表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: モノノケ
25/37

全霊で挑む

 え? と、何が起きたのか分からず戸惑う。足元がおぼつかない。視界がグラつく。頭痛がひどい。吐き気もする。息も切れてきた。一歩進むことすら怪しい自分は、一体どうしたのだろう。

 ——ああ、とすぐに気が付いた。それはずっと気にかけていたのだ。もしかするとこうなるかもしれない、と。まさかそれがこんなにも不自由だとは思いもしなかったが。きっと今の私の顔は、真っ青になっているだろう。

 貧血だ、それもかなり重度の。当たり前の話だ。あれほど血液を消費する闘い方をして、今まで立っていられただけでも賞賛ものだろう。

 だが私はそれらを何とかこらえながらも一歩ずつ歩みを進める。アドレナリンが薄れているのか、体中が文字通り焼き切れるように痛む。意識が飛びそうになるも、耐えて進む。逢瀬牧の状態確認は、この闘いで最も重要な事柄だ。それを怠れば何のために闘ってきたのか分からなくなってしまう。

 徐々に徐々に近づくにつれて、呻くような声が聞こえてきた。気絶しないのはさすがとしか言いようがない。それにむしろ、何も聞こえてこない方が怖かった。死にはしないとは思うがその可能性も無きにしもあらず。さらには気絶したふりをして襲われるパターンもあった。それがないだけでも一安心だ。

 しかしさらに近づき十メートルほどの距離まで来ると、私はある違和感を覚えた。それは、声だ。遠くにいる時それが痛みをこらえるような類のものだと思っていた。だが近づくにつれ、それが変わっているような気がした。痛みをこらえる声から、痛みに怒り猛る声へ。まるで地獄の底で鎖につながれた重罪人が、情けない自分を呪い責め立てるような——

 そうして逢瀬牧は呪いの怒声を叫びながら、怪我などものともしない動きで立ち上がった。その表情に先ほどまでの余裕ぶった薄い笑みは一切含まれず、青筋を立て目をひん剥き歯を剥き出しにした顔は、彼女の感情をそのまま表しているように思えた。

 そんな彼女は、しかし先ほどまでの怒声とはうって変わった冷徹な声色で言う。

「あなたにここまで苦戦するなんてね。遠距離攻撃なんてないとタカをくくった私のミスよ。血液の蒸発なんて単純な発想にたどり着けなかった自分に腹が立つ。

 けれど、もう駄目よ。もう躊躇しないの。あなたがいくら出血多量で倒れそうでも関係ないのよ、私は。

 《《全力》》は出したわ。だから今から《《全霊》》を懸けてお前を、風向緋板を倒す」

 瞬間、逢瀬牧の背中には見る者全てに驚嘆のため息を落とさせる、深く、どこまでも深い、そうして美しく輝く夜の翼が顕現した。これまでよりも明らかに巨大で、圧倒的な存在感は神すら連想させる。あまりの強大さに、私は思わず苦笑する。今からあれに勝たなくてはいけないという、自分の状況にだ。

 そして私は三日前からポケットに入れていた、小さな注射針を握りしめながら逢瀬牧を見据える。初めて見た時は、その神々しさに委縮し畏怖を覚えていた。だが今はもう、その姿には《《慣れていた》》。目の前の存在はただの敵だと、心からそう思える。

 だから私は言えるのだ。全霊を込めた、覚悟の言葉を言えるのだ。

「……そうだな。ならば私も、命を賭けてお前を倒そう」

 そうして私は四日前、闘技場後に集子から言われた言葉を思い出す。

『もうあんな闘い方は止めてください。いいですね?』

 私は確かに、その言葉を肯定した。出来る限りそれを守るように努めてきた。

 だが、今からその誓いを破る。命を削り、消費してでも勝ちを得よう。たとえ死んだとしても逢瀬牧を倒そう。次など一切考えない闘い方をしよう。

 私は握りしめていた注射器の針を出し、それを左腕に思いきり突き刺した。そして液体を注入し終えた後、適当に投げ捨てる。ドクンと、心臓が嫌な痛みを発した気がする。地面に転がる注射器を見た逢瀬牧は、やはり気が付いた。

「それはまさか——」

 一瞬慄くような表情を浮かべた彼女の代わりに、私は告げる。

「そう。お前のせいで集子にも使われた、命を削って血液を生み出す劇薬——血液増幅剤だ」

 答えてから、すぐに効果は表れた。心臓がひとりでに、大きく収縮し始めたのだ。まるで誰かに心臓を握りしめられているかのような、容赦のない生体反応に思わず呼吸が止まる。胸に爪を立ててこらえようとするも、情けない唸り声を上げてしまう。心臓から血液を絞り上げられる。一滴残らず。シワシワになり固くなった心臓を想像し、体中に強烈な寒気が走った。

 だがそれだけでは終わらない。今度はその心臓が、大きく力強い鼓動を開始した。はちきれんばかりに膨らんでは、再びギュッと絞られる。心音のあまりの大きさに、周りの音すら聞こえないような気がしてくる。同時に、猛り狂う心臓から激痛を覚える。心臓の中心に鋭い針に覆われた球体が存在しているかのように、鼓動のたびに刺し抉られる。その痛みは、一向に収まる気配はなかった。

 そうして体に、異変が起こる。それまでの貧血症状がすぐになりを潜めた代わりのように、体中の穴や傷口から血液が漏れ始める。それは『自爆壁』によって塞がれた傷口も例外ではなく、手首や掌もしっとりと濡れ始めていた。こういう風になるのは予想外だったが、これからのことを考えるとむしろ好都合に思えた。

 私はゼエゼエと息を切らし、胸を握りしめながら逢瀬牧を見据えて言う。

「ほんの少し、待たせたか」

「いいえ待っていないわ。それに最後の悪あがきくらい、認めてあげても差し支えないもの。速度で圧倒的に負けているあなたなんて、この状態なら一撃で倒せるから」

 大した自信だがそう思うのも当然だ。逢瀬牧は切り札を使い、圧倒的な速度差をさらに大きなものにした。私の方はと言えば、薬によって貧血の症状を押さえているだけで、パワーアップなどほとんどしていないわけで。

 それでも彼女言うところの、最後の悪あがきは確かにある。私が三日間で『完成』させたプログラムでは、彼女を倒すまでには至らなかった。だが使用に関して安定しなかったり、危険で命に関わると判断した『未完成』の術がある。集子との誓いを破ってしまった今、それを使うことに躊躇などない。

 私は『爆発の手順』を起動し、最後のプログラムを発動する。

「——威力設定『十段階の九』『自爆獣』発動」

 何よそれ、と。逢瀬牧が馬鹿にしたように呟いた瞬間。

 《《私は背中を爆発させ》》、その勢いのまま足もつかない状態で逢瀬牧へと突進した。

「何よそれっ!」

 あっけにとられた声を上げた逢瀬牧にかまわず、私は彼女へ右肘を向けた。左手で右手を押さえて肘を動かないようにし、さらに加速するようにもう一度背中を爆発させる。さらに勢いの増した私は投石機から放たれた岩のように、一直線に逢瀬牧へと攻撃する。

 だがそう楽々と当たってはくれない。ここまで加速したにも関わらず、すんでのところで左側へと移動された。そう表現するのが正しい程のスピードと初動のなさには、寒気すら覚える。焦る表情を見せる逢瀬牧は、しかし冷静に状況を見ているようだ。すれ違いざまのその刹那に、彼女は私の左脇腹へ膝蹴りを入れた。『輝く夜の翼』の圧倒的な加速力により生み出された蹴りの威力はすさまじく、インナーマッスルすら貫きかねないほどに深く、体の中心へとめり込んだ。鈍痛と共に肉が潰れるような感覚を得るが、『自爆壁』が発動していない状況を考えるに出血はしていない。

 それでも私はニヤリと笑う。何故ならばそこは来家との闘いで負った傷口から、漏れた血液が流れていたからだ。

 そうして私は人形のように、軽々と蹴り飛ばされた——その同時。血に濡れた逢瀬牧の膝を最大火力で爆発させた。

 ゴロゴロと地面を転がりながらも、私は大きな爆発音と逢瀬牧の叫び声を聞いた。私は地面に体を打ち付け続け、負傷した脇腹が軋みながらも何とか勢いは止まり、地面にうつ伏せに倒れこんだ。ゴホゴホと咳込みながら体を起こそうとするも、手首の激痛で体重を支えられそうもない。仕方がないので腹の辺りに両手を持ってきて、威力を調節した後そのまま爆破。フワリと体が浮き上がり、少し体勢を崩しながらも地面に立った。その様子を苦々しげに見ていた逢瀬牧は痛めた膝を抱えながら、吐き捨てるような言葉を放つ。

「自分の身体を爆発させて加速だなんて、あなた狂っているわ。さっきの起き上がる動作もそうだけれど、一つ一つの挙動がすでに人間ではないもの。その上あなたの能力は、敵に対して強すぎる。あなたを出血させることも触れることも許さないなんて無茶苦茶もいいところ。正真正銘の化け物よ、あなた」

 挑御川集子なら違うのでしょうけれど——と、そう呟く逢瀬牧。彼女の言う触る云々は勘違いだが、わざわざ指摘する意味はないので放っておこう。それでも彼女の言葉は、まぎれもなく真実を突いているのだ。私と逢瀬牧の闘いは出来レースと言ってもいい程に、最初から有利なものだったからだ。


 まず先ほど逢瀬牧が呟いたところの、相性。だが実のところ、これほど相性がよくともそれだけでは私は簡単に負けていただろう。それだけの明確な実力差が、私たちの間にはあった。当然だ。私は会社員でありファリジアレース初心者で、戦闘経験など一切ない素人なのだから。

 最も重要だったのは、私が逢瀬牧の情報を一方的に知っていたという事実。それを元に私の超能力をある程度知っている逢瀬牧が、どのような行動を取るのかを必死で考えたのだ。その上でプログラムを考え、様々な準備をした。ここまでしてようやく、五分の勝負になるわけだ。

 さらに私は偶然とはいえ、境界線の消失を狙うライバル全てを蹴散らした逢瀬牧を煽るような形で、正体不明の計画が始まるギリギリの時間にアイテム変更をした。運が良いのか悪いのか、グロリアスデモンズの計画をも止めてしまう形になったので、逢瀬牧の平常心をうまく削ることになった。

 全てうまくいった結果が、今の状況を作り上げた。だがあえて、最もうまくいった事柄を上げるならば、それはプログラム開発だろう。つまりは逢瀬牧と直接対峙する時の武器だ。これが貧弱ではいくら他がうまくいこうとも砂上の楼閣。逢瀬牧を倒すという私の密かな計画は、実行すらされなかったはずだ。格好悪く言い換えるならば、殺されたり大怪我するのが目に見えるので、意地でも実行しなかったという表現になるのか。


 だから私は言葉を紡ぐ。見当はずれな言を口にする、逢瀬牧へと。

「お前は私を化け物だと言ったな」

「ええ、確かに言ったわ」

 苦笑しつつも、私は続ける。

「お前が言うかと、本当ならば言ってやりたいのだが……。それでも私が化け物だとしよう。しかしな、その化け物を生み出したのはお前自身だよ」

「まさか挑御川集子を痛みつけたからなんて、うすら寒い精神論を口にするつもりかしら」

 眉間にしわを寄せてそう言う逢瀬牧に、私は頷きながら答える。

「《《それもある》》。あれは確かに強いきっかけだったな。だが私を化け物足らしめているのは超能力だろう。お前もそういう意味で言ったはずだ。

 気が付かないか? 私の超能力プログラムは全て、逢瀬牧おまえの戦闘を参考にして作り上げたものだ。私の血液に触れた瞬間に爆発する技も、初動がない程の急激な加速も、全てお前の化け物じみた行動を元にしているんだ」

 思い当たる節があるのだろう、苦々しげな表情を一層深める。しかしその顔はすぐに睨み付けるような笑みへと変貌する。抱えていた膝から手を離し、すっくと立ち上がった彼女は強気な声色で言葉を放った。

「確かにあなたは化け物で、それを生み出したのは私。それは確かな事実だわ。けれどこれも事実よね。

あなたは様々な準備をしてここへ来た。私を掌で転がして、相性やその他の何もかもを利用して闘ったわ。

 けれど今、私とあなたは紛れもなく互角の勝負をしているのよ。つまりそれほど有利にも関わらず、あなたは私を倒せなかった。

 言っている意味は分かるわよね。ここからはもう準備や情報などの余計な要素は入らないということよ。正真正銘の実力勝負。お互いの疲労やダメージも、かなり溜まっている。おそらくこの勝負、お互いの全力の攻撃が一撃当たるだけで決着がつくのは分かっていると思うけれど。そういう勝負ならば、私とあなたの相性も関係なくなるわけ。私の膝蹴りはきちんと食らっているものね」

 そうして逢瀬牧は普段浮かべている薄い笑みを引っ込めて、努めたような抑揚のない表情と声で言うのだ。

「純粋なる実力勝負で、あなたは私に勝てるのかしら」

 もう何度目になるだろう見下した言葉。しかしその問いはどこか祈りのように聞こえて、私にはそれが逢瀬牧自身に向けられているような気がした。

 何故なら、その問いには何の意味もないからだ。自分との戦力差を情報として見せつけて降参を誘うにはもう遅すぎるし、その言葉には煽るような意志も含まれていない……というのは理屈をコネただけの推論だ。

 逢瀬牧がそう言った時に見せた表情には、私は覚えがあった。それは彼女が戦闘を終えた後に見せる、一仕事終えたようなつまらなそうな顔。

 そう、彼女は《《いつも通り》》を努めたのだ。敵を分析して弱点をペラペラと話し、無表情で仕事をこなすように戦闘を行うという、逢瀬牧自身の原点に帰った。おそらくはそれが、彼女にとっての強さの引き出し方なのだろう。

 来家が狂気的なまでの天真爛漫さで引き出す強さとは真逆だ。私はこの極限状況を楽しもうとしない逢瀬牧が信じられないでいた。そしてこのような引き出し方にも。だが強くなる術に善も悪もないという重雅の言葉を思い出し、そんな考えは捨てた。彼女には彼女の信じる強さがあるだと、私はそう思うことにした。

 しかし真実は分からない。実は全くの見当はずれな考えなのかもしれない。想像力豊かなおっさんの、ただの妄想なのかもしれない。

 いつもならば疑問解消のためにずけずけと聞いていただろう。だがこれ以上の質問は野暮だ。この状況に、無駄な言葉はいらない。

 だからその代わりに、散々深読みした逢瀬牧の言葉に対して、字面通りの受け答えを返してやる。

「勝つさ。当然だろう」

 恐れ一切をかなぐり捨てた強気の笑みを浮かべて、自分を奮い立たせるようにそう言い切った。

 逢瀬牧の表情がほんのわずかな笑みを浮かべたような——その刹那、最後の戦闘が始まった。『輝く夜の翼』が暴風と共に大きく翻り、彼女は初動のない動きで一直線に攻めてくる。恐らく最大速度だろうその動きはやはり私には瞬間移動のようにしか見えず、一瞬視界から消えた彼女の身体は、空気抵抗を切り裂き嵐を巻き起こしていた。

 これはもう交通事故どころか災害だと、走馬灯のように加速する思考の中で連想した。


 そもそも正面切っての真剣勝負で、私が逢瀬牧に勝てるわけがないのだ。情報量と対策が意味をなさないこの状況では、純粋に積み上げてきた努力がものをいう。それは比べるまでもなく、圧倒的なまでに彼女が勝っている。肉体、技術、精神力、そんな基本的な段階から長い年月を経て積み上げてきた彼女の強さは超能力に頼ることなく一流だ。

 それに対する私はこれまで必死で、より言うならば命を賭けて何かを成し遂げようとしたことがない脆弱な人間。大した覚悟もないままでファリジアレースに挑み、たまたま持っていた超能力で運よく生き延びてきただけの矮小な存在。逢瀬牧や挑御川集子、その他ここで出会った誰よりも私は努力を怠ってきたという、どうしようもなくどうしようもない人間だ。

 だがそんな私でも、この勝負で負けるわけにはいかない。集子が欲するものを手に入れるためならば、どのような目に遭おうとも構まわないのだ。

 私は本当に運がいい。生まれながらに超能力を持っていたのだから当然と言われれば当然だ。しかし逢瀬牧のような化け物と対等に闘うには、運がいいというそれだけでは呆れるほどに足りなかった。

 血液増幅剤を大量に投与して寿命を削り、心臓の内側を剣山で抉り刺されるような痛みに歯茎から血があふれる程食いしばり、全身を傷だらけの血まみれになって、その傷を当然のように焼きせしめる激痛に耐えて。その状態から一歩先にあるだろう出血多量による死すらも受け入れる。

 《《私は本当に運がよかった》》。努力をしてこなかった私が、たったそれだけの《《犠牲》》で逢瀬牧という化け物相手に、ほんの一瞬だけだとしても届きうるのだから——。


 身体に嵐を纏いながら、突然目の前に現れたと錯覚するほどの速度で飛ぶように駆けてくる逢瀬牧。だがこういう展開になることくらい、私でなくとも予想できる。正面切っての一対一で逢瀬牧は負けない。彼女自身もそう考えているからこそ、小細工など一切含まれない純粋なまでの力勝負で挑んできたのだ。

 だから私は一切の躊躇なく襲い掛かる逢瀬牧に対して、ある行動と言葉を用意していた。それは彼女が唯一まともに受け、十数メートルに渡って吹っ飛ぶ原因を作った私の技。あの時と同じように、右腕を横に伸ばして、血に濡れた掌で虚空を撫でる。そうして一言、出来るだけ自信たっぷりに言ってやった。

「《《これで終わりだ逢瀬牧》》!」

 瞬間、『自爆壁』を警戒してか私に対して掌底を向けていた逢瀬牧は、トラウマを呼び起こされたような恐れを含んだ表情を浮かべた。『輝く夜の翼』を翻して、急激に私の左へと方向転換を行う彼女に、私は策の成功を確信した——筈だった。

 しかし彼女は高速の方向転換を途中で止めて、私を見る。そうして非常に冷静な声で、淡々と呟いた。

「あなたほど狡猾な人間が本気で攻撃しようとして——、それをわざわざ口にする筈ないのよね」

 先ほどの言葉が失言だったと気がついて、背筋が凍り心が瞬時に冷えていく。


 私は『血の道』を逢瀬牧に連想させ、無理やり避けさせて隙を作るつもりだった。だが右手を横に伸ばす格好だけでは、彼女がきちんと連想してくれるか不安だったのだ。その補強のための不用意な言葉は、彼女に対して違和感を与えてしまった。

 逢瀬牧の方はたったそれだけの違和感を信じて、攻撃を避けない選択肢を取ったというのに。私は彼女の聡明さが信じられなかった。

 つまり『血の道』はフェイクだった。準備もしていない——未だに爆発が使われてもいない場所に『血の道』はそもそも発生などしないのだ。それすらも、逢瀬牧は瞬時に理解したというのか。


 私のフェイクは最低限の隙しか生み出さず、その隙すらも作戦の失敗に焦る間に過ぎてしまう。逢瀬牧は冷静な表情で、最高の一撃を加えるための体勢を整える。『輝く夜の翼』はそんな彼女の無感情さとは裏腹に、喜び狂うようにけたたましく身をはためかせた。失った速度を再び取り戻そうと翼を大きく広げている。そして逢瀬牧が加速のための第一歩を力強く踏みしめた——

——その時。

 逢瀬牧の体勢が突如、不自然なまでにガクンと崩れた。

 一瞬視界に映ったのは、逢瀬牧が《《黒く煤けた膝から》》崩れ落ちたという事実と、あっけにとられたような彼女の表情。

 何故、どうして——。突然の出来事に湧き上がる戸惑いと混乱。しかし私は今この瞬間に生まれた最大の隙を前に、思考回路などかなぐり捨てて。

 最後の力を振り絞り、無我夢中で背中を爆発させた。

「うあああああああああっ!」

 この瞬間を逃せばもう次はないという、絶望的な状況が私を叫ばせる。そうしてこれで決めなければ後がないという不安が、背中を何度も何度も爆発させた。左肩を逢瀬牧へと勢いよくぶつけて、腰を掴んでそのまま勢いよく突き進んだ。

 そして私は十数メートル先の目的地へとすぐさまたどり着く。そこは最初に『自爆獣』を使った場所。その結果、《《縦横無尽に》》『《《血の道》》』《《が交差した場所》》だ。私は掴んでいた逢瀬牧の服で掌の血を拭うと同時に、勢いで宙に浮く自らの両足を彼女の腹に押し付けて、そのまま蹴り出した。

 逢瀬牧の身体が薄い赤色の空気——『血の道』に包まれた瞬間。私は彼女の服で拭った血液を、最大威力で爆発させた。その爆発は辺りに浮遊する大量の乾いた血に引火して、これまでで最大規模の大爆発を引き起こした。

 その時——巨大な爆発に巻き込まれる瞬間の逢瀬牧の表情を、私は一生忘れないだろう。努めたような無表情が崩れて、心の底から悔しがる彼女はそれほどまでに印象的だった。

 爆風を含んだ突風が私の身体にぶつかり、それどころか力の入らない私の身体はその勢いになす術もなくひっくり返った。同時に耳から血が出たようにじくじくと痛みが生まれる。体は地面を二転三転してからようやく止まり、それから指を耳に触れて確認すると血は出ていないが激しい耳鳴りがしていた。そういえば大規模な爆発が近くで起こったにも関わらず、轟音を聞いた気はしなかった。鼓膜が破れたのだろうか。実際に破れたことがないのでよく分からないが。


 私の傷ついた体が再び動けるようになる、数分の後。黒煙が立ち込める空間が、徐々に晴れていく。私は逢瀬牧の様子がどうなっているのかを確認するべく立ち上がろうとするが、やはり体に力が入らない。貧血ではないのは確かだが、だからこそ余計に理由が分からない。しかし私の心に焦りはなく、不安もない。確実な手ごたえがあったからだ。逢瀬牧がこれ以上立ち上がることはない。

 様子を確認したいというのは、正直なところ建前だ。この勝負は来家戦とは違い、アイテムを賭けた決闘であるわけで。つまり勝利条件は逢瀬牧に勝つことだけではなく、彼女の端末を操作してアイテムを変更してやる必要があるのだ。

 私はすでに七割ほど黒煙の晴れた爆発地点へ、這って進む。腕や掌、手首に焼きせしめられた砂石や草の残骸が刷り込まれるたびに、体が跳ねる程の痛みを覚える。先ほどまでは平気だった痛みに対して過剰な反応をしていると自覚した瞬間、背中が生皮をずるりと剥いだような痛みを発していることに気が付いた。あまりの痛みに叫び声を上げて、こらえるために煤けた灼熱の土を必死で握りしめる。情けない声を出し続けながらも、それでも這い続けられたのは、最後の目的がすぐそこまで来ていたからだろう。

 そして私は、逢瀬牧の元へとたどり着く。仰向けの状態。彼女は全身が黒焦げで、酷い火傷を負っているのは見た瞬間に分かった。しかし体はピクリとも動かないにも関わらず、瞳だけはギョロリとこちらを見据えてきたので、思わず息を呑んでしまう。しかし視線で人は殴れない。逢瀬牧は弱弱しく口を開いた。

「————」

 逢瀬牧の声が小さいのか、私の耳の調子がおかしいのか。仕方がないので、彼女の口元に触れるギリギリまで顔を近づけて耳を澄ます。すると、再び小さく口を開いた。

「あなたの……勝ちよ。端末は、右ポケットだけれど……」

 喉が焼けたのだろうか。ひどく掠れたようなガラガラ声に少しだけ驚くも、逢瀬牧の指示通りに手を動かす。しかし見つかったのは、原形を留めない程に焼きせしめられた端末だった。

「話は……最後まで……。わ、私はもう……リタイアだから……」

 そうか、つまり端末を操作する必要はないのだ。私はもう目的を達成した。後はゴールするだけとなったわけで。

 だがここから、どのように移動すればいいのだろう。誰かに連絡すればいいのだと気が付いて、ポケットに入れていた端末を取り出すも、逢瀬牧と同じように機能を停止していた。当たり前だ、と深いため息を吐いてしまう。

 ならばヒッチハイクよろしく誰かが通り過ぎるのを待つしかないのか。気の遠くなる話だ。ならば、と倒れ伏している逢瀬牧の方を向いた。もう口を開く力もないのか、視線をこちらへ向けるだけで何も言ってこようとしない。それでも私は、かまわず口を開いた。

「すまなかったな逢瀬牧。このような闘い方は今回だけだ。再び闘うことがあったとしても、私はお前を倒すことなど出来ないだろう。今回のように高いモチベーションも、命を賭けた行動も、情報量で圧倒することも今後ないだろうからな。

 だから、もしもこれからのファリジアレースで再び会いまみえた時。その時は本当の意味で五分の闘いをしよう。だがもう一度言うが、私はもう二度とお前に勝てる気がしない。だから闘う可能性のある場合は、全力で逃げさせてもらう」

 表情を変えない逢瀬牧。きちんと伝わっているのだろうか。格好の悪いセリフだが、本心からの言葉だ。彼女には、私が強いなどと思って欲しくない。この闘いは実力勝負ではなかったのだと、負けたのはたまたまで運がすこぶる悪かっただけだと思って欲しい。それは本当であるし、さして強くもない私に対して執着するなんて馬鹿げた行動を、強者である逢瀬牧に取って欲しくないのだ。綺麗さっぱり忘れて、次の仕事に就いて欲しい。

 そう考えた瞬間。一瞬フッと意識が失われて、私は地面に額をぶつけそうになる。その理由にはすぐさま気が付いた。全身の痛みを遥かに凌駕する程の、強烈な眠気に襲われたのだ。それはあまりに突然で——そうだ、闘技場の時と同じ眠気。深く沈んで二度と這い上がれないような、そんな感覚だ。

 私は逢瀬牧に寄り添うように、うつ伏せでパタリと倒れこんだ。体の感覚が消え失せて、意識が遠く離れていく——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ