月の行方
太陽が現れてから初めての夜が訪れました。
以前と同じように、空には小さな星々が瞬くだけで、世界は相変わらず真っ暗です。
もちろん月の女神様の姿もありません。
けれど、人々が不安を感じることはありませんでした。
地の神様がいなくたって平気です。
なぜなら、太陽の神様を心から信じていたからです。
太陽の神様が大丈夫だと言うのなら、大丈夫に決まっています。
信仰とはそういうものなのです。
長く続いた疲労感から、人々はすぐ、深い眠りに落ちました。
人々の顔には、ただただ疲れが滲んでいました。
そんな夜にただひとり、空を見上げる者がいました。
いいえ。一匹と言った方が正しいかもしれません。
大きな体に全身を覆う美しい毛並み。大地を踏みしめる四肢には強靭な爪を、穏やかな声を響かせるその口には鋭い牙を。
そう。彼はオオカミです。
オオカミは未だ、この地に残っていました。
オオカミには他の地の神様のように行く場所も、行きたいと思う場所もありません。
そもそも、オオカミは別の世界からこの世界にたどり着いたのですが、それはまた別のおはなし。
とにかく、この世界が唯一、オオカミの存在を許してくれる場所でした。
たとえ、人々がオオカミの助けを必要としなくなっても、自身が神様でなくなっても。
オオカミはこの世界に留まり続けるでしょう。
オオカミはそれまでと同じように、世界を見渡せる崖の上に座っていました。
以前は助けを求める人がどこかにいないかと、真下を向いていましたが、今はその必要もありません。
だからと言って、どちらを見るべきなのか、オオカミには分かりませんでした。
人々を導く太陽の神様は、オオカミを導いてはくれません。人の目にも眩しい太陽の光は、オオカミにはそれ以上に眩しいものでした。
オオカミはずっと木陰に隠れて、太陽が沈んだ今、やっと空の下に出ることができたのです。
以前と同じ真っ暗の世界。
けれど、太陽という存在は、眠る人々に希望の光を灯し続けます。
お前は必要ない。
世界に拒絶されているようで。
それでもここ以外に行く場所はなくて。
オオカミは途方に暮れて、空を見上げました。
小さな光が無数に輝く夜空。
それも以前と変わりありません。
ですが、オオカミはもうひとつ違いを見つけました。
彼はある一点を見つめこう言いました。
「なぜ、あなたは泣いているのですか?」
けれど、問いかけられた人物は答えませんでした。聞こえなかったのか、答える気がなかったのか。
声を押し殺して、静かに涙を流します。
オオカミはもう一度、言いました。
「あなたは月の女神様ではありませんか?何か悲しい事があったのですか?」
その人はびっくりしてオオカミを振り返りました。びっくりしたついでに涙も止まります。
彼女は目を真ん丸にして、オオカミに言いました。
「わたしの事が見えるのですか?」
「私の眼は暗闇の方がよく見える。何より、あなたの美しい姿を見過ごすはずがありません」
オオカミが彼女の瞳をまっすぐに見てそう言うと、彼女は再びぽろぽろと涙を流しました。
「わたしはずっとここにいます。生まれた時からずっと。そうです。わたしは夜を照らす月の女神。出来損ないの女神なのです」
そう言って、月の女神様は堰を切ったように、声をあげて泣きました。




