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  作者: モノノケ
26/37

ヤジウマ、ラダル君

 ——首筋に妙な熱を感じる。頭が重くて、吐き気もする。なんなんだ。

 瞬間、皮を剥がされたむき出しの背肉に焼いた鉄のプレートを押し付けられたような痛みを覚えて、私はすぐに目を覚ました。

 《《すぐに》》という表現を用いたのは、つまり強烈な眠りによって地面に倒れ伏した事実が、自分の感覚としてはすぐ前だったからだ。しかしそれなりの時が経っているのだという事実には、私はすべからく気が付かされた。

 理由としては私自身がうつ伏せの状態で寝かされていて、体中が包帯に巻かれていたことが一つ。その上からダサい黒色のローブを着せられていたのが一つ。眼前の景色が焼け焦げた地面でも葉の香り漂う草原でもなく、どうやらT・F内であるという事実が一つ。そして——

「よう風向。すげえいいタイミングで起きたな」

 聞き慣れた声が耳に届いたことが、最後の一つだ。私はうつ伏せのままで、正面にいる声の主の顔を見上げようと視線を上げる。すると彼の特徴であるダサい黒のロングコートと、似非金髪が目に入る。それから彼の表情を見て、何故だか苦笑してしまいながら言った。

「助かったよラダル君。まさかこの場面で駆けつけてくるのが、君だとは思いもしなかった」

 皮肉でなく素直にそう言うと、ラダル君は小さく鼻を鳴らしながらぶっきらぼうに言ってくる。

「俺で悪かったな。感謝の言葉は貰っといてやるが、それでも俺としちゃあ全然足りてねえと思うんだがな。T・Fでセレンへ向かう途中に少し遠くで爆発が見えたもんだから、野次馬根性引っ張り出して駆けつけてやったんだからよ。もっと感謝しろ、感謝」

 突っ込み待ちだろうか。私は彼に超能力の内容を話していないのだから、全くの偶然で見つけたということをしたり顔で話す理由はないと思うのだが。インスピレーションや直感で駆けつけたならばまだしも、野次馬根性とは。感謝はあの一言で十分だと思うが、それでも後でもう一度言っておこう。

 ラダル君は私からの感謝の言葉を冗談でなく本当に待っていたらしく、少ししょんぼりとしてから気を取り直すように咳をして、再び饒舌に話し始める。

「それでもまさか、アンタがいるとは思わなかったがな。まあ正直に言うと、黒焦げ状態の逢瀬の姐さんがぶっ倒れてた方にもっと驚いたんだがよ。

 まさかアンタが姐さんに勝っちまうとはなあ。どんなマジックを使ったんだって感じだ」

 言葉のニュアンスが問いではなく感想だったので聞き流しておこう。それよりも私は意識を失ってからの事を聞くことにする。

「それで逢瀬牧はどうなったんだ」

「リタイアだよ。今頃病院に運ばれてる最中なんじゃねえか? ハンマーで殴られた恨みもあったし、そのまま放って行こうとしたらすげえ睨まれてよ。T・Fに取り付けられてた緊急信号で連絡しといたんだ」

 よほど強烈な視線だったのだろう。少々顔を青ざめさせて、ブルリと震えるラダル君。逢瀬牧は物腰の柔らかそうな人間に見えたが、部下というか目下の人間には厳しいのかもしれない。先ほどの闘いでも私に対して、終始見下した言葉が多かったような気もする。

「それでは二つ目だ。これはどうでもいい部類の質問なのだが、なぜ私はうつ伏せで寝かされていたんだ。膝が床にゴツゴツ当たって痛いんだが。体勢もよくないからか、目覚めもそこはかとなく悪いしな」

「助けてもらった割に文句の多いおっさんだな。別に嫌がらせでそうしたわけじゃねえよ。アンタの背中が、爛れてぐちゃぐちゃだったからだ。血まみれなんて生易しいもんじゃねえレベルだったぜ。ファリジアの医療技術でも最悪、元に戻らないかもしれねえって酷さなんだよ。そんな怪我負ってる奴を仰向けで寝かせられる訳ねえだろうが」

「まさかそこまで酷くなっていたとはな。確かに信じられないほどに痛かったが……」

「あの怪我は逢瀬の姐さんが負わせるようなのじゃねえから、どうせアンタの自業自得なんだろ? ま、超能力ってのはどんなものでも、それなりのリスクがあるからなあ。姐さんの黒い翼もそうだし、俺のもそうだ」

 そうさりげなくこぼすラダル君の言葉に、私は少しだけ興味を惹かれた。逢瀬牧との闘いが終わった直後から、一つ疑問があったのだ。彼女に勝った今、もうどうでもいい話になるのだろう。しかしそれでも分からない点を放っておくのは性格上、望ましくはないのだ。

「一つ、気になっていたんだ。逢瀬牧は最後の闘いで、膝の負傷により自ら隙を生んでしまったんだ。そのわずかな隙にねじ込むようにして最後の攻撃を当てたのだが……。彼女ほどの反応速度があればあの場面、私の突進に対して黒の翼を使い対抗するくらいは簡単に出来たはずなんだ。それなのに逢瀬牧は超能力を使わなかった。それはラダル君が言うところの、リスクという奴なのだろうか」

「……うーん。アンタの言う場面が聞いている限りじゃよく分かんねえんだが、質問に関してはたぶんイエスだ。逢瀬の姐さんが言ってたんだけどよ、あの黒い翼は短い時間で何度も使う場合には回数が決まってるんだと。その回数以上に使うような真似は出来ねえらしい。姐さんはそんな弱点みてえな情報を教えてくれた時に、《《信頼の証》》だとかなんとか言ってたが、今思えばそれを知られてても俺程度じゃ超能力を使わずに倒せるからなんだろうなあ。すっかり騙されたってわけだ」

 自嘲気味な言葉を、宙へ放るようにこぼしたラダル君。彼の気持ちは、私には痛いほど分かる。彼の抱くそれは相手の行動によって自分の弱さに気づかされた時の、泣きたいような情けないような感情だ。

 その感情は二人に向けられる。弱者として自分を扱った相手と、自分自身。とりわけ自分に対してのそうした感情は、呪いのようなものだ。絶対に許せない。自分を自分で引き裂いてやりたい。深く強く、そう思ってしまうほどに。

 だがそれはラダル君自身で解決するしかない問題だ。私がとやかく言う必要など皆無だろう。そもそも彼の心は私よりもずっと強いのだから、心配せずとも大丈夫だ。だから彼の言葉の必要な場所だけを抽出して、返事をした。

「……なるほどな、回数制限があったのか。それをラダル君から聞いていれば、もう少しだけ楽に勝てたのかもしれないな。

 それで、だ。最後に最も気になる質問を残していたんだ。聞かせてくれ。ラダル君は私が目覚めた最初に、《《ちょうどいいタイミングに起きた》》と言っただろう。あれはどういう意味なんだ?」

「ああ、それならほれ——」

 と、正面に見えるフロントガラスに手を向けてそう言う。今の体勢ではラダル君の手が何を示しているのか見当もつかないので、痛む全身に鞭打って、よっこらせとおっさん臭い言葉を吐き出しつつ起き上がった。そうして見えた景色に私は思わずため息が漏れて、誰に問うでなく呟いてしまう。

「あれは……城か?」

 目の前——とは言ってもまだ遠くの空に霞みがかって見える程度だが、そこには鉛筆のようにとんがった屋根が四本見えた。その様相は一瞬バルセロナにあるサグラダファミリアを連想させるが、その特徴を内包するのは屋根部分だけ。いや、全体から滲み出る宗教じみた雰囲気がそれらしくはあるのだが、いかんせん屋根しか見えないのでよく分からない。一見するに灰色で、石造りのような気がするが確かではない。

「つまり、もうすぐ到着だって意味だ。ったく、暇だったから話し相手拾えてラッキーとか思ってたのによ。結局時間のほとんどが無言だったぜ」

 仲間とも連絡つかねえし、というラダル君の言葉にハッと我に返る。観光気分に浸っている場合ではないのだ。私は眠気の残る脳みそを全力で回して、状況の把握とこれからの行動について考えなければならない。

 まずこのレースの最終目的としては、『無事ゴールする』で間違いはないだろう。そのための条件として必要になってくるのは、『先に行った仲間との合流』だ。重雅によるとセレンは戦場になっているらしい。その中を満身創痍である私と実力的に不安の残るラダル君だけで駆け抜けるのは、さすがに厳しいと考えていい。

 つまり今私が行わなければならないのは、ラダル君との『情報の共有』と『仲間へ連絡するための手段の確保』となるわけだ。

 私は焦る気持ちを押さえながら、ラダル君へ必要な質問をぶつけていく。

「後どれくらいでセレンへ到着する?」

 切り替えたように真剣味を増した私の声色に、彼は一瞬戸惑いを見せる。しかし質問には的確に答えてくれた。

「そうだな、予定じゃ後十五分くらいか」

 十五分か。何とかなるギリギリの時間だ。いや、遅刻寸前で会社へ向かう準備を行っていると仮定し動いたならば、むしろ余裕すら生まれる時間だとも考えられよう。

「ならば聞くが、君は今のファリジアレースの現状を把握しているか?」

「そんな言い方でわざわざ聞いてくるってことは、『グロリアスデモンズ』の連中が暴れてるっつー話だよな」

 やはり知っていたか。ラダル君が私の元へやってきた時間帯を、逢瀬牧との戦闘のおおまかな時間から逆算して考えるに、彼がベーラを出た時間は計画が始まる前後であるのは分かっていたのだ。そうなると——

「ならば話が早い。二つほどお願いがあるのだが、聞いてもらえないだろうか」

「……アンタのお願いってのは妙な怪しさがあるよな。まあとりあえず言ってみろよ。聞いてから考える」

 ラダル君から見て私という存在は、どうやら信用のない男らしい。彼との会話を振り返るとそれも当然なのだが、今は邪魔臭いな。それでも言うしかない状況なのだが。

「まず一つ。集子を始めとした私の仲間が、先にセレンへと向かっている。私は連絡を取りたいのだがどうやら端末が壊れていてな。ラダル君の端末を借りて連絡を取りたいのだが」

 丁寧に順序立てて言うが、しかしラダル君は首をかしげた。

「俺はアンタの仲間の端末番号を知らねえ——」

「覚えているから問題ない。貸してくれるのかくれないのか、それが問題なんだ」

 ラダル君は喉に餅を詰まらせたような表情を浮かべた後、

「……いいぜ、貸してやるよ」

 と快く了承してくれた。しかしこれで安心もしていられないのだ。問題は次の頼みを引き受けてくれるかどうか。

「それで、二つ目はなんなんだよ」

 何故か急かすように言ってくるラダル君。もしかすると次の頼みが厄介であるのだと、直感しているのかもしれない。頼む側の私が言うのは何だが、残念ながらその勘は的を射ていた。

「それでは次のお願いだ。セレンが戦場になっているのは知っての通りだな。そうなるとあちこちで戦闘が行われていて移動すら困難になる可能性があるわけだ。怪我を負っている私にはなおさらだろう。仲間との合流地点にすら向かえないかもしれない。

 だからラダル君に、私を背負って走ってもらいたい。合流地点まででいい。どうか、引き受けてもらえないだろうか」

 真摯にお願いするも、ラダル君は頬をひくつかせながら感情的に言い放つ。

「普通に嫌だっつーの。断るに決まってんだろそんなもん。美人の女ならともかく、こんなボケた頭のおっさん背負って走るなんて労力に見合わねえよ」

「つまり、見返りがあればやってくれるというわけだな」

 はあ? と予想外という風の反応を返してくれるラダル君。私は彼の言に、つけ込むように言葉を続ける。

「君は自分の言葉に責任が持てないのか?」

「ちげーよ、そういう意味で言ったんじゃねえってことで——」

「つまり持てないのは、自信というわけだな。それはそうだ。田舎から出てきて、やったのは犯罪ギルドのパシリだけ。しかもいいように使われてポイッと棄てられたのだからな。自信などないに決まっている」

「あ? てめえそれとこれとは関係ねえだろうが!」

 逢瀬牧との闘いを経て、私の煽りスキルが向上しているのかもしれない。想像以上に口が回るので言いすぎてしまったようだ。意識的に声のトーンを低く重く作ってから、落ち着いた口調で続きを述べる。

「……強くなりたいのだろう? 私ならば、強くなる方法に心当たりがある。超能力に関しても、戦闘技術に関しても、だ。現に私は短期間で逢瀬牧を倒したという実績もあるわけなのだが」

 ぐぬぬ、と怒りといら立ちをこらえるような表情を浮かべた。そう、今のラダル君は何よりもまず強さを欲している。それは同じ思いをした私には、よく分かるのだ。

 だからこそ、それを達成した(ように見える)私の言葉を、道しるべのように感じるはずだ。

 やはりと言うべきか。案の定、ラダル君は食いついた。

「……教えろよ、その方法を。アンタの口車に乗るのはむかつくが、プライドなんてもんはあの時全部ぶっ壊されてんだ。俺は強くなりてえ」

「なら——」

 ああ、と頷いてから、ラダル君ははっきりと言う。

「どこへだって背負ってやる。だが約束は守れよ。アンタを無事に仲間の元へ届けたら、強くなる方法を教えやがれ」

「当然だ。約束は守る男だからな、私は」

 ふん、と小さく鼻を鳴らしてから、ラダル君はポケットに入れてあった端末を取り出して私に投げてきた。まさか投げてくるとは思わなかったので、手首の激痛をこらえながらあたふたと手の上でお手玉しつつ、何とか手の中に納める。安心のため息をついた私に、ラダル君は言う。

「さっさと電話しろよ。もう時間は十分もないぜ」

 言われずともそうするさ。時間も押しているので、私はラダル君へ何も言わずに番号を押す。その相手は当然ながら、集子だ。

 番号を押し終えて、端末を耳に当てる。一回目のコールが終わる前に繋がったので、私は思わず小さく驚きの声を上げた。

「おおっ」

「緋板先輩ですか、緋板先輩ですよね!」

「……私の声を聞いて判断していないだろう、その反応速度だと」

 しかしこの端末、ラダル君の物なんだが。どういう思考の末に私だと判断したのか気になるところである。しかし今は捨て置こう。

「ああ私だ。それで——」

「逢瀬牧は倒したんですね!? よかった、先輩生きてて……。もしかしたら、死んじゃったんじゃないかって、ずっと心配で……」

 全く話が進まない。その上、声に泣きが入り始めたので私はどうどうと集子をあやす。

「落ち着け。私は生きているから心配はもういい。それよりも、こちらは今ラダル君のT・Fでそちらへ向かっているのだが、とりあえず待ち合わせをしないか。私はおそらく、もうゴールするだけでいいはずだ。そのために集子にも力を貸して欲しい。出来ればもう超能力を使いたくないんだ」

 電話の先から、布でこすったような音が漏れる。私はそれに言及せず集子の言葉を待った。しばらくしてから、集子の元気な声が耳に届いた。

「もちろんです!」

 心の底から、といった風の集子の言葉に私は元気をもらってしまった。消耗して、薄れていた気力をわずかばかり取り戻したのだ。思わず小さな笑い声が漏れてしまう。どうしたんですか? と問うてくる集子に何でもないと告げて。

 それで、と話を続けた。

「どこで待ち合わせるんだ。もうあまり時間はないから早く決めてくれ」

「でしたら道は一直線なので、こちらへ登ってきてください。私たちは下へ降りていくのでいつか会えるはずです。万が一にもすれ違ってしまわないように、通話は続けていましょう。常に、自分たちのいる場所の階層や特徴的な場所を挙げていく感じでお願いします」

「了解した。それでは頼むぞ」

「はい、もちろんです!」

 区切るようにそう言ってから、集子は端末から口を離したようだ。小さくぼやけた集子の声が、わずかに耳に入ってくる。どうやら傍にいるらしい仲間に今の話を説明をしているらしい。そうだな、私の方も準備をしておこう。

「ラダル君、分かっているな?」

 言うと、彼は素早く私の言を取って言いかえす。

「ああ、分かってるって。つーか、電話からすげえ音が漏れてたな。金属音と爆発音がひっきりなしだ。こりゃあセレンは、マジでやばい状況なのかもしれねえ」

 意識して聞いていなかったが、確かにそうだった。よく聞こえるものだと内心感心していると、ラダル君が何やら真剣な表情でこちらを向いた。何か言うのだろうと身構えていると、案の定彼は口を開いた。

「なあ、風向。アンタはファリジアレースに初参加なんだよな」

「ああ、そうだが」

「だったら参加する前は何をしてたんだよ。裏の仕事か?」

 裏の仕事とはなんだろうか。その言葉の内包する非日常感というか冗談のような響きに、私は苦笑しながら答えてやる。

「ただの《《表の》》会社員だが、そういえば言っていなかったかな。ちなみに言うと、集子も同じ会社に所属している。部署は違うが」

 言うとラダル君は考えるように俯いたが、その行動はすぐに終わった。彼はまた私を見て言う。

 しかしその問いは、私にとって予想外のものだった。

「……アンタは『スタリチュアル』って聞いたことあるか?」

「知らんな。人の名前か?」

 違うっての、とそっけなく告げてから、ラダル君は続きを口にする。

「言っといてなんだが、俺も詳しいわけじゃねえ。だがファリジア・レースに参加するにあたっていろいろ調べてた時に、そういう噂があるって聞いてな。……アンタがその中心人物じゃねえかと思っただけだ」

「要領を得ないな。内容を話してくれ」

 ラダル君は金髪を無造作に掻きながら、真剣な表情を多少崩して答えてくれた。

「ま、別に真面目くさって話すような内容じゃねえだけどよ。

『ファリジアレース内では多種多様な人間が引き寄せられ、ありえないような偶然が起こり続ける。そしてそれは、ある一人の参加者を中心として引き起こされる』

 って噂だ。俺はレースに参加する前はこんな噂、信じちゃいなかったんだけどよ。けどアンタの話を聞いて、その上で今の電話を聞いちまうと、なあ。

 なんつーか、今回のファリジア・レースはアンタを中心に回ってるんじゃねえかって気になっちまう」

 似たような話を、どこかで聞いたような気がする。あれは集子から聞いたのだったか? そうだ、確かに集子から聞いた。その時アイツは、それを表現するのに別の言葉を使っていたはずだ。

 ——物語、と。

 そう言われると、いくつかの偶然に納得はできてしまう。特に顕著なのは私がアイテム変更した時だろう。犯罪ギルドの目的を知らなかったにも関わらず、逢瀬牧に対する嫌がらせ一つで状況が大きく動いたのだ。あれは確かに出来すぎに思える。

 私は『物語』について、集子への手前やそう考えた方が面白いという理由で、一応は信じていた。だが所詮は偶然という考えを持っていたのもまた事実であり、それはつまり、あったらいい程度に思っていたのだ。天国や幽霊の存在と、ほとんど同じくらいに。

 なるほど、だから参加者はファリジアレースに惹かれるのだ。だから金を払ってでも、ファリジアレースを見たい人間が大勢いるのだ。

 ここには必ず、筋書きのない劇的な『物語』が待ち受けているのだから。

「私を中心に、か。なるほど面白いわけだ。そうなると《《最高の娯楽》》という表現は、私からすれば少々違うな。言うならば、《《人生を劇的に彩る場所》》だ」

「恥ずかしいことを小っちゃい声で呟いてんなよおっさん」

 からかうように言ってくるラダル君に、私は苦笑いを浮かべながら言ってやる。

「三十路も過ぎるとな、ラダル君。学生時代には到底言えないような格好いい言葉の一つくらい、言ってみたくなるものでな。それが『物語』の真っ只中ならば、尚更だ」

 ラダル君の鳩が豆鉄砲を食ったような表情を目に映した瞬間、T・Fの中心部にある操作画面から、けたたましいアラーム音が鳴り響く。それを聞いた彼は、表情を戻して私に言う。

「さーて、最後の一仕事だ。礼は忘れんなよ風向!」

 伸びなどをして体をほぐしながら、威勢良く叫ぶラダル君。彼の言葉は信用できる出来ないに関わらず、気持ちを盛り上げてくれる効果があるな。応援団長でもやればいい。学ランなんて似合うこと請け合いだろう。

 私は出口である梯子へとゆっくり移動しながら、最後ついでにふと気になった事柄を聞く。

「約束は守るさ。それよりも、君の目的アイテムはいいのか? ああ、もうゴールするだけでいいように、ライバルは全て倒したのか」

「ちげーよ。俺はこの街でまだ何人か倒さなきゃならねえ。てか、普通は最後の街で何度も決闘が行われるんだよ。ここに来るまでに全員ぶっ倒してるなんてあんまりないケースだと思うぜ? 今回の例外は逢瀬の姐さんとアンタだけだろうよ。ふんだんにメラ使って、隠れている参加者を片っ端から狩るなんて真似は普通しねえってか、できねえからな。

 ま、アンタからすればラッキーだよな。今頃犯罪ギルドの連中は逢瀬の姐さんが闘ってるんだと思ってる。そんで、負けるはずねえとも思ってるはずだ。だから、《《誰が》》境界線の消失を狙っているかの確認はあんまりしねえだろうし、もしもしてねえんならアイテム変更しての嫌がらせもないって寸法よ。そんでも一応確認はしとけよ。今は時間ねえから、俺の背中に乗りながらでもやっとけ」

 確かにそうだ、それはやっておく必要があると思った時。私は、フロントガラスから見える風景が動いていないことに気がついた。つまり、目的地に到着していたようだ。知らぬ間に——。そう考えた私の目の前に広がる、他二つの街と同じような大きな門をしっかと認識した時。その変貌ぶりに、私の心はざわめいた。

 《《普段は厳重に閉じてあるだろう木と鉄で作られた門は》》、《《ありえないほど乱雑に切断されている》》。そして跡を見るに、この破壊行為は《《たった一撃》》で行われていた。切断部分以外に新しい破壊痕が見当たらないのだ。ただの人間には間違いなく不可能。というか逢瀬牧にも不可能だろう、これは。とすると、もはや確定的な事柄が浮かぶのだが……。

 犯罪ギルドの凄惨な破壊行為のおかげで、T・Fからでも見える扉の内側。その街はまるで城を舞台にした、迷路のような造りという印象を受けた。

 広さ自体は他の街二つと比べると明らかに小さい。それは先ほど遠くからセレンを見た時にも、会話の間にちらりと目に映った時にも抱いた印象である。こうして近づいた今でも、その感想自体は変わらない。だが塀に囲われて見えていなかった街の光景を、こうして確認した今だからこそ言えることがある。

 それは他の街二つと比べて、明らかに地面が低いという事実だ。そのおかげで周りからこの街を見た時よりも、中から見る塀は非常に高やかに見える。いや、地面が低いのだから実際に高いわけで。迷路のような印象を受けたのはそのせいだろう。

 圧倒された気分に浸っていると、いきなり拳が飛んできた。それは私の胸にずしりとめり込む。まったく痛みは感じなかったが、衝撃によってハッと我に返る。そうして思わずまじまじとラダル君を見ると、彼はこちらに背を向けて、

「さっさと乗れよ。ボーっとしてんじゃねえ」

 と乱暴に言い放たれた。そうだ、見慣れぬ景色に感動するのはファリジアレース中でなくていい。今はとにかく、ゴールしなければならないのだ。

「済まなかったな。急ごう」

 と言ってから、私はラダル君の背中に飛び乗った。遊び心を持った冗談のような行動は、しかし彼には通じなかった。七十キロある私を軽々と背負いきった彼は、その状態でみるみる内に梯子を上りきってしまう。そうしてT・Fから地面を見下ろしたかと思うと、

「しっかりつかまってろ」

 と言った瞬間ラダル君は、清水寺よろしく高さ十メートルはあるT・Fから、一切の躊躇なく飛び降りたのだ。

「ちょ、ちょお——」

 制止の言葉は文字通り空中分解されて、情けない声となって消えていく。紐のないバンジージャンプ感覚は私の身体に圧倒的な恐怖と風圧を与えるも、数秒かからずそれは終了。何でもなさそうに地面に着地したラダル君は、着地の衝撃で振り払われそうになった私を気にする素振りも一切見せず、そのまま無残に破壊された門へと駆けていく。

「言っとくが、俺は挑御川集子に言われたとおり足は遅いからよ。速度に関してはそこまで期待すんな」

 ラダル君は言いながら門を潜り抜けて、いよいよセレンへと入っていった。あちこちで戦闘が行われていて、戦場の様相を呈している。金属同士がぶつかる音に振り返れば、何人もの参加者による鍔迫り合いが視界に映る。空気も火薬臭く、火花が散る様子が目の端を過ぎていく。その合間を、ラダル君は全力で駆け抜けていった。

 ……しかしこの速度、何も背負っていない状態の私よりも遥かに速いと思うのだが。軽々とこの七十キロを背負ったことといい、ラダル君はかなり鍛えているのだろう。それでもファリジアレースの場では、少なくとも集子基準では遅いという評価なのだ。つくづくここは化け物どもの魔窟だな。

 背負われながら考えにふけっていると、ラダル君が話しかけてくる。

「確か、道なりって言ってたよな」

「ああ、その通りだ」

「オッケー。じゃあこのまま進むぜ……。おい風向。さっきからアンタ、聞こえてねえのか?」

「何がだ。主語を述べてくれ」

「うぜえ返しだな——まあいい。さっきからずっと俺の端末から、挑御川集子のうるせえ声が響いてんだよ。さっさと返事してやれ」

 そういえば先ほどから雑音が聞こえていると思っていたら、通話中にしていたのをすっかり忘れていた。確かに右手に握っていた端末からは、集子らしき声が端端に聞こえてくる。周りの場景を見渡しつつ、端末をそのまま耳に近づけた。すると集子は何故か悲痛な声色で私の名前を呼んでいる。

「一体何なんだ」

「緋板先輩っ! 返事はちゃんとしてくださいよ、心配するじゃないですか。呼びかけに応じないからてっきり、犯罪ギルドの連中に襲われてどこかに端末を落としたのかと思いましたよ」

 その言葉に私は、ため息とともに告げてやる。

「それは済まなかった。だがお前は心配しすぎだ。先ほども言ったが、過保護はこれっきりにしてくれ。信頼されていない気がするから、あまり気分のいいものではないんだ。これでは集子たちと一緒にいるために強くなった甲斐があまりにもないからな」

「……私と一緒にいるのと、緋板先輩が強くなるのって関係ないと思うんですけど」

 そういえば私の心情を吐露したのは重雅に対してだったか。これは言う必要のない話だったな。

「こちらの話だ。それよりも集子、今はどの辺りにいるんだ。私の方は、そうだな。まだ城下町を道なりに進んでいる状態だ」

 人が二十人ほど手をつないでも歩けそうな程に広い道は、むしろ縦に長いようだ。着実に近づいているのは分かるのだが、一向に城を登れる気がしない。どこかに階段あるはずなのだが。考えていると集子が返事をしてくれた。

「私たちの方は今三階へ降りてる途中です。そっちもそろそろ階段が見えてくると思うんですけど」

 言われて、辺りを見渡していると曲がり角にぶつかった。そこを右へと曲がると長い階段が続いている。ともかく状況の報告だ。ついでに気になった点も聞いておく。

「階段が見えたからこれから登る。それと、私たちはこの城に登るということでいいんだな。だったら一体この城は、何階まであるんだ」

 打ては響くような答えが返ってくる。

「五階です。たった五階なので合流してからすぐ上まで行けますね。けど私は犯罪ギルド連中に顔が割れているので、登るにも降りるにも邪魔ばっかりされてるんですよ。だから面倒で面倒で」

 顔が割れている、か。集子は正義ギルドに所属していた時期があるから仕方がないのだろう。しかしそう言われて、私はふと嫌な発想が浮かんだ。

 私やラダル君は犯罪ギルド連中に対して顔割れしているのか、という疑問だ。私たちは一度も戦闘に巻き込まれず、今こうして階段を登れているのだから心配はいらないのかもしれない。それでも、不安なものは不安なのだ。まだそれなりに長い道のりが、四階層も残っている。用心をしておいて損はないだろう。

「ラダル君、君は元犯罪ギルドの人間だ。私の勝手な想像だと、裏の組織から抜け出す場合にはそれなりのけじめやリスクが必要だと思うのだが。もしもここで顔を見られたならば、不味いのではないか?」

「そりゃあまあな。でも俺らは逢瀬の姐さん直属のパシリみてえなもんで、『グロリアスデモンズ』の構成員ってわけじゃねえ。逢瀬の姐さん以外に俺の顔を知ってる奴はいねえはずだ」

 心配は杞憂だったか。いや、ラダル君は大丈夫でも私がどうなのかは分からない。私の行動が犯罪ギルドの目的を阻害したのは、敵側にとっても周知の事実。ラダル君が言っていたように、逢瀬牧が倒しに向かっている対象がここにいるはずないと思い込んでいる可能性はある。だからと言って、私の顔を知らない理由にはならないわけで。

 しかしそんな私の不安をラダル君は察したらしい。

「アンタも心配ねえよ」

 と至極ぶっきらぼうな口調で告げてきた。

「なぜそう言える。根拠はなんだ」

「なんせ——」

 と、ラダル君が背負われる私にチラリと視線を向けた時。私たちが階段を駆け上がり、平坦な地面に足をつけた瞬間。意識の外だった背後から突然、聞き覚えのある低くしゃがれた声が耳に届いた。

「犯罪ギルド臭のする人間が、さっぱり見当たらんっちゅう話だろ?」

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