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お人好し

 ところが、携帯の向こうは驚いた声を上げた。


「や、やってくれるのですか?」

「冗談だったんですか?」


 やると言っているのに本当にやるのか聞き返してくるのは、そのお願いが冗談だったのか、もしくは断られるだろうと思っていた場合だろう。どちらにせよ、あまり期待はしていなかったらしい。


「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます」


 半ば消え入りそうな声で繰り返す様子に、何となく後者――断られると心底思っていたんだろうなと僕は感じてしまった。

 だからというわけではないが、


「それで、どうすればいいんですか?」


 と尋ねてしまった僕は、きっと周りが言うようなお人好しなのだろう。


「すみません、すみません」


 感謝と謝罪の言葉を繰り返す携帯の向こうの女性に、少したじたじとしながらも、僕は女性が本題を切り出すのを待った。

 そもそも、僕自身いきなり「世界を救って」と言われて戸惑っているところがないのかといえば、たぶんものすごい戸惑ってるんだと思う。脇はなぜか汗でぐっしょりとしているし、静寂は雨音を追い越して僕を飲み込もうとしているとさえ感じてしまう。携帯を持つ手は何か不鮮明な物を握っているようなあやふやな感覚だし、頭の中だって色んな可能性を模索している。これが誰かによるドッキリであるとか、見知らぬ誰かの悪戯であるとか、ただの夢かもしれないとか、事実だったらどうしようとか。

 だからこそ、次に発した女性の言葉に、僕の頭の中はさらに混乱を極めることになった。


「私は……神と呼ばれる種族です」

「はあ……」


 カミ。紙なのだろうか、髪なのだろうか、もしかして一風変わて上なのかもしれない。いやいや、どれにしても種族としては可笑しいだろう。そもそも種族ってなんだ?人間じゃないのか?人間の中のカミという種族?聞いたことがない上に、これから聞くこともなさそうだ。

 やはり悪戯かドッキリという線だろうか。「私はカミという種族です」なんて相手をだます文言としてはどうかと思うが、それでも人の趣味趣向・頭の中は一人ひとり違う。もしかしたら、そんな人を騙すにとことん向かないような奴がこの携帯の向こうにいるのかもしれない。


 曖昧な相槌をしながら考え続けた僕の出せた確信の持てる答えは何一つなかった。


「あのう、大丈夫でしょうか?」


 きっと僕は大丈夫ではないのだろう。


「すみません、ちょっと混乱してますね」

「あの!どこが混乱しているのでしょうか?」


 僕の言葉に焦ったように女性は聞き返してきた。


「どこって、頭の中です」

「ど、どうすれば……」


 ますますもって相手の意図が分からなくなってきた。だからこそ、僕はこの混迷と焦燥の時間に終止符を打つための言葉を電話の向こうであたふたと音を立てる女性に投げかけた。


「怒らないですから。本当のことを話してください」


 これでやっと終わる。そう確信した僕に、女性は思いもよらない言葉を継げた。


「本当ですよぅ」


 なんだって言うのだろうか。いいじゃないか。僕は十分に驚かされたし、後で笑い話になるくらいには混乱した。確かに携帯越しでは伝わり辛いかもしれないが……まさか、伝わっていなかったのだろうか。

 僕は恐る恐る口を開く。


「……僕は混乱しています」

「はい……」

「どうしようもないくらいに混乱しています」

「はい……」

「それこそ、腋は未だかつてないくらい汗でぐっしょりだし、ぐるぐると廻る頭のなかはその忙しさで表面に影響を及ぼそうとさええしそうです」

「はい……」

「満足しましたか?」

「い、いえ!私はそんなつもりじゃ……」

「いいかげん本当のことを話してください。確かに笑い話にするほどリアクションは取れなかったかもしれません。ノリも悪かったと思います。どこかで見ていたら別ですが、携帯越しなので僕の焦りも伝わらないでしょう。ですが僕としてはこれが精一杯ですし、これ以上をお求めになられるのなら僕では役不足です。ですので、これ以上からかうのは止めて本当のことを話してください」


 これが最後通牒だ。それでも相手がしらばっくれるのなら、こちらもとことん付き合ってやろうじゃないか。負けず嫌いとしての腕が鳴る。


 僕はそう決め込んで相手の言葉を待った。結局返ってきた言葉は、予想通りといえば予想通りで、予想外といえば予想外であった。


「どうすれば信じてもらえますか?」


 どこか懇願するように言う女性に、僕は最初返す言葉を見つけられなかった。しばらく考えた上で出した答えは、「常識的に考えられないことをしてください」という酷く曖昧なものとなった。


「常識的に考えられないことですか……」

「え、ええ」


 本当にやる気なのだろうか。そもそも、できるのだろうか。いや、常識的に考えられないことだからできないのが当然だなはずなのだが、携帯越しの声色はそうは言っていなかった。

 少しの沈黙の後、携帯の向こうの女性は恐る恐るといった風に口を開いた。


「そうですね、それでは……転移、異世界転移なんてどうでしょう?」


 僕は返答に困った。携帯越しの女性の意図が全く分からなかった。


「ええっと……冗談、ですよね?」


 その言葉に、女性は実にあっけらかんと答えた。


「いえ、できますよ」


 いったい僕にどうしろというのだろうか。何度となく頭の中で繰り返された問いは、止むことなく今もなお堂々巡りを続ける。


「仮に、仮にそれが事実だとして。いきなりそれをされた場合、僕はどうなるのでしょう?」

「それは……」


 そこで女性は口を噤んだ。ついにボロが出たか、僕がそう思ったのは無理もないだろう。けれど、そんな僕の考えを嘲笑うかのように言葉を繋いだ。


「まず、今あなたがいる世界とは全く別の世界へと移動することになります」


 正直に言おう。僕は今すぐ携帯を放り投げてその場から立ち去りたい気持ちに襲われた。もはや相手の意図が理解できない。冗談にしては余りにもつまらない。荒唐無稽もいいところだ。


「そんなことができるわけないじゃないですか!冗談でしょう?冗談に決まってます。こことは違う世界だって?人を馬鹿にするのも大概にしてください」

「そ、そんな!私は馬鹿にしてなどいません!」

「これのどこが馬鹿にしてないと言うのですか!?」

「わ、分かりました。そこまで言うのならいいでしょう。私としてはやっと見つけた適合者をこのような形で失いたくはありませんが、そこまで言うのなら仕方がありません」

「何を――」


 僕の言葉は女性の言葉によって遮られた。


「これから一部始終説明します。それを聞いたうえでどうするかはあなた自身が決めてください。反論は認めません」


 先程までとは打って変わって有無を言わさないその口調に、僕は思わず押し黙った。


「いいですか、あなたが行くかもしれない世界は今危機に瀕しております。今から数十年後に、下手したら数年後に姿を現す異質な存在によってその世界の人々は滅びを迎えるでしょう。いいえ、人だけではありません、ありとあらゆる生命が滅びを迎え、彼の者の眷属だけがその世界を跋扈することになるでしょう」

「それって自然の摂理なんじゃ――」

「黙りなさい。それは滅びなのです。彼の物の力は強大です。生まれたばかりの頃はそうではないでしょうが、時が経つにつれて大きく、強大になっていくのです。もちろん、生まれたばかりと言えども、やすやすと太刀打ちできるとは限らないでしょう。そして、強大になったそれは世界を超えて力を及ぼし厄災を振り撒く。そう言い伝えられています」


 自称神がそんな言い伝えを信じるのだろうかと、僕が半ば思考を放棄していることなどつゆ知らず、女性は声を大にした。


「ですから!あなたが必要なのです!強大な悪に立ち向かうために、あなたの力が必要なのです!」


 少し携帯を耳から遠ざけながら、僕は女性に尋ねた。


「具体的に僕は何をすればいいのですか?」

「あなたには――」


 口を挟んではいけなかったのではないだろうか。そうは思ったがわざわざ口に出して言うほどのことでもない。


「あなたには世界を統一してもらいます」

「へ?」

「正しくは世界を一つの目標。すなわち、後に生まれるという彼の者に立ち向えるように世界をまとめてほしいのです」


 何を言いだすのだろうか。僕の中に困惑という文字がもう一つ積み上がった。


「それしか手立てがないのです」

「ちょ、ちょっと待ってください!世界を一つになんて出来るわけないじゃないですか!僕は一介の大学生ですよ?単位も何個か落としているし、彼女にもフラれてます。そんな僕が世界なんて……」


 僕の困惑を意にも介さずに、携帯越しの女性は言う。


「あなたならできます。私が太鼓判を押しましょう」


 それは淡々と事実を述べているようでもあったし、ある種期待が込められているようでもあった。何にせよその言葉は揺るぐことはないだろう。そう思わせる雰囲気を持っていた。

 僕が何も言えずにいると、それを了承ととったのか、携帯の向こうの女性は再び口を開いた。


「勝手ながら、あなたの携帯に転移装置を組み込ませて頂きました。今から三十分のうちに「#」のボタンを押せば異世界に転移することができます。三十分経った時点で転移装置は自動的に消滅し、あなたは今まで通りと何ら変わることなくその携帯をお使いになれます。いいですか、三十分です」


 くどいくらいに念を押した後、聞こえるか聞こえないかくらいの声で「お願いします」と呟いて一方的に女性は電話を切った。電話が切れた後のビジートーンを聞きながら、僕はしばらくの間携帯を耳から話すことはできなかった。ずっと考えていたのだ。これは本当の話なのか、冗談なのか。ただその二択の答えを出すのに夢中だった。


 結局、どれだけ考えても結論はでなかった。本当かもしれないし、冗談なのかもしれない。けれども、確かに電話越しの声色はどこか懇願するようであったし、困っているようであった。

 仮に冗談だったとしたなら、「ああ、やられたな」で済む。

 仮に本当の話だったとしたならば、「ああ、やられたな」で済ませる類の話ではない。そこに困っている人がいて、将来、困ることになる人がいる。そして、助ける方法があって、僕にならそれが出来る。


 答えが出るのにそう時間はかからなかった。


 僕は携帯をしばし見つめた後、「#」が書かれたボタンに指を添えた。いつの間にか雨音は止み、窓からは淡い光が差し込んでいた。

 僕は何かを噛みしめる様に一つ深呼吸をした後、目を瞑ってゆっくりと指に力を入れた。


 きっと僕は周りが言うようにお人好しなのだろう。だからと言って、僕にはそれを直す気はない。


 瞼越しに眩い光を感じて、世界が反転した。



ちょっと長くなってしまいました。基本的に3000~4000字程度にまとめれたらなと考えております。不定期更新ですが、末永く宜しくお願いします。


P.S.

感想とか誤字脱字とか、とにかく反応待ってま~す。(まだ二話だけど……)

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