闘い、その後
しかししばらくして、日常と非日常の境界線を歩く私たちの目の前に。
ドタドタと大勢の足音が聞こえてきて、それは二人の近くでピタリと止まった。と同時に挑御川の歩みも止まる。
「……どうした」
聞くと、苦々しい口調で答えてくれる。
「ウィークキラー、弱者殺しと呼ばれる戦法、集団も指しますね。闘いで弱った人を複数で狙い撃って、リタイアに追い込むことでレースを有利に進めようとしてるんですよ」
「なんとなくだが、嫌われていそうな響きだな」
「私はありだと思ってましたけど、仲間が実際にやられると鬱陶しいですね。心底、鬱陶しいです」
仲間という響きが心地よいが、今は置いておこう。周りの弱者殺したちを見渡す挑御川。いや、睨み付けているのだろうか。しかしいくら睨みつけようとも、彼らが引く様子は見られない。それはそうだ、男を背負う女一人、倒せないわけがないのだから。
「……私を降ろして闘えばいい。その辺に捨て置けば——」
その言葉はすぐさま否定された。
「彼らは先輩を狙っているんです。捨て置いた瞬間に狙い撃ちされて、下手すれば死んじゃいますよ。大体そんな無責任なこと、私は絶対にしませんから」
そう意気込むが、しかし状況が変わるわけではない。弱者殺しは見たところ六人いる。それらを相手取ることなど、出来るはずがない。
そう思った時、弱者殺しの一人が叫び声を上げた。
「嘘、どこから?」
挑御川は驚いて辺りを見渡すも、しかし私には状況がつかめない。ただなんとなく分かるのは、その叫び声は私たちを驚かせようとする類のものではなく、激痛にあえぐような声だったことだ。叫ぶ男を見ると腕にいつの間にか、針をそのまま大きくしたようなシンプルな槍が突き刺さっていた。それを挑御川は一瞬で把握したのか。
周りの弱者殺したちも状況に気が付き始めて、場がざわつく。戸惑う彼らを烏合の衆と非難はできない。彼らはおろか、私たちすら完全には理解できていない状況なのだ。
するとまた、どこかから叫び声が上がる。今度は目の前にいる弱者殺しではない声。場に緊張感が高まっていく。叫びとくぐもった声だけが、そこには響いていた。
そうして誰もが辺りを警戒していると、ザッザッと足音が響いた。その方向は、私たちの後方。素直に驚いた。その足音の音が、ずっと遠くだったから聞こえてくるものだったからだ。
そうして、鈴のような声が聞こえてきた。
「まったくこの状況はなんですの? わたくしは風向さんの勝利を祝いに来ただけですのに。ずいぶんと不埒で野暮な輩に集られていますわね、カザムカイさん。それにイドミカワさん。
お二人とも。一飯の恩を、返しに来ましたわ」
弱者殺しの前に立ちはだかってくれたのは、カモミール=カラカリスだった。
私は信じられないような面持ちでカモミールを見つめる。その姿は、数時間前会ったばかりとは思えないほどの懐かしさを秘めていた。そして出会った時にはなかった頼もしさも。
服装は変わらない。しかし数時間前と変わったところが一つ。それは、背負っていた筒の上部分が開いていることだ。
その時、彼女は一つの動きを開始した。
背中の筒の中身を出すようにして背中を揺らす。同時にカモミールは首を左にかしげる。すると筒から、先ほど弱者殺しの腕に突き刺さっていたシンプルな鉄槍とでも表現すべき武器が取り出された。勢い良く出てきた鉄槍のちょうど真ん中部分を右手でつかみ、そうして流れのままに槍を、正面に投げ込んだ。陸上競技の様な放物線ではない、一直線。槍は見事に弱者殺しの女の腕に突き刺さり、血しぶきが上がった。
今のカモミールを見つめる自身の気持ちには、覚えがあった。逃げる泥棒を捕まえる時の挑御川の銃を抜く手際、そしてベルの速さと剣捌き。修練の上に成り立つだろう無駄のないしなやかな動きを見た時の、渇望するようなうらやましさ。私とは違う世界に生きているのだと、思い知らされる瞬間。
けれど今は、その感情を素直に受け入れられるのだった。やりましたわ!と言いたげにこちらを見るカモミールに、心からの笑顔を返すことが出来る。決して対等ではない。しかし同じ場所に立っているのだという感覚に、えも言えぬ嬉しさを覚えた。
するとふいに、少し遠くから聞こえるような、絶叫が耳に入った。
私にはそれがどこから聞こえてきたのかの判断は出来なかった。しかし挑御川とカモミールが同時に左側を向いたので、きっとそちらからの声だったのだろう。さらに次々と聞こえてくる絶叫。同時にプシュッという妙に生々しい音もする。闘技場で体を切られた時の音に似ている気がした。嫌なイメージがふつふつと蘇る。
しかし緊張感を持ってそちらを見ていたのは私たち三人だけだった。ふと横目に入った弱者殺したちが焦っているのを見て、視線を向けてみる。するとどうやら彼ら同士で話をしているような雰囲気があった。うまく聞き取れなかったが、挑御川には聞こえたようだ。
「どうやら私たち、もっと大勢の弱者殺しに囲まれていたみたいです。目の前の六人だけではなく、その倍くらいの」
「……いた、みたいです、とは」
「さっきの悲鳴も今の悲鳴も、隠れていた弱者殺しの叫び声だったんですよ」
驚いた。ならばこの絶叫は私たちにとっての朗報となるわけだ。目の前の弱者殺しの集団から視線を外し、声の方へと注視する。すでに夕焼けは闇にのまれ、辺りは暗くなっている。その暗がりから、スウッと人影が現れた。
血の滴る細身の剣。全身に血を浴びた体は、この闇の中では鈍く光っているようにも見える。口元は吊り上り笑っている様子が見て取れた。
燕尾服にカールされた艶やかな黒髪。それは紛れもなくフランベルジュ=ケンラルーその人だった。
「やあヒイタに集子、少しぶりだね。ヒイタの闘いぶりは観客席で見物させてもらったよ。素晴らしいね、あれは。噂に聞く神風特攻を見ることができるとは思いもしなかったよ。熱くさせてもらった。
ああ、ここへ来たのはヒイタを狙うウィークキラーが出ると思ったからね。いいものを見せてもらったお礼に手助けをしようと思ったんだ。もっとも、取りこし苦労だったみたいだけど」
相変わらず聞いてもいないことをペラペラと話してくれる。だが話が早いことには変わりはない。お礼を言おうとするが、もう声が出ない。どうやら思っていたよりもこの体は壊れているようだ。目元で笑いかけるが、気が付いてもらえただろうか。
明らかに委縮する弱者殺しの集団。集団と言っても一人血まみれで倒れ伏しているのですでに五人だが。しかしそんな彼らを無視するように、ずいとカモミールが前に出た。
そうだ。カモミールはベルに惚れていて、ベルに剣をプレゼントするためにファリジア・レース出場を決めたのだ。ベルを目の前にしてどのような反応をするのか興味が湧いた。ごくりと唾を呑み込み、経過を見守る。……しかし、メロドラマが始まるのだけは勘弁してほしいと思いつつ。
カモミールはベルの、返り血に染まった燕尾服を首から足までざっと目に入れる。それからベルの整った顔に訝しげな視線を注ぎながら言った。
「あなたが誰かは存じ上げませんけれど、とりあえずはお二人を助けるということでよろしいのですわね」
意外な反応に、少し肩透かしを食らった。空気を読んで知らないふりをした? いや、偶然こんなところで最愛の人を見つけたのならば、決してこんな淡泊な反応にはならないはずだ。しかしどういうことなのかを考えようと頭を働かせた瞬間、体にどっと疲れが下りてきた。同時に強烈に眠くなる。今、それを考えるのはよしておこう。
ベルはカモミールをじっと見つめながらこちらへ歩み寄り、そうして言う。
「美しいお嬢さん、君のお名前は?」
間髪入れずにカモミールが答える。
「あなたこそ」
するとベルは弱者殺しと向かい合うように、私たちに背を向けてから言う。
「今名乗る必要は——」
「ないですわね」
私たちを守るように立つ貴族二人。壮観だ。こんなに頼りになる背中は今まで見たことがない。……いや、頼りになる背中はもう一つあった。文句ひとつ言わず私を背負い続けてくれる挑御川の背中。その事実に心の底から礼が言いたい。だが今は言葉にできない。それが、どうしようもなくもどかしい。
ベルとカモミールが、挑御川に言う。
「集子は走りたまえ! 僕たちは君を狙ってくる敵をすべて迎撃する」
「急いで下さいまし! カザムカイさんの様子がおかしいですの!」
私の、様子……? そういえばさっきから強烈に眠い。痛みを超越した眠さだ。だが、それだけだ。しかし傍から見ると、そんなにも酷く見えるものなのか。
「……恩に着ます。二人とも、行きますよ!」
挑御川が走り出す。そうして弱者殺したちが向かってくる。それをベルとカモミールが対応してくれていた。
視界が揺れる。そうして、段々と暗くなっていくのを感じる。落ちていくような、閉じていくような。暖かかった彼女の背中の感触も、消えていく。そうしてゆっくりと目を瞑る。沈んでいく、気持ちの良い微睡の中へと。
目が覚めた時は、皆にお礼を言おう。それだけを思って、意識を暗闇にゆだねた。




