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  作者: モノノケ
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再会

 宿屋に帰ってから、泥に沈むがごとく深い眠りについたことは言うまでもない。

 そうして集子がいない二日目の朝。私はベッドの上で、ほんの少しさびしい気持ちに浸って目が覚めた。だがやらなければならないことは数多く残っているのだ。頭に残る眠気を圧倒的活力でねじ伏せながら、掛け布団を投げるように体からどかして思考を回す。

 さて、やるべきことをやろう。仕事とは違い、やりたいことが山積みの場合は飛ぶように時間は過ぎていく。

 最初はベルへのメールだった。内容は昨日重雅から聞いたことをまとめただけの報告。返信はすぐに来たので見てみると、内容の了解と昨日の透明の森ですぐに別れてしまったことへの謝罪があった。まああれは仕方のない。むしろ自分の立場を理解していなかったこちらに非がある。そういう内容のメールをまた返して、やり取りは終了。謝り合戦になっても空しいだけだからな。ベルもその辺は分かっていたのだろう。それ以降の返信はなかった。

 それから私は新しいプログラムを組む、つまりは頭脳労働に終始した。様々な状況での能力行使をパターンに上げる——その過程では来家との戦闘が大いに役立った。あの戦闘がただ度胸と自信が付いただけではないのだと思うと、闘ってよかったとより強く思えた。

 そうして休憩時間には友人たちと食事をしたり、用事を済ませたりして過ごした。前に重雅に紹介してもらった医者に教えてもらった通り目的の物は少々値は張るものの、たやすく買えた。用法容量は正しく正確にと耳にタコができる程言われたが。

 結論を述べると、私は集子が目覚めるまで、ファリジアレースに関する直接的な行為を何一つ行わなかった。具体的にはシーカーズを用いてライバルを倒したり、次々と参加者がゴールしていく中で定期的に行われていた透明の森や他のイベントなどに一切参加しなかったという意味だ。大体は部屋にこもり頭脳労働に終始して、気分転換に友人たちの元へふらりと遊びに行ったりと。私は猶予の三日間を、激動だったこれまでとは違いのんびりと過ごしていた。

 それでも逢瀬牧の噂にだけは、気を回していたのだが。どうやら境界線の消失を狙った参加者が逢瀬牧によってことごとく狩られているらしく、参加者の間で暗黙の了解が出来上がりつつあるらしかった。

 つまりは『命が惜しければ境界線の消失は狙うな』。この噂によって逢瀬牧の目的達成は確定と言っていいだろう。


 時は犯罪ギルドが何かを行うというXデーが、次の日となった夜にまで進む。つまりは重雅が挙げた平和な三日間において、三日目の夜。

 私は例のパブの二階へと向かうために、汗だくになりながら夜道を駆けていた。理由はただ一つ、見舞いに行っていたベルから連絡があったからだ。

「シューコの目が覚めたんだ。ヒイタ、急いで来たまえ!」

 そんな連絡を受けたならば、当然私は全力で走る。時刻は十一時を回っていたとしても関係ない。思わず嬉しさがこみあげてきて、全力で走りながらも笑顔だったから道行く人には不気味に映っただろう。だが私はその笑みを引っ込めるつもりはなかった。目覚めた集子に見せる最初の顔が、仏頂面ではあまりにさみしい。

 パブにたどり着き、勢いよく扉を開けて店へと入る。すると二階ではなく、意外にも一階に人が集まっていた。集まっている人々は私がよく見知っている者だけだ。ベルとカモミール、それに来家。重雅とその友人たちはもうすでにこの街を離れており、今頃はセレンへと向かう道中にいるだろう。この三日間は見舞いという体でその四人で順番に、集子が一人にならないようにしていた。

 そして私を除く三人の中心には、元気な姿の集子がいた。先ほど目覚めたと聞いていたのだが、もう一階に降りて何かを食べているようだ。服装はいつか見たパジャマ。楽しそうに談笑をしている中を、私は歩み寄っていく。するとこちらに気が付いた集子が、頬を緩めて目を見開いた。食べていたらしいシチューの中にスプーンを落とす。同時に私は立ち止まって声をかけた。

「久しぶりだな集子。目覚めはどうだ」

 爽やかに述べたが、実際は額から流れる汗を拭きながらの暑苦しいセリフだ。ベッドの上でヨレヨレの、起きているだけで必死な姿を想像していたからこそ急いで来たのだが。こんなことならもっと落ち着いて来ればよかった。

 そんな私を見てだろう、集子は目を伏せながら小さく言った。

「……心配かけて、すみませんでした。運んでもらって本当に助かりました」

「それは全くのお互い様だ、気にするな。それより思ったよりも元気そうで安心した」

 私の言葉に、少し遠慮気味にベルが口をはさむ。

「この国の医療は傷を恐ろしく早く治すから、意識回復よりも体の全快の方が早い場合が多いんだ」

 そうだったのか。それはいいことだ。もしかすると病み上がりという言葉が、ファリジア王国には存在しないのかもしれないな。などとどうでもいいことを考えられる自分に気が付き、精神的に余裕があるのが分かった。そうだ、風向緋板はこういう人間だった。危うく忘れるところだったな。来家との戦闘以降、発想に余裕がなくその上物騒になって仕方がない。

 そんなことを考えていると、シチューの中からスプーンを取り出し布巾でせかせかと拭いている集子が言ってくる。

「私が眠っている間の出来事は三人から聞きました。どうやら、逢瀬牧が何かやろうとしてるみたいですね」

「ああ。だが奴らが何をするか分からない以上、気にしすぎても仕方がない。それよりも病み上がりとはいえもう全快したのなら、これからの行動指針でも決めようか」

 言ってから、私は少し浮かれている自分に気が付いた。今が何時なのかも忘れているとは間抜けもいいところだ。

「すまん、何も考えていなかったな。今日のところは寝た方がいいか。皆もそうした方がいいだろう」

 言いながら周りを見渡すと、しかし四人は帰る雰囲気にはならなかった。四人を四人とも見つめると、同じように何かを気にしているような反応だ。いや、そわそわしているという表現が適切か。仲間外れにされているような感覚が僅かに不快だったので何か言ってやろうと口を開くも、その前に来家が口を割った。

「オジサンが来る前にさ、どういう風に行動するかの話はしちゃったんだよね。犯罪ギルドと逢瀬牧の話をした時の、まあ話の流れって奴?」

 皆、集子が無事目覚めて気分が高揚していただろうから、思わず話してしまったとしても仕方がない。その気持ちは分かるし、終わったことをいちいち攻めはしない。それよりも今、聞くべきことがある。

「それでどういう風に決まったんだ」

 聞くと、今度はベルがおもむろに口を開く。

「ここにいる五人で一緒にセレンへ向かおうと思っている。皆でメラを出し合って、より大きなT・Fに乗ってね。その方がもし何かが起こった時に対応しやすいし、何より楽しいからね」

「まああたしは全然メラ持ってないから、先輩に出してもらうんだけど」

 笑顔でそうのたまう来家に、集子は苦笑しながら懐から銃を取り出し来家の頭を小突く。仲の良さそうなことだ。年も近いので、二人はまるで姉妹のように映る。実際にお互いが、そんな風に思っているのかもしれない。

 ベルの話を聞いて、なるほど楽しそうだと思った。皆で一緒に行動するのは実のところ、もっと先だと思っていた。次のレースか、はたまたその次のレースか。いつか機会があればいいと思ってあまり期待していなかった分だけその言葉には気分が高まる。

 そうして同時に思う。私はこの四人と一緒にいられるほど強くなったのだろうかと。英雄たちの中の凡人、足手まといではないだろうかと。資格は得られたのだろうかと。

 それは私自身では判別つかないことだ。だからこそ、私は、確かな証を求めて——

「緋板先輩、どうかしましたか?」

 集子の不安そうな声色を聞いてハッと気が付いた。どうやらこの三日間を頭脳労働に費やしすぎたせいで、考えに没頭する癖がついているようだ。イカンな。このままではいざ戦闘中に気になることが出来てしまったら、どでかい隙を作ることになるかもしれん。もっと意識を外へと向けておこう。

「いや、なんでもない。その考えはいいと思う。私も賛成だ」

 無難な受け答えをしておく。集子はあまり気にしていないようで、私は内心ホッとした。私の馬鹿な考えを、ほんの少しでも集子に悟られたくはないのだ。

「集まる時間はどうしますの? T・Fを借りる手続きもですけれど」

「手続きは私がやっときます、慣れてますから。……そうですね、午前十時にベーラの出口門に集合としましょう。値段は大体分かってるんで、今集めてもいいですか?」

 病み上がりでも手際のいい挑御川女子は皆に金額を告げると、ベルとカモミールからテキパキとメラを集めてしまう。私は財布を持ってきていないので後で渡すことにする。来家はというと払わなくてもいいという優越感にでも浸っているのか、得意げな表情を浮かべていた。何となく真顔で見つめると、行動の若い女子高生はその表情を閉じてペロッと舌を出す。どうやら茶化すためにわざとしたり顔を作っていたらしい。彼女は口パクでゆっくりとゴメンナサイの意思表示をするも鼻で笑ってやる。

 そうして集子がメラを集め終えて。私は無意識的に、時計もないのに手首を見るような仕草をしながら皆に告げる。

「ならば今度こそ解散だ。明日、くれぐれも遅刻はしないようにしよう」

 重雅が言いそうなことを口にすると皆、言葉通りに解散した。私は集子を連れて宿へと戻るので、カモミールはベルに送ってもらうようだ。二人が並んで歩いていると、さすがは貴族というような華やかな雰囲気が流れる。一人余った来家は、しかしふらふらとどこかへ行ってしまった。本来ならば最も誰かに送られてしかるべき年なのだが、内に秘める凶暴性を知っているが故に最も心配がいらない気さえしてくる。そもそも、もうここにはいないので送ることなど出来ないのだが。

 よって私と集子は、久しぶりに肩を並べて歩くことになった。そういえば夜道を二人で歩くのは始めてなのだと気が付いた。どちらかがどちらかを背負っていたり、金髪ローブの道先案内人がいたりしたからな。それも相まってか、私は妙な緊張感を感じている。どんな風に話していたかと悩んでしまう。自然な言葉が出てこない。それはそうだ、私と集子は元々会話するような間柄ではなかったのだから。むしろこれまでが不自然だったのだ。

 それでも、こちらが気にしすぎているだけだろうと思って隣に視線をやる。すると集子の方も口をキュッと堅く閉じて目を泳がせている。迷惑をかけたと思って気にしているが故の顔だとすぐに気が付いた。だからふうっと一息ついて、わずらわしい緊張感を無理やりに解いた。こういう時にエスコートするのが男らしいのだと、謎の鼓舞を自分に向けた。

「……風が涼しいな。そうは思わないか?」

 謎の同意を求める私の言葉に、集子は咳き込むように小さく笑った。その様子に安心する。意図したようにはいかなかったが、これでもう大丈夫なはずだ。集子は大きく深呼吸をして、それから私の方を向いた。いつもの、どこか楽しげな表情を浮かべて口を開く。

「なんですかそれ。別に口下手じゃないんですから、もっと気の利いたこと言ってくださいよ」

「特に思いつかなくてな。それよりもちゃんと笑えるようで安心した」

「先輩が笑わせてくれたおかげですよ」

 言葉のニュアンスから、どうやら皮肉ではないようだ。それでも私は微妙な顔を浮かべて小さくため息をついた。

 それから集子は口が軽くなったのか、いつものように話しかけてくる。

「そういえば緋板先輩、来家と闘ったんですよね。あの子と引き分けるなんてすごいです」

 確か集子自身は、来家と闘ったことがあったはずだ。ねじ伏せたという強い単語を使っていたことは記憶の片隅に残っていた。

「集子は勝っているのだから、そこまで賞賛しなくてもいいと思うがな。それにあの勝負は引き分けといっても実際の所、三対七で私の負けみたいなものだ。来家の頭がもう少し回っていたらその割合はもっと極端になるはずだ。運が良かっただけだよ、私は。

 それよりも、集子は来家がこのレースに参加していると知っていたのか?」

「知らなかったですけど、来てるかもしれないなあとは思ってました。あの子とは一年くらい一緒に参加してるんですけど、今回私は他の人と参加しなければいけなくて。あの子と一緒だといつもレースどころじゃなくなっちゃうんです。今回のレースだけはそうなるのを避けたくて」

 直接言葉には出なかったが、集子の言わんとすることはよく分かった。母親がらみの話だろうから、私もいちいち口には出さない。それでも集子は少し俯き、藍色の瞳が陰って見えた。私は話の方向性を、微妙にずらす言葉を選ぶ。

「だがそれならば、何故私を誘ったんだ。一人の方が自分の思い通りに回れて効率がいいのは、分かっていたはずだ」

 これは、私自身ずっと聞いてみたかった言葉でもある。うだつの上がらない窓際社員、しかも三年もまともに話していない私を誘う理由がどこにあったのか。心臓の猛りを鎮めつつ、言葉を待った。集子はほんの少しだけ考える素振りを見せて、それから口を開いた。

「……実は私、緋板先輩の様子を気にかけていたんです。部署は違いますけど社内で見かける度に思ってました。

 ああこの人、お母さんが死んだ時の私によく似てるなって。それも死んだ直後の、ファリジアレースを怖いと思っていた時の私に、です。夢も希望もなくただ仲間が欲しいと思っていたあの時の私は、緋板先輩。先輩のように心底つまらなそうな顔をしてました。

 だから私が同期や先輩から空気読めない子扱いされた飲み会の帰り、もっと酔い潰れてやろうと立ち寄ったバーで緋板先輩を見つけた時は、本当に運命かと思いました。先輩を煽って煽って、それで誘いを受けてくれた時は泣きそうなくらい嬉しかったんですよ? 独りで参加するのは、寂しいですから」

 その時のことを思い出しているのか、集子の瞳は街灯の光で小さく煌めいている。悲しい気持ちにさせないよう気を使ったはずなのだが、結局泣かせてしまうとは。それに、女性にハンカチを用意できるほど気の利いた男ではないから、できることはただ一つ。声をかけてやるくらいだ。

「泣くな」

 しかし子供をあやすような口調で言ってしまい、むしろ逆効果を生んでしまう。

「泣いてません。ウルッときただけです。というかさっきから口下手すぎません? ああそっか、先輩しょんぼりした女の子の扱いが分からないんですね。可愛いところありますねー」

 確かにその通りなので返す言葉もないがしかし、下手糞な強がりだと思わざるを得ない。仕方がないので、

「お前は泣きそうになると相手を煽るよな」

 と言ってやる。自覚していたのだろう。集子はグウの音も出ないような表情をして、それ以上の反論はしなかった。

 それから無言で三分ほど歩き続け、ようやく宿に着く。すると入口のドアをくぐった所で、集子が小さく呟いた。

「面倒臭いこと言ってすみませんでした。久しぶりに緋板先輩と話せたから、テンション上がってしまって……」

「かまわんさ。私も緊張していたからお互い様だ」

 私たちは見つめ合い、それから小さく吹き出した。その理由は分からなかったが、何故だか自分が若くなったような気がした。

 そうして二人で部屋へと戻り、風呂やら着替えやらを済ませて、その日を終えた。三日間眠りこけていた集子がなかなか寝付けず、

「先輩まだ起きてます?」

 と定期的に聞いてくるので眠れやしない。結局集子に付き合って起きていた私が眠ったのは、いつだったのだろう。

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