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長男の嫁 後編

これで終わりです

 次兄が隣姉を長兄宅に放り込んで、自分は兄嫁を相手に呼び出したあげく夕飯を済ませる。


 ……神様仏様マリア様イエス様、ついでにどこの誰か知らない神様。

 こんな悪逆非道な事が血の繋がった兄(二番目)が起こすなんて信じられません! どうかあんな男に天罰を!


 悔し涙を流した私に、父と言う名の同志兼神の使いは事が終わった後でこう言った。


「有理、卒業まで小遣いなし。友子、お前に現金は渡さないから来月はこれを使いなさい」


 次兄は泣いて父に頼んでいたと言う事実から、どうやら長兄からもお小遣い禁止令が出たのだろう。良い気味だがバイトは禁止されていないんだから良いじゃないか。

 母は母で、父から渡されたのはICカード……残高が気になる所だが。どうやら、勝手に次兄のおねだりに負けるの禁止と言う意味なのだろう。ICカードが使えない店では一円たりとも使えなくなるけれど、これまでのお財布の中身は取られないんだから良いじゃないか、家計簿も全部支払いまで父が済ませてくれてやる事も減るし。


「有理、私は幼い頃から法律を守り弱者を慈しみ倫理に(もと)る様な真似はするなと教えた筈だ」


 父の本気モードのお叱りは……まあ、私には向けられないし向ける理由もないからこそ何とか平静を保てるけど。

 母はおろおろとして居るだけで全くもって何の役にも立たないあたりが、なんと言うか……いや、別に次兄を庇えとかは言いませんけど。


「俺は……別に……」

「だと言うのに、その有様は何だ!」

「悪い事をしたとは思ってない! そりゃ……ちょっと兄ちゃんに迷惑かけたとは思うけど……」


 て言うか、ちょっとって程度じゃないと思うんだけどなあ?

 ちらりと父に目を向けると、父もこちらをちらりと向けたので今の私と父の心は繋がっている! 筈だ。


「だけど、いいじゃないか! 友美恵姉ちゃんにだって最後のチャンスくらいくれたって!」

「一度『不安になった』と言って他の男に乗り換えた女が、結婚を来年に控えた男を相手に籠絡(ろうらく)する為に相手の自宅へ押しかけて体を差し出して関係を持とうとする、そんな計画そのものが駄作(ださく)だと言っている。

 二度目、三度目の不安に駆られぬと何故言える? 克敏は社会人として会社の仕事を行う者として時に人と会い時に帰れぬ時もある。そんな事が続けば今度は離婚だなんだと言う事になる。その度に有理、お前はそうやって『隣の家の娘』の為に手を貸すつもりか? 実の兄を陥れ、兄嫁を辱め、幼馴染に恥をかかせるのか?」


 この話、実は情報源が複数ある。

 最初、次兄は兄嫁を夜中のファミレスに呼び出したそうだ。半同棲状態だと言うのは先日来た時に長兄が言っていたから、出来れば次兄は長兄が帰ってくる前に隣姉を放り込んでおきたかったそうだが合鍵は部屋の持ち主、長兄、管理人、父しか持っていない。母が持っていれば話は早かったのだろうが、生憎のところ父も長兄も母を全く信用していなかったのが渡さない理由だそうだ……うん、そうだろうね。

 普通に善良である以上、長兄が帰宅拒否症になるのが目に見える……。


「な、俺は……」

「お父さん、それは言い過ぎよ。ゆうちゃんだって友美恵ちゃんの為に……」

「友美恵姉ちゃんは俺より弱いし、女だから……兄ちゃんが友美恵姉ちゃんを、あの女がいるから……!」

「他人のせいにするな!」

「俺聞いたんだ、あの女はすげえ強いって。格闘技やってて、男を見掛けでひっかけてぶちのめすって!」


 次兄の言っている事については……ちょっと判断材料が少ないって言うのもあって難しい、貴子さんは素材が派手なのは確かだけど着ているものは普通のスーツだ。色だって派手じゃない、でも貴子さんが着ると大抵の服が色気満載になるのだって言う話だ……情報源は高校の新聞部ですが何か?


「そんなの、見掛けの色香で勝手に惑う男の方に問題がある。

 有理の言い分では、貴子さんはわざと男を惑わせる恰好と言動をすると言う風になるが?」

「ああ、そうだよ。それで、美味しい所はかっさらって自分の手柄にするんだって。

 この間、うちに来た時の格好だって父さんも母さんも見ただろう?」

「けどさ……有理兄、普通の人は襲われたら反撃するか立ち向かうかねじ伏せるでしょう?

 貴子さんの格好なんて、普通のブラウスにタイトスカートだったじゃない? 色だってシンプルだったし化粧だって派手じゃなかった、それに……」

「子供は黙ってろ!」


 まあねえ……確かに成人はしていませんけど?

 父よ、後は頼みます。

 思いを込めて視線を向けると、僅かに父の目がきらりと光って「任せておけ」と言っている様に……見えたら眼科に行くべきかしら?


「友子、女性の目線から貴子さんの服装は男性を誘惑するものだったか?」

「え……と、そう言われると……」


 それはそうだろう、父は先日貴子さんと長兄が来た時の写真を額に入れて飾っているのだから当日の服装はばっちり写っている。

 どちらかと言えば、と言うより本当に悪く言えば地味。よく言ってもシンプル、アクセサリーだって真珠が耳を飾っているし首だってペンダントトップが一粒飾っているだけだ……確かに、こんな恰好で色気が出たら襲われそうになるよな。


「恰好も腕っぷしも関係ない、女性は女性であるだけで十分守るべき対象であると言い聞かせていた。そのつもりだった。

 有理、お前は『戦闘技術がある女性は守らなくても良い』と言っている。だが、それならば相手を傷つけ、陥れ、辱めて良いと言う理由になると思っているのか? 相手の心は傷ついても当然だと思うのか?」

「え、いや俺……」


 そうだろうねえ、次兄は隣姉への犬畜生系恋心と言うか。幼い頃から洗脳された結果とか、そんな感じで染みついた奴隷根性が自然に行動したと言うのが理由だろう……差し詰め、母は子供のころから面倒見ていた娘同然のお嬢さん贔屓って所かな?


「有理は……『実の兄が妻と望んだ女性を傷つける』事に躊躇(ためら)いはないのだな……」

「けど、友美恵姉ちゃんは……」

「なるほど、お前は『隣の家の娘』さんの方が『実の兄』よりも大事なのだな」

「え……?」

「ちょ、お父さん……」

「友子もそうだ、お前達は『身内』よりも『他人』を優先しようとする。そうしようとする者は家族として続けられるかどうか正直判らないし、それならばいっそ別れてしまうのも一つの理由だ。そうさせているのが彼女ならば、その付き合いは断ち切るのも考えるべきだろう」


 それは……離婚してでも隣姉を拒否したくなる父と言うのも、わからなくはないなあ……。

 嫌な言い方すれば、本当に隣姉は困ったちゃんなのだ。私も隣妹も父もそうだが、長兄もようやく隣姉の本性を……あれ、でもなんで最初に別れた時に気が付かなかったんだ? あれって、隣姉の本性が判ったから別れたわけじゃないのか? まあいいけど。


 とりあえず、私にとって実害らしい実害……長兄と兄嫁は、最終的に別れると言う選択肢が無かったから良かった。

 隣姉にしてみれば、自分の言う事を聞いて大抵の願いは叶えてくれる素敵な隣の家のお兄さん(レアアイテム)が結婚をすると決めたから焦った上で次兄を使って取り戻そうとしたんだろうが、それが出来るのはせいぜい付き合う前程度だろう。長兄の詳しい生活は知らないけど、体で迫って落とそうとするなんて、それこそ物語の様な「自分だけのお姫様」と見つけた「真実の愛」と言う名の剣を掲げた「王子様」な長兄を相手に、「愛する恋人同士」を引き裂く「悪い魔女」が勝てるわけはないのだ……。

 と、別にそんな事を考えたのは今だけど。

 ただ、母と次兄が離婚直後に帰って来て神経が不安定による心身症(ヒステリー)を起こして昔の「可愛い女の子」から奇声も雄叫びも上げる女性に職業変換(ジョブチェンジ)した隣姉を捕まえて、今までと変わらずに接する事が出来る二人は尊敬はするけど……このまま、隣姉が引きこもりなどで健全な社会生活を営めなくなると、これはちょっとばかり支障が出て来ると言うものでして。


「つまり、良い魔女としてはどうする予定なんだい?」

「父さん……いきなり、人の思考をぶった切るのを止めてくれませんかね?」

「台所のテーブルで受験勉強をしているのもどうかと思うがね? このままでは夕食も食べられないよ」

「ああ……それは、ごめん」


 居間のテーブルだと、ソファに座ると低いけど椅子から降りると高いんだよね。


「あそこは貴子さんが虐められた場所だから、気分的に辛くて……」


 がちゃん


 少しばかり殊勝な物言いで言い訳をしてみるが、これは事実本音だ。

 私にとって「素敵な御姉様」として心躍る未来を疑わなかったと言うのに、まさか実の兄と母親が敵に回るなんて事を想定していなかった私の特大のミスだ。て言うか神様、そんなサプライズは心臓に良くないので人生に置いて不要だと思うんですけどぉっ!

 ちなみに、隣妹も私と同じで貴子さんのファンなので傷ついて帰ってきた実の姉よりも義理の妹になる私を羨む方に忙しいらしい……ので、私も生まれた時からの親友と仲違いはしたくない。


「もう許してくれてもいいじゃない、ふみちゃんのイジワル!」

「可愛らしく言っても、謝る相手が違いますよ」

「いや……それは、ほら。ゆうちゃんにお兄ちゃん経由で、別に貴子さんを嫌いってわけるじゃないって……ね?」

「「へえ?」」

「お父さんと一緒に同じ顔で怒らないでよぉ……!」


 母、涙目。

 これ、まぢ泣きの方ですね……そんなに、私ってば父に似てるんですかね?


「ふむ……高校生の娘と似ているのであれば、私もまだまだかな?」

「かなり熟していると思いますよ、父さんは。私はまだまだ未熟ですが」

「いや、まだイケるかな……と」


 そっちですか。

 母、とりあえずオーブンから出したばかりの熱々のグラタン皿を手にしたまま大泣きするのは危険かと……ああ、私の勉強道具を片付ける待ちだったんですね。

 でも、夕飯の席は私と父と母の分だけですよね?


「ゆうちゃん、まだ友美恵ちゃんの事を気遣ってるみたいで……よっぽど、友美恵ちゃんにお姉ちゃんになって欲しかったのねえ……」


 いや、それどちらかと言えば違うから。

 全部がそうだとは言わないけど、複雑な男心と言うものですよ……これで隣姉を連れ出して食っちまうなら気概もあると見直す……事はないけど、どちらかと言えば食われる方でしょうし。しかも、食ってぽいって捨てられる感じで。

 それはそれで困るけど、このまま隣の家で引きこもりとかなられても困るかも知れないのも確かなんだよね。将来を考えると。


「ああ、でも友美恵ちゃんも最近は就職活動とかで出掛けているみたいだし。今のご時世は時期的に厳しいと思うんだけど……。

 そうそう、お父さんの会社とかで友美恵ちゃん、雇ってもらえないかしら? お父さん、結構顔が効くんでしょう?」

「母さん、言っておきますけど縁故採用で中途採用だと目立って新しい人生を出直すには良くないと思います」

「あら、そうなの?」

「母さんにとっての長男の嫁みたいなものが新人として入社する感じですよ、しかも新人だから無能かも知れませんよ?」


 違う気は心の底からするけど、母が考え込んだのであれば別に構わない。


「そうだな、文乃の言う通り口さがない者の好奇心を刺激する必要はない……それに、私にそこまでの人事権はないよ」


 咄嗟に、私は嘘だろうなと思う。

 実際の人事権があるかは別だけど、父はこれでも顔も広ければ実力もすごいのだ。私も父の部下とか元部下とか希望的部下って人から少し聞いてる……希望系部下って、なんか新しい言葉だよね。


「あら、そうなんですか?」


 母はいかにもがっかりだと言う顔をしたが……実は後でこっそりと父に教えてもらった事がある。

 貴子さんか長兄か……もしくは長兄と貴子さんの共通の知り合い? 知人? 友達? に今回の事がバレて、隣姉は某有名企業及び関連各社には就職禁止の話が出回っているそうだ。私も知っている超巨大企業だから、グループ会社まで含めると就職率は全国規模でぐっと下がる事になる。いっそ国外に出た方が良い気がするけど、日系企業にはのきなみお断りされるだろう。

 逆に、どうやら次兄はその巨大企業の某所にすでに就職が決まったらしい……出禁にされた隣姉と元旦那は連帯責任なのと、次兄みたいに「グループの中でも色々な意味で問題の部署」に就職が現時点で決定しているのと、どっちが幸せなのだろうかと言う疑問がある。

 何にせよ、次兄の就職先がきっちり決まっているのならば現在はちょくちょく慰めてくれている未来的観測希望系義姉の生活も安泰だろうから。妹としては安心と言うものだ……から、うちの次兄のどこが可愛いかったとかわざわざ私に向かって言わなくて良いですから!


「そう言えばふみちゃん、今度のお休みにお兄ちゃん達は何時頃に来られそうって言ってた?」

「なんだ、文乃が克敏と貴子さんの連絡係なのか?」


 その通りです、だって次兄や母だと角が立つでしょ?

 的な事を言ったら、母が涙目になった……隣姉のこれまでの事もそうだが、父が「友子がそれまでの生き方を、自分の隣に立ちたい相手の家族が同じ様な理由で拒絶したらどう思う?」と言ったら即座に謝ってきた……うん、だからね母よ。


「同じ謝るなら、きちんと顔を見た上での方が良いと思うんですよね。これから、長い付き合いになるんでしょうから……」

「なるほど、文乃は賢いな」

「父さん、私これでも来年は大学受験なんですが……」

「では、成長したな」

「二人とも、似た様な顔で笑ってないで食べちゃってくださいっ!」


 ぐしぐし泣きながら言っても、別に何とも思いませんよ?

 とは、流石に可哀想になったので言わない。


「私、兄さんと貴子お姉さんに英語を教えて貰うんです」

「そうか、生きた英語は大事だからな」

「ふみちゃんが生まれる前に帰ってきちゃいましたものねえ……ゆうちゃんも、生まれは向こうなのに全然発音ダメですけど」



 とりあえず、だ。

 長兄が連れて来た超近未来希望系確定的の嫁は、来年の春に戸籍上は本当の義姉となる事が決まっている事は……。

 母の前では、まだ内緒にしておく。


 そうそう、私の受験日を考慮して下さいね?

色々と裏設定がやたら多く、タイトル詐欺と言われたら否定しにくい仕様ですがストーリーテラー兼主人公は「私」ちゃんこと花沢文乃ちゃん(17歳高校三年生)なので、ある意味で間違いではありません。

本当は、ご家族の色々設定とかお隣のおうち設定とか考えたんですが…

長男の嫁の人設定も色々と…

魔法も剣も出て来ない話は珍しいです。


後日談として、「長兄」と「兄嫁」が結婚するのは「私」がすべての大学の受験が終わった二日後です。結構鬼設定です。某鼠王国のホテルで泊りがけと言う高級路線ですが、そっちは身内だけのささやかなものです。これは「私」ちゃんが色々尽力してくれたのを「父」経由で「長兄」と「兄嫁」とその「友達」が知ったので「受験が終わって発表待ちの力尽きて真っ白の灰になるか、発表待ちでぴりぴりしているかのどっちかの状態を労わる」と言う意味が強いです。同じ理由で姪っ子を母と実姉と引き連れて遊びにいきましたが入場制限で入れなかったのはこちらです、NO!(泣くよ)

会社関係の人達がいるので結局二度やりますが、お隣の姉妹はこっちに呼ばれます。会社の人を引き合わせてやろうと言う親切心から出はなく会社の人に「この姉がうちの大事な女王様を虐める元凶ですよ」と言うお披露目です。ある意味主役のさらし者です。同時に「隣妹」ちゃんは巻き込んじゃダメだからね!と言う釘差しでもあります。

「隣妹」ちゃんは好きな相手がいて一途なので、紹介されてもごめんなさいですが…。


ーーー

ある日の「私」と「父」の会話

私:父、どうして母と結婚したんですか?

父:ああ……それは、うっかり高村光太○の気分になってしまったからですよ。

私:高村光太○と言うと……高村○恵子ですかね?○恵子抄の?

父:本当に賢くなったねえ……(しばしなでくり)

私:(だから父よ、私これでも受験生……なでるのはもっとしてください。で、結局どう言う事なんですか?)


母:ふみちゃんばっかり、甘やかされてズルい!

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