表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 水沢 すず
第5話 崩壊II
12/12

理沙


「………」



目の前には明希がいた。


久しく見ない間にまた身長が伸びている。


さすが中3男子。


色々思ったけど、どれも言葉にならなかった。


久しぶりに会った実の弟。


嬉しかった。


ずっとろくに人と話をしていなかった私は、何か明希と話そうと思った。


最近部活どう?


頑張ってる?


口を開きかけたとき、私のなかで何かが動いた。


だめだ。


私が明希にできることは、近づかないこと。


そして一旦冷静になる。


そうだ、今私はひどいありさまだった。


今丁度上着を脱いだところだったのだから。


クラスメートは陰湿で、見えないところをを傷つけた。


長袖の季節の今、私の腕は痣や切り傷でいっぱいだった。


手に汗を握る。


気づかれた?


いや、今玄関は電気が付いていない。


明るい廊下からは私の腕はよく見えないはずだ。


明希は何も知らない。


明希の綺麗な腕や足を見る。


よかった。


本当に、良かった。


やっぱり明希と関わっちゃいけない。


明希だけは、幸せに生きて欲しい。


私が明希の分まで不幸になってもいい。


私が変に明希と関わってちゃだめだ。


早く明希の前から消えよう。


顔を伏せながら何事もなかったように明希の横を通る______。



「おい理沙」



思わず足がすくんだ。


低く力強い声につい耳を傾ける。



「話したいことがあるんだ。」



私が明希を避け始めてから、明希から私に絡んでくることはなかった。


私はそれが嬉しいようで、悲しかった。


きっと心のどこかで泣いていた。


話したいことってなんだろう。


本当は私だって明希と話したいことがたくさんある。


私たちこれからどうしたらいいのって。


だけど、今明希は普通に生きていけてるのでしょう。


なら、私が明希の世界に足を入れちゃいけないわ。


私が触ってしまったらきっと壊れちゃう。


悲しむのは私だけでいい。


私だけでいいから。


視線がぶつかる。


ああ、やっぱり明希の顔はお母さんにそっくりね。


羨ましい。


ううん、よかったね。







よかったね、お父さんに似てなくて。







だから明希は…………



「理沙」



ふいに腕を掴まれた。


力強い弟の手に驚く。


こんなに強かったっけ。


明希は私の目をじっと見つめていた。


その目を振り切ることはできなくて、話を聞くことにした。



「話ってなんなの。」



とりあえず何事もなかったように上着を着る。


明希はしばらく考え込むような素振りを見せてから、唐突に口を開いた。



「ごめん」



状況が把握できない。



「なにが?」



明希は言いにくそうに身をよじった。


そして、口を開く前に私に茶色い封筒を押し付けた。


そこには明希のお世辞にも綺麗とはいえない字で、こう書かれていた。



<生活費>



ドクッと心臓が音を立てた。


嫌な予感がする。



「なに…」



そう言いながら封筒を受け取ると、全く厚みがないことがわかった。


中を覗くと、案の定札は一枚も入っていなかった。



「どういうこと?」



状況が飲み込めない。


明希は意を決したように言った。



「………今月の生活費……母さんが……」



頭が真っ白になる、というのはこういうことだ。


必死に頭の中を整理する。



「…お母さん?」



明希はふぅっと息を吐いた。



「これ、今月の生活費。俺が学校行ってる間に母さんが盗んだみたいなんだ。ごめん、俺のせいだ」



そう言って明希はうなだれた。



「明希の…せいじゃ…ない」



乾いた口から精一杯言葉を発したけれど、本当は理解しきれていなかった。


それはつまり…



「俺ら、今月どうしよう…」



今日は11月の2日。


2日にしてもう今月の生活費は0。


その原因は母。


お母さんがおかしいことは知らなかったといえば嘘になる。


しかし、まさかここまでイカれてたなんて。


ごめんね、明希。


でもね、私明希に全部押し付けてた訳じゃないの。


私だって必死に戦ってたの。


お父さんに顔が似てたのが明希じゃなくてよかった。


明希と同じ中学に通ってなくてよかった。


社会的制裁を加えられるのは私だけで済んでる、そうでしょう。


私はもう1人の朝霧裕二。


だから代わりに罰を受けている。



「理沙。母さんな…………最近頭がおかしいんだ。」



いつからか外は雨が降り出していたようだ。


雨が静かに屋根を打つ。



「………理沙は知らないかもしれないけどさ」



明希が最後にそっと付け加えた言葉に、胸を貫かれた。


明希は私が逃げてると言いたいんだ。


そうでしょう?


違う。


私は逃げてない。


私は必死で戦って……


私は罰を受けて…………


あれ?


私は罰を受けている。


なんの抵抗もせずに、当たり前のこととして。


それって、逃げてるんじゃないの?


私は罰を受けていると言い訳をして、現実から逃げてるんだ。


お母さんがおかしくなったことも、本当は知ってた。


貧しいことから目を背けて、明希の朝食も作らずに自分だけ逃げてた。


私は……



逃 げ て た



「ごめん、ごめんね明希、.…私………」



いつも我慢していたのに。


我慢すればいいだけなのに。


収まることをしらない涙が次から次へと頬つたっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ