国を捨て
燃え盛る火の粉に、積まれゆく死体。
手元には輝く銀色の刀剣。鋭利で美しく、そして恐ろしい。
体中の傷痕が癒えていくのが分かる。
{あまり無理をするな。お前は俺ほど丈夫じゃない}
巨体を動かさないで瞬きをする、大きな生物の低い声が脳内に広がる。
「あぁ、分かってる。帰ろう、そろそろ時間だ」
億劫そうに真っ赤な翼を広げたその巨体は、{そうか}とだけ呟いた。
・・・
「お帰りなさい」
少しやつれた顔の女性はほっとした様子で笑う。そして、表情を険しくした。
どうしたなど、尋ねなくとも大方予想はつく。謀反、謀反だろう。
今この国の政治が荒れ果てていることなど、其処ら辺の犬でも知ってること。そして、ジジイ共が謀反を企てていることなど、考えずとも予想はつく。そしてそこに他国からの侵略が重なったのだろう。
「また行けと?」
そう言えば、女性は申し訳なさそうに目を伏せ、「ごめんなさい」と謝った。
{ミス.アリサ、俺達をいつまで酷使するつもりだ。俺はいい、ノイズだけでも休ませてくれ。人は脆い。このままだといつ倒れるかわからない。俺だけで事は片付くだろう}
私の隣の赤い巨体は長い首を女性、アリサの近くに伸ばしてアリサと私だけに聞こえる声で喋る。
鱗だらけのその首を撫でる。この竜、ギーラは私が永久契約というか、永久にそばに居ることを誓った仲だ。別に結婚したとかそういうことではない。言うならば親友だ。
居ないなど考えられない。多分ギーラがいなくなったら私は後を追って死ぬだろう。それほどに、ギーラの存在は私にとってかけがえの無いものとなっている。
「ギ―、行くぞ、私はまだ大丈夫だ」
{しかし…無理はするなよ…?}
「あぁ…、まぁ、善処しよう」
呆れたようにその鼻から黒雲を出すと太陽に照らされ、無数の血管が透ける真っ赤なその翼を広げた。
私はその背に飛び乗る。初めのころ、鱗で皮膚が擦れて痛いどころの話では無かったが、今はそんなことない。魔法でコーティングされ、肌が擦れないようになっている。魔法とは実に便利だ。
ギーラは大きな翼と爪で空を斬るように、飛び立った。
・・・
戦場へ向かうギーの首を抱きしめて呟く。
「捨てよう、ギー。つかれた。あのババアが碌なこと考えてないの知ってるだろ?どうせ私たちは戦うための道具に過ぎないんだから」
{だがミス.アリサはお前の母だろ?いいのか?}
「あんなのを母と思ったことは一度もない」
そう言えばギーは悲しげに瞳を伏せ、咆哮とも遠吠えとも似付かない声で啼いた。
何処へ行こう。誰も足を踏み入れたことのないような鬱蒼とした森で二人で暮らそうか。
私もギーも半不死身だ。滅多に死ぬことはない。ただし、どちらかが死ねば酷く深い孤独感が襲う。
でも、今の私にも、ギーにも、勝てない敵などいない。断言できる。何せギーは帝竜、竜の頂点に立つ竜だ。勝てない生き物がいるわけがないのだ。
そのことが誇らしくなり、少し笑ってしまった。