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  作者: モノノケ
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急激なる転調

 集子はラダル君の倒れる場所へと歩いていく。私も倣うように彼の元へ向かう。するとただ空を見つめていた彼が、掠れた声で口を開いた。

「俺の……負けだぜ。教えてくれ……。一体あの銃弾は……なんだってんだよ……」

 集子は倒れるラダル君の元へたどり着くと、広がる草々の上にどさりと座りこんだ。同じく着いた私は座らない。そうして集子は手に持つ銃を指でくるくる回しながら言った。

「いいよ、教えてあげる。弾が曲がったのは銃弾じゃなくて、銃の仕組みなの。まあ鉄球に対応してるから、関係ないわけじゃないんだけど」

 ピタリと回転を止めて、銃をラダル君の目の前に近づけてから言った。

「この銃は装填された鉄球に高速回転を加えることで、弾道を変化させることが可能なの。変化方向の指定は私が自在にできる」

 高速回転、という言葉に得心がいった。確認するために口を挟んでみる。

「途中から高音が鳴っていたのは、弾が高速回転していたからなのか」

 その通りです、と集子は頷いてから顔をラダル君に向き直る。

「君に一つ教えてあげる。その辺に転がってるお友達にも、後で教えてあげるといいわ。

 戦闘中はああ言ったけど、銃弾を避けるのは間違いなく高等技術よ。だけどそれ故に読みやすくもあるの。いくらこれの銃弾が通常よりも遅いといっても、それなりに速いことに変わりないから避けづらい。すると、どうしても効率的に避けようとしなきゃいけないでしょ? 君たちみたいに足が遅いとなおさらね。逆に言えば銃弾は、『効率的に避けないと当たるもの』だってこと。

 そうなると、足が遅い君たちの場合『もしも肩口を狙われた時は、狙われた肩を下げる以外に回避方法がない』ってことになるわけ。私にはそれが読めたから避ける方向に曲がる球を撃ったってこと。まあしゃがむのもありだけど、より効率的な避け方があるのに疲れる方を使う訳ないからね」

「——!」

 ラダル君は一瞬目を見開いて驚いた。私も記憶と照合して、なるほどと唸ってしまう。確かに集子は肩口を狙い、それを避けた二人は同じような形で避けていた。言うとおり肩口を下げる形で、だ。

「……そこまで読めるってことは、俺に対して撃った……弾も……」

「左右に曲がる弾は見せたから、次は上下に曲がる弾を撃ったってだけ。つまり私が言いたいのは、ただ弾を避けるんじゃ駄目だってこと。避け方にも読み合いの余地があるんだから、考えて避けるの。分かった?」

 納得したような、感心したような、それともその言葉に呆れ果てたのかもしれない。視線を集子から外したラダル君は、再び暗がりの空を見上げるように、草むらに頭を落とした。そしてそのままの状態で、ポツリと口を開いた。

「なあ……。何で、俺にそんなことを……教えて、くれるんだ……?」

 集子はフンと鼻を鳴らして、そっけなく答えた。

「私は一度言ったことをもう一度言うの、あんまり好きじゃないから」

 おそらく集子が言っているのは、彼に告げた『お誘い』の話だろう。

「へっ……格好いいな。そんなに言うなら、少しは考えても……いいかもなあ」

 言いながら、ラダル君は懐をゴソゴソと探り、そうして取り出した。それは先ほど酒場で見た端末だ。それをゆっくりとした動作でロックを解除して何やら操作している。しばらくしない内に画面には『境界線の消失』の画像が映し出された。

「ほら……よ。これで適当に……アイテムを、変えてくれ。俺の端末を見せりゃあ、あいつらも……取り出してくれるから、よお……」

「ありがと」

 端末を受け取った集子は立ち上がり、転がっている他の二人の所へと向かった。私は彼女が座っていた場所に、入れ替わるようにして座る。そうしてラダル君を見据え、どう会話を始めたものかと思考を巡らせる。しかしそれは取りこし苦労だったらしい。ラダル君の方から、引きずるようなしんどそうな声で話しかけてくれた。

「よお、風向……だったか? 何か用かよ。見ての通り……俺は今、かなりしんどいんだがなあ」

 体は傷だらけでも、頭はきちんと回っているようだ。心配の言葉をかけに来たわけではないことくらい、やはり分かってしまうか。ゴホンと一つ咳をして、頭をできる限り働かせながら言った。

「その通りだ。つらそうだから簡潔に聞かせてもらおうか。

 ラダル君、君は何のために次々と店を襲って物を盗んだんだ? ああ、それに答える前にイエスとノーで答えられる質問をするから、先に答えてくれ」

 私の言葉にほんの少しだけ目を見開き、少々の間の後、彼は頷いた。

「協力感謝する。それでは一つ目だ。ラダル君は私との会話で、犯罪ギルドに入りたいと言ったな?」

 ゆっくりと頷いた。

「それでは二つ目。繰り返すようで悪いが、犯罪ギルドを作りたいではなく、犯罪ギルドに入りたいと言ったんだな?」

 今度は面倒くさそうに頷いた。

 これは私も覚えていた話だが、需要なことだから一応確認をとっておいた。その後の質問の意味がまるで変わるからな。

 しかし、一つ疑問が生まれる。ラダル君が今まさに否定している『犯罪ギルドの立ち上げ』をすでにやっているのはどういうわけだ。今の私には分からないが、想像よりも厄介なことになりそうだ。おそらくは頭に固まりつつある推論に関わりのある話だろう。頷きながら話を進めた。

「……なるほどな。それでは、改めて聞かせてもらおう。何故ラダル君は多くの店を襲ったのか」

 この質問が非常に重要だ。これは先ほど聞いた、彼の目的によって意味が大きく変わってくるのだから。

 もしもラダル君が犯罪ギルドの立ち上げが目的だった場合、強盗という行動に一切の矛盾はなかった。金は資本だ。弱小犯罪ギルドとして『資金稼ぎに奔走する』のはおかしくないし、『犯罪行為そのものが目的』だったとしても、犯罪ギルドなのだから不自然なことでもない。

 だがもっとも矛盾の少ないこのパターンは、たった今否定された。つまり事前に立てていた楽観的な推論——すべての矛盾を田舎者や初心者という理由でうやむやにする案——は、外れたということになる。

 そうしてラダル君が述べた、『犯罪ギルドに入りたい』という目的。これが問題になってくるわけだ。

 早い話が強盗行為の理由づけだ。つまり『他の犯罪ギルドがいない状況で』『犯罪ギルドに入りたい』ラダル君たちが強盗をする理由が、一体何かということ。

 上記の状況において、彼らは重雅の述べていた一般的な手順を踏む——強盗行為に手を染める理由はないはずだ。しかし事実として強盗は起こしている。つまり、彼らにとって強盗行為は、『犯罪ギルドに入る』という目的においてメリットとなるはずなのだ。

 強盗行為はレース内で指名手配されて、他参加者に捕まるというデメリットが増えるだけなのだ。挑御川集子という人間の場所を調べ上げ、二つ名まできちんと押さえていて、その実力をそれなりに把握して、三対一で挑めるよう策を練るような慎重派な人間の行動にしては、強盗はあまりに無計画かつ無謀で無策に思えた。

 さて、これが問題だ。戦闘前にラダル君が言っていた『犯罪ギルドに入りたい』という目的。そしてラダル君たちの強盗行為デメリットを上回るほどのメリット。この二つの解釈次第で、重雅が挙げていた仮説の一つが失われてしまうことになるのだ。そしてその解釈は、私にとってもあまり考えたくない類の話。

 もうごまかすことに意味はない。つまりラダル君たちを餌で釣って利用している強力な犯罪ギルドが、正義ギルドである重雅の目を逃れてレースに参加しているという状況——。

 質問に対して、ラダル君は開いた口が塞がらないようだった。目を見開き、引きつったような驚きの表情を浮かべているのだ。うまく舌が回らないらしく、パクパクと口を開くばかりで肝心の言葉が出てこない。それほどあの質問が意外だったのだろうか。あまりに取り乱す彼に声をかけてやる。

「落ち着いて話せばいい。確信をつかれるのがそんなにも意外だったか? 回りくどい質問をしたのは謝るが、まずはどうでもよさそうな質問で外堀を埋めておかないといけなかった。君が嘘をつく可能性もあったからな」

 虫でも飛んでいるのだろうか、ブンブンと空気を裂くような音が耳に入る。しかしあくまで意識はラダル君へと向ける。すると彼はよく分からない言葉を口にした。

「ち、違う——」

 焦るような早口。顔を見ると明らかに興奮しているように思える。

「どうした。違うというのは、私の——」

「お」

「お?」

 こちらの言葉を遮るも、壊れたスピーカーのように要領の得ないラダル君の言葉。いい加減、私も彼の異変に気が付いている。その様子は明らかに、何かに怯えているような——

 そうしてラダル君は、必死の言葉を絞り出した。

「お、逢瀬——」


「おしゃべりユダには制裁が必要ね」


 後ろから聞き覚えのない女性の声がしたと、反射的に思った瞬間だった。

 突如として左肩に、とてつもないエネルギーを持った物体が掠めていった。私はそれを視認して、その物体の正体を知った時。人生最大の鳥肌とともに、大量の冷汗がまるで噴水のように噴き出した。

 それは紛れもない、陸上競技でよく見るような鉄球で——

 ゴキリと左肩が外れる痛みがした私の、視線の先に。鉄球の直撃を受けて弾け飛ぶラダル君の姿が目に映った。潰れた肉体から溢れる血しぶきと、大量の骨が一度に砕ける音。まるで人形のように飛んでいく彼の姿は交通事故を連想させた。

 いきなり起きたあまりの出来事に、肩の痛みなどまるで感じなかった。ただ心には、焦燥と恐怖の二つだけ。思考は止まり、体中がすくみ上り、自分が石像になったかのような気さえする。

 良識などという言葉が抜け落ちたこの女の目の前にいるだけでひしひしと感じ取れる存在の強大さ。異質さや、纏う雰囲気の異様さ。同じ人間とは思えないほどの濃密な気配。圧倒されるなんてちゃちな表現では表せない。こんなものが近くにいながらまるで気が付けなかったという、恐ろしい事実には吐き気すら覚える。

 ゴロンと鉄球を地面に転がす女——逢瀬牧は、軽い口調でうーんと唸りながら、ぶつぶつと呟いた。

「強力だとは思っていたけど、実際に使ってみると破格の威力ね。けどこれはファリジアレース向きではないのよね。当たった個所が頭だったらいくらラダルでも死んでいたでしょうし。殺すのは目的が達成されるギリギリまでは、出来るだけ控えておきたいのよね。これはもういいか」

 鉄球の持ち手を、捨てるように地面に投げた。同時にハッとして、私は吹き飛んだラダル君を見やる。体の一部が無残にへこみ血が流れ続けてはいるが、生体反応らしき動きはしている。それでも早く病院に運ばなければ死んでしまうほどの怪我なのは、一目瞭然だ。

「それで——」

 ぞくりと寒気。ただの言葉にも関わらず、肌に突き刺さるこの感覚は一体なんだ。

「そこのあなたは、一体ラダルと何を話して——」

 パアン、と。

 凍りつくような殺気の込められた声を、しかし一発の銃声がかき消した。ラダル君の横たわる方向からの発砲音。逢瀬牧は余裕を持ってゆっくりと視線を私から持ち上げて、音の主である集子に目をやった。

 集子は、明らかに怒っていた。見たこともない程の鋭い目つきで逢瀬牧を睨み付け、青筋を立てている。銃口はすでに二つとも彼女をとらえていて、腕に力が込められているのは遠目からでもよく分かった。

 そうして集子は、深く重い怒声を上げた。

「——何やってんのよ、お前」

 逢瀬牧はしかし、集子の言葉を無視して口を開く。

「ああ、あなたが挑御川集子ね。こっちの世界ではよく耳にした名前だわ。あの挑御川重雅と挑御川桜菜の娘ってだけでもすごいのに、あなた自身も数年前までは正義ギルドで私たち相手に闘っていたんでしょう? ねえ、万武の舞姫さん?」

 集子は正義ギルドにいたのか。いや、それくらい推察できていてもよかったことだ。正義ギルドに所属している父親と、ずっと一緒に参加していたのだから。

 それよりも驚くべき事実。それは——

「……正義ギルドと闘っていたって言い方からしてお前、犯罪ギルドの人間よね。まったく、お父さんも当てにならないんだから。いるじゃない、強そうな敵が」

 集子の言葉に、三日月のように薄く唇を曲げて言葉を返す逢瀬牧。

「仕方がないわ。いくら挑御川重雅だとしても、私はレース初参加だから一見したとしても分かりっこない。

 そうね、自己紹介をしましょうか。私は逢瀬牧。犯罪ギルド『グロリアス・デモンズ』の幹部をしているの。新米だけれどね」

 その余裕を含んだ言葉に、集子はあからさまに引きつった表情を見せた。

「お前が、逢瀬牧? それよりも『グロリアス・デモンズ』って超有名どころじゃない。そんな強力な犯罪ギルドがなんでこんな小規模のレースに参加してるのよ」

 苦笑して、女はえらそうな口調で言った。

「聞かれて、言う馬鹿はいないわよね。まして今回一番の障害でありイレギュラーである挑御川重雅、その娘なんかに。なんではこっちのセリフよ。挑御川重雅がいるなんて、予想外もいいところだわ。正面切って闘うことになったら面倒じゃない。

 まあそっちはいいの。そもそもの目的は娘であるあなたの方だから。もう私がレースに参加していることも言ったから、そこの男がラダルと話していた内容もどうでもよくなったし」

 急に言及されて、ホッとしてしまう私は情けないのだろう。集子は睨み付ける視線を奴に向けたまま私を呼ぶ。

「緋板先輩、その女から離れてください」

「言われずともそうするさ」

 若干気になる言い方だが、そんなことよりもあれから離れる方が重要だ。猛獣と同じ檻に入っていたような緊張感からようやく解放されるのか。体中が冷や汗でびっしょり濡れていて、気持ち悪いことこの上ない。

 私は早足でその場から離れる。集子の後ろに隠れてしまいたい衝動を抑えて、何とか隣に立つ。それだけでも恐怖による緊張感は薄れ、息を吐いた。久しぶりに呼吸をしたかのような気さえする。

 集子は私よりも大きなため息をつく。そうして表情もいくらかやわらぎ、

「無事でよかったです」

 とはにかんだ。そこまで心配していてくれたのか。その事実をうれしく思うも、しかし私は薄情だ。自分の心配事が消えた瞬間に、ようやく逢瀬牧の言葉が頭をよぎったのだから。

『私の目的は、娘であるあなたの方』

 再び緊張感がぶり返し、心配の瞳を彼女へ向けた。すると一瞬こちらを見て微笑むも、すぐに逢瀬牧へ視線を戻した。

「それで、私が目的ってどういうことよ」

 強い口調で、向けている銃口をピクリとも動かさずに聞く集子。対する逢瀬牧は、パキパキと指を鳴らしながら無機質な視線を向けて言った。

「計画の修正よ。あなたを倒しておかないと計画がきちんと回らないの。いえ、実を言えば倒す必要はないのよね。あなたが『境界線の消失』を諦めてくれさえすれば」

 今の言葉で一つ、新たに判明したことがある。逢瀬牧は先ほど集子に対して、計画は話さないと言ったはずだ。しかし集子を倒す理由はアーティファクト『境界線の消失』だとはっきり言っている。

 つまり奴の目的の中に『境界線の消失』を手に入れることは含まれているが、それが全てではないということだ。他にも目的があるようだが、それは分からない。最終目的さえ分かれば、重雅と正義同盟が何とかしてくれる可能性が生まれるのだが。今の状況では敵に対して後手にしか回れない。しかしそれは強力な犯罪ギルドの幹部相手には危険極まりないということは、素人考えでも分かる。

 集子は奴の提案に、鼻を鳴らして答えた。

「ふざけないで。犯罪ギルドの都合に合わせる訳ないでしょ。そもそも誰であろうと、このアーティファクトを譲る気なんてないから。

 そういうまどろっこしいのはもういいってのよ。どうせお前も『境界線の消失』を目的のアイテムに設定してるんでしょ? だったら決闘しかないじゃない。淑女ぶっちゃってさ、端から闘う気満々の癖に。そんな重厚な殺気振りまきながら緋板先輩の隣に立った報い、受けてもらうから」

 闘う動機が変わったような気がしたが、そのことへ思考を巡らせる前に集子はこちらを向いて言う。

「すみません先輩。ずっと見てるだけなんてつまらないですよね」

 それには頭を振って答える。

「そんなことはないさ。集子が闘うところは見ていて楽しいからな」

 すると私の言葉に、困ったような笑みを浮かべた。

「そうですか。でも、これから行われる闘いは見ていて楽しいものには、たぶんならないと思いますよ」

「おい、それはどういう——」

「緋板先輩」

 言葉が、まっすぐこちらを見つめて紡がれた彼女の声にかき消された。

「さっきよりも離れたところで見ていてくれると、助かります。それと、これから言うことはお願いじゃなくて……約束です」

 余計な言葉をはさむ雰囲気ではない。

「なんだ」

 そうして集子は約束という言葉には似合わない、願うような表情で言った。

「もし私が負けたとしても、逢瀬牧には挑まないでください」

「それは、お前、」

 こちらの返事を聞くこともなく、集子は視線を敵へと向けた。同時に左に持つ銃を私に向けて、

「離れてください」

 という無機質な声。押し黙り、何を言うべきかを考える。だが、適当な言葉は見つからなかった。

 「勝てよ」とも、「弱気だな」とも言えなかった。どんな言葉でも、今言うにはあまりに軽い気がしたからだ。

「……」

 無言で向かい合う二人から離れる。一瞬、集子の視線が向けられた気がした。後悔するような、懺悔の表情。しかしその一瞬で彼女を勇気づける何かをできるわけもなく。もうすでに銃を向き直し、視線はゆるぎなく、逢瀬牧へと向いていた。

「……ぬるいのね。銃口を一つ私から逸らすなんて。不意打ちされたらどうするつもりだったの?」

 逢瀬牧は背に掛けていた剣を握り、正面へ構えながら言った。その剣は昼の映像で見たものと同じ、フォーマルな長剣だ。そこそこ重量がありそうな剣を、奴は軽々と片手で握っている。

 集子は銃口を向けたまま、取り付けられたメモリを早々にいじっている。そうしていまだ聞きなれない高音を鳴らし始めてから、口を開く。

「お前は一対一と正々堂々が好きなタイプでしょ。近くにいた先輩を人質にしない時点で、こすい連中とは違うような気がしたから。まあ、ラダル君にはひどいことをしたみたいだけど、身内みたいなものだし。

 それに経験則として、自分の力に自信のあるタイプは正面切った力勝負を挑みたがるからさ」

「それがぬるい考えだと言っているのに。……まあいいわ。後がつかえているのよ。さっさと終わらせて次の仕事をしないと」

 風の吹かない、会話だけが響く公園に、いらだった歯ぎしりの音が耳に届いた。

「……どっちが舐めてんのよ!」

 突如として闘いが始まった。集子はラダル戦とは比べ物にならない速度で引き金を引く。銃声は二発。しかし放たれた銃弾はそれよりもはるかに多かった。公園で重雅が見せた神業と呼ぶべき高速銃撃を軽々とやって見せたのだ。しかも放たれた銃弾はその全てに違った変化が掛けられているようで、さながら散弾銃のように、奴の周囲を埋め尽くす勢いで迫り来る。避ける隙間などない攻撃が襲いかかっていく。

 しかし狙われた逢瀬牧は驚くべき動きを繰り出した。変化した銃弾に驚いた表情を見せたのは一瞬。予測など出来ないだろう銃弾の動きを見切ったように、最も弾の軌道が重ならない場所へと移動したのだ。

 だが全てを避けるのは厳しいだろう。そうして奴に迫る最低限の銃弾二発。当たる! と、私が確信した瞬間だった。

 逢瀬牧は手に持つ大剣を振りかぶり——、向かってくる二発の銃弾を、剣の腹で思い切り打ち返したのだ。

 打ち返された銃弾は、速度を増して集子に向かう。驚愕の表情で全く動けなかった集子だったが、しかし銃弾は二発とも左頬を掠めるだけでことなきを得た。しかし下手をすればそれが直撃していた事実に対してだろう、ブルリと体を震わせた。

 逢瀬牧は追撃をしなかった。ただ武器と掌の感触を確かめるように、二、三度結んで開くのみ。

 深いため息をついて、集子は苦笑いで口を開く。

「……銃弾を撃った相手に弾き返すとかどんな超人よ。お父さんでも出来るかどうか分からないのに」

 手の確認を終えた逢瀬牧は再び剣を構えつつ、返事を返す。

「普通の銃弾だったら、こんなにもきれいに弾き返せないわよ。放たれた銃弾が球体に見えたから、「ああ打ち返しやすそうだな」と思っただけ。

 さあ今度は、私から行かせてもらうわよ」

 右手に持つ剣を左に振りかぶり、走り出した。

「近づかせない!」

 集子は妙な構えを取り、それを迎撃体勢としたようだ。左の銃口は正面の敵を捉えたまま、右手の銃は誰もいない右方向へ向けている。見るも恐ろしいスピードで走りこんでくる逢瀬牧に、左の銃の高速銃撃で弾幕を張る。少し遅らせて、明後日の方向を向く右手の銃を撃ち始めた。

 弾幕に対して、逢瀬牧は一度は剣の腹で複数の銃弾を弾き飛ばす。しかし次々と向かってくる銃弾に対してその全てを弾き返すのは困難のようで、避けを多用しつつもその足は止まった。しかしジリジリとお互いの距離は縮まっていく——

 瞬間、正面の銃弾に気を取られていた奴は左から来る銃弾に気が付いた。とっさに回避のため、後ろに下がる選択を選ばざるを得ないようだ。右手で剣を持つ彼女は、左から来る銃弾をあからさまに受けづらそうに、避けづらそうにしている。かといって持ち替えるような隙を集子が与えるわけもない。

 逢瀬牧は今度はジリジリと後ろへ下がり、自身の攻撃など一切届かないような距離への後退を余儀なくされた。そこまで下がると集子の放つ銃弾と距離が生まれる分、奴は剣で受けたり避けたりを余裕を持って行えるようになったようだ。

 しかしそこで集子の弾は尽きたらしい、銃撃を止めて素早く弾の補充を行った。

 逢瀬牧がその隙をつかなかったのは、お互いの距離が離れすぎていたからだろう。代わりに疲れたような口調で言葉を吐いた。

「私が全く前へ行けないなんて、とんでもないわね。曲がる銃弾で『疑似的な二体一』を作り出し、その上死角から銃弾が飛んでくる。銃の装弾数も桁外れね。普通の銃弾だとかさ張るけれど、丸い銃弾だとより多くの弾が一度に込められるというわけ、か。

 厄介だわ、あなた。さすがはサラブレッドと言ったところかしら」

 楽しげな逢瀬牧に、集子は自嘲するような笑みを浮かべて言った。

「それは弾を数発、しかも掠り当たりしかなかった自分自身を褒めてるようなもんよね。まあ、それは置いとくとして。

 あんたさっきからさ、相手の利点をわざわざ口に出すのは何で?」

「先ほどのあなたの真似——というのは冗談よ。敵の特徴をペラペラ話すのは私——というか師匠の癖だからうつってしまったのよ。確かにこうした方が頭がよく回るわね。敵をよーく分析して、攻略法を見出すという自分のスタイルにも合っているから。

 それで——、こういうのはどうかしら」

 逢瀬牧は剣を左手に持ちかえて、空いた右手で服の中をまさぐった。そうして取り出したものを、視認する隙も与えないままに集子をめがけて振り投げた。正体は分からない、しかし鋭く尖っていることだけは何とか把握できた。

 集子は、流麗で無駄のない動きで放たれた『それ』に対して反応を遅らせる。銃弾で撃ち落とすことは出来ず、横に大きく跳んで何とかという様子で『それ』の回避に成功した。

 地面に突き刺さる『それ』を見て、私はようやく正体を把握する。薄い刃だ。逢瀬牧はまるでカッターナイフを無理やり取り出したようなものを、さながら手裏剣のような手際で投げたのだ。

 集子は何とか不意打ちの刃を避けられたが、その代償は大きかった。明確に生まれた隙を、敵が逃すはずもなく。まるで隙が生まれるのを見越していたかのように、奴は刃を投げた瞬間にもう走り出していた。

 その方向は意外にも正面ではなかった。集子に突撃するのではなく、集子の周りを回るように、左方向へと走っている。その間、体勢を立て直した集子は銃口を向けるも、逢瀬牧が走りながらも次々放ってくる刃を撃ち落とすので手いっぱいに見える。一回の投擲で四本ほど飛んでくるそれを全て撃ち落した時には、奴は違う場所から刃を放ってくる。

 まさに防戦一方といった様子だが、しかし集子の表情はそれほど深刻には見えなかった。そもそも迫る刃は必要最低限の銃弾で撃ち落としているのだ。逢瀬牧の投刃は不意をついてくるわけでなく、走りながら投げるというそれだけを続けている状況。ある意味、拮抗した平和な状態だとも言えるかもしれない。

 だがそれはあくまでも、微妙な均衡のつり合った不安定な状態でもあるわけで。

突如として平和は崩れた。

 崩れたのは集子の方だ。その理由は単純明快、投刃を迎撃し続けた末の弾切れだ。逢瀬牧は拮抗した状態をわざと作り出すことで、必然的に弾切れを引き起こしたのだろうか。いや、それにしても敵の方は一体何枚の刃を隠し持っているのだろう。集子もまさか思わなかっただろう、消耗戦において銃弾よりも手投げの刃の方がもつなどと。

 消耗戦という言い方をすれば、集子が負けたわけではない。彼女の持つ銃弾の方が、逢瀬牧の刃よりも絶対数としてはるかに多いはずだ。

 だが残弾数が勝っていても、装弾数を考えた場合にはその不等号は確定ではなくなる。敵は自分の持つ刃の数に絶対の自信があったからこそ、集子の弾切れを狙ったのか。

 いや、分析して攻略法を見出すと言った彼女がそんな賭けに出るとは考えにくい。しかしそうなると戦闘の初期段階から集子の放った銃弾の数を数えるしかない。一体どれだけ先を見据えて闘っているのだ、逢瀬牧は。

 私の仮定を裏付けるように、相手の周到な攻めが続く。集子が弾切れを起こしたその時、逢瀬牧の目の前にはラダル君を殴りつけたハンマーが転がっていた。にやりとうまく言った風の笑みを浮かべると、走る勢いそのままにハンマーの取手を掴んだ。走る速度をそのままハンマーに乗せて、その勢いが十分だと悟ったのだろう。途端に急ブレーキを踏んで、勢いを回転エネルギーへと変換した。腕を宙で回し一回転、二回転。空気を切り裂き、遠くから見ても恐ろしい程のエネルギーをハンマーに宿して。人ひとりなど簡単に殺せる凶器を集子へ向けて、躊躇なくぶん投げた。

 迫り来るハンマーに対して、集子の弾込めは明らかに間に合わない。いや、間に合ったところで何ができるというのか。圧倒的に質量の違う鉄球を前に、集子の銃弾など弾かれてしまうだけだ。思わず集子! と泣きそうな声で叫んでしまう。

 迫る危機に歪んだ表情が垣間見えた。しかしそれを見せたのは、一瞬だった。

 集子は手に持つ空の銃器二丁を、ふわりと上へ投げたのだ。きれいな回転で宙を泳ぐが、しかしそちらには目もくれない。そうして膝まであるフリルのスカートをバッと翻し、太ももをあらわにした。思わず注視すると、太ももには投げた銃とはまた違った形状の銃が二丁、取り付けられたホルダーに仕舞われている。がむしゃらな動きでそれらを取り出し刹那で構え、驚くべき反射速度で引き金を引いた。

 銃弾は二発。一発は飛んでくるハンマーの横をすり抜けて、逢瀬牧へと向かっていく。そうしてもう一発。少し大きめに見える銃弾が、まるで吸い込まれていくかのようにハンマーへと向かって——。

 二つの鉄球が衝突した瞬間、突如として爆発を引き起こした。

 あっけにとられた私の鼻に、爆風によってこびり付くような火薬の臭いと、ムワリとした熱が掠めていく。爆発に巻き込まれたハンマーはあさっての方向へと勢いよく吹き飛んで、ゴロゴロと地面に転がった。

 そうだ、もう一発。私は意識を逢瀬牧と——放たれたもう一発の銃弾へと向けた。しかしその瞬間、奴の様子がよく見えなかった。

 逢瀬牧の周りが突然、カッとまばゆい光に包まれたからだ。この距離からでも、おそらく集子の距離からでもそれはただの光にしか見えない。だがその光に包まれている人間はどうなのか。その答えは、結果として表れていた。

 まばゆい光はすぐに消え失せ、姿を見せた逢瀬牧は剣を地面に落としていた。そうして両手で目をぐりぐりと押さえて——、口元がハッと開いて、目を閉じたままに顔を正面へと向けた。

 その顔の先にいる集子は、勝利を確信した勝気な笑みを浮かべていた。

 そうしてようやく、先ほどの閃光が集子の仕業であることに気が付いた。銃弾に爆薬を仕込んでいたのだ。光を放つような弾を持っていてもおかしくはない。隠していたことから、この二つは彼女のとっておきなのだろう。

 結果として集子はそのとっておきで、逢瀬牧にとって決定的な隙を作り出した。

 手に持つ二丁の銃を投げ捨てて、目の前に降りてくる、放り投げていた銃を手に取った。流れるような動作で弾込めを済ませ、全弾を撃ち尽くすような勢いで、逢瀬牧へと弾を放った。すさまじい数の発砲音。どの弾も縦横無尽に変化を加えられていて、例え見えていたとしても避けることは困難だろう弾幕。銃弾が面でもって奴を襲った。

 私は今度こそ確信した。これは避けようがないと。全ての弾が直撃して、集子が勝利者になるのだと。

 しかし決定的な隙をあらわにして、危機的状況を目の前にして、勝利を確信する私たちの前で、逢瀬牧は再び嫌な予感をさせるような奇妙な動きをした。

 目を押さえていた両腕の力を抜いて、ダランと自然体——腕がまるで神経が通っていない肉塊のようになった。前かがみになり、体から力という力が抜けていくのが見て取れる。表情もなくなり、口はだらしがなくポカンと開いた。力を抜いたせいか、膝が体を支えられない風にガタガタと震えている。そうした状態で、体全体をユラユラと揺らしていた。

 まるで吹けば倒れそうな姿。先ほどまでの自信ありげな姿からはまるで想像も出来ない。だがそれでも何かをしでかすような、うすら寒い予感が背筋を襲った。

 だが当然、逢瀬牧は最初に放たれた一発目の銃弾をまともに受けることになる。ちょうど体の中心、腹の部分にめり込むように集子の弾は直撃した。

 だがそこからが、いつもの光景とは違っていた。サンドバックと表現できるほどに力の抜けた逢瀬牧の身体は、その銃弾一発で吹き飛んでしまったのだ。ハンマーの直撃を受けたラダル君のように、意志なき人形を思わせるほどの軽々しさで。拍子抜けするほど簡単に彼女の身体は宙を舞い、地面に墜落。数回のバウンドののちグデンと草むらに横たわった。

 決着だ。確かに危ない勝負だったが、結果として集子は勝った。それも闘技場で三十連勝もするような怪物を相手に、だ。私は誇らしい気持ちで彼女の元へと駆け寄り、声をかけてやる。

「本当にすごいなお前は。まさかあんな奴に勝つとは——」

 言いながら集子の表情を見る。だがその顔は驚きと戸惑いに満ちていた。

「——どうしたんだ。何か不安なことでもあるのか。それよりもまずは、この勝利を祝っていい気もするが」

 気軽な口調でそう告げた瞬間、バッと集子はこちらを向いた。そうして苦々しげな表情で焦るように言う。

「先輩、気が付いてないんですか。私の弾、避けられたんですよ?」

「何を言っているんだ。確かに当たっただろう。体の中心に、直撃だ。現に逢瀬牧はああして吹き飛んで——」

「違いますよ。私が撃った残りの四十九発を避けられたんです。一発当たることと引き換えに、それも目も見えない状態で。こんな相手、生まれて初めてですよ。とんでもないです。人間業じゃない」

 あれは結果として、そういうことになるのか。だがしかし、私はその説明を聞きつつも顎をポリポリと掻きつつ言った。

「確かに逢瀬牧はどんでもないのかもしれん。それでも集子、お前はそいつを倒した。それなのに何故——」

 集子はかぶりを振って、強い口調で言った。

「倒してないですよ。だから先輩は下がっててください。犯罪ギルドの幹部が、たった一発の銃弾の直撃で倒れるなんて、そんなことは絶対にないですから」

 だったらあの吹き飛び方は、と聞こうと口を開いたその時だった。ピクリとも動かなかった逢瀬牧が、何ごともなかったように立ち上がったのだ。

 そうして奴は薄笑いを浮かべながら、しっかと集子へ視線を向けて、淡々と言葉を紡いた。

「よく分かっているのね、さすがだわ」

 すかさず集子は言い返す。

「私はね、自分の銃弾を受けた人間がどういう反応をするのかを、それこそ何万回も見てるの。お前の投げたハンマーじゃあるまいし、小さな鉄球一発で人が吹き飛ぶわけがない。現にお前のような吹き飛び方をした敵は、これまでいなかったしね。

 本当に化け物よね、あんた。つまりは脱力して、鉄球に対して体が反射的に行うふんばりや我慢を一切捨ててから、体に弾が当たったと分かった瞬間にその方向へと自分で跳んだってところ? 私がどういう風に弾を放ったのかも読んだの?」

 話を聞くも、しかし信じられなかった。あの一瞬でそこまで思考や行動が回るものなのか。そう思って視線を向けてみると、彼女はニコリと笑うだけで何も言わない。だが身にまとうその余裕が、むしろ雄弁に物語っているように思えた。

 そうして逢瀬牧は一つ咳をして、話を変えた。

「……疲れているわよね、あなた。視力を失った私に対して弾を撃った時に、引き金を引く速度が明らかに遅かったわ。その高速銃撃にはかなりの体力を消費するのかしら」

「さあ、ね」

 と言う集子は明らかに強がっていた。近くにいる私には、彼女がずっと小さく息を切らしていることが分かっていた。そしてそれを看破できないほど、奴の目は曇ってはいまい。

「それでまた話が変わるけれど、あなたの奥の手には驚かされたわ。まさか爆破する弾に閃光弾なんてねえ。レトロだけど、だからこそ効果的だったわ。あの危機的状況を好機へ逆転させるのは、見事の一言よ。

 だけどあの二発の弾、あそこで使うのはとってももったいなかったわね。一つ教えてあげるけれど、奥の手は最後の決定的瞬間まで取っておくべきなの。戦況を不利から有利へと進めるために使うのではなく、有利から勝利へと導くために使うべきだった」

 その言葉に対して、集子は力強く反論する。

「急に説教くさいこと言って、何が目的よ。そもそも私は、勝つために奥の手を使った。あなたの言葉はもっともだけど、こっちがそうしていないみたいに言うのは間違ってる」

 明確に苛立った言葉。しかし逢瀬牧はクスクスと笑って言った。

「さっきのがまさか、勝機だったと思っているの?」

 せせら笑いながらどこか楽しげに言葉を紡いでいる。集子はそれが不快なのだろう、乱暴に口を開いた瞬間、それを遮るように奴は口をはさんだ。

「そうして話は戻るのよ。高速銃撃の速度が遅くなったという話ね。

 さて、問題です。先ほどあなたの高速銃撃が遅くなったと言いました。それによって私は、一体どのような情報を知ったでしょうか。

 ヒントはね、『私はあなたの銃の弾数を、見て数えていました』。さあ、考えてみて」

 突然言い渡される問題とやらに、集子はほんの少しの戸惑いと深い疑念を覚えたようだ。目つき悪く、眉間にしわを寄せて逢瀬牧を見つめている。見つめられていた相手はどこ吹く風の薄い笑みを浮かべていて。

 集子はため息をついてから思考を巡らせるように唇を舐めた。

 私も考えてみよう。まずは状況の整理から。高速銃撃を行っていて、その速度が落ちた状況。おそらくは弾切れを狙った後半の闘いだろう。そうして弾が遅くなっていき、逢瀬牧は何かの情報を得た。だが、これ以上のことを問題文から考えるのは難しい。『どのような情報』という言葉はあまりに範囲が広すぎて、考えるにしても絞りきれないからだ。

 次にヒントについて考えよう。銃の弾数を、見て数えたという言葉の意味。あれは弾切れを狙っていた後半の闘いにおいて、逢瀬牧がその作戦で最も大事である『集子が持つ銃の装弾数』を把握するために、放たれた弾を見て数える方法を取ったことを意味していると思われる。

 ヒントとしてわざわざ言うからには、弾数を数えたことが何か重要なのだろう。そこから推論なしで得られる情報として、『見て』という点が新情報なわけだ。だがそれ以上、そのヒントの言葉から情報は得られない。『見て』以外の言葉にはつけ入る隙のない、いわば変換不可の部分だ。だからこそ、『見て数えていた』ことこそが、唯一無二のヒントのはず。

 だが疑問なのは問題文とヒントから得た重要情報、『高速銃撃が遅くなったこと』と『銃弾を見て数えていたこと』がどうにも繋がらない点だ。

 私は仮説として、高速銃撃が遅くなったから見て数えられるようになったのではと考えた。しかしそもそも前半の戦い——初めて高速銃撃を披露した時点で、逢瀬牧は弾を数えられていたはずだ。だからこの仮説は間違っている。

 そこでふと、ある事実を思い出した。後半の闘いの状況を整理するにあたって、重要なことを見逃していたのだ。

 それは後半戦のある場面で、『逢瀬牧の視力が失われている時間帯があった』ということ。ああそうだ、何故忘れていたのだ。その事実があるならば、全てが繋がるというのに——。

 銃弾の枯渇を狙うために、逢瀬牧は放たれた銃弾を見て数えていた。

 だが視力を失っている時間帯があった。

 その瞬間、集子は大量の弾を撃った。

 弾切れを狙う逢瀬牧は、当然放たれた銃弾の数を把握したかった。

 集子の高速銃撃は、本来の速度よりも落ちていた。

 視力を失っていた奴は、それを知っていた。または気が付いた。

 それは何故か。答えは一つだ。『視力を失った逢瀬牧は集子の放つ銃弾を数えるのに、銃の発射音を用いた』のだ。私が聞いて数えられる程に、銃の連射速度は落ちていた。

 つまり奴が得た情報とは。彼女がここまで得意げである理由は——

「気が付いた時には、もう遅いのよ」

 十数メートル離れたところに立っていたはずの逢瀬牧は、いつの間にか移動して、地面に転がっていたはずの剣をすでに手にしている。印象的な薄い笑みを浮かべ、最初に現れた時のような、異次元と呼べるような気配を漂わせて。

 集子も問題の答えに気が付いたようで、表情を青ざめるもそれは一瞬。急いで銃の残弾数を確認して——、空になっていたマガジンを捨てた。

 そう、それこそが逢瀬牧の勝機だ。弾切れを狙った——だけではない。言葉巧みな誘導によって剣を手にする時間を稼ぎつつ、弾切れになっている事実に気付かせないことこそが目的だったのだ。

 集子は明らかに戸惑った様子で新しいマガジンを取り出して、それを銃に入れようとする。

 だがその隙を。最大限の勝機を。逢瀬牧が見逃すはずはなかった。

 焦る集子に、彼女は楽しげに言い放った。

「そうして私は繰り返すの。『奥の手はね、最後の決定的瞬間まで取っておくべきなのよ』と」

 瞬間、逢瀬牧は姿を変貌させた。私は己の目を疑った。見間違いだと、そうに違いないと思った。そんなもの、あるはずがないと。

 だが、見間違いではなかった。幻覚でなく、それは確かに存在している。圧倒的な存在感で威圧するように、それは突然現出した。

 逢瀬牧の背中に、まるで夜空を圧縮したかのように深く輝く、一対の翼が現れたのだ。

 あまりに不思議な光景に私は一瞬心を奪われて、思考を忘れて魅せられる。隣にいた集子もそうだ。焦ることも忘れて、奴の背に生える『輝く夜空の翼』とでも表現すべき異形に目を奪われていた。その状態が危険だと分かっている。分かっているにも関わらず、その思考は遥か彼方へ消え失せて。

 まるで初めて宇宙を見た時のような、途方もない満足感を得てしまった。

 そんな逢瀬牧が一歩踏み出したと、思った瞬間だった。

 私は人間が、消えたように動く様を始めて見た。ハッと我に返り、慌てて周りを見渡す途端に強烈な風が吹いた。電車が目の前を通り過ぎたような圧迫感のある風。体が硬直して背筋が凍る。それでも逢瀬牧を見つけようとしていると、違う事実に気が付いた。

 先ほどまで傍にいたはずの、集子がいなくなっている。そう思った途端に、

 ぐちゃ

 後ろから、何かが潰れたような鈍い音がした。バッと振り返り、その光景を目に入れて——絶叫が漏れた。

 そこには、ここから二十メートルは先にある噴水へ無造作に叩きつけられた、血で真っ赤に染まった集子がいた。 その目の前には揺らめく黒い翼を生やした逢瀬牧が立っていて、集子の頭をわし掴んでいる。

 間違いない。アイツをあれほどまでに痛みつけたのは、奴が引き起こした化け物じみた加速が原因だ。

 呆然としていたとはいえ、先ほどまで互角だったはずの二人の立場は完全に決定していた。血まみれの剣を手に見下ろす逢瀬牧と、苦しそうなうめきを上げ、見上げることもできない集子。決着は、着いてしまった。

 待て、血まみれの剣? 状況を見るに、集子の出血は噴水に頭を叩きつけられたことによる出血だ。今見える所には、切り傷は全く見当たらない。つまり怪我はあそこだけではない——?

 心配する私は、しかしその足を集子の元へと向けることは出来なかった。強盗現場に居合わせた一般人のように、恐怖で足がすくんで動かないのだ。

 集子を一瞬で蹴散らしたあの動き、いやその前から見せている超人的な動作の数々が網膜に、記憶に焼き付いている。逢瀬牧の圧倒的な強さが心を凍りつかせる。そう、死だ。今私があそこへ向かったならば、死ぬかもしれない。それも虫けらを踏みつぶすようにあっけなく。怖い。それはあまりにも怖かった。

 死んでもいいと思って生きてきた。けれどファリジア・レースに参加して、闘技場に出場することで覚悟が生まれた。命を賭ける覚悟。レースに全力で挑もうとする覚悟だ。それは私を死にたくないし生きていたくもないなどという中途半端なままではいさせなかった。死に挑み、生を得るという感覚を確かに掴んだはずだったのに。

 だが気が付いた。風向緋板という人間は覚悟せず恐怖に直面すると、何をすることも出来ない。恩人が目の前で傷ついていても、自分の身可愛さに何もしない卑怯で臆病で、最低の人間だったのだ。

 厚い厚い心の皮を無理やりに剥がされた。そうして見えた風向緋板の正体はなんてことのない、腐った肉塊だった。それは認めたくない、確かな真実。

 逢瀬牧は掴んでいた頭をさらに上へと持ち上げた。すると集子の身体全体があらわになり、腹部に痛々しい切り傷があるのが見えた。

「ほら、武器を捨ててお腹を押さえないと、内臓がはみ出してしまうわよ。そうなったら確実に死んでしまうのだから、結論は一つだと思うけれど」

 集子の表情は見えない。だが少しの間の後、手に持っていた二つの銃器を地面に落として、ギュッときつく、自分の腹を押さえた。

「それでいいの。大人しくしていたら命はとらないからね。

 ……さて、決着はついたわけよね。だったら正直に言わせてもらうけれど、挑御川集子。あなた本当に強かったわ。実力の総量を数値化したとしたら、私とあなたはほとんど互角だと思うの。この超能力を含めてもね。

 けれどあなたは負けた。それにはきちんとした理由があるの、分かっている?

 まず一つ目に、相性の差が一番大きかったわね。ほとんど確実に銃弾を避けられて、その上弾を弾き返せる私は闘いにくい相手だったでしょう。それでも色々考えて、よく闘ったとは思うけれど。

 二つ目に、たかが二連戦でバテすぎね。それもラダルなんかに体力を使っているようではもうダメ。もしも私がラダルとの戦闘後にあなたに突然襲われたとしても戦闘クオリティは変わらないわ。けれどあなたはきっと、大きく変わってしまうのよね。それが私とあなた、一番の差よ。

 三つ目には何故だかよく分からないけれど、あなたは自分の服を汚すのが嫌だったみたいね。最初に私が投げた飛苦無とびくないの避け方とか、あまりに大仰すぎたわ。服を気にして敵に隙を与えることをよしとする時点で、あなたは戦闘に真摯ではなかった。負けて当然ね。そんな動きにくそうな服を着てくるなんて、馬鹿のすることよ」

 つらつらと集子の欠点を述べていく逢瀬牧。その最後の一つに、私は酷く驚かされた。今日プレゼントした服を気にするあまり、実力を制限されていたという事実。黒い後悔と罪悪感が心にとめどなく押し寄せて、泣きたい気持ちになった。何をやっているのだと、自分を怒鳴り散らしてやりたい。つもりはなくとも、私は足を引っ張って集子に大怪我をさせてしまったのだ。


 絶望の世界から連れ出してくれた恩人に対して、私は何もできないでいる。

 逢瀬牧は言葉を切ると、満足げにため息をついた。言いたいことは全て言ったようだ。彼女はそうして思考を切り替えるように、さて、と呟いてから言葉を紡いだ。

「それでは挑御川集子。あなたの端末を取らせてもらうけど、当然異論はないわよね。あったとしても関係なく奪うのだけれど」

 パッと手を放した。すると集子は受け身も取れずに、うずくまるように地面に倒れこむ。そうして奴は集子の身体をまさぐって、ほどなくして端末を奪い取った。無抵抗で端末を奪われるその瞬間も、じっと奴の手に握られる端末を、彼女は悲しげに顔を歪ませながら見つめていた。

 そうして心からの悔しげな言葉を漏らす。

「……お母さん、ごめんなさい……」

 集子は私に聞こえるほど強く歯を食いしばる。そして泣いているようにも、叫んでいるようにも、怒っているようにも聞こえる悲痛な叫び声を上げた。傷口から手を離して、血まみれの両手で頭を抱え、己を呪うような絶叫は公園中に広がって——、

 私の心をグラリと揺らした。

「うるさいわ」

 逢瀬牧の容赦ない声質は、叫び声の中でもよく響く。手に握る剣を大きく翻して、彼女は信じられない行動を起こした。集子の、血であふれた腹の傷に、剣の面を強く叩きつけたのだ。体は小さく持ち上がり、一瞬宙に浮く。そうして二転三転と転がると鋭い痛みの声を上げて、呪いの叫びはくぐもったうめき声へと変化した。

 奴の剣はぐっしょりと集子の血で濡れているが、本人はその事実に一切気を留めない。手にした端末を手際よく操作して、それを無造作に地面へ捨てた。おそらくアイテムを変更し終えたのだ。

 目的を終えた逢瀬牧は、無残に倒れこむ集子を一瞥する。それからテレビで見た時と同じ、一仕事を終えたような疲れた表情を浮かべて言った。

「家族程度でさびしい女ね。さびしくて、心底みじめだわ」

その一言を、集子が聞いていたのかは分からない。体を小さく丸め込み、震えながらすすり泣く姿は、確かにみじめに見えた。戦闘中にあれだけ輝いて見えた彼女はどこにもいない。重雅に聞かされていた不安定さが全て露呈したような今の姿は、あまりに孤独で、まるで年端もいかない少女のようだ。いや、おそらくは少女の頃から彼女の芯となる部分は変わっていないのだろう。

 逢瀬牧の発言は、集子の出生を把握した上のものではなかったはずだ。それでも私は、その言葉が許せなかった。家族程度というその言葉。集子にとって家族——両親の存在はとてつもなく大きかったはずだ。自分に関わってくれる唯一の存在だった上に、ファリジアレースというかけがえのない場を教えてくれたのだから。そこで生き残るための戦闘技術コミュニケーションも両親から教わったものだと言っていた。挑御川集子という人間の大半は、両親からの知識と技術で満たされているのだ。その比重は普通の家庭に生きる子供よりもずっと多い。

 私は心の底から許せなかった。恩人が大切にしているものを馬鹿にされたことが。ああそうだ、それくらい深く、強い気持ちでアイツを思っていた。その事実に今更ながら気づかされた。

 すると頭には湧き上がるように血が上っていた。自らの保身や死という感情など、どこかへ消えてしまっている。体も動く。足も、そうだ。だったらやることはただ一つ。それが集子の言葉を無視することだとしても、自重する気はなかった。

 私は怒った(いか)。逢瀬牧の言動と、その行動に。そして無力な自分自身に。例え彼女に悪意がなかろうが、非がなかろうが関係ないのだ。許せないという、ただそれだけの理由でいい。何か行動を起こさなければ気が済まない。自分の中の野蛮な行動を、今この時だけは容認する。

 おそらく生まれて初めて、大切な他人のために感情をむき出しにする——!

 全身に異様な力を込めて、私は地面を蹴り出した。体が熱い。皮膚から火が噴いているような気さえする。息は浅く、吐息も熱を帯びている。対して目の前の逢瀬牧は、突撃するこちらに気が付いても冷ややかな視線を浴びせている。しかし関係ない。

 右親指につけている鋭く磨かれたピックで手のひらを深く切り付け、その上残り四本の指で、えぐるように傷口を掘り起こした。あふれる血潮に鈍い痛み。そんなもの、集子に比べればどれほどか。手に血液爆薬を握った拳を私は、冷静を務める敵めがけて振りかぶった。

 アイツと同じ場所を爆破してやる。そんな悪意の込められた拳を奴の腹にめがけて、全力で突き立てる——

 瞬間、逢瀬牧はまるでかわいそうなものを見るかのような、情けない笑みを浮かべた。だがそんなもの、関係ない。私は速度を一切緩めることなく拳をふるっている。

 その瞬間、意識が加速しているような感覚を覚えると同時に、逢瀬牧が浮かべた笑みの意味を知ることになった。

 私は拳をふるっている。

 逢瀬牧は剣に付着した血液を、一振りで吹き飛ばした。

 私はまだ拳をふるっている。

 奴は右手に持つ剣を、両手で握りしめた。

 いつまで拳をふるっているのか。

 奴は振りかぶり、剣の面を私に向けた。

 そうしてようやく拳が逢瀬牧へと届く瞬間、彼女は私に耳打ちをした。

「あなた、遅すぎるわ」

 言葉が脳へと届くその刹那、奴が振るう剣の側面が腹に叩きつけられた。同時に拳は空を切り——、私は弾け飛んだ。体が地面から離れ、衝撃が全身を貫いて一瞬パニックになる。思考があまりにも真っ白で、まるで交通事故に遭ったような感覚を覚えた。そうして地面に激突し、全身を打ちつける。三転四転五転と転がって、ようやく止まった瞬間に、腹部の激痛を自覚した。

 まるで肉が抉れたような、猛烈な痛み。こらえようとして爪を思いっきり腹部に立てるが、一向に収まらない。むしろ親指につけたピックで腹部を深々と突き刺してしまい、血があふれてくる。脂汗で全身が覆われていき、その煩わしさでさらに強く爪を立てた。頭も段々とふらついてきて、その時呼吸も困難な事実に気が付いた。あまりの痛みで、口を開いても空気は入ってこない。

 朦朧とする意識の中で、逢瀬牧の声が聞こえる。

「弱いのね。手加減したのにこんなにも苦しそうだもの。けれどやっぱり、刃の部分を使わなくて正解よね。あなたには役割があるから死なれては困るのよ。ま、気絶されても困るのだけど」

 私は地面に這いつくばったまま、必死で空気を取り込み問うた。

「役……割……?」

「そう、役割よ。今から言うから、きちんと聞いておいて」

 奴は、倒れる集子を剣で指して言った。

「ほら、あそこにみじめたらしく倒れている挑御川集子がいるでしょう? あれの腹はしっかり切り裂いたから、現在進行形で大量の血が流れ続けているの。しばらくあのまま放置すれば間違いなく死んでしまうでしょうね」

 一瞬痛みが消えて、代わりに血の気がさあっと引いた。背筋が寒くなり、頭には死んでしまった集子の映像が浮ぶ。恐れるようにかぶりを振って、最悪のビジョンを必死になって否定した。逢瀬牧は続けて言う。

「けれどそれは、私にとっても好ましい状況ではないの。ファリジアレース中の殺人行為は違法ではないけれど違反ではあるから、かなり強制力の強いペナルティがかかってしまう。仕事がやりにくくなるのは、面倒で嫌なのよ。

 だからあなたを気絶させないよう手加減をしたわけ。今から応急処置をすれば、挑御川集子は助かるはずよ。この国の医療技術があれば三日もあれば完治する。そもそも致命傷ではないのよ。出血多量以外であれが死ぬことはない。けれど当然急がなければ——簡単に死ぬ」

 逢瀬牧は話の途中で、関節の外れていた私の左肩に蹴りを入れる。鈍い痛みや骨の擦れる音と同時に、不安定だった関節がゴキリとはまる感覚を覚えた。

「理解したわよね。あなたは挑御川集子を病院に運ぶの。いちいち病院に運ぶなんて面倒で時間のかかることはしたくはないのよ。やらなければならないことはまだ、山のようにあるから。

 それではもう行かせてもらうわ。ああ、一つアドバイスを忘れていたわね。あれ、下手な運び方をすれば内臓がこぼれてしまうから、両腕で抱えてあげるといいわ」

 さようなら、二度と会うことはないでしょうけれど——。そう言って逢瀬牧はこの場から、風のように去っていった。

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