月に帰る。
出席番号23番 三浦絢香
出席番号24番 武藤紗季
◆◆◆
「まーっかなつきーがよーぶーう……」
赤い月は地震の予兆だなんていう言い伝えがあるけれど、単純に不吉な感じがするからなのではないかと思う。
夜空に浮かぶ真っ赤な月。どうしても不気味だし、悪いことがあると言われたら納得してしまう。
でも私は知っている。あれは月が地表に近いだけ。
中学生の頃に、理科の先生が言っていた。
大抵、世の中の不思議なことなんて突き詰めれば夢も希望もない。
「ぼくーがーうまれたーとーこーろーさー……」
赤い月を見上げながら、踊るようにふらふらと歩く、紗季。このまま本当に、月に帰ってしまいそうな少女。あまりに脆くて、あまりにも儚い。
今、月を見つめているようで彼女は、本当は何も見ていない。何も見えていない。
「しめえったー、きばこーのなかでー……。
めぐりあーえーたーみーたいだねー……」
その昔、宇宙人と少年が交流する有名な映画があった。最後は自転車に乗って空を飛んでいたような。そのシーンのバックには、印象的に月が輝いていた。
あれは黄色い月だったけれど。こんなふうに真っ赤だったら、また別の印象の映画になっていた気がする。
私は紗季と出会ってから、こうしていろんな時間を過ごしてきた。それこそ自転車の後ろに彼女を乗せて、あてもなく街をいつまでもさまよったりもした。
探しものは結局見つかることもなく、季節は変わっていった。
そして今、こうして一緒に血のように赤い月を見上げている。
それが、すべてな気さえした。
「きょーうのひーゆかーいーにーすーぎてゆくー…」
滑稽だな、と思う。
私は紗季から離れられない。どうして?
彼女を放っておけないから。放っておけないと、思い込んでいるから。
紗季が私を縛っているわけではない。私が勝手に、私を縛っている。
そんなことはわかっている。とうの昔にわかっていた。それでも私は、私を縛ることをやめられない。
きっと、楽しいんだと思う。心が踊ったことなんてほとんどないけれど、こうして紗季を眺めているのが好きなんだ。
歌う紗季。囚われの少女。この世界を見ていない、幻の存在。
「もーう、さよーなーらーだーよ……
きみーのーことはわーすーれーなーいー……」
この秋も、過ぎてしまえば記憶の奥底に押しやられて色あせていくのだろう。こうして二人で月を見上げた、なんでもない夜のことなんて、すぐに忘れてしまうのかもしれない。
辺りで息を潜めている虫の声も、川を挟んで遠くに見える街の明かりも、紗季のこの歌声も、なんだか泣きそうなこの気分も。
忘れたくないと願っても、私にはどうすることもできない。
時間は、あっという間に過ぎてしまうんだ。たかだか十数年しか生きていない私にも、それはわかってしまう。
三年区切りの学生なんて生活をしていると、なおさらそれは重大なことのように私たちを苦しめる。
「紗季、本当に忘れない?」
紗季はふわりと私の方に振り向く。赤い月を背中に、何も知らない花のように。無邪気なままで、世界を滅ぼしてしまう天使のように。
笑う。
「忘れないよ?」
月が地表に近いのは、昇り始めか、沈み始めたからだ。あの赤い月は、一体どちらだろう。
「いつかさよならする人は、忘れたら消えちゃうで
しょう? 私たち、ずっと一緒にはいられないもの」
ならば、その日まで。
私はずっと紗季の傍にいよう。
「もーう、さよーなーらーだーよ……
きみーのーことはわーすーれーなーいー……」
さよならするその日まで。世界が静かに閉じる、その日まで。
さよならする、その日まで。