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  作者: モノノケ
17/37

情報収集

 重雅との話を終えた私は、一度睡眠をとることにした。

「お前もいろんなことが次々起こって、自覚はないかもしれんが相当疲れているはずだ。今日はもう寝ろ。さっきの頼みごとは仲間に伝えておいてやるから」

 との言葉を、ありがたく聞き入れさせてもらった形だ。確かに話を終えた時点で夜の一時を過ぎていて、衝撃的な出来事の数々もあってか眠気はだいぶ強まっていた。様々な覚悟は一度脇に置いておく必要があった。

 けれど静かな夜道を歩いて宿へと戻る……前に集子の様子を覗いておいた。想像よりも安らかな寝顔だったが、時折傷口が痛むのかうめき声と共に苦しそうな表情を浮かべていた。額にはたっぷりと汗をかいていて、二十分ほど集子の傍にいる間、私はずっと彼女の汗を拭き続けていた。乱れた着衣の隙間から見える血のにじんだ分厚い包帯を見ると、無性に落ち着かなくなる。早く何かしなければという焦りに駆られるのだ。その気持ちを必死で抑えて、名残惜しい気持ちを抱きながらもその部屋を後にした。

 ふらふらと夜道を歩き、そうして自身の宿に戻ってきた私は力尽きるようにベッドへ倒れこんだ。柔らかな感触によって生まれた深い微睡が意識を犯す。帰路に考えていた集子のことや逢瀬牧のこと、私自身の事柄は頭をぐるぐると巡っていたが、プツリと意識が途切れる頃には頭の中は空っぽで。縁起でもないが死んだように深く眠った。

 そうして目が覚めたのは朝の十時。当然小鳥のさえずりなど聞こえてくるはずもなく。微妙に残る眠気と疲労。一人で起きる寂しさに、集子と二人でいた昨日がはるか昔のような気さえしてくる。

 私はベッドの傍に置いてある、集子が一昨日の夜に渡されていた端末を手に取り、連絡が来ていないか確認をした。メールが一件届いている。差出人は当然重雅だったが、内容を見て、最後の一文で度肝を抜かれた。

『俺だ。事前に一つ謝っておく。俺の仲間に超能力者はそこそこいるんだが、今回のレースに参加しているのは一人だけだった。前にも言ったがこのレースはだいぶ小規模な開催だからな。正義ギルドの仲間の大部分は、同日開催の他のレースに参加させていたんだ。ギルドと関係ない仲間の方も当たったが、もっと商品のいいレースに参加しているらしい。大見得切っておいてこの体たらく、すまなかったな。

 だが、その一人ってのは俺の古い友人でな。自身の超能力とも長いこと付き合っている人間だから、そいつの意見は参考になるはずだ。だが俺は超能力のことはよく分からんから、そいつが何を言ってるのか分からなくても、俺には聞くな。

 それで待ち合わせは、午前十時に昨日の酒場と言ってある。医者はその後だ。それじゃあせいぜい頑張れよ』

 冷や汗をかきながら時計を確認すると、長い針は十二の数字を少し過ぎた場所でゆらり揺れていた。

 まずい、遅刻だ。

 私は数秒ほど着替えるかどうか悩んだ末、まだ十時間程しか着ていない事実を思い出した。そうして端末だけを手に握りしめて、叫びそうな気持ちで部屋を飛び出した。視界に入ったガラスにチラリと映りこんだ私の髪がとんでもなく乱れていたがそれを無視して、全力で駆けだした。

 結局待ち合わせの酒場にたどり着いたのは十時十分。無我夢中で走ってきたために言い訳など欠片も考えていない。いや、会社ではないからガッチリとした言い訳など必要ないのか。いやいや、そもそも会社だろうとそうでなくとも、遅刻するときは言い訳するべきだろう。これでは私が遅刻する時にどのような態度でいるのかばれてしまう。

 いやいやいや、どうでもいいことは考えるな。のらりくらりと窓際席に座り続けた会社員のノウハウを見せる時だ。さて、まずは無難な腹痛パターンでは——

「おい兄ちゃんよお。そんなとこに突っ立られてちゃ、入れねえんだがなあ」

 後ろから気が抜けたような男の声がした。驚いて思わず振り返ると、そこには見覚えのあるバーコード頭があった。いや、失礼か。見覚えがあるのは顔も同じ。彼は昨日の酒の席で、重雅の後ろに座っていた男だ。特徴的な話し方と挑御川親子に対しての親しげな態度が印象的だったのでよく覚えていた。名前は確か、浩太と言ったか。

「ああすまん。どうぞ」

 サッと扉の前から横に動くと、バーコードの男は怪訝な表情を浮かべた。何かおかしなことをしただろうか——そう思案を巡らせたのは一瞬。バーコードの男は私の両肩を掴んで、もう一度扉の前へと引っ張った。思わずよろけてしまい、またも扉の前を私がふさぐ形になる。何がしたいんだと男の目を見ると、妙に凄味のある無表情を浮かべていることに気が付いた。そうして男は、ほんの少し萎縮した私が何も話さないことを察したのだろう。凄味のある無表情から、ほんのりと笑顔を浮かべて言った。

「おめえは集子ちゃんのペアだろ。だったらおめえもこん中に用があるはずだぜ。重雅から話、聞いてねえんか?」

 気が付いた。この人がメールに書いてあった人だったのか。古い友人だという話だったが、なるほど納得できた。

 身長はおそらく集子よりも低い。見た目年齢は六十台だが、実際のところはよく分からない。顔自体は重雅と同じくらいに見えるのだが、印象的なバーコード頭のせいで十歳は老けて見えるからだ。それと話し方が、昔アルバイトで新聞配達をしていた時に、場を仕切っていた七十過ぎの爺さんによく似ている。ともかく彼が纏う雰囲気には、とても古臭いものを感じるのだ。

 私は色々と得心がいってから、確認の言葉を口にする。

「それではあなたが超能力者か」

「そうだよ。おめえさん超能力のことをよく知りてえんだってなあ。期待に応えられるか分からねえが、知ってることは全部教えてやるぜ」

 ほれ早く進めと背中を押されながら、私は酒場へと入っていった。


 浩太は店に入ると私を追い抜かして、入口から最も近い席にドカリと座った。続けざまに座ると、彼は一切の間を置かずに口を開いた。独特な間を持つ人だ。

「それで風向だっけなあ。おめえはどれくらい超能力のこと知ってんだ。おめえが超能力者だってのとファリジアレース初心者ってのは重雅から聞いてるぜ。その様子じゃあ、あんま自分の能力を使ってこなかったって口か?」

 頷きながら返事をした。

「ああ。レースに参加するまでで、最後に使ったのは確か六歳だった。日常生活で役に立つ能力ではなかったからな。使えなくなったと思い込んでからは、使おうとも思わなかった」

「ははあ、よく分かったぜ。そんじゃあ超能力が『超』、能力だってことも分かってなさそうだなあ。

 超能力ってのはなあ、普通の人間には備わってねえ能力を持つ人間のことを言うんだ。その能力は普通の人間には逆立ちしたって真似できねえもんだ。

 つまりよお、学んだり練習したりで得られる技術の延長線上にはねえシロモノだってこった。体質だとか性質って言った方が分かるか? ほれこのこと、おめえ知らなかったろ」

「……知らなかった」

 早口でまくしたてるので言葉をかみ砕くのに手こずったが、その意味は理解した。確かに私は、SFでよく聞く代表的な超能力と自分が備える『自己血液の爆破能力』が同じ系統にはない——というか妙に特殊性があるとは思っていた。逢瀬牧の『輝く夜の翼』も同じく。それを説明するのに体質という言葉は、なるほど分かりやすい。

「それで風向よお。おめえは一体何が知りてえんだ? 俺も別に超能力の専門家ってわけじゃねえんだから、難しいことなんて何も分かんねえぜ」

 それについてはハッキリしている。超能力について、私が知りたいことはただ一つなのだ。

「超能力をコントロールする方法が知りたい。今のままでは大怪我をしなければ、敵と闘うことも出来ないんだ。けれどそれではファリジアレースで勝ち残ることができない。そもそも今の自爆たたかいかたでは集子に怒られてしまうからな」

 照れ隠しの苦笑いを浮かべて、それから話を続ける。

「だから私は超能力を出来るだけ安定させて使いたい。そのための方法を教えてくれないか」

 言い終えた瞬間、なぜか浩太は深いため息をついた。頭に残る数少ない髪の部分をボリボリと掻いて、もう一度小さくため息をついた。その反応に私は思わず口を出す。

「一体何なんだ。今の問いはそんなにもおかしなことか?」

「……おかしくはねえ。だけどなあ、説明が面倒臭え。まあ重雅の頼みだってんなら、一応は言ってやるさ。脳みそめいっぱい回してよーく聞け」

 思わず安堵のため息をついた。どうやらきちんと説明はしてくれるようだが、しかしあの渋り方には何かあるような気がしてならない。嫌な予感を胸に溜めつつ、言われたとおりに頭をフル回転させておく。視線で浩太を促すと、先ほど見た凄味のある無表情になっている。どうやら真剣になるとこの表情が浮かぶようで、無条件に相手を黙らせて場に緊張感を生み出す良い術だと思った。会社員たる私にもこういうスキルがあれば、仕事を押し付けられずに済むのかもしれない。

 ……冗談はもういいか。浩太の話に耳を傾けよう。

「超能力ってのはなあ、千差万別っていうんか? まあ、様々だってこった。だから……、いや、こういう言い方だと誤解されるって前に言われたっけか。ああすまん。俺が言いたかったのはなあ、超能力じゃねえ。その考え方が様々だってことよ」

 ……ああ、何を意図しての言葉なのかすらも分からん。あと、『超能力』がどの言葉にかかった修飾語なのかも非常に分かりづらい。ともかく自分なりに整理した言葉で再度聞いてみるしかないか。

「ええと……超能力に対する考え方が様々というのはどういうことなんだ? まさか超能力を良く思っている人間と悪く思っている人間がいる、という話ではないだろうが」

「そうじゃねえ。うんと、ああそうだ。俺の知り合いの言い回しに、分かりやすいのがあってなあ。それを言ってやろう。今度お礼を言っとかねえとなあ。このレースには参加してねえんだが」

 ……何か言いたくなったが、まあいいか。知りたいことを知れるのならば文句を言う必要などない。浩太はうんうん唸りながらしばらく自分の記憶と格闘していたが、ようやくハッキリと思いだしたようだ。その嬉しさゆえか、先ほどよりも早口な言葉が私を襲う。

「『仕組みだとか決まりだとか性質だとか法則だとか、そういう確固たる決まりが超能力には存在しない』とか言ってたな。それから、『だから超能力に対する考え方は超能力者のそれに強く依存していて、超能力者自身が感覚や理論を掴みとるしかコントロールする術がない』だったかあ? まあこの意見にゃあ賛成だ。俺の超能力の使い方を他の奴に言ったことがあったんだが、さっぱり理解せなんだ。だから俺は、他の奴の使い方なんて参考にしねえんだ。どうせ分かんねえからよお」

 想像していたよりも随分と理解のしやすい説明だった。が、同時に私は頭を悩ませることになった。

つまり今日日、超能力の大枠としての仕組みや決まりが未だに確立されていないのだ。だからこそ皆が超能力の使い方を模索していて、その使い方を他人に言ったとしても理解されないし、聞いたとしても理解出来ない。当たり前だ。個人の中で作り出された理論や考え方を、他人に伝えることは非常に難しい。そもそも超能力自体も数多くあるはずだ。超能力の性質に違いがあれば、例えば逢瀬牧の翼と私の血では、おそらく理論や考え方は全くの別物になるだろう。

 『超能力は千差万別』という言葉が私に、圧迫感のような現実味を与えてくれる。理論が確立されていないというのは、自分自身で一から理論を組み立てる必要があることを意味している。それも何のヒントもなく、だ。集子が目覚めるまであと三日しかない。その間に強くならなければ、また前と同じ轍を踏むことになってしまうのに。足を引っ張り、集子を傷つけてしまうかもしれないのに。気持ちだけがとことん先走っている自分に気が付いて、思わず強く噛み締めた。

 そんな気持ちを読み取ったのか、俯く私に浩太はおい、と声をかけてきた。顔を上げると彼は、

「別に俺のポリシーを、おめえが守ることねえだろうが」

 と突き放すように言った。言葉の意味を噛み砕く前に、続けて言葉を述べていく。

「分かんねえんだったら、真似すりゃあいい。もしかすっと自分の感覚とよく似たもんに出会えるかもしれねえだろうが。

 なあ風向。俺はそれを伝えに来たんだよ。俺や他の連中が言ってた超能力の感覚をなあ。まったく、重雅に言われた通りに他の連中と連絡取っといて正解だったぜ。奴の先見力にゃあ、相変わらず度肝抜かれんなあ」

 私は少し考えて、それから浩太の言葉を理解した。今現時点で超能力に関して何の知識もない私のために、重雅と浩太はヒント……というよりも素養を蓄えさせようとしている。

 私もこれが目的だった。超能力を自在に使うための、言うならば参考資料を——つまるところ大勢の人間から話を聞いて考えをまとめようくらいに思っていたのだ。それを重雅は私独自の超能力の感覚を掴ませるために、具体的な情報のみを抽出した資料をきちんと用意してくれていた。彼も人が悪い。仲間の超能力者の参加状況が少ないなどと言いながら、きちんとフォローしてくれているではないか。申し訳ない、みたいなことが書いてあった気がしたが、謝らなければいけないことなど何もない。

 私は本当に恵まれている。ここまでしてくれる先輩がいてくれるのだから。

 だったら言うことは一つ。大勢に連絡を取ってくれた浩太に感謝の気持ちを述べなければ。

「本当にありがとう。ここまでやってくれるなんて思いもしなかった」

 すると彼は今日一番の得意げな、格好いい笑みを浮かべて口を開く。

「いいってことよ。それじゃあまあ、さっそく聞いたことを言わせてもらうぜ。『超能力がどういうものか』と『超能力を使う時のきっかけ』についての独自考察だ。よーく聞け」

 ごくりと唾を呑み、耳を傾ける。

「まず一人目。『超能力は言うならば、体に生えた第三の腕』で『腕を使うように使うだけ』。

 んじゃ二人目。『超能力は心の中にある強い感情のようなもの』で『感情を引き出すようにすると使える』。

 そんで三人目。『超能力は体の器官の一部、内臓みたいなもん』で『使ってる意識はない。生きてれば勝手に使われる』。

 次は四人目か。『超能力は空気に溶け込んでいる』で『息を吸うと使える』。

 最後に五人目。『超能力ってのは意志の塊』で『命令すりゃあ使える』。ちなみに最後のは俺だ。どうよ、参考になったか?」

「はあ。えっと。……はあ?」

 どうしよう。さっぱり分からない。いくら考え方が千差万別とはいっても限度があるだろう。そもそも想像よりも数が少ない。これだけの資料で、私は自分の超能力を探らなければならないのか?

 と、迷宮を目の前にしたような途方もない気持ちになった瞬間に、ハッと気が付いた。

 先ほど浩太がした話の中にある、ある法則性に。

 確かにヒントは得られていたのだ。当初の目的である『超能力がどのようなものなのか』と、『自分の超能力を客観的に知る方法』。それは、今の話だけでも理解できる事柄だ。

 ともかく一番の収穫は、超能力には確固たる決まりがないこと。それと、個人によって超能力に対する捉え方や考え方が様々という現実。超能力とは自身に宿る性質であり、使用方法は個人の考え方に依存しているわけだ。それこそが決まりのない超能力の決まりとでもいうのだろう。

 ならば逆に考えれば、たやすく超能力をコントロールできるのではないか?

「その様子じゃあ得るもんはあったんか?」

 浩太の言葉には深く頷いた。すると彼は席を立ち、

「そんならいい。俺は行かせてもらうぜ。これでも忙しいんもんでなあ」

「分かった。それならば改めて言わせてもらおう。ありがとう浩太、非常に助かった」

 しかし言葉を述べる途中で歩き出した浩太は、背を向けつつ肩の上から手をプラプラとひらめかせるという、聞いているのかどうか判断つかないポーズを取りながら酒場を後にした。

『いいってことよ』

 彼の行動には、そんな意味が込められているような気がした。


 そうして次の目的である医者との会話は三分ほどで終了した。座っていると医者の方から声をかけてきたからだ。話を聞くに、どうやら私が医者から買おうとしていた薬品はこの街で簡単に買えるものらしかった。時間ができたら買っておこう。使わないに越したことはないが、一応の用心にも越したことはないのだから。

 よって予定よりも時間が余った。現在時刻は十一時少し前。中途半端に余った時間を思考労働に費やすつもりでいる、今はそんな昼前だった。

 そう、私自身の超能力について考えるのだ。幸い参考資料のおかげである程度の形は見えてきたのだが、それでも非常にあやふやである。超能力についてもっと深く考え、その使い方を見出さなければならない。

 さて、どうするか。街をぶらっと回りながら考えるか一度宿に戻ってみるか、悩みどころだな。まあせっかくファリジアレースに参加しているのだから、街並みを眺めながらの方がいいか。

 頭の中を思考でぐちゃぐちゃにしながらも、酒場を出ようという無意識の意志で歩いていた。だがそうしていると必然、前を見ていなかったせいでドカンと誰かにぶつかった。

「ああすまん。どうぞ」

 なんだかデジャヴだな、などと呑気に考えながらぶつかった人に道を譲って——、私は度肝を抜かれた。そこにいるはずのない男が、そこにいたのからだ。

 染め上げたようなわざとらしい金髪。全身を覆う黒のコート。背中に描かれた不格好なマスクの絵。勝気な瞳。腰には分厚い刃物を下げている。だがその手には、見覚えのある銃器が四丁抱えられていた。

 その若者は、小さく笑いながら言った。

「——よう。風向、だったか?」

 またも聞き覚えのある(デジャヴな)言葉が耳に届く。その発言で脳がある光景を映し出した。

 まるで人形のように吹き飛ばされる人の姿。無残にも赤黒く体の一部がへこんで、ザクロの断面のような裂傷と流れ続ける大量の血液。

 そう。競技用ハンマーの直撃を受けて大怪我を負ったはずのラダル君が、傷一つない姿でそこに立っていたのだ。


 ありえない——。無傷のラダル君を見て、抱いた感想はシンプルにそれだった。シンプル故に、非常に高いレベルでの驚きだったと言える。だから思わず漏れてしまった言葉もまた、シンプルなものだった。

「なん、で。どうして——」

「どうだ、随分驚いてんな?」

 私の驚きに対してラダル君が見せる表情はいたずらっぽいもので、それはつまりドッキリを成功させた時のような相手を絶妙に小ばかにしたような表情だった。ラダル君のそんな顔を見ると、しかしピクリと小さな波のような苛立ちが心を波打った。驚愕から一転、スッと冷えた頭が選択したのは、演技によるやり返しだった。

「いや、そんなはずがない。間違いなくラダル君は死んだのだ。ああ神よ、何故私に二度同じ悲しみを湧き上がらせるような真似をするのか。ああそうか、これは神が私を試しているのだ、そうに違いない!」

「おい、風向。何馬鹿なこと言って——」

「そうやって惑わすのかこの悪魔め!」

「ヒッ」

 突然大声を出すのと大仰な身振り手振りがコツだ。

「数多くの人間をそうして騙しおおせてきたのだろうが、私までも思い通りにいくとは思うな」

 ここで少しタメなどを入れつつ。ラダル君が何か言おうと口を開く瞬間に——

「……いや、もしかすると今私の目の前にいるこの男は、本物の——」

「そうだっつーの。全く長々と」

「本物の、幽霊なのだろうか」

 ラダル君の引きつる頬と、私の正気を疑うような視線がたまらない。

「ああきっとそうだ。何故ならラダル君がその手に持つ銃には、確かな覚えがあるのだから。そう、彼が最期に抱いた後悔という思いが彼の霊魂に力を与えせしめ、ここに連れてくるまでに至ったのだろう。ああ何ということだ。気にも留めていなかった彼が、まさかここまで情に厚い男だったとは。私自身の見る目のなさはこの際捨て置こう。世間一般から向けられるだろう恥を忍んででも、彼の立派な墓標を作らなければなるまい。そこに刻まれる名前は永久に刻まれるだろう。ラダル=君という名の小さな——」

 ここでようやくセリフを遮る言葉が叫ばれた。

「てめえの目は節穴かよ! ほらよーく見ろ、足がきっちりついてんだろが!」

 ラダル君は本気で怒って——、もといキレているのだろう。腰に下げた鉈に手をかけて怒鳴る様に、さすがにこれ以上の冗談は積めなかった。すっと表情を真顔に戻して、普通なトーンで言ってやる。

「そこまで怒ることはないだろう。冗談だ」

「冗談にしてもタチがわりーんだよ。ボケてんのかと思ったぜ。ついでに聞くけどよ、冗談の中の俺は随分嫌われてるんだが、本音じゃねーだろうな」

 ボケていることはボケているのだが、という言葉を呑み込みつつ。私は必要もないのに煙に巻くような言葉を選んで言った。

「人の悪口を正面切って言うことを本音とは言わないさ。そういうのは無神経と呼ぶんだ」

「話がすり替わってる気がするんだが、ああもうどうでもよくなったぜ。俺はお前と楽しく会話するために来たわけじゃねえ」

「楽しかったのか?」

 うるせえ、ときつい口調でそっけなく言うのでそれ以上は追及——もとい、からかうのはやめにした。私の方は楽しかったのだが、それを言う機会は永久に来なさそうだな。もう鬱陶しいおっさんとしか思われていないだろう。

 さて、話を戻そうか。

「それで、ラダル君。楽しく会話するために来たのではないならば、君の用事はそれだろう?」

 そう言って彼が大事そうに抱えている、四丁の銃器を視線で示した。年季を感じさせるそれは紛れもなく集子が持っていたものだ。

「ああそうだよ。落ちてたから届けてやろうと思ってな。後これもそうだ」

 そう言って四丁の銃をこちらに手渡してから、ラダル君はコートのポケット探りすぐに何かを取り出した。画面が少しひび割れていたが、見覚えはあった。

「集子の端末か」

「ああ。俺はアイツと闘って負けて、それから逢瀬の姐さんに捨てられて、しばらくは途方に暮れてたんだがな。それでも立ち直れたのは挑御川集子のおかげだ。アイツがファリジアレースの一参加者の方が向いてるって言ってくれてなきゃあ、夢破れてみじめに地元に帰ってたよ。

 けどよ、俺にも向いてることがあるんなら、それをやってみてからでも帰るのは遅くねえと思ったんだ。銃やらなんやらを届けたのは、そのお礼ってとこ。これが落っこちてるってことは、アイツが逢瀬の姐さんに負けたんだろうってことくらいは想像できたからな」

 そうか。集子に進むべき道を教えられたという意味で、私とラダル君は同志だ。彼女に対する感謝という点で価値観を共有できる存在なわけで。まあ私の方が彼に事情いきさつを話していないので、この考えは一方通行なのだが。

 ラダル君は端末を押し付けるようにこちらへ渡しつつ、言った。

「それじゃあ用も済んだし俺は行くぜ」

「随分早いな。この店の上で集子が寝ているんだが、見舞いでもしていったらどうだ」

「いや、いい。寝てんなら行く意味もねえし、何より治療の邪魔だろうしよ。それに俺は指名手配されてるからすぐに逃げなきゃいけねえんだよ。まあもし捕まっても今回のレースに参加出来なくなるだけだから、そん時はまた他のレースにでも参加するつもりでいるんだが」

 爽やかに言い切ったラダル君。どうやらしばらくは様々なファリジアレースに参加してみて、それから今後の方向性を決めるようだ。

 それはとてもいいことなのだが——一つ、予想外だったな。彼なら集子の見舞いをしてくれると思っていたのだが。そのついでに聞くつもりだったが仕方ない。もう回りくどく聞く段階ではないのだ。すでに帰る雰囲気をバリバリに纏っているにも関わらず、私は空気の読めない引き留めを敢行した。

「それはともかくだ。単刀直入に聞くがラダル君。君は超能力者か?」

 私の言葉に彼は鼻を鳴らした。それからほんの少し馬鹿にしたように笑い、

「聞くのおせーよ」

 と言い放った。やはりそうだ。どう見ても集子より重症——もとい致命傷に見えたラダル君が、一日も経たずにここまで元気になるわけがない。ファリジアの医療技術が発達していようと関係ない。いくらなんでも早すぎるのだ。

さらに思い出したのは、昨日の逢瀬牧の言葉。『当たった個所が頭だったらラダルでも死んでいる』云々だ。その言葉には違和感があった。あの惨状でラダル君ならば死なない明確な理由がなければ、そんな発言は出てこないはず。その明確な理由、簡単に説明できる要素を超能力以外に私は知らない。

 そう——超能力考察に必要なサンプルがもう一つ、目の前にあるわけだ。

「ラダル君に聞きたいことがある。時間は取らせない。どうか答えてくれないだろうか。頼む」

 参考資料を増やす機会を逃すわけにはいかない。私は必死な思いでラダル君にお願いをする。具体的には、社会人の基本である『丁寧なお辞儀』を繰り出したのだ。日本のお辞儀は他国の人間には効果が高いことは、職業柄よく知っていた。

「……へえ、アンタにしたら殊勝な態度だな。いいぜ。三回まわってワンと鳴かなくても答えてやるよ」

 妙な言い回しだが気にしない。感謝する、と述べてから私は浩太から聞いた『超能力を客観的に見る方法論』に当てはめるようにして言った。

「聞きたいのは二つ。ラダル君が『超能力がどういうもの』だと考えているのかと、『超能力を使うトリガー』だ。君の意見を聞かせて欲しい」

 するとラダル君はこちらの意図をくみ取れていないような難しい表情を浮かべた後、ため息をついてから考えるようにして目をつむった。そうして十秒くらいしてからゆっくりと目を開き、彼は、言葉を選ぶようにして口を開いた。

「超能力がどういうものかってのは、そうだな。俺の能力は何となく察しがついてるだろうが、体の再生なわけだ」

 なるほど。こうなると浩太から聞いた、超能力が体質という話に実感が湧いてくる。

「体全体が超能力、って感じがするな。いや、それよりも……、体全体に大きな力の塊みたいなのが流れてて、怪我をしたら勝手に『大きな力』がその個所に流れ込んで怪我を治してくれるんだよ。だから俺の意志で超能力を使っているという感覚はないな。……んー、うまく言葉にできた気がしねえがしゃあねえか。てか、そんなもん知ってどうするんだよ」

「いいや気にしなくていい。ありがとうラダル君、非常に参考になった」

「そんならいいさ」

 そっけなくこう答えたラダル君はくるっと踵を返して、結局酒場に入ることなく去っていった。本当にそっけない。彼で遊びすぎたせいか少し嫌われている気がしないでもない。今度出会った時は優しくするよう心がけようか。

 そんな数秒後にも忘れていそうな薄っぺらな決意をしてから、私は頭を切り替えた。

 そう、思考の時間だ。浩太の話やラダル君の言葉から、とりあえず私がやらなければならないことは把握した。

 先ほどのラダル君がしたように、私は自身の超能力を二つの点において突き詰める必要がある。それは当然、『超能力はどういうものか』と『超能力を使うトリガー』に対する答えだ。それらをきちんと突きつめなければ、次のステップには進めない。

 浩太の話から得た、超能力をコントロールするヒント。超能力には決まりがなく、超能力者それぞれが見つけるしかないということ。当初私はその事実に大海を見つめるような、または組み上げる前の山のようなパズルピースを見るような気持ちだった。

 しかしそれは、いつしか逆転している。それを自覚していた。


 さて、酒場での用は全て済んだ。やるべきことも大体は把握した。しかし先へと進む前に、もう一度見ておきたい顔があった。

 私は二階へと足を進めて、集子が寝ている部屋へと入る。そうしてラダル君から受け取った銃器と端末をベッドの傍へ置いておいた。

 集子の表情を見ると、昨日よりは安らかな気がした。寝息も規則的だ。眉間に深いしわもない。何となく彼女の肩に手を軽く置く。ふと、ずっとここで看病してやりたい衝動が湧き上がるも、それを心から必死で引き剥がす。

「また来るさ」

誰に言うでもなく呟きながら、私は部屋を出た。

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