正義ギルドと犯罪ギルド
T・Fは、門の前で動きを止めた。街に入るにあたってT・Fは邪魔だ。そのために用意された専用スペースに駐車をして(これが正しい表現かは不明)、荷物をガチャガチャと降ろして準備は完了。ベーラの街に乗り込もう。
街の人通りは、想像よりも少なかった。今は午後六時で、宿屋で寝るような時間ではないように思う。おそらくは飯のために店内へと入っているのだろう。
ベーラは白や茶を基調にした、西洋風の建物が立ち並んでいる。数多くある店の上方を見やると、様々な種類の看板が吊り下げられていた。可愛らしいリスを模したものもあれば、剣を交差させた、見た目で何屋かよく分かるものもある。武器屋があると言っていたが、あそこがそうだろうと目星を付けた。
二人でキョロキョロとお上りさんのごとく街を見渡して、それから挑御川が得意げに口を開いた。
「この街のコンセプトは、イギリスですね。看板が何よりの証拠です」
それは私の意見とは違っていた。
「看板なんてヨーロッパならどこにでもあるだろう。あえて限定するならば、ドイツだと思うがな。看板が可愛らしい。それに街の名前もベルリンをもじったようなものだ」
「けど町並みはイギリスっぽいです」
言われてみると、確かにそうだ。石造りの建物にカラフルさのない、素材そのままといった風の落ち着いた色彩。これは紛れもなくイギリスらしさを表している。さらに彼女は、目の前の看板を指さして言った。
「それにあの看板の名前、月夜の湖畔亭っていうセンスもイギリスっぽいです」
そこまで言われてしまうとさすがに意見を退けざるを得ない。しかし看板は間違いなくドイツだと思ったのだが。それでも、ヨーロッパ感という点においては満点だ。見たことのあるような、しかし絶妙なオリジナルが景色を飽きさせない。これがファリジア王国にある街の特徴なのだろう。
「さあ行きましょう先輩」
手を取りずんずんと突き進む挑御川。おい、と声をかけてから言う。
「どこへ行くんだ」
「月夜の湖畔亭です。そこで待ち合わせをしているんですよ」
そういえば昨日の昼に、待ち合わせをしているようなことを言っていた。あれほど時間があったのに聞くのを忘れていた自分に苦笑しつつ考える。一体誰なのだろう。
挑御川に引かれて、勢いよく月夜の湖畔亭へと向かっていく。看板は三日月と星が、夜の中に浮かんでいるような形。それが投光器によってライトアップされていて輝いている。きれいだと口にする前に、二人で店へと入ってしまう。
そこは飲食店のようだった。店内は雰囲気を作るためか少し暗い。しかしそこまで広くないので、わずかな明かりでもよく照らせている。酒場とは違う、少し落ち着いた空気の流れる場所だった。机や椅子もシックだが、不思議と親しみやすさも内包している。立ち込める料理の匂いと調理の音が、くどい高級感を薄れさせているのだろうか。
いつものように隅の席に目をやると、手を挙げている男女がいた。すると隣の挑御川も手を挙げる。私も挙げて、そちらへと歩みを進めた。
席にはベルとカモミールが座っていて、私たちを迎えてくれた。カモミールとベルは対面で座っていたのでベルの隣に座ることにした。当然挑御川はカモミールの隣。
席に座ると、なんとなくだがカモミールがうれしそうな表情であるような気がした。タイツを着ていることにでも気が付いたのだろうか。
しかし、今はそれよりも言うことがある。待っていてくれたらしい二人に向かって、感謝の気持ちを告げなければ。
「三日ぶりだな、会えてうれしい。遅れてすまないが、この場を借りて言わせてもらおう。あの時は私を助けてくれて、本当にありがとう。心の底から感謝する」
そうして頭を下げると、すぐに返事の声が聞こえてきた。
「気にすることはないよ。君は助けられるに見合う闘いをしたという、僕としては当然の行動なんだから」
一瞬湿気のある視線をベルに向けたカモミールも、続けて言った。
「そうですわ。友人なのですから、困っていたら助けるのは普通ですの。むしろわたくしに、お目覚めになられてよかったと言わせてくださいまし」
心配をしてくれる人がいるというのは、嬉しいものだ。しかしこちとらすでに怪我の治った身。友人たちからの暖かな心配に、いつまでも浸るわけにはいかない。そう考えていると挑御川が口を開いた。
「まあまあ、暗い挨拶はそのくらいで。お酒を頼んで、再会と健康を祝しての乾杯をしましょう」
別に酒限定にする必要もないだろうと言ってやりたいが、結局この場にいる全員が何かしらの酒を頼むことになった。私と挑御川はビール、ベルとカモミールは日本酒だ。
「日本酒がメニューにあったからね、つい頼んでしまったよ」
いつも通り、ベルは特に聞いていないことを言ってくる。何となくカモミールを見やると、恥ずかしそうに首を短くして下を向いた。どうやらベルと同じ理由だったらしい。
注文した飲み物が全員分揃うまで、少し間が開いた。するとカモミールが何か聞きたそうにしているのに気が付いた。
「私を見ているよな、どうしたんだ」
聞くと彼女は照れ笑いをしつつ、ゴソゴソとどこかから紙とペンを取り出して言った。
「風向さん、それに挑御川さん。わたくしも、下の名前で呼んでもよろしいですの?」
ははあ、なるほど。照れ笑いの正体はそれか。挑御川を見やると目があった。それからどちらともなく笑い合い、頬を少し赤らめているカモミールに言ってやる。
「いいさ、気軽に呼んでくれてかまわない」
パアッと明るい笑顔を咲かせたカモミールは本当にうれしそうだ。そうして手に持っている謎のペンと紙を握りながら口を開く。
「ありがとうございます。それでは、下の名前の漢字を教えてもらっても?」
はあなるほど、そう使うのか。だが疑問が一つ。
「教えるのは構わないが、どうするんだ」
非常にあいまいな聞き方をするが、しかし丁寧に理由を述べてくれた。
「レースが無事に終わったならば、二人にお手紙を書きたいのですわ。その時に上の名前では、なんだか寂しいではありませんの。友人の名前くらい、きちんと書いて差し上げるのが礼儀というものですわ」
そういえば昨日の手紙には、私と挑御川の苗字が書かれていた。T・Fに乗っている時に聞いた話だが、どうやら苗字の漢字だけは挑御川が教えたらしい。それ以外の書かれていた漢字は、元から知っていたということだろう。
そこで、少し置いてけぼりを食らっているベルが口をはさむ。カモミールに向かって、笑顔を振りまきながら言った。
「僕の名前も教えてあげよう」
「要りませんわ」
きっぱりとした否定の言葉。表情を窺うに、ベルは気にした様子もなく笑っている。それでも同情を禁じ得ないので、カモミールに一つ言ってやることにした。
「三人に出せばいいのではないか?」
「いえ、そういう問題ではないのですわ。わたくし、彼の家の場所も名前も知っていますの。心配なさらなくても、深く関わった人たちには皆出すつもりですから」
誰に何の心配なのかは、言わなくてもいいことだ。そうしてカモミールに漢字を教えようと手を伸ばすと——同時に頼んだ酒がやってきたので彼女ははペンと髪を引っ込めた。また今度だな、と視線を向けると微笑んだカモミールと目が合う。心が癒された。ゴホンと挑御川が咳をする。見ると、乾杯の音頭を始めるらしいことが話あった。
「えー……それでは風向先輩の無事と四人の再会を祝して、乾杯!」
乾杯、と、四人のグラスの重なる音が響いた。
メニューには、ヨーロッパの料理が所狭しと並んでいた。片っ端から酒の肴を頼みまくる挑御川。よく分かりませんわと言いつつ、その料理を注文するカモミール。慣れた様子で、あらかじめ決めていたようにテキパキと頼むベル。見ていて楽しくなる光景だ。私は見知った料理を二、三頼みつつ、挑御川の目の前に広がるだろう肴の山をつまむことにした。
料理が届き、それを食べる。カモミールが案の定、よく分からない料理を目の前にオロオロしているようだ。私は彼女のああいった、何をしているのか理解に苦しむ行動原理を気に入っているのだろう。見ていて飽きないし、目が離せなくなるのだ。
「先輩、なに鼻の下を伸ばしてるんですか」
味の濃そうなフランクフルトをビールで流し込む挑御川が指摘してきた。
「ああ、これは失敬」
鼻の下を撫でながらそう言うと、
「そこは否定してくださいよ……」
と拍子抜けしたように語尾を下げて、それから次の肴へと手を伸ばしていた。
そうして楽しかった食事は終わりへと近づいていく。カモミールやベルがデザートを頼もうとメニューをめくっていた。私と挑御川はどうやら同じ理由でデザートを好まないようだ。酒の後に、甘いものはいらないのだ。
「ブラック・プディングという響きがおいしそうですわ。これにしますの」
「やめたまえカモミール。ブラック・プディングは菓子ではないんだ……」
やんわりとしたベルの抵抗を、しかしカモミールは受け入れなかった。料理の時もそうだったが、彼女は何を言われようとも自分の目で見るまでは納得しない性格らしい。おかげで私でも知っている地雷料理を頼む始末。さすがにそれとなく止めてみたが、ベルと同様に聞き入れられなかった。
ベルは自分の認識と感覚を大事にする傾向にある。しかし決して自己中心的というわけではない。むしろ自分の感覚に従って、他人をよく気にしているような気がする。きっと優しいのだろう。ショッキングな内容が多々含まれていたせいでいまいち意識していなかったが、私が見て聞いたベルの行動は、いずれも他人を助けるためのものだ。泥棒の件しかり、闘技場での戦闘理由しかり、部屋の件しかり、私を助けてくれたこともそうだ。
今も目の前で、運ばれてきたブラック・プディングに固まっているカモミールの代わりにそれを切り分けて、四つの皿に乗せた。どうしようもないので、四人で食べようということらしい。
「すみませんの……」
と俯いて謝るカモミールへ、気軽に言ってやる。
「別にいいさ。残ったビールを消費するのにちょうどいい」
そうして、さあ食べようかと体勢を立て直した、瞬間だった。
店の外から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。あっちだ、追えー、そんな声の端々も耳に入る。
私と挑御川は何事かと外を見るような仕草をするが、ベルとカモミールは気にした様子もなく淡々とプディングを腹に収めている。街の新参者二人が外を気にしているらしいと気が付いたベルは、せっせとそれを口に運んで、水を飲みナプキンで手際よく口を拭いてから話してくれた。
「あれはここ二日、ベーラで頻発している強盗だよ。どうやら犯罪ギルドが絡んでいるらしくてね、運営が早々に賞金を懸けたんだけどまだ捕まらない。それなりに腕が立つようだね。何人か闘ったらしいけど、強盗が荷物を持った状態で負けたらしいよ。ああ、そういえば集子は運営から三日前の泥棒について聞いているかい?」
挑御川の目の前にあったはずのプディングは、いつの間にかなくなっていた。口を水で濯いで、唇で水滴をなめとってから彼女は答えた。
「ええ、聞いてます。あれも犯罪ギルドの関係者らしいですね。今この話をするということは、もしかして、この街で起こっている強盗も……?」
「そう、犯罪ギルド『デスマスク』による犯行だ」
ファリジア・レース経験者の間で話が進んでいくが、しかし私からすれば頭の上での会話なわけで。カモミールも食事に悪戦苦闘しながらも、話には疑問符を浮かべているように見える。単語からして物騒な話。しかし紛いなりにもファリジア・レースの参加者だ。分からないことを放置しておくほど危険なことはない。
「ちょっと待ってくれ。犯罪ギルドというのは、一体何なんだ」
「ああすみません、急に話を進めてましたね。うーん、どこから話したら分かりやすいのかなあ。どう思います?」
彼女はチラリとベルを見やる。すると彼は困ったような表情で答えた。
「シューコに任せるよ。僕はその辺の話を、あまり口に出せない立場なんでね」
何やら納得したように頷いた。いや、何も分からんのだが。
「説明してくれ。最初からでもいい。とにかく、分かりやすく頼む」
挑御川は再び頷き、考えるように少し間を置いた。そうして話の整理がついたのだろう。一つ咳を入れて話し始めた。
「まず前提として、話しておかなければならないことがあります。それは『ファリジア・レースはどのようにして開催されているのか』ということです。前に先輩には言いましたよね」
「ああ、ファリジア王国の貴族の出資によってまかなわれているのだったな」
「そうですね。まあ実際は世界中の有名企業とか、単純なお金持ちとかも出資しています。しかし、それは何故か。何故彼らはこのファリジア・レースを開催して、出資までするのか。理由は三つあります。
まず一つ、出資者にはファリジア・レースをリアルタイムで観戦する権利が得られます。極小のカメラがレース会場のいたる所に取り付けられているんですよ。闘技場なんかは特に多いみたいですけど。つまり観戦の権利とは、出資者に娯楽を提供するという意味です」
娯楽、ときたか。つまり出資者は参加者が命を賭けてアイテムを手に入れる姿を、喜び楽しんでいるということだ。悪趣味だが否定はできない。日本のバラエティだって似たようなことをやっている。
「次に、出資者には様々な利益があるということです。例えばとんでもなく価値のあるアーティファクトを出品した人がいたとします。その人はつまり、アーティファクトを手に入れる人脈やコネを持っている人物ということです。他の出資者としてはそんな有力な人とは関わりを持ちたいわけでして。逆に言えば、高価なアイテムを出品すれば多くの出資者から注目されるんです。つまりは社交界としての意味を持つ、ということですね。
他には、観戦するついでに参加者の中から優秀な人間をピックアップして、レース終了後に接触を図ることもあるみたいです。強いだとかメラを大量に手に入れているだとか、そのレースで広い意味での『力』を示した参加者にはバックに有力な人間がいるのではないか——とか。そんなことを考えるんですかね。ちなみに接触した人をそのまま雇うこともあるみたいです」
人脈開拓と優秀な人材の確保。なるほど、金持ちらしいことだ。そんな程度の感想しか抱かなかったが、そんなお気楽思考とは違いカモミールには質問があるようだった。彼女の手元を見やると、すでにプディングは食べ終えたようだ。私の手元には、四分の一に分割されたそれがそのまま残っている。聞き耳を立てつつ、今のうちに食べてしまおう。
「集子さん。一つ気になったのですが、出資者に実際的な利益はないんですの?」
「つまり、お金ってことですよね。ありますよ。一部の出資者、つまりは巨額のお金や高額なアイテム、それにアーティファクトなんかを出資した人には、そのレースの放映権が与えられるんです。日本では規制が激しいので放送してませんが、他の国では料金を払えば当たり前に見れますね。つまりその放映権があれば視聴率はバッチリでお金はガッポリという寸法です」
「なるほど、一つの巨大な産業というわけですのね」
メジャーリーグやワールドカップの放映権がとんでもない額だとは聞いたことはあるが、ファリジア・レースはそれを超えてくるのだろうか。勝手なイメージだが、アメリカ人はファリジア・レースが好きそうな気がする。剣やら銃やらが飛び交う中で必死になって闘う姿など、最高の娯楽なのだろう。実際に参加している人間からすれば惨い話だが。
それよりもこのレースが放送されているという事実に心底驚いた。日本では流れていないらしいが、アメリカやカナダ、ヨーロッパの人が私を見て楽しんでいるのだろうか。イカれた人間爆弾などという恥ずかしい名前が全米に。これはアメリカ旅行を躊躇うレベルだな。
「それで三つ目です。今回の長話の、これが本番ですね。しっかり聞いていてくださいよ風向先輩」
「別に名指しされなくても聞くさ。小学校の先生かお前は」
さっさと言えと急かしてやると、挑御川は小さなため息をついてから言った。
「それは、横流しです」
「「横流し?」」
カモミールとかぶってしまった。お互いに笑いあい、先を促す。彼女はゴホンと咳をしてから、気を取り直したようにして続けた。
「その説明の前に、犯罪ギルドの話をします。犯罪ギルドというのは、ファリジア・レースに参加して利益を貪る犯罪組織のことです。ファリジア・レースは高価なアイテムやアーティファクトが多数出品されるので、それらを手に入れて売りに出したり利用したり、その金を元手に違法商品の売買を行ったりするんです。そうして組織としての力を蓄えるわけですね。けど奴らの目的はそれだけじゃないんです」
その話のつなげ方から、ピンときた。
「出資者が横流ししているアイテムを得る、つまりは出資者と犯罪ギルドがグルの場合があるのか」
頷く挑御川と、よく分からない風のカモミール。彼女は話の続きを述べる。
「これは三つ目とつながる話です。つまり一部の出資者は、ファリジア・レースに対する出資と見せかけて、犯罪ギルドに物資の提供をしているんですよ。当然その物資は様々です。武器や兵器、麻薬、さらには人間なんてこともあります。それらはアイテムとしてレースに出資するわけですから……」
「犯罪ギルドがそれを受け取ったとしても、出資した側からすれば『受け取る人間は選べない』という言い訳が立つわけだ」
「その通り、出資者は『価値あるものを提供しただけ』と言えてしまうんです。
ちなみに日本で流れるファリジア・レースのグレーな風評は、そのほとんどが犯罪ギルドの行動による結果です。普通の参加者のほとんどは、きちんとルールを守っているんですよ」
いやいやグレーな風評は、暴力行為を当たり前としている熟練参加者の行動が半分を占めていると思うのだが……。しかしなるほど、つまり出資者が出資する理由は『娯楽』と『人脈』と『横流し』ということは分かった。しかし気になることはある。
「何故出資者は犯罪ギルドに横流しをするんだ。おそらく全ての出資者がやっているわけではないだろうが」
チラリとベルを見やる。この話の最中、話す立場にないと言ってだんまりを決め込んでいた。しかし彼は少しだけ眉間にしわを寄せた表情で口を開く。
「僕には分からないな。貴族も、一族ですら一枚岩じゃないからね。それに貴族という存在が金稼ぎに貪欲だということは紛れもない事実だ」
その辺は、貴族の事情なのだろう。これ以上は聞くまい。そうして話を戻そうと思考を回すが、ふと気が付く。
……一体、何の話だったか。私はボケッとした顔をしていたのだろう、挑御川が察したように口を開く。
「先輩、最近この街で起こっている強盗事件が犯罪ギルドの仕業だって話です」
「ああそうだったな。それで、お前はどういう話をするつもりだったんだ」
ベルを見てそう言うと、
「知っていることを言っただけだから、僕がどうこうという話じゃないかな」
そうして、三つの視線が一か所に集まる。挑御川は少し緊張したのか唇を舐めて、それから言った。
「私は、強盗を捕まえるつもりです」
反射的に口を出す。
「正気か」
「正気ですよ。メラがもらえるんだったら、やるべきです。レースはもう中盤に入りました。そろそろシーカーズで他の参加者に接触する人も増えていくでしょうし、そうすれば居場所も名前もばれて、不意打ちを食らうのはこちらになります。メラをもっと集めて、シーカーズを利用してライバルを倒していかなければ。先立つものは、多いに越したことはありません」
なるほど理に適っている。それに挑御川は、本気で一番人気のアーティファクトを狙っているのだ。それくらいは当然なのかもしれない。
などと考えていると、先ほどまで意気揚々としていた癖に、奴はしゅんとした表情を浮かべていた。うつむいていて、後悔するように眉間にしわを寄せている。
「どうしたんだ」
心配して聞くと、彼女はうつむいたまま、明らかに気落ちした表情で答える。
「いえですね。私、今、先輩の意見を聞かずに決めてしまったなと思って」
すみません、と落ち込んだ声で言う。その豹変ぶりにベルもカモミールも戸惑いの顔を浮かべていた。しかし私には彼女が落ち込んだ、その理由が分かっていた。
T・Fで話していた、自分勝手に行動した時のことを思い出しているのだろう。一緒に行動している人間のことを考えず、ただ自分がやりたいようにやってそれがつまらないと言われた時の、苦い気持ち。まだ深い後悔を残しているのか。
それは挑御川の問題で、彼女の責任だ。だが目の前で落ち込むコイツは、今は私への言葉に後悔しているのだ。
ならば私の気持ちを言ってやるべきだと思い、口を開いた。
「せいぜい楽しませてもらっているよ、挑御川」
傷心の彼女はゆっくりと顔をあげてこちらを見る。その瞳は、少し潤んでいるように見えた。まさか泣いていたのだろうか。内心少しのうろたえを覚えるが、そんな気持ちをねじ伏せて言ってやる。
「別に自分がしたいことを、全部否定することはないだろう。好きに言えばいい。それでもしもやりたくないことが含まれているのならば、こちらから嫌だと言うさ。大人だからな。
だから自分を卑下するな。お前の意見が面白いと思ったなら喜んで賛成する。今回の強盗の件、いいと思う。面白いじゃないか」
言ってから、ずいぶんと励ますようなことを口走っていることに気が付いた。本当はただ、「気にするな」程度のことを言うつもりだったのだが……。仕方がない。目の前で落ち込む女を慰める状況には慣れていないのだ。
妙に恥ずかしい気持ちで挑御川を見る。彼女は涙をぬぐっている最中だ。そうして拭き終わったのだろう腕を下げると、そこにはいつも通りの勝気な瞳が光っていた。
「泣いちゃってすみません。あの件は結構トラウマでして……。慰めてくれたんですよね?」
「知らん。元気になったのならば何よりだ」
頬が熱くなるのを感じたので、そっぽを向きながら言った。その行動にだろう、挑御川の笑い声が聞こえた。表情は見えなかったが、もう心配はいらないことは明らかだった。
その光景を、カモミールが目をパチパチしながら見つめていた。そうして何故か、柔らかく微笑む。いったい何を考えているのか気になるところだ。
そこでゴホンと一つ、咳がする。その音源はベルのもので、三人の注目が一点に集まった。咳の主は注目を感じるように間を取って、それから話し始めた。
「僕も、そろそろライバルを狩っていかないといけないな」
言って、席から立ち上がった。
「それではお暇させてもらうよ。楽しい食事だったね、また呼んでくれたらうれしい。本当ならば君たちと一緒に行動したいんだけど、僕には僕の目的があるからね。ああそうだ集子。さっき君の端末に、予約しておいた宿の場所を送っておいたからね。まったく、空いている宿が全然ないから苦労したよ。
それじゃあ、また会おう」
自分の食事代を置いて、彼は店から出て行ってしまった。やはり聞いていないことをたくさん話してくれた。だがそれは、まぎれもなく私が言いたかったことだ。
「ならわたくしも、これで失礼いたしますわ」
カモミールも席を立つ。今度はこちらの言葉が早かった。
「カモミール、明日は私たちと一緒に行動しないか?」
自立云々の言葉は飲み込んだ。すると彼女は、ニコリと笑顔を浮かべて言った。
「嬉しい申し出ですわ。けれど、一緒には行けない状況でして」
驚いた。カモミールは、少なくとも三日前までは私たちと一緒に行きたがっていたはずだ。行けない状況とは、一体何なのだろう。
「何かあったのか?」
聞くと、少し緊張した表情で口を開いた。
「わたくし、目的のアイテムを変えましたの。けれどそれを手に入れるには、とんでもない人と闘わなければいけないと分かりまして。正面からではとても勝てそうにありませんので、奇襲でも仕掛けようかと思っていますの」
カモミールは闘技場で三連勝出来るほどに強い。そんな彼女が、勝てない相手となると。
「三狂人か」
いいえ、と首を振る。すると挑御川が口をはさんだ。
「私は見ていませんけど、初日に闘技場の『ワン』を倒した人らしいですよ」
「そうなのか。私は逢瀬牧とかいう奴が倒したとばかり思っていたが」
三狂人だけが強いわけではないのだ。実際私は、挑御川にもベルにもカモミールにも勝てる気はしないわけだから、それは当然であるのだが。
それにしてもカモミールは不運なことだ。このレースで最も強い可能性のある人物とぶつかるのだから。それに、すでに彼女はアイテムを変更しているので、リタイアを賭けた闘いにもなるだろう。
「大変だな」
同情を向けるが、しかし、
「むしろ燃えますわ」
と彼女は目に炎を宿して答えた。その目は、本気で勝ちに行く目に見えた。
「それでは行きますの。お二人とも、幸運を祈っていますわ」
カモミールは札のメラを三枚ほどテーブルに置いて、店を後にした。ドアが閉まる音がさびしく聞こえたのは今この瞬間、そういう気分だからだろう。
「急に、さびしくなっちゃいましたね」
挑御川は空のビールジョッキを覗き込みながら言う。そうだなと返事をして、何となく自分のジョッキを見つめた。底にたまる小さな泡粒が、はじける音がした気がする。それから、切り替えるように問うた。
「とりあえず、私たちは強盗を追うのだろう。だが現状手がかりがない。ベーラはかなり広い街のようだが、どうやって探すんだ。まさかまだ被害にあっていない店すべてを見張るわけではないだろうな」
そんなことをしようにも頭数が足りないから、全ての店を監視するのは不可能であることは分かっているはず。ならばどうするのか。
すると挑御川は、至極簡単な声色で言った。
「私は正義ギルドに人脈があるので、そこから情報をもらうつもりです」
また知らない単語が出てきた。正義ギルド?
「まあ響きでなんとなく把握したが、万が一の勘違いがあっては面倒だ。説明してもらっていいか」
「えっと、正義ギルドのことですよね。いいですよ。まあ簡単に説明しますと、犯罪ギルドを止めるための自警団のような組織です。犯罪ギルドが手に入れる可能性のあるアイテムを、自分たちで手に入れて渡さないようにするんですよ。警察関係者とのコネもあるので、手に入れたアイテムは彼らの元で監視対象になります。つまり、再び出品することが難しくなるわけですね。
犯罪ギルドの情報は定期的に仕入れているはずなので、部屋に戻ってから連絡取ってみます」
「それなら、この店からはもう撤収するか。いい加減ベッドが恋しくなってきたところだ」
椅子を引き、立ち上がる。続いて挑御川も立って、二人でレジへと向かう。そういえばと、私は席を立った二人がテーブルの上に置いていったメラを手に取ろうとする。するとそれよりも早く挑御川の手が向かった。非常に手際よく全て取り終えると、さっさと財布に入れてしまう。
「何をやっているんだ」
「あれ、言ってませんでしたっけ。今日は風向先輩の無事を祝う食事会なので、私とベルさんとカモミールさん、三人のおごりですよ」
そういえば乾杯の時に言っていたか。確かにカモミールはブラック・プディングを頼んだ時、こっちを向いて謝っていた。あれは私のための食事会で失敗を犯したと考えたからだったのか。しかしおごりだとは聞いていなかったが。
いや、ごちゃごちゃと考える場面ではないだろう。こういう時の言葉は、一つだけ。
「わざわざすまんな、私のために」
「当然です!」
と楽しげなしたり顔を向けてくる。それから、二人にも言ってくださいよ、と優しい笑顔を向けて言った。それこそ当然だ。今度会った時に必ず言えるよう、きちんと覚えておこう。
代金を払い、店を出て、挑御川の案内で宿へと向かって、到着して、先払いの宿代を払い。そうしてようやくベッドへとたどり着いた。大人げなくも目の前にある純白の布団に飛び込んで、体中でその感触を楽しんだ。
「あー、やはり布団は柔らかいな」
そんな言葉は誰もいない部屋にさびしく響いた。だが、そうは言いながらも挑御川とは別の部屋というわけではない。何故か一緒の部屋だ。そういえば三日ぶりに目覚めた時も、部屋にはベッドが二つあった。いくら眠っていたとはいえ、年頃の女子たるもの、もう少し気を使って欲しいところである。
……いやこれは、こちらが女々しいだけか。アイツが気にしていないということは、男女が一緒の部屋で寝るなど、ファリジア・レースでは当たり前なのかもしれない。いや、そういえば宿をとったのはベルだったか……。
そのような色々を、今は考えるのも面倒くさい。食事会で気分は紛らわせたが、体は長旅で疲れ切っている。ベッドに寝転がった途端、三日前の挑御川の背中での眠気に匹敵するそれが襲ってきた。ああ、まずい。まだ着替えも風呂も、何もしていないのに。仕事の整理もしなければ……、それは違うか。だいぶ頭が靄がかっているな。
そうして眠りの世界へと沈み込んでいく、瞬間だった。
ドアが勢いよく開かれる音で、一瞬意識が浮上するも重石をつけているかのごとく、すぐに意識が沈んでいく。しかしそれを遮る声が、耳元から聞こえた。
「はーい起きてくださいせんぱーい!」
鼓膜が痛くなるほどの大声。私は体をビクンと跳ねさせると、驚きと痛みで飛び起きてしまう。眠りかけからの覚醒はボーっとするよりもむしろ、スッキリ晴れやかだった。
「起きました?」
してやったという、楽しそうな笑顔を向けてきた。腹が立つも、そんな顔を見せられては怒る気も失せる。
「ああ、おかげさまでな。それでどうだった」
ああしてベッドに突っ伏している間、コイツは正義ギルドとやらに連絡すると言っていたがが、さて。
「そうですね、条件を付けられました」
「条件? 何だ」
「私と直接会って、情報を渡したいそうです。会わないんだったら、情報は渡さないらしいです」
挑御川は何故か、悩むような表情をしている。
「妙に渋い顔をしているな。会いたくない相手なのか」
聞くと、渋さに加えて疲れたような表情を浮かべた。これは複雑そうだと、他人事なので突き放してそう思った。
「別に会いたくないわけじゃないんですけど、面倒くさいというか。いえ、干渉してくると言ったほうがいいかもしれません」
妙な言葉を使うな。干渉してくる、か。何となくテレビドラマでよく聞く気がする。
「それでも強盗を捕まえると決めたのならば、会うしかないだろう」
「ま、そうですよね。気にしても仕方ないです。待ち合わせは十時なので、さっさとお風呂入って寝ますかー」
「おっさん臭いことだ」
そうして私たちは長旅の疲れもあってか、風呂もそこそこにして、布団に入ってポツポツと会話をしたかと思うと、お互いすぐに眠りについた。
これほど気持ちよく眠りにつけたことはない。まるで少年の頃のように、胸にワクワクと希望を抱いていたのだから。




