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  作者: モノノケ
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鮮血の少女

 午後一時五十七分。透明の森クリスタフォレスティアが始まる三分前に、私たちはこの街一番の広場にいた。無論そこは公園なのだが、しかし逢瀬牧が現れた場所とは違い見渡す限り遮蔽物のない場所だ。当然噴水もない。地面は薄い芝生が敷かれており、滑りにくく闘いやすい場所だと言える。

 となると、ここで闘いたい参加者は大勢出てくることになるわけで。よってこの場所にはかなりの数——百数十人の参加者が、せわしなくイベントの始まりを待っていた。

 ここに来てから、私はよく視線を受けているような気がする。自意識過剰なのかもしれないが、その判断はつかない。おかげで私は、キョロキョロと落ち着かない男として見られているだろうな。それでも周りにいる人間が皆、敵というわけではない。むしろ闘わなければならない敵は多くはなく、そこまで強くもないはずだ。 こちとら狙いは最新式パソコンであり、つまりは人気がないアイテムなわけで。むしろ敵が『イカれた人間爆弾』だと気が付いて、リスクを恐れて闘いに来ないケースがあるかもしれない。実力の伴わないまま名声だけはある男だ、今の私は。

「さあ、ヒイタ。もうすぐ始まるよ。気を引き締めよう」

 隣にいるベルが、頼もしい声で言ってくる。どうやらもうすでにテンカウントが始まっているようだった。私はスッと目をつむり、瞬時に昨日の記憶を呼び起こす。泣き出したいほどの後悔を胸に秘め、そうして目を開けた。耳にはカウントの怒声がうるさく届く。

 三、二、一。

 人々の殺気が、一斉に解き放たれた。だが最初は端末を操作して、自分の敵がどこにいるのかを確認することが先決だ。視線を手に持つ端末に落とし、検索をかけようとした、その刹那。

「ヒイタ、前だ!」

 ベルの必死な怒声が、鼓膜を通して脳髄に響く。

 反射的に前を向いた、目の前には、すでに剣が振り抜かれていて——

 私は恐怖で硬直する身体を、無理やり剣の側面へ動かすことで何とか回避に成功した。それだけで大量の冷や汗が噴き出て、心臓が狂ったように猛り始めた。危なかった。普段のように受け身でいたならば、間違いなく体の一部が削がれていただろう一撃だ。

 だが安心する暇などない。一瞬で全身の警戒レベルが最大にまで引き上げられたせいで、後ろにも自分を狙う人間の存在を探知した。私でも分かってしまうほどに近い。人の熱のようなものを感じたのだ。

 後ろの敵に体を押し付けるように預ける。敵の様子は見えない。だが敵は私の行動に不意を突かれたのだろう、体の押し付けに対して何もしようとしてこなかった。

 背中を敵に預けた瞬間、私は両掌にピックで傷をつける。そうして瞬時に頭にプログラミング画面を映す——命名『爆発の手順エクスプロージョンプロトコル』を起動した。

——条件設定開始。

——能力発動条件『血液に強い衝撃があった場合』

——能力発動範囲『出血個所を中心に直径十センチメートル』

——威力『十段階設定の五』

——二回目の施行により、このプロトコルを『パターンいち』としてショートカット化。

——今後『パターン一』を『赤手袋』として判断。

 私は勢いよく振り返り、後ろにいた敵に向かって全力で掌底を繰り出した。私の掌が見事敵の腹部にぶつかった瞬間、敵は小規模の爆発によって気の毒なほど強い勢いで吹き飛んでしまう。他の場所で戦闘をしている人にぶつかり、その人は何ごとか分からず戸惑っているようだ。

 いや、戸惑ったのは私もなのだが。少し威力の設定を失敗したか。この様子だと三くらいがちょうどいい……いや、怖いから四に設定しておこう。

 最初に剣を振り抜いてきた男が吹き飛んだ男を見てポカンとしていたので、その隙に威力設定を四にして攻撃を繰り出す。掌底はよそ見をしていた男に見事命中。設定どおりの爆発により、先ほどよりは控えめな感じで地面を転がった。威力はこれでいいか。

 実戦での能力行使に成功したことは、まあ喜ばしい。だが先ほど私が受けた不意打ち、これが重大な問題だ。

 私はすっかり見落としていたのだ。自分が三狂人と呼ばれている存在だということを。そして自分に大量の賞金が懸けられているという事実を。

 そう、つまり今は参加者全員から狙われる立場だ。前情報から私の超能力などは判断ついているだろうし、三狂人の中では(選ばれた理由も含めて)最も貧弱な存在である。闘技場での闘いは六日前で、その間放送されていたファリジアチャンネルで例の自爆映像はそこそこ流れていたから、面も割れている。

 きつい闘いになることは、もはや明白だった。

 それからの闘いは血で血を洗うような、凄惨たるものだった。大勢に狙われた私は防戦を余儀なくされて、傍にいたはずのベルの姿はすぐに見えなくなった。賞金を狙い次々と襲いかかる敵に対して、文字通りの死ぬ物狂いで応戦した。

 そうして敵を倒す度に、戦場のようなこの状況に慣れていく自分がいた。敵に攻撃を与える度、攻撃を必死で避ける度、傷を受ける度、より洗練された動きと思考を獲得する。いや、より無情に、無慈悲に自動化していくという表現が正しいか。まるでプログラムされたロボットのように淡々と敵を倒すことを、こなしている自分に気が付いた。

 心に楽しさなんてない。あるのはただ、強くなりたい、皆に追いつきたいという必死な感情だけだ。重雅の言葉の意味を実感としてよく理解できていた。そして集子が楽しそうに戦闘を行っていたことの、とんでもなさも同時に実感した。

 そうして心が擦り切れるような闘いを、こなしてこなしてこなして。目の前の敵を、倒して、倒して、倒して——。

 どれだけの時間が経ったのだろう。全身に疲労感が募り、思わず見上げた空が嫌に懐かしく感じた。日が陰り、空が夕焼け色に染まりつつある。風は涼しいが、全身にまとわりつく汗がベタついてむしろ不快に感じる。私は知らぬうちに、元いた公園からだいぶ離れた街中にいる。

 そう自覚した瞬間。何故か私は背筋に寒いものを感じた。瞬時にその原因に目を向けた。

 数メートル先に、私を見つめる少女がいる。


 目の前で佇む少女は、左手に血塗られたナイフを握っている以外はどこにでもいる普通の少女に見えた。赤いセーラー服を身に纏い、ショートカットがよく似合っているので可愛らしくすら見える。年は服のせいでそう見えるだけかもしれないが、十五、六ほどだろうか。背は集子よりも低く黒髪の——

 待て、赤いセーラー服? と考えた瞬間に気が付いた。

 少女の纏う赤色が、血で染め上がったものだという事実に。そうして少女は一歩を踏み出し、そこでまた気が付く。その歩みには、怪我をした人間特有の不自然な挙動が一切なかった。それが意味するのはつまり、少女の血のドレスは全て返り血で出来上がったものだという予測。

 少女は紛れもなく私を見据えて、年に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべて口を開いた。

「ねえオジサン、あたしとしよっか」

 ぞっとするような、狂気を秘めた声色。その姿と声は、都市伝説や幽霊の類を連想させる。いや、むしろ一周回って人間らしい……のか?

 そう。何かに焦がれるような少女の表情は——、その風貌とは正反対に何故かとても人間らしく見えたのだ。

 しかしその言葉に返事をしないでいると、少女は大きくため息をついて表情を崩した。それから今度は女子高生らしい雑な声色で口を開く。

「ちょっとそこのつまんなそうな顔したオジサン、聞いてる?」

 その言葉に思わず反応してしまう。まだ記憶に新しい、集子に誘われたあの酒場での会話。あの時にも彼女に同じようなことを言われていたからだ。

「……私はそんなにも、つまらなそうな顔をしているか」

「うん、すっごくつまんなそう。ファリジアレースの目的、分かってんのかなあって思うよ。あったりまえのこと言うけど、楽しむために参加してるんだからさー」

「そういう君は、楽しそうだな」

 遮るように言うと、少女はほんのりと狂気を含んだ、満面の笑みを見せてくれた。

「もちろん、最高に楽しんでるよ。おかげでずーっと闘いづくし! 寝る食う以外を全部戦闘の時間に回せるのは、ファリジアレースのいいとこだよね。まあ一人で参加したのは初めてで、今回はちょっと心細かったんだけど。いつもは先輩と来てるからさー」

 その辺の事情など、私が聞いてもさっぱり理解できない。だがこの少女の戦闘欲と呼ぶべき欲求が、尋常でないことだけは分かった。寝る食う以外常に戦闘など、狂っているとしか言いようがない。

 そんな少女は、ポツリと一言、重大な事実を口にした。

「ま、三狂人なんてのに選ばれたのはラッキーだったなあ。敵が勝手に湧いてくれて、いつもより余計に闘えたからさあ」

 その言葉には、確かな驚きを覚えた。けれどそれよりも、腑に落ちたという方が正しい表現だ。こんな異様な行動原理の少女が、普通だと言われる方がもっと驚く。

「つまり君が三狂人の一人、『断頭台』というわけだ」

 言うと、少女はきょとんとした顔を見せた。

「あれ、あんまり驚かないね。っていうか、よくあたしが断頭台だって分かったね。ああそっか、他の二人は闘技場に出てたからファリジアチャンネルに映ってるんだっけ。あたしは見てないからよく知らないんだけど」

「それもあるんだがな。私としてはもっと単純な消去法だ。昨日会った逢瀬牧、そして私とも違う三狂人がいるとすれば、そいつは自動的に断頭台となる」

 その言葉を聞いた『断頭台』は、にやけるように頬をつり上げる異様な笑みを浮かべた。さらに本当に嬉しそうな甲高い声で歓声を上げて、最初に口を開いた時のような、肌をざわつかせる狂気を含んだ艶やかな声で言った。

「そっかぁ、オジサンがそうだったんだ。いつかは出会えると思ってたんだけど、思ったより遅かったなあ。あたしイカれた人間爆弾とやり合うの楽しみだったから、ずっと探してたんだ。参加者を片っ端から倒してればいつか出会えるんだって、信じてた」

 言動とは裏腹に、断頭台の瞳はどこまでも澄んでいて。

「もう会話なんていいよね。せっかく会えたんだから、闘い以外の全部が全部、余計だよね」

 言って、少女はいきなり走り出す。とは言っても小走りという程度のスピードで、ファリジアレース内の基準ではかなり遅いと言える速度だ。私は一瞬拍子抜けしたが、すぐに切り替えて迎撃の体勢を取る。いや、断頭台の攻撃を待つ必要はないのだと気が付いた。

 敵がどのような攻撃をしてくるのか分からない場合、二つの選択肢がある。敵が攻撃する前に自分の攻撃を当てる場合と、敵の攻撃を見てから自分の攻撃を当てる場合だ。そのどちらでもいいのだが、後者はやや上級者向けだ。どのような攻撃をしてくるか分からない敵の攻撃を、避けるという選択肢はリスクが高い。繰り出された攻撃が持つ性質によっては避けられない場合もあると、この数時間で学んでいた。

 だから私は敵の攻撃など気にしない。知らなくてもいい。ただ自分の攻撃を先に当てることだけを考える。そうすれば敵の攻撃が持つ性質など関係ない。透明の森ではそういう闘い方で生き抜いてきたのだから。

 私は少女に向かって、全力で走り出す。そうしてすでに血で濡れている左掌を、少女の腹部めがけて繰り出した。

 だがその攻撃を少女は何でもないようにスルリと避けた。

 瞬間、心に寒いものが走り、手ごたえのなさに歯を噛み締める。情け容赦一切捨てた全力の攻撃を、彼女は本当に他愛もなく避けたのだ。私の攻撃など断頭台にとってはなんてことないものなのだと、まざまざと見せつけられたような気がした。

 さらに断頭台が避けたと同時。すれ違いざまに腹部へと、ナイフが撫でるようにして押し当てられた。

 防火タイツが破れる程度の薄皮一枚、切り傷特有の鋭い痛みを感じる。だがそれ以上に、ゆっくりと切りつけられたせいで、ナイフの冷たさと硬質的な感覚を体の内部で味わわされてしまう。ゾクリと寒気が、まるで生き物のように駆け巡った。

 私が振り返ると、断頭台はすでに五メートル程離れた場所に立っていた。追撃はないようだ。私は攻撃を避けられたショックにほんの少しだけ浸り、それから切り替えた。敵は三狂人の一人。明らかな格上だ。自分は強い敵に挑戦する立場だという気持ちを忘れてはならない。

 そうして一つ思い直した。何も考えずに自分の攻撃を当てるという教訓は、この場合においては当てはまらないのだ。あれは集団戦、それか私の能力に全く対処できない敵に対して有効な術だったらしい。

 断頭台のあの動きは、明らかに攻撃よりも観察に重きを置いていた。確かに、戦闘の初期段階が小手調べになるのには覚えがあった。

 そう、集子と逢瀬牧の戦闘だ。つまるところ強者との闘いにおいて敵の攻撃、行動、その他の情報を収集しつつ闘うのは、勝つという一点において非常に重要なのだ。今の状況を考えるに、こちらは断頭台にまんまと情報を与えた形になるのだろう。

 まあ終わったことはいい。後悔もしない。今は戦闘中なのだから、学んだことは次の瞬間に生かせるのだ。私は正面に立ってこちらを見据える断頭台を見る。すると彼女は、私の掌をじっと見ていることに気が付いた。

「どうした、まじまじと見て」

 少女は頭を振って、それからゆっくりと視線を上へ戻して答える。

「別に大したことは思ってないよ。ただ、その掌に当たったら危ないんだろうなあって思っただけ。爆発するんだよね、オジサンの血に当たると。そうなると返り血も浴びたらまずいんだよね。ああそっか。てことはこのナイフも危ないんだ」

 少女はぽいっと後ろへ、血の付いたナイフを放り投げる。やはりばれたか。もっと効果的な場面で爆発してやろうと、欲をかいたのは間違いだったな。少女は一息ついてから続きを話し始める。

「そうなると普通だったら遠距離からちまちま攻撃するしかないんだけど、そういうのは趣味じゃないからなあ。やっぱり近距離でスパッとやって倒したいんだよねー。まったく面倒なオジサンだなあ」

「ひどい謂れようだ」

「別に貶してないよ。むしろ褒めてるし。だって面倒な敵ほど倒す過程は刺激的で楽しいし、倒した後の達成感もヒトシオじゃん?」

 ここで見せる断頭台の表情は、まさに年相応の少女の笑顔。まったく、やりにくいことこの上ない。戦闘においての相性とは戦闘スタイルとは別に敵の性格も含まれるのかもしれないと、ふと思った。

「それにしても。奴もそうだがお前も、よく分析したことをペラペラと口にできるな。敵に自分が分かっていることを明かすなんて、私には信じられん行為だ」

 それは、戦闘において余裕がないから思うのだろうか。そんな独り言のような質問に、少女は律儀に答えてくれる。

「うーん。別に他の人がどうしようと、気にすることじゃないと思うんだけど。そもそもファリジアレースは楽しむためのものだし、その辺はテキトーでいいんじゃない?」

 まあもっともだが。

「それにその奴って人がどうだか知らないけど、あたしとしてはリスクを上げたいっていう理由があるんだよね」

「リスク? 不利な状況に自分を追い込みたいということか」

「紛れもなく正解だけど、たぶんオジサンはその言葉の意味を、ちゃんと理解はしてないと思うよ」

 言って、少女はスカートのポケットから、見慣れぬ赤い布のようなものを取り出す。それをどうするのかと思っていると、それで片目を覆ったのだ。そうして気が付く。取り出した赤い布が眼帯だということに。それをきちんと整えてから口を開いた。

「これもリスクのため。そしてこれも——」

 少女は突然右腕を持ち上げた。何だと思って見ていると突然、一切の脈絡なく衝撃的な行為に及んだ。右の二の腕付近のおそらく筋だろう部分を、左手のナイフで躊躇なく切り裂いたのだ。

「お、おい!」

 私はその光景に対して驚くというよりも、心が絞られるような強いショックを受けた。なるほど、他人の自傷行為を見るというのは気分のいいものではない。それが年の若い少女なのだからなおさらだ。私の闘いを見た集子の気持ちが少しだけ分かった。

 少女はその行為に意を介した様子もなく、ただナイフを振るって自らの血を吹き飛ばす。そうして私を見つめて、心底楽しそうな笑みを浮かべて言う。

「——リスクのために、ね?」

 私は正直な感想を口に出す。

「まさに狂人だな。ピッタリだ。狂い度合では三狂人の中で一番だろう。さしずめ危険中毒リスクジャンキーと表現するのが正しいか」

 行動を考えてみるに一番狂っていないのが逢瀬牧とは、一体どうなっているのやら。

 しかし少女は私の言葉に対してクスクスと笑った。その笑みの性質は、間違いなく他人を貶め嘲るものだ。もっと言うならば、何かに気が付いていない間抜けを笑う時の声。

「……何が可笑しい」

 言うと少女は、ゴメンと呟きその笑いを引っ込める。そうして言った。

「確かにあたしは危険中毒リスクジャンキーかもしれない。そう言われるのは初めてだけど、なんだかもの凄くしっくりきたの。

 だけどさ、そうじゃないんだ。あたしにとってリスクを上げるのは、それ以上の意味があるから」

 証明してあげる、と。断頭台が笑みを浮かべながら言う。その笑みは、少女と出くわしてから始めてみせる類の笑みだ。白い歯をむき出しにして、頬と口元を大きく引きつらせて、目を見開いた表情。その意味はなんとなく理解できた。これから行われる戦闘が断頭台にとって、待ちきれない程楽しみなのだ。

 そうして断頭台は、先ほどと比べるのも馬鹿らしくなるほどのスピードで駆け出した。最初の動きからの想定など何の意味もない。まさに風を切ると表現すべきその速度に乗って、一瞬でナイフの届く距離まで詰められる。脳内には危険信号。きれぎれに浮かぶ『まずい』『危ない』という言葉。速度が違いすぎて反撃など出来るはずもなく。私は祈るような気持ちで、抱きしめるように首元を防御した。

すると博打は成功した。断頭台のナイフは防火タイツを裂き右手首から肘までを深々と切り裂くも、致命傷ではない。断頭台は私の横を走り抜けていき、視界からは消える。私は激痛に顔も身も歪ませながらも、必死になって感覚を研ぎ澄ませる。そしてナイフに付着した私の血液に意識を集中させて、能力を発動した。

 しかし耳に届いた爆発音は、後ろにいるはずの断頭台からは聞こえてこなかった。音は上空から聞こえてきて、それを元に推察する。おそらく切った瞬間にはもうナイフを手放し、宙へ投げていたのだろう。早い判断だ。そうなるとこの方法で断頭台にダメージを負わせるには、攻撃された瞬間に爆発させるしかない。だが私の反射神経ではそれは不可能だ。

 ならば手はある。

 焦るような気持ちで振り返り、視界に少女を収める。するとすでに新しいナイフを手に持っていて、いつでも攻撃できる態勢は整っているように見えた。だが意外にも攻撃を繰り出すことはせず、飛んできたのは刃ではなく質問だった。

「よく防御できたね。あたしの攻撃、ほとんど見えてなかった癖に」

 それには素直に答えられる。

「なんてことはない、ただの推論と運だ。断頭台という異名から首を積極的に狙うのではないかと思って、君が断頭台と気が付いた時から常に意識していたという、それだけのことだ。首以外は全くの無防備だった」

「そっか、そりゃそうだね。あたしも間抜けだった」

 そうして照れ笑いをする少女。ほんの少し空気が和む。質問するならば、今か。

「断頭台。君は、超能力者だな」

「そうだよ」

 妙に軽い口調で肯定する。なるほど、逢瀬牧とは違ってこの少女にとっての超能力は、奥の手でも何でもないのだろう。言うならば、戦闘を楽しむための道具という表現が正しいのだろうか。私が黙って考えていると、少女は嬉々として話し始めた。

「あたしの超能力はね、体の動きとか五感に制限を設けたりして戦闘に対してリスクを負うことで、運動能力とか感覚を引き上げられるんだ。だからわざわざ眼帯したり、腕を動かなくしてた。言ったでしょ? リスクを上げるのはどーたらこーたらって。つまりそういうことなの」

 その言葉に私は一つ疑問を持ち、それを聞こうとしてハッと気が付く。

「……まさか。わざわざ自分の超能力を話したのは、その方がリスクが上がるから——」

 少女はエヘヘと笑って肯定する。つまり今の説明だけで、少女の身体能力はさらに上がったことになる。

 非常に厄介な能力だ。だが、私は少女の超能力にどこか親近感を得ていた。それは、自傷行為が自身の超能力に必要不可欠という事。そうまでしても闘おうとする私と少女。もしかすると私も案外、少女とは違った意味で危険中毒なのかもしれない。

 だが今は、芽生えた感情は捨て去る。少女と自身の性質が、性格がいくら似ていようとも関係ない。

 少女は戦闘を楽しむために。

 私は自分が強くなったことを証明するために。

 命を賭けて闘うだけなのだ。

「それじゃ、そろそろ決着をつけちゃおっか。今のところあたし、オジサンに全く負ける気がしないんだけどその辺はどう思ってる?」

 ズバリついてくるな。まあ今までの小手調べではずっと防戦一方だったのだから当然だ。

しかしこちらも負ける気など全くないわけで。

「全力で来い。返り討ちにしてやろう」

 私は少女と対峙して、初めて笑みを浮かべられた。それは少女との戦闘を、思いの外楽しんでいるということか。初めての感覚で、自分のことにもかかわらずよく分からないでいた。 

「それじゃ、いきますよーっと」

 そうして浸っていると、しかしお構いなしに断頭台は低く構えて、それから大砲のように飛び出した。瞬間、私は『対逢瀬牧』を想定して組んでいたプログラムを起動させる。

——『爆発の手順エクスプロージョンプロトコル』起動開始。

——パターン二『自爆壁』を発動。

 プログラムを起動したその瞬間にはすでに、断頭台のナイフは私の左腕に触れていた。すれ違いざまに恐るべき速度でナイフを振るう。両腕を動かなくするつもりだろうか。少女の攻撃は、当然防御が出来るスピードではなく。しかし今回の私は、防御しようとも思わなかった。

 それは刹那の発動だった。断頭台のナイフが私の左腕に触れて。防火タイツを破き、薄皮を裂いて。刃が肉に届き、筋繊維がほつれ、血が滲んだその瞬間。

 私の意志と意識をはるかに超えた速度で、血液は爆発を引き起こした。

 威力設定七。それは一滴にも満たない量の血液ですら、断頭台の持つナイフを破壊せしめるだけの威力があったようだ。少女の持つナイフの刃は、金属特有の高い音を立てて砕けた。

 断頭台は驚いただろう。少女はおそらく、反射神経の勝負だと思っていたはずだ。切り付けた後で、いかに素早くナイフを捨てて次の攻撃を繰り出せるか。そう思っていたはず。

 だが今回のプログラム『自爆壁』はそういう速度で圧倒する敵を完封するために編み出したものだ。

 能力発動条件『出血した瞬間』

 能力発動範囲『出血個所を中心に直径五センチメートル』

 威力『十段階設定の七』

 私が開発した爆発の手順エクスプロージョンプロトコルの最も優れた点は、能力発動に自分の意志が必要ないことだ。

 あらかじめ設定しておいた条件が満たされたならば、能力は自動で発動される。それはつまり能力の発動速度が、恐ろしく速いという意味になる。これは戦闘において非常に大きなアドバンテージになるわけで。

 まあそれでも、機械じみたこの超能力コントロール法にも、機械じみているが故の大きな弱点を抱えているのだが——。

 私のプログラム『自爆壁』によって、意外な場面でナイフを爆発させられた少女は驚きで引きつったような笑みを浮かべた後——、楽しそうな玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべた。

 断頭台は握りしめるナイフの柄を地面に投げ捨て、一度引く。やはり速いスピードで私から逃げるように離れ、辺りをきょろきょろと見渡す。すると透明の森での戦闘で負けたのだろう、地面に倒れ伏している男の傍に落ちている小ぶりの剣を拾った。手持ちのナイフが尽きたのか。これも私にとってはよい情報だ。

 断頭台は立ち止まり、私を見る。高速で動く相手が様子見のために動かないこの状況は、普通ならばチャンスだ。

 だが情けないことに、私は自分から攻撃するプログラムを『赤手袋』しか有していない。あんなもの、策もなしに当たるわけがない。だから私も同じように、目の前にいる少女を見つめてやる。

 私は少女が会話を所望しているのかと思った。だから止まったと思った。これまでの流れから、彼女は私に何か言いたいのではと思ったのだ。

 だがそんな考えは、目の前の彼女を理解していない甘えきった思考だった。

 断頭台はフッと柔らかく微笑んだ——、次の瞬間。少女は左手のナイフで、今度は左脚の腱を切り裂いた。

 肉が裂かれる鈍い音がして、さらに断頭台の凶行は続く。左脚に恨みであるかのように、左太もも上部にも深い切れ込みを入れた。自分の身体にナイフを入れる度に、むごたらしく血しぶきが飛び私の背筋は冷たく凍る。

 しかしまだ終わらない。スカートのポケットから新たに、小さな粒のようなものを取り出した。私は一目見て、それが耳栓だと分かった。断頭台はそれをおもむろに付けて。

 そうして会話にもならないような言葉をポツンと呟いた。

「これで足りなかったら、今度はどうしようかなあ」

 この言葉に私はファリジアレースに来て一番の畏怖を覚えた。恐怖ではない、まぎれもなく畏怖だった。

 この少女は盲目だ。戦闘以外があまりにも見えていない。そして、意に介していない。行動原理が、全て戦闘行為に集約されている。まさしく、常識から逸脱している。狂っている。私はこの少女が怖いのではない、恐ろしいのだ。この二つの言葉がここまで離反しているなど、私はここに来なければ一生理解しなかっただろう。

 何故こんな年端もいかない少女が、こんな風なのかは私には分からない。しかし今それはどうでもいい。問題はこの少女に勝たなければならないというこの状況にある。

 利益だけを考えた場合、私は勝つ必要はない。必然性は皆無なのだ。この少女は私と勝負することが目的だが、私の方はただ、強さの証明として断頭台に勝ちたいと思っているだけなのだから。もっと言うと、勝てないのならば逃げることも選択肢には含まれる。

 だがこの少女は、断頭台はそう思ってはいない。勝つためならば、自分がどうなろうと、どこまで傷つこうとも意に介さないだろう。だがそれは私との勝負においてのみ、ただの自傷行為に成り果てる。

 私のプログラム『自爆壁』は、近接切断攻撃においてはおそらく無敵に近い。薄皮一枚の負傷で敵の武器を破壊出来るからだ。逢瀬牧の言っていた相性で例えるならば、私と断頭台は逢瀬牧と集子の比でないほどに、私が有利なのだ。

 そうして断頭台は一つ勘違いしている節がある。私の能力発動をいまだに反射神経の、速度の勝負だと思っている点だ。

 ここで先ほどの断頭台の言葉を思い出す。

『これで足りなかったら、今度はどうしようかなあ』

 つまり今発動している能力分で私を倒せないのならば、さらに今以上の自傷行為を行うはずだ。だがどれだけ速度を上げても私のプログラムは打ち破れない。プログラムは私が定めたルールに従って動いているだけなのだから、どれほどの速度で切りかかろうとも出血の瞬間に爆破は起こる。

 断頭台のこれ以上の自傷行為は、命に関わる。私は勝負に勝ちたいが、相手を殺したいわけではない。そもそもルールを考えるに人死にはあまり推奨されていない。つまりファリジアレースは殺し合いの場ではないのだ。だがそれを断頭台に言ったとしても聞く耳を持つとは思えないし、厄介なことに今は耳栓をしている。

 断頭台は止まらない。

 だから私は、少女が死ぬ前に勝つ必要がある。それも、少女があることに気が付く前に。

「オジサァン。それじゃあやろっか、勝負の続き。オジサンよりも速く攻撃して、めちゃくちゃに切り刻んであげるんだから」

 やはり勘違いをしている——、そう私が考えた瞬間に断頭台は飛び出した。

そうして私は生涯二度目の光景を目撃することになる。

 目の前にいたはずの断頭台が、消えるような速度で駆けだしたのだ。

 しかし逢瀬牧のそれとは少し異なる。逢瀬牧はその速度に電車と肌スレスレですれ違ったような、とてつもない圧迫感と風を感じた。しかし断頭台は、言うならばチーターやカモシカと同じ類。

 すなわち、獣だった。

 目の前から消えたと思った断頭台が、いきなり目の前に現れた。ぎらつく瞳と緩んだ口元がわずかに網膜に映る。そして切られたと知覚する前に、私の右脇下が爆発した。その瞬間にはすでに断頭台の姿は見えない。突然起こる痛みに戸惑いながらも、必死で視線を動かしその姿を捉えようとするが無駄だった。今度は背中が爆発して、歯を食いしばりながら全力で後ろを振り向くも、もうそこには誰もいない。

 駄目だ、全く目で追えない。そして攻撃に映る速度が私の想像を超えていた。

 実のところ私には策があったのだ。それは、手持ちのナイフを断頭台が全て失っているというこの状況を利用した策だった。断頭台は爆発によってナイフを失うと、必ず道端に倒れている透明の森脱落者から刃物をせしめる。だから近くにいる脱落者に当たりをつけて、断頭台がそいつの刃物を奪った瞬間に赤手袋で迎撃する、つもりだった。

 しかしもうこの策は使えない。まず前提として私と断頭台の速度があまりにも違いすぎる。たとえ次に断頭台が現れる場所が分かっていたとしても、私の攻撃は後手に回ってしまう。それほどの速度差が、私と少女にはある。

 さらに攻撃速度の問題だ。断頭台はこの十秒程で二回切り付けてきた。それはつまり、私の近くで倒れている脱落者から二本の刃物をせしめたということだ。いくらなんでも速すぎる。それでは脱落者に当たりをつける前に周りから刃物が尽きてしまう。

 再び、切られる。今度は肩か。私は例によって断頭台の姿を探すも、一向に視界に映らない。そんな中、私の後ろ、しかも上の方から断頭台の声が聞こえてきた。

「あははっ。この速度でもまだ足りないんだぁ。だったら、もっともっと上げなくちゃ!」

 ガバッと後ろを見上げてもそこには誰の姿もない。しかし上から、確かに断頭台がいた証拠が降ってくる。

「あれは、血か」

 真っ赤な雨が、パタタと落ちてきたのだ。いよいよまずい。断頭台が今度はどのような自傷行為に及んだのかは分からないが、出血量が先程よりも多く見える。つまり少女の死が近づいて、断頭台の速度が増したということだ。

 再び、爆発。今度は闘技場で切られたように、胸から腹にかけて一直線。とうとう正面にいても知覚出来なくなってしまった。まさか速度だけで言うならば、逢瀬牧を超えているのではないか?

 さらに危惧すべきことに、つけられた切り傷が長くなっているのだ。

それは自傷行為による速度上昇が、断頭台にとって意味があるように思ってしまう可能性がある。私からすれば致命傷でもない薄皮一枚の切り傷など長くなろうがどうってことはない。だが断頭台にとってそれは、紛れもない成果に映ってしまうことだろう。

 だが最もまずいのはこれからだ。私は周りを見渡してそれを理解する。断頭台はさらに速度を上げた攻撃でも私を切ること叶わず、さらに周りの脱落者が持つ刃物の底が、つきてしまった。もうこの辺りに刃物は落ちていない。

 そうなると断頭台は気が付くだろう。私が絶対に避けたかった状況に。そして『自爆壁』の弱点に。逃げればよかったと、いまさらながら後悔する。策が思い通りにいかなかった時点で全力で逃走すればよかったのだ、私は。

 断頭台の声が、左斜め上から聞こえる。

「ああそっか——」

 今度は右斜め上から。

「切るものなくて戸惑っちゃったけど——」

 今度は遥か後ろから。

「簡単なことだったんだね——」

 そうして正面上空からの声。私の目には、断頭台の姿が確かに映る。だがそれでも目を疑う光景がそこにはあった。

 刹那の時。断頭台は間違いなく、建物の壁に膝をついて私を見下ろしていたのだ。

 それはもはや人間の動きを遥かに超えている。その光景に私は恐怖よりもまず先に、感動を覚えてしまった。単純な話だ。人間にこんな真似が出来るのかという、ただそれだけの感情。見惚れてしまうような、人間の限界を超えた姿がそこにはあった。

 そうして断頭台の嫌にスッキリした声が耳に届く。

「——速度を上げた拳で、殴っちゃえばいいんだ」

 それは紛れもなく正解だった。私のプログラム『自爆壁』の弱点の一つに、『出血しない攻撃』というものがある。それは単純明快、打撃なわけだ。それも人体を用いた、つまり徒手空拳にめっぽう弱い。それでも私には両手を爆破する攻撃『赤手袋』があるのだから、並みの速度の敵は返り討ちにできる。

 だが尋常ならざる速度で動く、断頭台ならば話は別だった。

 こうなると私の勝ちはない。断頭台の一撃の元に私は沈むだろう。いや、あの速度だ。私はもしかすると死んでしまうかもしれない。だから今からどうあがいても勝てはしない。

 正面から突撃してくるだろう断頭台に見越して、何もない空間に拍手することで『赤手袋』を起動するという手はある。だがこの速度差では、私の不可解な挙動を見て殴る方向を変えるくらい容易いはずだ。

 だから私は勝つことは出来ない。どうあがいても引き分けが限界だ。

 建物の壁を蹴った勢いそのままに、断頭台は一直線に私の元へたどり着く。その刹那の時で、私は断頭台の身体を見る。少女に耳を当てているわけでもないのに、断頭台の身体からは悲鳴のような軋む音が聞こえてくる。人間の動きを超越したそのツケだろう。限界なのは見るからに明らかだった。

 それでも断頭台は限界という壁を踏み越えて、骨と筋肉が擦れて鈍る動きを無理やり動かしているようだ。極限の意志と摩耗の熱が、灼熱の威圧感を身体に宿す。まるで炎に包まれたような熱が、対峙する私の肌をジリジリと焼いた。

 そして想像するのも恐ろしい膂力を宿した拳を、私に向かって突き出した。

 私はその攻撃を、抵抗せずに受け入れるつもりだった。断頭台の拳はもはや打撃ではない。私の脆弱な肉体など容易く突き破ることが出来るだろう。だがそうなると、その出血量はおびただしいことになる。その血液をもって爆発を引き起こせば、相撃ちには持ち込める。

 だが問題が一つ。断頭台を一撃で倒すほどの爆発を引き起こすのに『自爆壁』は向いていない。あれはいわば防御プログラムであり、人体のように分厚くそれなりに丈夫な物体を破壊するようには組んでいない。少量の出血で発動してしまう『自爆壁』では、逢瀬牧や断頭台のような相手には、火力が圧倒的に足りない。

 だから私は、プログラム『自爆壁』を閉じた。つまり腹かどこかが突き破られた後、自分の意志で、もっと言うならば自分の意識を保ったままで超能力を使わなければならない。

 今の状況では、それが最善。断頭台に一矢報いるにはこれしかない。引き分けに持ち込むことで強い相手に引き分けたという、『強さの証』を得るにはこれしかないのだ。

 だから私は、私を殺せるほどの一撃を放つ断頭台に対して、両手を広げて笑みを浮かべる。その笑みは、私を殺せるほどの一撃を放ちながら笑みを浮かべる断頭台と同じ理由だろう。

 楽しかったがこれで最後だという、相手への感謝の気持ち。

 最後の最後で気持ちの通じ合った嬉しさに、私は心を震わせながら——。

 覚悟を決めた、その瞬間に。

横槍が入るなど、私は想像もしていなかった。

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