犯罪ギルド『デスマスク』襲来
店内に、突然の発砲音が響いた。がやがやと騒がしかった店内は一瞬静まり返り——しかし場に緊張は流れなかった。ここにいる誰もが、異質であるはずのその音に対して驚くほどの冷静さを見せる。その音の出所をただ静かに見つめて、辺りには明確な敵意が漂い始めていた。
私はどこからその音がしたのか分からなかったが、皆の視線の先を見つめてみる。そこには見慣れない男が三人立っていた。一人の男が、取り巻き二人を連れているような格好。拳銃を天井に向けているのは、取り巻きの中心にいるリーダー格らしき男だ。いかつい見た目にもかかわらず、どことなく若々しさを感じた。
その佇まいから、どうやら誰かを狙って撃ったわけではないようだ。ひとまず安心する。
静まり返る店内で、この状況を作り出した男はひるむ様子はない。大勢から向けられる敵意をものともせず、口を開いた。
「挑御川集子はいるか? そいつに俺たちは、決闘を申し込ませてもらう」
思わず重雅を見やると、彼は落ち着いた様子で一つ、咳を入れた。そうしてグースカと寝ている集子をゆすり、起こそうとする。
「おい、お前に客だ」
しかしよく寝ているようで動く気配はない。
「起きなくてもいいんか? やっこさんは決闘をご所望だぜ」
バーコード頭の浩太がそう言うとしかし、電流でも浴びたかのように体をびくつかせてからガバッと飛び起きた。そうして辺りをキョロキョロと見渡して、口の涎をグイと拭いてからポツリと言った。
「……決闘? 決闘ですか?」
今度はこちらを見ながら言った。仕方がないので、状況をいまいち把握していない私が説明する。
「突然店に入ってきて、集子の名前を呼んでな。それから決闘を申し込むということらしい。それで聞くが、決闘とはなんだ?」
コキリと首を鳴らしながら言葉を聞いた集子は、大体分かりました、と述べてからまた口を開く。
「この状況で聞くなんて、先輩はなかなか図太いですね。まあ説明しちゃう私も私ですけど。
決闘はですね、別にこれといった決まりはないです。つまり言葉通りの決闘という意味ですね。だから彼らは単純に、私と勝負しましょうと言っているわけです。
これだとそれほど意味のない行為に思えるかもですけど、意味を持たせることもできます。例えば勝った方が持ちメラを全額相手に支払うとか。もしくは、勝った方が目的のアイテムを変更しなければならないとか」
すると首をひねって、あれ? とつぶやいた。
「どうしたんだ」
「先輩今、私のことを何て呼びましたっけ」
「集子と呼んだな」
「どうしたんですか? 突然」
明らかにうれしそうな声色を滲ませる。聞かれて、いまさら言い間違いなどと言えるはずもなく、
「そう呼ぶ方がしっくりくるんだが、嫌だったか?」
と多少意地の悪い言い方をしてしまった。けれど気にする風もなく、むしろ嬉しそうに、
「いえ、その方がずっといいです。だったら私も先輩のこと下の名前で呼んでもいいですよね」
とはにかんだ。言葉に妙に強制力をつけてくるな。だが女性が下の名前で呼んでくれるという心地よいことを、否定する理由など全くないわけで。
「ああいいさ。その方が気分がいいからな」
「……お前ら、状況分かってんのか?」
苦笑いの重雅に言われて、そういえば今ここは半分戦場なのだということを思い出した。入口を見やると、明らかに機嫌の悪そうな男三人がこちらを睨みつけている。急いだほうがよさそうだ。
集子は懐から、先ほど重雅が飲んでいたものと同じ色のカプセルを取り出してそれを飲み込んだ。途端噴き出す汗を、すかさず取り出したタオルで拭いていく。その手際の良さが重雅との違い、女子力の差だろうか。拭きながら、彼女は入口の男たちに向かって言った。
「私が挑御川集子。何を賭けて決闘するのかと、なんで私を決闘相手に選んだのかを聞いてもいい?」
するとリーダー格の男はその問いに対して、一言で返事をした。
「俺たちが犯罪ギルド、デスマスクだと言えば分かるよなあ?」
それを聞いて、にやりと笑うのは集子の方。
「なるほど、報復ってわけね。それは好都合。芋づる式に出てきてくれるなんて、手間が省けたわ」
「ふん、俺たちを捕まった奴らと一緒にしてもらっちゃあ困るぜ。俺はあいつらの倍は強いからな。それに、戦闘ルールにも変更を加えさせてもらう。一対一じゃなく、三人同時に相手をしてもらうぜ」
私の薄まったコーラをひったくり、ぐびぐびと飲んだ集子は再度吹き出す全身の汗を拭いながら言った。
「こっちは別にいいけど、普通だったらそんなルール変更を認める馬鹿はいないと思うんだけど。もしかして、何か交渉条件があったりする?」
「当然だっての。これを聞けば、お前は必ず俺の条件を飲むことになる」
「別に私は条件なしでも構わないんだけど、一応聞かせなさいよ」
すると三人は、懐から端末を取り出した。そこに表示されていたのは、とあるアイテムの名称。つまり——
「なるほど、確かに条件を飲まざるを得ないってわけね。あんたたちも『境界線の消失』を狙ってるんだ」
「俺たちはお前を倒したい。お前も一気に三人ライバルを減らせる。境界線の消失は一番人気のアーティファクトだからな、敵は減らせる時に減らしておきたいはずだ」
私は少しだけ混乱した。たった今リーダー格の男が出した条件——犯罪ギルドの三人が集子と同じアーティファクトを狙っているという事実が、一対三の勝負を受けてもいいと言えるほどの好条件に思えなかったのだ。
「重雅。相手の出した条件は魅力的なのか? よく分からないのだが」
「お互いにそれなりのうまみがある条件だな。おそらく風向は、敵が出した利益に対して、集子が不利な条件を飲むほどの価値を感じなかったんだろう。だがな、ライバルを一気に倒せるってのは中々にいい条件なんだよ。特に一番人気のアーティファクトの場合はな」
まだよく分からないので、おとなしく話を聞くことにする。
「ファリジア・レースは必ずと言ってもいいほど時間制限つきだ。今回は二週間だな。つまりライバルが多すぎると制限時間以内に、誰か一人に絞り込まれない場合が割と起こったりする」
「なるほど、つまりは選ばれない事態が起きてしまうのか」
「そうは問屋が卸さねえ。それだと貴族連中が同じアイテムを何度も出品できることになるだろう。すると連中は永遠に放映権とコネを得続けることになる。そんなことがまかり通っちまうと、貴族が私兵を送り込んで引き分けにし続けるような事態になる——かもしれねえわけだ。こうなると結果として、興業としてのファリジアレース自体が衰退の一途を辿ることになる。
そういう最悪の事態を避けるために、運営は制限時間終了時に同じアイテムを狙う参加者が大勢残っていても、誰かしらにアイテムを渡さなきゃならねえ。その渡される参加者ってのが選ばれる基準はな、『どれだけの数のライバルを蹴散らしているか』なんだよ。
同じアイテムを狙う者同士で闘うと端末が自動で勝敗をつける仕組みになっているから、戦績がしっかりと出るようになっている。だから早い段階でライバルを倒せる機会があるなら、積極的に狙っていくべきなんだよ」
つまりは判定勝ちの場合に有利になるということか。集子にしてみれば、『同時に三人を相手取らなければならない不利なだけの闘い』なのではなく『同時にライバルを三人倒せるラッキーな展開』と考えているのだろう。
そうして重雅から話を聞いていると、痺れを切らしたようにリーダー格の男が大声を上げた。
「おいまだかよ、ずいぶん待ってんだが」
そう言われた集子は、
「もう終わるから」
と言って立ち上がりながらもう一度汗をサッと拭いた。そうして座っていた椅子にタオルを投げ置くと、もう一度首をコキリと鳴らしながら言った。
「行きましょうか。ああ、緋板先輩もついて来てください」
何故だと私が聞く前に、リーダー格の男が不満そうに声を上げた。
「なんだそりゃ。一対三だって言っただろうが」
「勘違いしないでよ。この人はただの観戦者だから闘うのは私一人。約束を反故にするようなことがあったらあんたたちの目の前で目的アイテムを変えるって、約束してあげる」
まだ文句ありげな男から視線を外して、集子はこちらを見た。その瞳は私という存在を、まるっきり信じ込んでいるようなブレのないものだ。必ずついてきてくれると、そう思っている。信じられたものだな。それとも、理解されてしまったというべきか。
そんな純粋な瞳を向けられると、もう何も言えない。人からの期待など久しく受けていない飢えた心にその気持ちは、さしずめ砂漠に対する一滴の水のような速度で染み渡る。
そうして集子は、自然な口調でもって言った。
「私の闘いを、先輩には見ていて欲しいんです。いいですか?」
返事は決まっている。
「もちろん、行かせてもらおう」
集子は嬉々として歩き出し、それについていく。
そうして店を、五人の男女が出て行くことになった。
暗がりの道に、石畳を踏みしめる音が響いている。先導するのは犯罪ギルド『デスマスク』三人の内の、リーダー格らしい男だ。男はあらかじめ闘う場所を決めていたのだろう、迷いのない足取りで先へと進んでいく。
辺りは暗いが道には覚えがあった。逆順ではあるが、ここは今日の昼に重雅と一緒に通った道だ。そうなると、おのずと男がどこへ行こうとしているのか分かってしまう。そう、公園だ。あそこは確かに広々とした空間があり、現に集子は重雅に対して準戦闘行為を行っていたわけで。四人が闘うにはおあつらえ向きの場所だと思った。
私は早歩きをしているリーダーらしき男を見る。全身を黒のコートで覆った、暖かそうではあるが動きづらそうな服装。背にはいびつなマスクの絵が描かれているが、やけに拙く見えて滑稽だ。髪は百人がそう言うだろう金髪で、なんとなく見覚えのあるような気がするなと考えて、ふと気が付いた。そう、日本でよく見る染め上げたような色艶をしているのだ。その上顔は近くで見ると少々幼く見える。服装や行動、言動ほどの怖さはない。まるで高校生の仮装だなと思って、ハッとした。
この男、もしかするとまだ子供ではないのか?
一度そう思ってしまうと、いよいよそうとしか思えなくなってくる。まずい、緊張感がなくなりつつあるな。どうにかしてシリアスな感情を取り戻さなくては。これはファリジア・レース。命を賭けた真剣勝負の場。今目の前にいるのが、ただいきがっているだけの子供なはずがないのだ。
しかし考え事をしていると、いつの間にか先導していた男と並んで歩いていた。訝しげな視線を向けてきて、しまったと思った。この男の私に対する評価はすでに『怪しいおっさん』になっているかもしれない。失敗した。心に激しい後悔が渦巻いていく。
そう思われたのならばもういいか。ふっと体の力を抜いて、こちらを見てくる男を見つめ返してやる。視界の端に映った集子は、突如として犯罪ギルドの男とガンつけあう状況を見て、口をあんぐりと開けて驚いていた。
金髪の若者と数秒目を合わせた後、我慢できないように若者は私に、一言問うた。
「なんだよおっさん」
まあ当然の言葉だ。私も知らない男に見つめられたならば、同じ意味の言葉を述べるだろう。せっかくあちらが促してくれたのだから、素直に会話でもしてみるとしよう。
「そういえば君の名前を知らないと思ってな。ああ、先に自己紹介をした方がいいか。私は風向緋板、日本人だ。いつもはそこの挑御川集子と一緒に会社員をしている」
快活なあいさつを済ませて、反応を見る。すると意外にも素直な反応を返してくれた。
「おっさん。普通、犯罪ギルドのリーダーに気楽な挨拶はしないもんだぜ。俺を舐めてんのか?」
ううむ、なるほど。ならばこれでどうだ?
「まあそうかもしれない。常識が抜けていると、よく友人に言われるからな。で、年はいくつだ?」
「やっぱ舐めてんだろおっさん。十八だよ十八。ついでだ、名前も言ってやるよ。俺の名前はラダルってんだ。老化の始まってそうな脳みそに、よーく刻んどけ」
「じゅうはち!?」
と驚いたのは集子。やはり気が付いていなかったのか。まあ人間という生き物は十八歳から二十五歳くらいまでは、どの年だと言われても納得できてしまうくらい見た目に差はない。気づかなくとも無理はないか。
「それでラダル君は、なぜ犯罪ギルドを立ち上げようと思ったんだ」
君付けに対してラダル君はあからさまな表情と態度で反抗を示す。この行動自体が、まだ自分が大人でないという印象を与えることに彼は気が付いていない。私が改めないと悟ったらしく、舌打ちをしつつ、ハッと馬鹿にしたような声を上げて言った。
「決まってんだろ、一発当てるためだよ。俺は地元では相当の悪でよ、腕っぷしだけで一番に成り上がったんだ。地元にゃ敵はいねえし、だったら悪名高いファリジアレースの犯罪ギルドに入ってやろうと思ってな。はるばるやってきてやったってわけだ」
「…………」
例のこじつけは、どうやら半分は当たっていたようだ。あてずっぽうも大したものだなとは考えない。それほど凶悪でなくてホッとしたという感情の方が、ずっと強かったのだ。
ラダルたちはファリジアレース初心者の犯罪ギルド初心者。彼らの言い方からして、犯罪ギルドの取る一般的な手順を知らなかった可能性はかなり高い。何か思惑があって動いたようには思えなかった。
聞いた情報に対して考えを巡らせていると、いつの間にか集子が隣にいた。ラダル君はどこだろうと辺りを見渡すと、またも先導するように先を歩いていた。歩くペースは相変わらずの早歩きで、どうやら自分の歩くスピードが落ちていただけらしい。しかし彼女は私が歩調を自分に合わせようとしているのだと思ったのか、肩が触れ合うほどぴったりと並進してくる。近いなと思っていると、前に聞こえないような小さな声で話し始めた。
「なんでいきなり犯罪ギルドのリーダーと話してるんですか。しかも友達感覚で」
「友達感覚ではないさ、親戚の子供感覚と言った方が正しい」
それに彼はラダル君だ、とも言ってやる。集子はそのラダル君の背中をじっと見て、それからまたこちらを見て言った。
「それはともかく、です。あんまり危ないことはやめてください。昨日今日作られた犯罪ギルドで相手がラダル君だったから大丈夫でしたけど、本来犯罪ギルドは非常に危険な存在なんです。私は小さい頃からお父さんについて正義ギルドにいましたからよく知ってるんですよ。いくら『デモンズ』とか『仮面』みたいに有名どころじゃないからって……。
いいですか? 犯罪ギルドの連中にとってファリジアレースは、『娯楽』ではなく『仕事』なんです。だから、仕事の成功を優先して人を殺してしまうことだってあります。奴らは人を殺すことに対して私たち程、躊躇しません。本当に危険なんですから、その辺をよく分かってください」
きっとそれは、本心からの言葉だったのだろう。集子の言葉の端端に滲む真剣味が、ナイフを肌に押し付けられているかのような圧迫感を伝えてくれる。三日前に裂かれた部分を、思わず押さえてしまうほどに。
しかし私は、ある確信を持って言ってやった。
「だが集子は素人と一緒にいるにも関わらず、犯罪ギルドであるデスマスクを捕まえると言った」
すると集子は、怒られるのを待つ子供のような表情になって縮こまってしまう。歩くスピードも明らかに落ちた。だが声をかけることもせずに続ける。
「しかしそれは、私ならば大丈夫だと思っての発言だったのだろう。ベルが泥棒を捕まえた時の奴らの行動や闘技場での闘いを振り返って、心配はいらないと思った」
ふと顔を上げてから、落ち着いた口調で言ってくる。
「そうです。奴らがベルさんから逃げる過程を見て、この犯罪ギルドは大したことないと思いましたし、先輩はただの素人よりはずっと闘えることも考えて——」
つまり、と集子の言葉を止めてから言った。
「集子は私を信頼してくれたわけだ。だったらそれにつりあう程度の行動は示さないとな。ラダル君がまだ若くて、それほど怖くない相手だと分かれば会話くらいするさ。
お前が自分で信頼したんだ。だから私のことは心配するな。分かったか? 犯罪ギルドの連中に無茶やって殺されたりはしないから、安心しろ」
重雅から集子の『本質』、つまりは彼女が極度のさびしがりであることを聞いていなければ、ここまで言わなかっただろう。そもそも気づきもしなかったはずだ。集子が『気に入った人間を失いたくない』が故に、おせっかいともいえる心配をしてくるということに。
集子はさびしがりだ。彼女は根源的に、孤独なのかもしれない。だがさびしいからと言って誰かに依存することは、あまり健全だとは言えない。
それに彼女が本当に求めているのは依存する相手ではなく、対等な相手だ。命削り合う極限の戦場の中で、背中を任せられるような存在。強い結びつきのある仲間とは、そういう存在のはずだ。いつか私も強くなり、集子の背中を守れるような存在になれれば——。
集子は私の言葉に嬉しそうに微笑んだかと思うと百面相、コロリと表情を変えた。それは何かに気が付いた時特有の、ハッとした表情だった。あの発言の中におかしな点があったのかもしれない。あながち的外れではなかったと思うのだが……。
集子は口早で言った。
「緋板先輩の言葉は重く受け止めさせてもらいます。けど一つだけ、訂正しなければならないことがありますね。
先輩はラダル君のことを大したことのない風に言いましたよね。その考えは、おそらく間違ってます。後ろの二人はともかく、ラダル君はたぶん、そこそこ強いですよ」
え? と、驚きの声を上げる前に、ラダル君の歩みがピタリと思った。瞬間何故止まったかの理由を察した。街並みはいつの間にか消え失せて、広大な緑で囲われた公園——もはや草原と呼べるような場所——に私たちは着いていた。
風が吹き耳に届く葉の擦れる音、その壮大さは、地球全体のうねりのような気さえする。昼には気が付かなかったが、公園の空気は街中よりも澄んでいる。いや、より濃密だと表現するのが正しいか。いつもの呼吸で、より多くの空気を吸い込んでいるような気がした。
夜十時くらいだろうか。だが明かりはポツポツと電燈が立っているのでそこまで暗くは感じない。それでも、この公園には人っ子一人いない。静寂と風が織りなす涼しげな音が、まるで共鳴するかのように響いている。
そんな音を、ラダル君の強い声が引き裂いた。
「さあやろうか挑御川集子。俺たちとお前の決闘をよお」
振り返るラダル君の表情はどこか奇妙に映った。瞳には怒りのような感情が渦巻いているにもかかわらず、口元は楽しそうに笑っているのだ。隣の二人も似たような表情。彼らの捕まった二人の敵討ちという言葉は紛れもない本心のように思えたのだが、これは一体どういうことだ? 考えていると、集子は分かったような口調で言った。
「へえ、いい心構えじゃない。目的があっても《《あくまで》》戦闘は楽しむってわけね。ラダル君さあ、犯罪ギルドなんかよりも普通にファリジアレースに参加したらいいのに。そっちの方が君、向いてると思うけど」
集子は楽しげだ。それに対してラダル君は吐き捨てるように返事をした。
「自分よりも強い敵と闘うんだから、そんなの当たり前だろうが」
その言葉には素直な尊敬を抱いた。自分よりも明らかに幼く精神的にも未熟に思っていた彼は、ファリジアレースの場において私よりも成熟した感性を持っている。強い敵とは出会いたくもないとなど、どれほどみじめで臆病なのか。
いや、強い敵と出会いたくないと思っている参加者は必ずいるだろう。しかしだ。レースの中で出会い、尊敬を抱いた人間たちは自分よりも強い敵に臆する姿など、想像も出来ない。特にカモミールはそれが顕著で、明らかに自分よりも格上の相手に対して異様な闘志を燃やしていた。目の前にいるラダル君もそうだ。皆、英雄としての資質を当たり前のように備えている。
格好いい。そして、心底うらやましい。みじめな三十路男の嫉妬が、またも深いところでジクリと疼いた。
「緋板先輩。少し離れたところで見ていてもらえますか?」
言われて、ハッとした。そうだ、もうすぐ闘いが始まる。邪魔をするわけにはいかないからさっさと離れよう。そうして踵を返した足を——しかし私は引き戻す。
「先輩?」
留まったものの、別に長く邪魔をするつもりはなかった。ただ、これから闘う彼女に何も言わないのは、人として違うだろうと思っただけだ。
「……思いっきり楽しんでこいよ」
こんな状況で、気の利いた言葉をかけてやれるはずもなく。しかし集子はそんな言葉が千金に値するかのように嬉しそうな声色で、
「はい。楽しんで、その上で勝ってきますから」
と言った。そうしてこちらに背を向けて、ラダルたちと対峙する。私は四人から離れながら、ふと思いついた言葉を口にした。
「ちゃんと見ているからな」
返事をするように右掌をこちらに向けてひらひらと振るも、集子が振り向くことはなかった。
四人がよく見える位置——つまりは集子の背中側ではなく、三人と一人が対峙するその側面へと移動する。私から見て右に集子、左にデスマスクの連中のいる位置まで歩き、その歩みを止めた瞬間。
強い風が吹き、木の葉のさざめきが轟音と呼べるほどのうねりとなって公園全体を覆い尽くした瞬間。
四人がまるで示し合わせたかのように、武器を抜いたのだ。
最初に動き始めたのはラダル君。腰の辺りに手をやり、成人男性の肘から指先くらい長さのある分厚い刃物を引き抜いた。刃物知識は乏しいが、それは見ただけである程度の判断が付いた。見知っているものと少々かけ離れてはいるが、おそらく鉈だ。切っ先が平らな刃物を、それ以外に私は知らなかった。
獲物を抜いたラダル君は低い体勢で構えて、そのまま集子に向かって走り出した。横に控える二人もそれに合わせるように飛び出す。ラダル君の右にいる男は手に小ぶりの斧を、左の男は両手に鎌をそれぞれ握っている。凶器としての設計故か、そのどれもが見たこともないような重厚感を宿している。それら凶器には刀剣や銃器とは違い、普段から見る機会がある分だけ現実味のある恐怖を感じた。切り裂かれる感覚を、容易に想像できてしまうのだ。
しかし集子には臆する様子は微塵もない。太ももに取り付けられたホルスターから素早く両手に銃を握りこむと、ガンマンさながらの流れるような早打ちを繰り出した。何発発射されたかは定かでないが、銃口はラダル君の横にいる二人にそれぞれ向いていた。貫通はしないが、確実に肉を穿ち骨を砕く鉄球が二人を襲う。
しかしそんな弾丸を、二人はあっさりと避けた。たまたまではないだろう、二人の表情には自信を得たような笑みが浮かんでいるのだから。いや、もしかすると得たのは勝機なのかもしれない。ともかく二人は確信を持って避けたことは、まぎれもない事実に見えた。
集子は避けられたことに怯んだ様子もなく次々と弾丸を撃ち込むが、弾は二人にかすりもしない。すると当たらないと判断したのか銃口を下げ。そうして走りこんでくる三人を見据えて、なぜか彼女も同じように走り出した。さながらラグビーの試合のように互いに向かって走る三人と一人は、すぐさますれ違う形になる。危ない! と思わず目を細め体を硬直させてしまう。
突然自分たちの方へと走りこんでくる集子に一瞬の戸惑いを見せた三人だったが、しかしやることは変わらない。すぐ傍まで近づいてくる集子に対して、三者三様の攻撃を仕掛ける。腕を狙う鎌、足を狙う斧、首を狙う鉈が集子に向かい、私はそれが自分のことのように恐ろしくなり小さく叫び声を上げてしまっていた。
瞬間、集子は走る勢いそのままに力強く跳んだ。しかし幅跳びのような距離を稼ぐための跳躍ではない。低く、ただ前へ突っ切るためだけの跳躍。同時に狙われている腕や足を体の内へと折りたたみ、さながら己の体を弾丸のように丸め込んだ。すると鎌と斧が体に触れるギリギリで空を切る。さらに首を狙う鉈の切っ先を銃の側面を使い、手首の動きだけで柔らかくいなした。
そうして三人の攻撃を全て避けた集子はすぐさま着地。敵との距離を取るためだろう、バックステップを踏みながら振り返りざまに銃口を左右の二人に向けて、そこで動きを止めた。
攻撃を避けられた側のラダル君含めた三人は、追撃の手を止めていかにも楽しげな表情で集子を見つめていた。ラダル君はそのニヤニヤした笑みを保ったまま、鉈を持った腕をグルンと回して口を開く。
「さっきの攻撃を全部避けたのはすげえな。だが所詮は攻めの防御がうまくいっただけの話だよなあ。俺たちはてめえのトロい銃弾を確実に避けられる。地元の狩猟銃の方がよっぽど避けづれえって話よ。そんなんじゃあ百発撃っても当たらねえよ」
使用する武器は鉈に斧に鎌。銃は狩猟に使うものということは、彼らの地元はさぞ木や動物に囲まれた場所なのだろう。田舎のヤンキーと言うよりも、山育ちのヤンキーと呼んだ方がよさそうだ。耳に新しい響きだ。ヤンキーという表現を、彼らは気に食わないだろうが。
「さて、そろそろ決めさせてもらうぜ。さっきみたいな神がかった避けが、そう何度も出来るわけがねえ。適度に切り刻んで——」
高らかなご高説を、しかし突然の笑い声が遮った。思わずその声の主である集子を見やると、彼女はさも楽しそうに銃のトリガーに指を入れてクルクルと回していた。テレビならばともかく傍から見るには危険な光景で、私の足はわずかばかり後ろへ下がる選択をしていた。
集子は私が後ろへ下がると同時に笑みを潜めて、銃を回すのを止めた。再び手の中に銃を握りこむと、銃口は下げた状態で口を開いた。
「まだ得意げになるのは早いと思うんだけど。弾速の遅い銃弾を避けられる人なんて、ファリジアレース参加者にはたくさんいるの。だけど私はこれまで闘い続けて、生き残ってきた。
ラダル君は私の居場所は調べたのに、私の異名は調べてこなかったの? もし調べてないのなら君は怠慢で、調べているならば認識不足だった。挑御川集子を倒したかったら、君クラスの実力者をあと二十人は連れてくるべきだった。連れてこられないんだったら、君たちは挑むべきじゃなかったね。
今からの第二ラウンドで、君たちは間違いなく地面に倒れ伏してると思うから」
「————っ!」
集子のあまりにも強気な発言。その言葉の端々からこぼれる圧倒的な自信は、彼女の絶対的な確信をありありと表している。聞いているだけで寒気がするほどの勢いのある言葉に、さすがのラダル君も驚きで目を見開いた。その強い感情を向けられていない私ですら鳥肌が立ってしまう。
変わった。流れが。集子のただの言葉が、この場では空間を覆うような重みを宿してのしかかる。ラダル君のサイドに控える二人の表情が明らかに変化する。あの表情はよく知っていた。萎縮だ。会社で何度も見た覚えのある表情。自分たちが相手よりも弱いと理解してしまった時に浮かべる表情だ。
しかしそんな雰囲気を、今度はラダル君が吹っ切った。緊張した表情を浮かべる二人の方を向いて、
「なあお前ら。あいつの言葉は、ただの言葉だぜ。真実ってのは結果と事実で作るもんだ。銃弾を全て避けたっていう結果と、今この瞬間無事でいる事実だけが真実なんだよ。
つまりよお、今ここにある真実は『俺たちが挑御川集子に勝てる』以外の何物でもねえってことだ! 分かったかお前ら、結果と事実を忘れんな! それ以外は全部全部全部、嘘だペテンだイカサマだ!」
妙な説得力を宿した言葉。その理屈が的を射ているのか私には分からなかったが、しかし先ほどまでは不安を隠せなかった二人の表情が、変わっていた。
「そうだなラダル。俺たちがビビる必要なんて何もねえんだよなあ!」
「僕たちはあいつに、まだ傷一つつけられていないんだ。ペラペラ話して、それだけだ。それに比べて僕たちは、すでに一度敵を追い詰めている。これだけが真実なんだよねラダル!」
「その通りだぜお前ら! これからの戦闘は俺たちが勝つ。導き出された答えはそれだけなんだよ! さあ行こうか、約束された勝利ってやつになあ!
いくぜ挑御川集子! いや、『万武の舞姫』さんよお!」
一斉に唸り声をあげた三人は、先程とは比べものにもならない速度で走り出した。その表情はどこの蛮族だといわんばかりの、豊かな笑みを浮かべている。これ以上ないほどの笑みのまま凶器を振り回す、狂気の男三人がそこにいた。
「いったいどんな理屈なんだか」
そう冷静につぶやいたのは集子。私も同感だが、しかしこういう勢いだけの特攻を嫌いになれないのは事実だ。むしろ血が熱くたぎるような気さえする。これは男の、ある種本能なのかもしれないな。などと考えている間にも彼女は動き出していた。今度は向かってくる三人に対して距離を取ろうと、バックステップを踏んでいる。
そんな動きの刹那。集子は視線を、向かってくる三人から手元の銃へと向けた。先程のように牽制の銃弾も撃たずに何をしているのか。心配する私をよそに集子は、銃に取り付けられたメモリのようなものを弄っているようだった。そうした瞬間から、耳鳴りのような高音が聞こえ始める。
両銃のメモリを弄り終えた集子は、バックステップの動きはそのまま銃口を三人へと向けた。しかしその距離は、先ほどよりも明らかに縮んでいた。よそ見しながら下がる集子と勢いのままに走るラダル君たちでは、速度の差は明らかだ。
それでも、まだラダル君たちの刃物が届くような距離ではない。ギリギリで銃の方が優位な立ち位置だと思った瞬間。案の定、集子は銃口をサイドの二人へ向けて引き金を引いた。私にも分かるくらいゆっくりと両方の銃から二発づつ、計四発の発砲音が乾いた空気に響く。これまでずっと鳴っていた高音が一瞬止み、再び鳴り始める。
銃弾はサイドの二人の、外側の肩へと飛んでいく。しかしそれでは避けられた時の二の舞だろう。二人は余裕の笑みを浮かべて、狙われた肩を後ろへ下げるようにして避けの体勢をとった。やはり銃弾は掠ることもなく虚空へ飛んでいく——
はずだった。しかし集子の放った銃弾は、まるで避けた相手を追尾するように急激にその軌道を変化させた。
一転して驚きの表情に覆われた二人。戸惑い、一切の回避動作を出来ず銃弾を受けてしまう。真横に動いた一発はお互いの鳩尾辺りを穿ち、斜め下にカーブした一発は太ももと腰の横側にそれぞれ直撃した。骨の砕ける鈍い音。くぐもった悲鳴を上げ、痛みと衝撃で体勢を崩した二人は予告通り地面に転がってしまう。
その光景を見たラダル君は、しかしその足を止めなかった。狂気の笑みに怒りを混ぜて、それまで片手で持っていた鉈を両手で握った。同時に足の回転を速めて速度を上げる。それだけでラダル君が何を思っているのか、分かる気がした。
『唯、一太刀のために』
まるで猛獣のような勢いで突撃するラダル君を、集子は冷静な瞳で見つめていた。そうして再度、今度はラダル君へと向けた銃弾を発射した。やはり鳴っていた高音が一瞬止まり、また鳴り始める。今度は一人に対して四発。頭と腹と両膝あたり。それぞれを狙った銃弾がラダル君に迫り来る。
しかしラダル君は、今度は避ける動作をしなかった。体をぎゅっと縮こませて鉈をまるで剣道のように体の正面に立てたのだ。その動きでハッとした。先ほど左右へ変化した銃弾をこの一瞬で警戒したのだ。あえて避けない選択を、ラダル君はこの極限の状況で選んだ。どんな神経をして『避けない』選択肢が選べるのか、私にはトンとして理解が出来なかった。
しかしその勇敢さが、結果として仇となった。ラダル君へと向かう銃弾が、左右ではなく今度は上下へと変化したのだ。頭と鳩尾への弾は下へ変化して地面を踏みしめる右足と右膝に。両膝へと向かっていた弾は上方へ変化、喉と顎へとそれぞれ直撃した。砕かれた右足からガクンと崩れるが、何とか膝立ちの状態でこらえている。しかし体には力なく、ふらふらと危ういバランスでいることが分かった。
顎をはね上げられて、ラダル君はしばらく呆けたように空を見上げていた。そうしてゆっくりと顎を下げて集子の方へと向いた。砕けた顎に血が滴り、喉にはまだ鉄球がめり込んでいる。その表情は力の抜けた苦笑だ。私にはそれが、負けを認めた故の表情だと悟った。いや、それは思い込みなのかもしれない。だがそうとらえても仕方がないほどの、すっきりした顔をしていたのだ。
ラダル君の持つ鉈がするりと手から離れて、無造作に地面へ落下した。そうした瞬間からラダル君は空いた両手で、無我夢中に喉の鉄球を剥がそうともがき始めた。濡れた咳の音が、静かな公園に遠く響いている。
何とかめり込んだ鉄球を剥がし終えて、鉄球は地面を転がった。喉元は赤黒く変色していて、いまだへこみが治る様子もない。ラダル君は再度咳こみながらも右ひざをかばうように、仰向けに倒れこんで。そうして理解した。闘いは、今この瞬間に終わったのだと。




