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収穫

 遺書は読んだ後また元の場所に戻した。

 たぶん、僕が読んではいいものではなかったのだろう。だから、僕はそれを元の場所にそっと戻した。もしかしたら、ここを出るときに持っていくかもしれないが、それも定かではない。そもそもいつに書かれたものかも分からないし、まだ残された人たちが生きているかも分からない。そうである以上、今結論を出せるようなものではないだろうし、何より読んでしまったことに対するちょっとした罪悪感が胸の内で燻っていた。だからかもしれない、元の場所に戻して鍋に蓋をしたのは。


 この一週間は、遺書以外にもいくつか収穫があった。遺書を収穫の一つに数えていいのかは分からないが、それでもここの所有者がいないということを知ることができたのはきっと収穫だろう。それだけで弓を犯しているという意識が幾分和らぐ。遺書の持ち主の後、僕の前にここに居座っている人もいるかもしれないが、整理整頓されて台所からも生活感があまり感じられなかったことを考えれば、きっと杞憂なのだろう。そう思うことにした。


 ほかの収穫とは他でもない。この辞書のようなものが見つかったのだ。この世界の言葉を日本語に直したもの。英和辞書のようなものだ。もちろん、僕は言語学者とかそんな大層な人間ではないのだから、この世界の言語がどんな文法やどんな成り立ちをしていて、やれ英語ににているだとか、やれフランス語に似ているだとか、そもそもバイリンガルですらないのだから分からないが、それでも、この辞書は実に有用なものであった。


 人間は文字を認識するとき、単語の最初と最後さえあっていれば順番がばらばらでもしっかりと読むことができると言われている。実際にどっかの大学の研究でそんなのがあったはずだ。だからという訳ではないが、単語あるいは文字の意味さえ分かれば、辞書片手にある程度この世界の言語を読むことができた。もちろん亀の歩みのごとく遅いスピードであるのは否めないが、それでも読めないよりマシだし、その結果さらにいくつかの発見があった。


 まず、本棚にある本は大きく分けて2種類ある。日本語で書かれた本とこの世界の言語と思われる言葉で書かれた本だ。例外として辞書の類がある。そして、日本語で書かれたものと、異世界の言語で書かれたものを見比べると、驚くべきことに、内容が同じなのがいくつかあった。恐らく、遺書を書いた人物――此木廉次郎なる人物が、自ら一冊一冊訳していったのだろう。もちろん、全部を読めているわけではないし、日本語で書かれたものよりも異世界の言語で書かれたものの方が多いのだが、それでもその事実はある種僕にとって喜ぶべきことであった。無論、労せずして情報が得られるという意味でもそうであるし、異世界の言語のものと日本語に翻訳されたものを見比べることで、言語の仕組みだとか文法だとかある程度解釈できるりうという意味でもそうである。


 だから、とりあえずこの一週間僕は日本語で書かれた本と異世界の言語で書かれた本を見比べることに時間を費やした。ただ、本の内容は多くが神話であり、伝承であり、寓話の類であって、この世界が何であるかだとか、そこらへんに群生している植物についてだとか、動物の類についてだとか、そんな有用なものではなかった。ただ、もしかしたらまだ読んでいない異世界の本にその類のものがあるかもしれないという淡い期待は抱いてはいる。とはいえ、そこまで急を要しているわけではない。食に関して言えば、地下の畑群があるし、確かに肉に関しては食えていないから物足りない部分はあるが、生きていけないわけではない。


 言語関係以外の収穫はといえば、とりわけてこれというものがあるわけではない。気晴らし程度に周囲を散策してみたが、見たことのない植物があちらこちらにあるくらいで他に何もないし、どこかに動物なりがいるのではないかと怯えたりもしたが、声が聞こえるだけでどこにも姿は見えなかった。


 そんな一週間を過ごして、とりあえずの方針が僕の中で決まった。


 しばらくは外に出ない


 それだけである。

 何もいつまでも引き篭もるつもりもないし、一応女神とか自分で名乗っちゃう人物の願いも覚えていないわけでもない。それでも自分の身は可愛い。少なくともこの建物の中にいれば外を彷徨うよりかは安全だろうし、不思議と地下の野菜は獲っても次の日には新しくできているのだから飢える心配もない。

 もちろん、自ら行動していくべきだとも思わなくもないが、それでも自らの安全を確保できるか、もしくは外に出ることが必要になる日まではここにとどまるべきだと思う。

 それが、保守的な僕なりの意見である。もっとも、保守的な人間は携帯の「♯」ボタンは押さないだろうが。


 そんなわけで、八日目の朝を迎えた僕は危機を迎えていた。


「水が欲しい……」


 座敷の上に大の字に寝転がりながら天井に呟く。髪の毛は油でべっとりと指に絡みつき、来ている服や体からは異臭が漂い始めていた。水分という意味で言えば、野菜があるからギリギリ何とかなっていたが、それでも水を一気に飲みたい気持ちは沸々と湧き上がる。排泄にしたって糞を出した後、掌大の葉っぱで拭いていたせいか、時々無性に痒くなる。

 つまりは、水を確保することが急務となりつつあった。ちなみに、糞をする時は外に出て短い鉄棒で地面に穴を掘り、葉っぱを用意してからその穴にしている。もちろんした後は葉っぱ諸共地面に埋めている。


「水~」


 嘆いても仕方がないのだが、それでも言葉に出して嘆かずにはいられない。


「水~」


 今度は仰向けに転がって座敷へと叫ぶ。そこから水が出てくるわけではないのに、やはり叫ばずにはいられない。


 何度かそんなことを繰り返した後、僕はむくりと起き上がった。


「水を確保しよう」


 決意を声に出す。

 もう我慢できない。この匂いも、喉の渇きも、体にべた付く感じも、痒みも。もう我慢がならなかった。


「そうと決めたら準備なんだが……」


 そう言いつつ辺りを見回す。とはいえ大したものがあるわけではない。その大したものがない中で何を持っていくか。

 もちろん、水を探すだけならバケツさえ持っていけばよい。しかし、その道中には危険があるかもしれないし、万が一道に迷う可能性だってある。まあ、道に迷えば上に登れば着くだろうが、それでもリスクを考えるのは無駄ではない。


「そうなると……」


 そう言いつつ、玄関脇に立てかけてある一メートルほどの鉄棒を手に取る。糞をする穴を掘ったやつだ。次に、本棚のように壁の裏の収納から麻袋を取り出す。本当に麻でできているのか不明だが、そこそこ丈夫そうであるため、外を出歩くときはいつも持ち歩いていた。続いて地下へと降りて食料を麻袋に詰める。万が一帰って来れなかったときの保険として。さすがに見たこともないような植物を口に入れる気はおこらない。

 最期に何か水を入れるものでも持っていこうかと逡巡したが、止めておいた。水を入れて持ち歩けるようなものといえば、木製のバケツみたいなものとこれまた木製の桶みたいなものがあったが、邪魔になるだろう。行きは頭にかぶればいいが、水を見つけた場合それを持って帰るのは危険が大きい気がする。何か蓋出来るようなものがあればいいが、生憎とそれも見つからなかった。


 結局、持ち物として一メートルほどの鉄棒と野菜の入った麻袋だけとなった。ついでに言えば、盾として囲炉裏にかかってあった鍋の木蓋を持っている。


 戸口の前に立つと、大きく息を吸い込み、吐き出す。

 来るなら来い。かかって来い。

 僕は鼻息荒く、水を探しに外へと飛び出した。

 

 

 

きっと不定期更新です。一日二話なんて極稀なことなんです。明日はきっとダウンするんです。

反応待ってま~す。(まだ五話だけど……

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