長男の嫁 中編
あと一話です
妹が生まれたから、両親は私をお姫様にしなくなったのよ。
私と隣妹がいる前で、平気でそんな事を言った隣姉の姿を見て……正直、幻滅したのは決定的だった。
しかも、後で聞いたら家では割と日常だそうだ。その割にグレなくて偉いと褒めてあげたらぎゅうぎゅうに締め付けられて川の幻を見たよ……照れ隠しにも程があると言ったら、再度やられそうだから言わないけど。
おまけを言えば、それは必ず兄二人が側にいない時にやるんだから、あざといにも程がある……私がいるんだって事、判って言っていたのかしら? 頭悪い。
そんな事を父に言った事はないけど、父は父で個人的に隣姉は『他所の御宅の娘さん』ならばともかく『己の義娘』にしたくないのだそうだ。
母は必死になって良い子である事を父に言っているけど……この両親を見ていると、なんで結婚したんだか。よく結婚出来たもんだとか、私達が生まれる程度には父も絆されたんだろうなあと言う気はする。
「彼女は自分を持ち上げて優しくしてくれる男に媚を売り、そこに繋がる相手なら女性でも優しくし、それ以外には目もくれない所がある。
己の妹を蔑ろにし、克敏に近づく為に有理を利用し、克敏が思うようにならないと思えば切り捨て結婚し、そこでもダメだったからと離婚して克敏に乗り換えようとする。
そんな女が義理とは言え娘になるなど、私は許さないよ」
……あ、知っていたんですか。父よ。
お願いですから「そんな事も知らなかったのか?」とでも言いたいかの様な生ぬるい目は止めて下さい。私も私で父には兄達より甘やかされている自覚はありますから……一応、家の手伝いと今は止めたけどバイトしてたから少しは世間の厳しさを知ってるつもり……はい、あくまでもつもりです。つもり。
「そんな、友美恵ちゃんはそんな子じゃ……」
「だったら、結婚した相手と妊娠までしたのに堕胎して離婚するのはどう言うつもりだ」
「ええっ?」
「言っておくが、克敏の子ではない」
父よ……その情報収集力は一体どこから……いえ、良いです。聞きたくないです。なんか聞いたら怖い。
しかし……隣姉が暫く体を壊しやすくなっていたのは、その影響もあるんだね……なるほど。
隣の家のご両親は、まだ存命だけど小父さんが地方に転勤になった時に小母さんもついて行ったっきりだからなあ……なので、暫く隣妹は一軒家なのに一人暮らしだった。うちの親がそれを知ったのは、隣妹が大量のお弁当を買って帰ってきた所を母に見つかって、聞かれて、逃げきれなくて吐いたせいだ。
私? 聞かれもしない事を無理に聞き出すなんて真似はしませんよ。助けを求められてもいないのに勝手に助けたりしませんよ、母は勝手にやりましたけど。
隣姉が、それを知らずに帰ってきたのが今年の春……お隣で引越し話が出たのは私達が高校に入る直前だったから知らないって言う隣姉の言い分は微妙な気分になるけど、実際問題として隣の家では妹より姉が優遇されているのは今も変わらないからなあ……。
「それに比べれば……貴子さんは大変な努力家だ。努力家の手をしている彼女は、克敏と良い関係を築けるだろう」
努力家の手と言うのは、父にとって最大の褒め言葉だ。つまり、貴子さんの手はちょっと荒れているし指は長いし小さな傷もよく見るとあると言う事になる。大きさは関係ないけど、努力している人の手は総じて手入れをしきれない。
仕事の内容は流石に聞けないけど、男でも女でも仕事をしていれば努力の度合いでどうしても方向性は決まるものだと長兄は言っていた。確かに、身の回りの事に気を使いながらそれなりの成果を上げる女性もいるらしいが。身なりを気にしすぎる程度の人が成果をあげられる様な、甘い会社でも仕事でもないのだと長兄が言うのだから間違ないだろう……何しろ、長兄と貴子さんが初めて一緒に仕事した時は長兄はコテンパンに言葉で叩きのめされたらしい……貴子さんに。
年齢差がある事もあって、子供達の間で長兄は絶対的な審判者だった。正義ではないし、問題を起こすのは次兄……正確には、隣姉の恋の奴隷をやっていた次兄が実行者だ。私はともかく、隣妹は一番の被害者だった。止められる間は長兄も次兄を止めていたけど、長兄は後ろで糸を引いているのが隣姉だなんて夢にも思っていなかったから防げなかったのも無理はない。
見抜けなかったのはどうかと思うけど……そう言う、懐に入れたものを疑うってのが決定的な不得意な長兄はどうかと思わないでもない。会社での立場は大丈夫だろうか……。
「ただいまあ」
「ゆうちゃん! お父さんったら友美恵ちゃんがお兄ちゃんのお嫁さんになるくらいなら離婚するって言うのよ!」
母も、そう言う意味では隣姉に近い……あれ? 隣姉が母を参考にしたのかな?
言いたくはないが、母は天然系ぶりっこだ。完全に天然じゃなくて養殖入ってる思う。無自覚に計算していると言うか、こうだったら良いのになと言う感じで誘導する感じ。
ちなみに、父には効かないけど。
「ちょ、父さん何言ってるんだよ!」
「有理か……ちょうど良い、お前も聞きなさい」
父が新聞紙を折りたたんで懐に入れる……そんなに新聞が好きなのかと言う気がするけど、そこに日本語数社と英字と仏語と伊語が入っている事を知っているんだ、父よ……どんだけ入れてるのよ? よく入るな?
「お前は昔から、隣の家の娘さんに弱くて甘くてどうしようもダメな奴だ」
「はっきり言うっ!」
まあねえ、次兄よ……はっきり言われるのも当然だと思うよ?
隣姉の言う事は基本的に全部聞いて、流石に隣姉が中学に入ったら命令されなくなったんだろうけど。どんだけ隣姉の命令で隣妹の事をいじめぬいたと思ってるんだろう? まさか覚えてないとか言わないよね、このダメ男!
「……なんだ?」
「いや、なんか急に背筋が寒くなって……?」
「あらあ、風邪でも引いたのかしら? 寒くない?」
ったく……こんなダメな兄のどこが良いんだか……未来の義姉の将来が心から不安だわ。
「だが、そろそろ蹴りを付けるべきだ」
父の真面目な表情に、流石に次兄も背筋が伸びる。
……と、言う事は。
「有理兄ってば、もう何かやらかしらの?」
「え……?」
ちなみに、流石に次兄とは呼ばないです。呼び捨ては母が煩いからやらないけど、尊敬も出来ない奴を相手に兄と呼ぶのはプライドがねえ……妥協点で有理兄。長兄は兄さんと呼んでるから大丈夫。
「ほう……?」
「ゆうちゃん?」
「ま、まさか……」
「だって、有理兄が父さんの前でかしこまるのって雷を回避したいときの演技だもの」
やれやれと言うポーズをを取った私と母は、同時に耳を抑えた。
どこのアニメのお父さんだと言いたくなる特大の「ばっかもーんっ!」が落ちたのは、まあいつもの事。
しかし……有理兄は「まだやってない、未遂!」と言い張るだけで何をやるかは口を割らなかった……恋の奴隷って性質悪いな、と言うのが父と私の共通意見だ。もっとも、その恋の奴隷は単純思考だから行動の観察と隣妹と言う適格な相棒が居れば予測は簡単につく……さて、どうするかと考えた所で制限時間は来た。
続きます