未知へ一歩、踏み出す
子どもの頃の未知、つまり知らない事や分からない事は希望と楽しさの象徴だった。知らないことすべてが心をワクワクさせて、そんなものに満ちあふれた世界はなんて素晴らしいのだろう——そんなことをただ、なんとなく感じていた気がする。
しかし大人になると——いや、早熟な者ならもっと早くから感じるだろう。
未知とは恐怖の対象だ。それは幽霊だとか化け物のような、この世に存在しないものの話ではない。未知、それは知らないこと。分からないということ。これは人間を評価する時の、非常に単純な欠点項目となる。テストの点数がわかりやすい例えだが、働くことにおいてこれは最も顕著に表れる。未知は予想外につながり、予想外は失敗につながる。失敗のもたらす影響は単純、評価が下がる。それは致命的に人生を狭めていく。
つまり、未知をつぶしていくことこそが評価につながる。分からないという事実は、努力が足りていないことを大っぴらにしているのと同意。知識は義務で、未知は罪。これも私の頭に刻まれた教訓だ。
しかし未知のもたらす予想外は失敗にのみつながるわけではなかった。楽しさと期待にも、確かに通じていた。それを忘れ、失敗を恐れひたすらに未知を埋めて、埋めて埋めて、埋めて埋めて埋めて、埋めきった当時二十五歳の私は刹那の安堵を手に入れて。
そして今は三十歳。あれから五年。その時落ちた空虚の地獄から、未だに抜け出せていない。
ビアバーで挑御川集子と話してから、五日が経っていた。世の中がゴールデンウィークで浮かれている中、私は異国の空港で一人、ポツンとたたずんでいた。いつもの腕時計で確認するに時刻は午前十時。無論時計の針はここ、ファリジア王国に合わせてある。
挑御川によると今回のレースは最長で二週間に及ぶとのことで、私は元々の休みに加えて持て余していた有給休暇を使うことにした。そうして初めて知ったのだが、我らがハヤミ貿易会社では有給休暇に消費期限がないらしい。つまり、一度取得した有給休暇は何年経ってもそのままだということだ。さすがは一流企業、大した太っ腹だ。一週間ほど使ってもまだかなりの日数が残っていた。
周りを見渡し、ほんの少し安心する。ファリジア・レースの印象から、ファリジア王国には銃や刃物を持った人間がうろうろしている可能性を抱いていたのだ。しかしそこらにいる人々の中に、不自然なほどに大きな荷物を持つ人間も、腰に帯刀しているような人間もいなかった。旅行バッグを持ちキャリーをガラガラと転がす、日本と同じような空港風景が広がっていた。
とりあえずスマホの電源をつけてみる。すると十件以上の着信履歴があった。そのどれもが挑御川からだ。
レース開始までまだ二時間以上あるというのにせっかちな奴だ。どことなく鬱陶しさを感じた私は、スマホの電源を切ってポケットに突っ込んでおく。そうして行きつけのバーへ行くような気楽さで、事前にもらっていたメモ通りに『第五ファリジア・レース会場行き』と表示されていたバス亭に向かう。荷物も少ないし、気軽なものだ。すでに停車していたバスにすぐさま乗り込むと、ほどなくして発車した。バスには、私しか乗っていない。
車窓から異国情緒を楽しむのは中々に気分がいい。よくよく街中を見ていると、地面や道路がすべて石畳で作られているというのは日本と違った趣がある。しかし年月がもたらす古びた感じがないというのは逆に新しい。つまりは、こういう雰囲気を狙って新しく作られたと表現するべき街だった。まだ苔むしても黒ずんでもいない、そんな街だ。
そうやってしばらくこの国の雰囲気に浸るのも悪くないのだが、しかし観光に来たわけではない。悪名高きファリジア・レースに参加するために来たのだ。視線を景色から外し、ポケットに入れていた紙を取り出した。
それは今回参加するファリジア・レースの基本ルールと、もらえる賞品——通称アイテムが書かれた紙だ。ファリジア・レースはこの国では無数に行われているらしく、それぞれルールが違ったりするようだ——ということを、この紙を渡された時に挑御川から聞いた。よく読み込んでおくように、とも。言われた通りに何度も読んだが、しかし完璧に覚えたわけでもないので、重要な部分を読み返してもいいだろう。
まずレースに参加するためには、体が健康であるかどうかの検査を異常なしでクリアーしなければならない。その結果が書かれた書類と検査用血液を五十ミリリットル同封して、レースの運営に送る。健康の証明書を送るにもかかわらず検査用の血液を送る理由は聞いていない。私はこれらをすでにパスしている。
そしてレース開始までに会場に向かう。着いたらすぐに、手続きをしなければならない。その手続きとは事前に渡されたアイテムリストの中から、自分が狙う物を選ぶことだ。それを済ませたら、その時参加者として正式に認められる。
最も覚えておくべきルールは、自分が選んだ賞品を手に入れる方法だと思う。それは自分以外にそのアイテムを狙う人間がいない状態でレース最終地点のゴールエリアに入ること。つまり目的のアイテムを狙う参加者が自分ただ一人になってから、ゴールするということだ。自分で決めたアイテムはレース中に一度だけ変更することが出来るので、何とかして他の参加者に自分の目的以外のアイテムに変更してもらう必要がある。そのための手段は、『問わない』と書いてある。
「しかしこのルール、何度読んでもレースではなく、バトルロイヤルのそれだと思うのだがなあ」
思わず独り言が漏れる。しかし挑御川によると、暴力に頼らなくともこのレース上の通貨であるメラを交渉の道具にするなど、やりようはあるらしい。けれど彼女曰く、
「やっぱり闘いで相手を戦闘不能にするのが、一番手っ取り早いですよ」
とのこと。けれどやりすぎ防止のために、殺人はその時点で重大なペナルティを処されるらしい。そんな奴はとっとと失格にしてくれと思うのは私だけだろうか。
レース参加者の権利として認められていることは四つ。一つにレース参加時に一万メラをもらえること。挑御川によると、この額では宿に泊まることは出来ても飲食ですぐに消えてしまう程度らしい。参加者が第一にやるべきことは大体が金策になるようだ。
二つに武器の支給。これは自分で武器を持ってきた人間には関係ない。つまり初心者でも対等に戦えるような措置らしい。おそらく私も、支給された武器で戦うことになるだろう。
三つに自らの意志でリタイアができること。これは当然、大怪我防止のルールだ。私のような一般人が一番覚えておくべき権利だと言える。リタイアする方法としては三通りあり、他参加者の目の前でリタイア宣言するか、レース期間内でも治療不可能の重傷を負うか、後述のタブレット端末でリタイアボタンを押すか、となっている。
四つに、自分の求めるアイテムを狙う参加者の人数を、いつでもどこでも知れること。これは参加と同時に配られる小型タブレット端末で確認できる。その端末によって可能な行動として前述のリタイアと、自分の狙うアイテムの変更、運営からのお知らせメールの閲覧、端末番号を登録した相手との電話やメール、それにレースのインフォメーションなどなど。最後のインフォに関しては紙による配布もする。その方が気分が出るという古いタイプの参加者が一定数いるらしい。
そこまで読んだ所で、重要な部分はこんなものかと思って意識を紙から離す。すると、バスがかなり揺れていることに気が付いた。なんだと思って窓の外を見ると、その理由はすぐに判明した。
すでに石畳の町並みは消えていて、いつのまにか岩と砂の荒野がそこには広がっていた。
雲は高く真っ白で、青々とした空とのコントラストがよく映えている。日差しはわりと熱いがカラっとしていて、二十年ほど前の日本の夏を思い起こす。鷲のような、見たことのない大きな鳥が勢いよく空を飛んでいた。
ここは異国なのだと、私は改めて思い知った。
しばらくは世界の急激な変化に圧倒されていたが、しかし時は動いている。ほどなくしてバス内のスピーカーから案内が聞こえてきた。分からない言葉で話すその声に耳を貸していると、しばらくして日本語でのアナウンスが流れ始める。
『もうすぐ、終点、第五ファリジア・レース会場前、です。ご利用ありがとうございました。もうすぐ、終点——』
少ない荷物を肩に担ぎ、降りる準備をする。しばらく待っているとバスは止まり、外に出るためにバスの一番奥から降り口へと向かう。そうしてフロントガラスから正面の景色を覗くと、そこには巨大だが質の悪そうな石壁に覆われた、街の全体像が見えてきた。ここからでは壁と大きな門しか見えないが、それでもとてつもない存在感に圧倒されてしまう。
料金を払いバスを降りて、荒野への第一歩を踏み出す。地面に降り立つと建物よりも荒野の果てしなさが目に入り、あれほど大きく感じていた街がポツンとさびしく見えてしまう。けれど歩いて門の方へと向かっていると、そこに一人、街よりもさびしそうにポツンと佇む人間がいた。
それは頬を膨らませてこちらを睨み付ける、挑御川だったわけで。彼女はのんびり歩いている私を発見すると、目を大きく開いてから駆け足、百メートルほどの距離をすぐさま詰めてから高速でまくしたてた。
「もう、遅いです先輩! 会場入りしていないのは私たちだけになっちゃいましたよ。連絡しても全然返事くれませんし。帰っちゃったのかと思いました」
確かに一時の感情に身を任せた結果のミスだろう。だが一つ訂正しなければならないようだ。
「私は女性との約束を放って帰るような男ではない」
「連絡無視した男の言いぐさじゃないですよ……」
うなだれながら挑御川が放つその言葉の響きは、長らく女性と付き合っていない人間には刺激的だ。それはともかくとして、悪いのは明らかにこちらだった。素直に謝るべきだろう。
「すまなかったな。心配をかけてしまったようだ」
「ん。まあいいですよ。それじゃあさっさと行きましょう。ついてきてください」
貸し一つですからね、と挑御川が笑ってくれた。機嫌を直してくれたことに胸を撫でつつ、楽しげな足どりの彼女について行った。
しばらく歩いて、例の大きな門の前に着く。直射日光が大分強いので早く建物の中に入りたい。手持無沙汰の私は目の前で手際よく手続きを済ます挑御川を、汗をぬぐいながら眺めていた。
先ほど挑御川の言葉が刺激的だと述べたが、それよりも彼女の格好の方がよほど刺激的である。いつものポニーテールを降ろして青いリボンを巻いていた。桃色の生地に白い水玉、白いフリルの、まるでビキニのようなものを着ていて、その上に通気性のよさそうな半袖の上着を羽織っているのは日焼け対策だろうか。こんなに暑いにもかかわらず白いアームカバーを身に着けているのもそれが理由だろう。
上着を日焼け対策などと言ったが、ビキニスタイルである以上腹出しは避けられない。なんというか目的意識が不明だ。その上とんでもないミニスカートで、太ももが非常に扇情的で輝いて見える。気にならないと言えば嘘になるだろう。何がとは言わないが。
「先輩、もう入れますよ。……なんだか目がうつろで危ないですね。熱中症の初期段階が出ているのかもしれません。始まったらまずは水分補給をしましょう」
「そうだな」
大いに肯定した。
目の前にそびえ立つ粗悪な石門がギギギと音を立てて開かれる。そうして次に視界に映るのは街の風景だと思っていた私は、少しだけ拍子抜けした。目の前には暗がりの通路が続いていて、側面の壁には光量の強くないランプが照らされている。一見すると、どこかの遺跡の入り口のようだ。ここから先へ進む必要があるらしい。暗がりの奥からすうっと冷たい空気が流れてきて、心と体が癒される。
おそらく、この先でアイテム選びと武器の支給がなされるのだ。アイテムは自分で決めてきたが、武器は素人にはどれもこれも危険物でしかない。ここは大人しく経験者に任せるべきだろう。
「けど先輩、驚きましたよ」
口を開き、歩き始める挑御川。私も、はぐれないように続いて歩く。そうして彼女から話の続きがあると思い黙っていたのだが、しかしそれ以上の言葉が紡がれることはなかった。何かあったのかと暗がりの先を見つめていた視線を挑御川へと向けると、彼女は何故かむっとした表情でこちらを向いていた。
「ちょっと先輩、話聞いてます?」
「あ、ああ。もちろんだ」
反射的に答えてしまう。それからようやく、挑御川が先ほどの一言だけで会話しようとしているのだと気が付いた。
さて、挑御川の「驚きましたよ」発言は、一体何を指しているのだろうか。いや考えるまでもない。驚いたとは、当然私のような一般人が二つ返事で参加を決めたことに対してだろう。自分でも驚いているのだから、彼女が驚くのは当然と言える。けれど、なんとなく格好をつけて返事をした。
「そうか? 私のような参加者など珍しくもないと思うが」
一攫千金を狙う一般人など、世界中にごまんといそうなものだが。
「いえいえ、激レアですよ。めったにいませんって。私でもそんなに知りませんし。あ、そこの部屋ですね」そんなものか。
暗がりの廊下からそのまま、扉もなく大広間にたどり着いた。そこは右と左にそれぞれ受付があり、こちらから見て左側にある受付には紙の束がまとめてある。右側にある受付には名称は分からないが見たことはあるような様々な武器がゴロンと並べてあった。今はここに人気はないが、どうやら随分と大勢の人間がたむろしていたのだろう。コンクリの地面には荒野の砂と無数の黒い足跡が残されていた。
しかしそんな場所にたどり着いても、何をすればよいか分からない。立ち止まって、慣れているだろうもう一人へと視線を向けると、
「アイテムを決めましょう」
とやはり慣れた様子で歩いていく。私も挑御川の後を追って歩いた。アイテムを決めるとはつまり。
「風向先輩、何にするか決めてますよね?」
「ああ、お前に言われていたからな。初心者は比較的ほかの参加者が狙わない商品を選んだ方がいいのだろう? リストの中ではこれに惹かれたんだ」
受付の前に立って、事前に記入していた登録用紙をカバンから取り出し、それをに見せてやった。私が選んだアイテム、それは——
「ノートパソコン、ですか?」
そう、ファリジア王国で発売された最新モデルのノートパソコンだった。挑御川は何故か、意外そうな表情を浮かべていた。
「もっと高価なものにすると思ってました」
「これも十分に高価だ。それに日本で発売されているどの製品よりも高性能だからな。この国ではそこまでの価値はないだろうが、割と欲しい」
挑御川はゆっくりとうなずいた。
「先輩がいいならいいですけど。それじゃあ私はこれでお願いします」
そう言って彼女が受付に指し示したのは、電話器だった。しかしそれはただの電話器ではない。
「これは……今回のレースで一番人気予想の、しかもアーティファクトだろう。そんなものを選んで大丈夫なのか?」
当然一番人気のアイテムは大勢の参加者が狙う。必然的に激戦になるわけで、危険な連中がたくさん出場しているこの状況では大怪我をしかねない。しかし心配の言葉を、彼女は笑顔で返した。
「大丈夫です。こう見えても結構強いですから。それにこのアーティファクトは絶対に欲しいんです。他の人に譲ることなんて出来ません」
決意の言葉と眼差しに、私は少したじろぐ。どこぞの誰かみたいに面白半分でレース参加を決める馬鹿とはモチベーションの次元が違う。本気だ。純粋なまでの本気の決意。
長らく私の心に現れないものだ、それは。今、どんな表情で挑御川を見ているのだろうか。羨望か、あるいは後悔か。彼女のように生きられなかった人間の、十も年の離れた男の嫉妬。汚い。醜い。そんな機械油汚れのような頑固で拭い去れない、変われない自身の生き方に嫌気が差す。
「風向先輩、武器の方もパパッと済ませちゃってきますね」
名前を呼ばれてハッとしたまま視線を上げる。すでに彼女は数メートル先にいた。追いつくために早足で後を追う。
そう。このレースで変わるのだ。銃や武器の飛び交う、既知の世界とは全く違うこの場所で。己のくさくさとした大嫌いな部分を根こそぎ変えてやる。その上で、せいぜいこの世界を楽しんでやるさ。
「いい弾があったのでそれだけ貰いました。お金も受け取りましたし、それじゃあ先輩、行きますか!」
ワクワクを隠そうともしない挑御川の表情。社内では見たこともないその笑顔は、どうしても不安のよぎる私の心を勇気づけてくれる。
「ああ、行こうか」
頬が緩む。ああ、笑えそうだ。こんな気持ちは久しぶりだ。こんなに楽しいものだったか、自分の知らない世界がすぐそこにあるというのは。
一歩一歩、目の前にある扉に近づいていく。あの扉の先にあるだろう様々な出来事を待ちわびて、扉を開く——
「ちょっと待て。まだ武器をもらっていない」
立ち止まり、大きなため息を一つ。危ないところだ。武器携帯必須などというヤクザな世界に丸腰で入ろうものなら、楽しむ前に人生が終わってしまう。タイミングが悪くてすまないな、とそんな表情で挑御川を見やると、あちらはなぜか不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「どうした。何かおかしなことを言ったか? ああ、私の分の武器はすでに受け取っていたのか」
そう言うと不思議そうな表情に加えて首をかしげる挑御川。そうして何に不思議がっているのかを理解できないで黙っていると、奴は口を開いた。
「風向先輩に武器は支給されませんよ」
予想外すぎる言葉に度肝を抜かれた。あっという間に頭の中は真っ白になって、私は衝動のままに言葉を吐き出す。
「はあ!? どういうことだ。意味が分からん!」
思わず口調が乱れた。しかしそんなことを気にしてなどいられない。今の私は一瞬にしてパニックなのだ。武器もなしにファリジア・レースなど、もはや自殺志願者ではないか! ともかく挑御川の言葉があまりにも簡素で、納得しようがない。
「きちんと説明してくれ」
身振り手振りで必死さを伝える。今、私はこんなにも焦っているぞ。伝わっているか?
しかし彼女は首をかしげて不思議そうな表情を浮かべてから(どうやら伝わっていないようだ)、よく分からない理屈を口走った。
「もしかして先輩、ルール全部読んでないんですか? じゃあ説明しますけど、超能力者には武器の支給はされないんですよ」
「は? それだと私が今現在、超能力者だということになるだろうが」
「え? さっき、普通に会話の中で言いましたよね。先輩が超能力者だって。先輩も否定してなかったじゃないですか」
「そんなこと言っていないし、そんな会話もしていない」
「しましたよ。『先輩が超能力者で驚きました』って言ったら、『自分のような超能力者は珍しくないんじゃないか』みたいなことを確かに」
……ああ、あの『驚きました』の話かと合点する。いやはやまさかそんな擦れ違いをしていたとは、思いもしなかった。いやしかし、この話は根本から間違っていることを、コイツは分かっていない。
「待て待て。超能力は十歳で消えてなくなるはずだろう」
そんな私の常識を、しかし挑御川は簡単に跳ね返す。
「それって超能力の理解がなかった頃の古い迷信ですよね。生まれ持った超能力はなくなりませんよ」
誰でも知ってる常識です、と普通の口調で言われた。そうだったのか、と驚愕の事実にも妙に納得してしまった。超能力を最後に使ったのは小学校に入る前で、それ以来使おうともしなかったからな……。人生を生きるにあたって必要なものでもないし、使う機会なんて一度もなかった。気づかなければこういうこともありえる、のか?
『お前は時々とんでもなく常識はずれなところがあるからな』
最近根岸に言われた言葉が突き刺さる。本当にアイツはよく分かっている。下手をすると、私よりも風向緋板に詳しいかもしれない。
昔の思い出も、最近の記憶すらもどうでもいいと感じて捨ててきた私よりも。
「まあ誤解も解けたことですし、さあ新たな現実へ踏み出しましょう!」
話はすでに終わったらしい。唯一頼りにしていた武器もなく、グイグイと背中を押されて扉へ進む。先ほどまでは光り輝いていた扉の先が、今は地獄の門に見えてくる。
よりどころは超能力しかない。だがあれはとてつもなく痛いのだ。しかし逃げる選択肢はないのだから、もう全てを受け入れるしかない。
さあ行こうか、血と火傷まみれの現実へと。
……なお超能力者であっても、自分で持ち込んだりレース会場で購入した武器ならば使用可能とのこと。本当にどこまでも、ヤクザな世界だ。




