐々木は筐体に百円玉を入れてすでに臨戦態勢。

 さっきまでのイライラはどこへやら。未知の体験を前にドキドキしている私。

 おそらく難易度や曲? を選んでいる佐々木。手慣れていて何が何だかわからないけれど、明らかに難しそうな選択をしているのだけは理解する。


「嬢ちゃん、これ見たら帰んな。まだ人間でいられるうちな。」


 さっきから何だよそのキャラ! と思いながらも今は好奇心が勝って口からは出てこない。

 曲が始まるのを、今か今かと待っている自分がいた。


「さてと……。じゃあいっちょ、世界救っちゃいますか!」


 ……そこからは、もう、圧巻だった。

 目視しているのに認識できないという現象が本当にあるんだなーと、ぼんやり今、考えている。

 あれだ、あれに似ている。練習試合で大学生にメッタメタにされて、もう理解が追いつかないときのあれ。


「佐々木すごい。」

「小並感わら。」


 佐々木は涼しい顔をしていた。何ごともなかったかのように次の曲をプレイしている。


「これ……どれくらい練習したの?」

「さぁ。刮目せよ結果がすべてである。」


 こいつ、プレイしながら返事してるよ。もう私の理解を三周半くらい飛び越えている。


「やっぱ練習あるのみかー……。」

「天才だって努力するんだから凡人は必須でしょ。

 死に物狂いで生きるがいい。」


 さらりと真理を突かれてもう私ノックアウト。佐々木にやり込められてるのに怒りすら湧かないレベル。だってくやしいけど、すごいんだ。佐々木、ゲームセンターでゲームしてるだけなのに、芸術と言っていいほどきれいな動きしてる。

 わかるよ。時間の積み重ねは洗練された技を生む。鍛錬の先にあるのは美。一バスケットボール部員だって、それくらいはわかる。


「死んでも努力とか練習とか言うなよ。

 あたし、現実世界のそういう汗臭いの大嫌いだから。

 もう憎んでるから。これはね、課金よ課金。

 湯水のように課金してショートカットしたの。

 虚構の世界は金でレベルが買えんのよ。理解しろジャリ。」


 画面からまったく視線をそらさず、正確無比な動きを繰り出しながら佐々木は言う。

 私は返事をしなかった。せめてもの、抵抗なのかもしれない。

 悔しいけど、一生モンの借りだけど、スッキリした。

 今日だけは佐々木を賞賛しよう。大っ嫌いだけど。明日になったらキレイに忘れるけど。

 佐々木、かっこいいよ。

 そして明日から、もっと部活がんばります。


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