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  作者: モノノケ
13/37

挑御川集子の本質

 時刻はすでに、夜の八時を回っている。昼飯時から祝勝会的なテンションで酒をあおっていた挑御川と重雅だったが、私は言われた通りに酒を控えていた。おそらく彼女も訝しげに思っていただろうが、結局は重雅や他の客に煽られるままに酒を胃に注ぎ続けた。

 結果、私は初めて挑御川の酔いつぶれる姿と眠る表情を見られた。現に目の前で、どことなく満足そうな寝姿で若干のイビキをかいている。見た目とは裏腹の親父臭さだと思った。いや、今更か。

 今飲んでいるこの場所は、重雅がこの二日ほど屯しているらしい酒場だった。バーと言うよりも、ニュアンス的にはパブと言う方が正しそうな雰囲気。どんちゃん騒ぐにはもってこいの店た。

 この店は重雅が闘技場で稼いだというメラで三日間、貸し切りの状態とのこと。それでも客が多いのは、彼の知り合いがそれなりに駆けつけているからだ。重雅とは違う正義ギルドに所属しているという面々、古くからの知り合いなどなど。だからだろう、この場所の雰囲気は身内特有のまったりとした楽しげな雰囲気で満たされている。挑御川との知り合いもそこそこいるらしく、酒の進むスピードが速かったのはそれも原因かもしれない。

 今の状況ほど酒が恋しく思ったことはない。唯一の知り合いである挑御川と重雅は私の知らない人間と話しながら飲むわけで。様々な人と飲んでそれなりに話せるようにはなったが、酒があればもっと仲良くなれた気がする。やはり酒の席で一人だけ素面であるのはなかなかに堪えた。

 それでも飲まなかった理由は一つ。あの時重雅が挑御川に向けていた視線の正体が、気になったからに他ならない。

 目の前にいる赤ら顔の重雅は、水とカプセルを一つ持っている。ポイッと口の中にカプセルを投げ込み、水をあおる。その姿をじっと見ていると、

「これはファリジアで一番よく効く酔い覚ましだ。効果は強烈、一瞬で酔いが覚める代わりに汗がとんでもなく出るっていう代物でな。酒好きな俺と集子は常備しているんだよ」

 ということらしい。すると後ろの席で飲んでいるバーコード頭のおっさんが、「ほらよ」とタオルをテーブルに投げ込んできた。

「すまねえな浩太こうた

 言いながら、汗を拭く。浩太というらしいバーコードのおっさんは気にした風もない。仲がいい相手だということはそれだけで見て取れた。そうして浩太は、重雅に対して心配そうに告げる。

「重雅よお、集子ちゃんのペアにあれ、言うつもりなんだろ? 酒飲みながらの方が気楽に言えるんじゃあねえのか?」

「そうもいかんさ。真剣な話だからな」

 言って、重雅はこちらを向いた。汗を拭くタオルをテーブルの脇に置いて、水を一口。ずいぶんゆっくりと時間を使うなと思って、察した。相手が話しにくそうなことを言おうとしている場合、どうするべきかは昔から決まっている。私は自分から話を振ることにした。

「それで、話というのはなんだ? 聞いていると重要というか、真剣な話のようだが」

 そうだ、と言いながら体の位置を直すように椅子に座る体勢を整えてから、話し始めた。

「風向。お前は集子をどう思っているんだ?」

 話し声は、この場に広く響いた気がした。この酒場で話しているのは彼だけではないのだが、なぜかその言葉だけが強く耳に残った。

 挑御川をどう思っているか、とはどういう意図の質問だろう。まさかここにきて恋愛話ではあるまい。少し間をとって考えるも、それだけでは重雅が何を聞きたいのかを察せなかった。とりあえず文面通り、質問に答えることにした。

「人懐っこい奴、という言葉が一番に浮かぶな。レースに誘われるまで、私は挑御川……、集子とは三年くらい話していなかった。それでも気にする風もなく、屈託なく話しかけてきたからそう思うのかもしれない。まあ酒の勢いだったのかもしれないが。

 あと思ったのは、レースに誘ってくれたことやそのほかもろもろに対しての感謝。一緒にいて楽しい。強くて優秀、と。それくらいか」

 こんな、感想を切り取っただけの話をじっくりと聞く重雅。それからふっと笑い、

「よく見ているな」

 と言った。なんだろう、教師に合格と言われたような感覚とでもいえばいいか。ともかく、集子の評価に対して、何らかの満足を得たらしいことは分かった。

 それから重雅は、これからが本番だと言わんばかりに咳をしてから、重々しく口を開いた。

「そう、風向の評価は正しい。集子は人と関わりたがる性格だからな。コイツは気に入った人間にでもそうでない人間に対してでも、つまり誰だろうと距離を詰められる。

 だがそれはな、別に美点でも何でもないんだよ。むしろ悲しき性、歪んだ点とでも言うべき部分だ」

「人と関わりたがることが歪んでいるとは、どういうことだ? 社会人としても人間としても、高いコミュニケーション能力はむしろ最大の長所だと思うが」

 しかしそんな常識を、かぶりを振って否定する。

「集子はな、極度のさみしがりなんだよ。周りに人がいないとコイツはすぐに孤独を感じてしまう。子供の頃は部屋に一人でいると、ずっと言っていた。

 すっごくさみしい。なんでだろ。

 同じようなことを、泣きそうな声でずっとな。見ていられなかったさ、出生が出生だからな」

 嫌な予感がふつふつと湧き上がる。

「……集子の出生とは?」

「何となく分かったかもしれねえが、コイツは俺と桜菜の間に生まれた子供じゃない。だが、ただの捨て子ってわけでもねえんだ。

 ……集子は、ファリジアレースの商品アイテムとして出品されていたんだよ。つまりコイツの本当の親にあたる貴族連中はな、自分の子供をいらねえからって理由で捨てた上に、その赤子を自分たちの出世の礎にしたんだよ。下らねえコミュニケーションの道具にしやがったんだ。調べたよ。連中に金は腐るほどあった。それなのに……」

 驚き、思わず集子を見てしまう。同時に胸糞の悪い感情が渦巻いた。

 自分の子供を捨て、金にしたという話はよく聞く。しかしそれは自分たちがあまりにも貧しく、食わせられないが故の苦肉の策だ。金を得るついでにただ死ぬだけの命を助けようという気持ちがあるはずだと、そういう話を耳にするたびに思ってきた。それに自分と子供のどちらかが必ず死ぬという状況において、子供のいない私には『どちらを優先するか』という問いかけに、答える資格を持ち合わせていない。

 だが挑御川を捨てた連中は違う。貴族という立場にあって、裕福にもかかわらず親としての権利を放棄したのだ。育てる金がないはずないのに、無情にもただ捨てた。その上娘をレースの商品にするなど、正気だと思えない。

 気持ちが悪かった。ただひたすらに、信じられなかった。

 重雅は小さくため息をついてから、話を続ける。

「貴族に捨てられたとかの詳しい事情は集子も知らない。何せアイテムにされた当時は生後一週間だったからな。だが自分がレースのアイテムだったことは、どこかで知ったらしい。その事実に強烈な孤独を感じたらしくてな。どれほど人に囲まれても、幼稚園や小学校で友達を作っても胸の内の孤独感は埋まらなかったらしい」

 一応親の子供として生まれてきた私には、共感しづらい話だった。しかし想像はできる。捨てられたと自覚した子供が自分自身の価値を見出すのは容易ではない。いくら大切に育てられたからといって、捨てられた事実は変わらないのだから。最も自分に価値を抱くはずの人間から捨てられた。それは自分という存在に価値はないと断言されたようなものだ。その当時幼子であった集子が、考えの末に深い孤独を抱えるのは必然ではないとはいえ仕方がない。

 そう俯きながら考えていると、重雅はつらつらと続きを述べる。

「そこで俺は、集子をファリジアレースに参加させることにした。俺にとって強い結びつきを感じる仲間との出会いは、いつだってそこだったからだ。

 結果として、集子は俺の仲間やそこで知り合った人間といることで孤独を感じなくなったらしい。俺と桜菜を、親として見てくれるようにもなってな。よかったと、その時は思ったな」

 まだ話は続くのか。いや、むしろここからなのだろう。最初に質問に答えた件がまだ繋がっていない。

「……だがな、ファリジアレースに参加して仲間を得ることで孤独が埋まると知った集子はより強い、それでいて俺経由でない自分だけの結びつきを猛烈に求めるようになった。積極的に人と関わってはファリジアレースに誘って、仲間を増やそうとしたんだが——実際はうまくいかなかった。 アイツは人とある程度まではすぐ仲良くなれる。だがそれ以上に距離を縮めようとすると、途端に《《自分よがりな》》距離の詰め方をするようになるんだよ。

 そうなると、どうしようもなくなるわけだ。距離を詰めようと、すればするほどに人は離れていく。それでも何度か失敗して傷ついていくうちに、だんだんとコツをつかめるようになってきたんだがな。しかしまだまだ下手糞だ。コイツから話を聞いた限り風向には悪い傾向が出ていると思う。距離が詰まったと思うと途端に甘えたがりというか、やきもちを妬くというか、異様にかまって欲しがるようになっちまう。何となく、心当たりがあるんじゃないか?」

 言われてみれば、怪我から目覚めてからの挑御川の態度は、あまりにも親しすぎるような気がする。一緒に行動した日数は、まだ一週間もないのだ。極めつけは朝食と服の時。確かにあれは、甘えられていたような気もする。

 だが私は、それが嬉しかった。会社では、いたら便利程度の扱いを受け続けていた人間にとって、そんな態度は本当に心地よかったのだ。

「別に、それほど不快ではないがな」

「最初はそうさ。だが集子は、もっと深くお前に関わろうとしてくる。これまでも多くの人間に、結局は見限られているわけだしな。

 だからもしも逃げ出したくなったならば、躊躇なく逃げてくれて構わん」

 酷く寂しげ、いや、歯がゆそうな表情か。おそらく、それなりの人数が彼女から逃げてきたのだろう。それを重雅は、こういう表情で見送っていたのかもしれない。父親として、彼は集子の孤独をどうにかしてやりたかったはずだ。だが今のところそれは叶っていない。その悔しさは、話すようになって一週間の私などが推し量ることの出来ないものだ。

 重雅は、だが、と言って話を続けた。

「もし集子といても不快にならないんだったらな、出来るだけ一緒にいてやってくれ。コイツは風向、お前のことを相当気に入っているからな。それだけで孤独感は、少しは薄まるはずだ」

 そんなことは当たり前だ、と思った。私の方も気に入っているのだから、一緒にいるのはむしろこちらからお願いしたいことなわけで。重雅の言葉にはすぐさま返事をした。

「集子とは一緒にいて楽しい。だから離れるつもりはない。当然の話だ」

 言うと、重雅は安心したようにため息をついた。そうしてジョッキに残っている水を残らずがぶ飲みにする。その姿を見て、ふと喉の渇きを覚えた。だが手元にあるジョッキには溶けた氷で薄まった温いコーラしかない。というか話は終わったのだから、もう酒を飲んでもいいはずだ。さてどれを頼もうかと考えたところで、私の思考はある疑問にたどり着いた。

 その疑問は挑御川にレースへ誘われたあの夜に、一人で考えていたことでもある。これはいい機会かもしれない。聞いてみることにしよう。

「なあ重雅。集子は常に孤独を抱えていたのだろう。だったら何故ファリジアレースへの参加頻度が減少するにも関わらず、会社に入ったんだ」

 すると重雅は途端くしゃりと顔を歪めて、見たこともないような苦い表情を浮かべた。

「……ああ、それはな——」

 重々しく口が開かれる、その時だった。

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