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糞不味いハロウィン

作者: プラン9

 黒い学生服のズボンから、バイブレーションが鳴る。また迷惑メールだろう、いつもの事だ。ここんところ頻度が増えている気がするが、それは恐らくそういった場所にメールを送ってしまったのが原因であろう。月影永理は学ばない。出会えるとはもはや思えなくなってきたが、だとしても藁にも縋る気持ちで出会い系をする。

 まあ一応、まともな人(出会い系にメアドを乗せている時点でまともとは言い難いが)からもメールは来ているが、全て迷惑メールの波に飲み込まれてしまう。

 だが、永理にそれを何とかする技術は無い。メールアドレスの変更なんて、どうやればいいのか到底全く訳が解らない。機械音痴なのだ、ゲーム出来るだけの機械音痴なのだ。永理という人間は。

「……やっぱり、迷惑メールだよな」

 旧式の携帯電話を開き、メールを確認する。まるでテンプレかのように、団地妻やら寂しいやらの単語の羅列。嫌になってくるが、自業自得だから誰にも当たれない。念の為に確認しただけである、だから全く悔しくは無い。だがやはり、いい気分でもない。何かに当たりたい気持ちになる。

 まあ八つ当たりをしようにも、それを実行するような力は持っていない。小学生にだってカツアゲされる自信がある。力だけなら校内最弱だと自負しているのだ。自負するようなものではないが。

「おっす永理……痩せた?」

「ん? おお、久しぶり」

 永理の後ろから声をかけたのは、幼馴染である埼玉薫であった。まだ十一月前だというのに、首にはチェック柄のマフラーをかけてある。

 永理はちょっと前まで風邪を引いて、学校を休んでいた。ただの風邪であったのだが、熱が四十度も出たのには驚いた。更に妹が見舞いに来たのも、風邪を悪化させた原因となっただろう。

「どうしたんだお前、風邪引いてたとしてもその痩せようは……」

「まあ、ちとな。思い出させないでくれ、胃から酸っぱい何かがこみ上げてくる」

 口に手を当て、吐く仕草をする永理。それを見て薫は軽く笑う。

 飯マズというのはまだいい。身体にいいものであれば、風邪の時ぐらい我慢して食べられる。良薬口に苦しと言うのだから。だが妹は違う、明らかに何かが違う。

 何処で手に入れたのか蜂の子をお粥にぶち込み、更に倍プッシュとしてローヤルゼリーやらバジルやらをとにかく適当にぶち込んだのを、無理矢理食べさせられた。まだ美少女ならそれも我慢出来るのだが、戦犯である妹の容姿はお世辞にも女には見えない。誰がどう見ても某世紀末に出てくるKINGの配下か何かである。

 そんなのが木の匙を持って「あーん」なぞしてきたら、恐怖以外の何物でもない。そもそも永理はお粥が大嫌いであった。何処となく吐瀉物を連想させるあの見た目は、どうも好きになれなかった。

 風邪とストレスは何らかの関係性がある、というのは永理の持論である。そのストレスによって、風邪の治りが気持ち三日間ぐらい伸びたような気がする。

 永理の表情から何かを察したのか、薫は憐れむような眼で見つめた。

「やめて、その視線向けるのやめて。そういうのが一番傷つくのよ、お兄ちゃん」

「お前のような弟が居るか……客引きになら居そうだけどな」

 客引きというのは、歓楽街とかそういう場所に居るああいった人達の事だ。永理の言った「お兄ちゃん」の言い方は、何となくそれに酷似してしまっていた。まあ、永理も何処となくそれは自覚していたので、大して何も言わない。というか、若干それを意識したし。

 一瞬強く風が吹き、それとはまったく関係なく二人は足を止める。

「そういやさ薫、そのマフラーどうしたんだ?」

 眼の中に入ったごみを擦り取りながら、永理が尋ねた。時期的にマフラーを付けるのは、まだ早い。まだ十一月前だ。確かに肌寒くはなってきたが、制服の状態のままでも十二分に対処できるぐらいの、ちょうどいい涼しさだ。薫のは見ているだけで暑くなる。

「ああ、妹が編んでくれたんだ。まだ早いって俺も言ったんだけどな」

「はー、それで時期的に早いそれ装備しちゃった訳か。お熱いねー、二重の意味で」

 見ているだけで暑くなるのと、実の妹との恋愛に関して。故に二重にである。

 実際薫はかなり危ない。突き抜けるところまで行けば、絶対にヨスガると永理は思う。それぐらい実の妹を溺愛しているのだ。

 確かに、一度見た時は「何処のエロゲから飛び出してきた」と思ったぐらい可憐で素敵な少女ではあった。声も透き通るかのように綺麗だし、気遣いも出来る。まさに理想の女性という感じ。

 正直某世紀末世界の覇王に恐れられた某五車星みたいな妹を持つ永理からしたら羨ましいったらありゃしない、というか後生だからトレードしてほしい。

「一応聞いておくが、薫。お前、妹に手は出してないだろうな」

「お前の?」

「あんなのに勃起出来るのは何処ぞのティディベアかスローロリス君だけだぞ、まあ手を出すならどうぞ。俺は応援しておいてやる、フォローは絶対にしないけどな」

 実の妹にあんまりと言えばあんまりな仕打ちだが、仕方ない。彼女(?)の姿を見たら口をそろえてそう言うだろう。いや、ティディベアかスローロリスという単語は出てこないか。まあ口をそろえて、「ホモ臭い」と言う。断言できる。そういう見た目をしているのだ。永理の妹は。

 むしろ女に見られた事が無いのだ、永理の妹は。

 男子ラグビー部に誘われたり、テレビで見た事があるような相撲取りがスカウトしたりするぐらい、男に見えるのだ。

「酷い言い様だな、妹ちゃん聞いたら泣くぞ」

「だろうな、泣いてヒステリー起こして豚のような声を上げるだろうな。まあそれはどうでもいい、豚の事はどうでもいい。重要なのはお前の妹ちゃんだ、ぶっちゃけた所どうなのよ? ヨスガっちゃったの?」

 永理の問いに、薫は笑って答えた。

「あっはっはっは、そんな訳ないだろ」

 薫の答えを聞いて、何故か安堵する永理。まあ永理が薫の立場なら、百パーセント手を出しているだろう。というか性器を出している、ついでに白濁液も。

 まあ妹がそのままそっくり入れ替わるのであれば、蹴りを入れているだろう、肉を柔らかくするように何十発も。それか鉄パイプで撲殺。それぐらい、あの妹を嫌っている。そもそも誰が好き好んであんな豚と交尾なんぞするものか。いくら金詰まれたって絶対にやらない、二億なら少し考える。

「だよな、はっはっはっは」

「だってあいつ、まだ中学生だぜ?」

 空気が、凍った。

 いや、まさかとは思っていた。そういう眼で見ているのではとは思っていた。だがそれをサラッと言ってのけるとは思わなかった。

 こんな事を言っているというのに、薫はモテモテだ。ハーレムを作れるような状態だ。全くもって、世界とは不条理に出来ている。本当に女を欲してる者の所に限って女は寄ってこないというのに、別に欲しがっても無い奴に限って女が寄ってくる。

 もし本当に神が居たとしたら、きっとそれはどうしようもない馬鹿野郎だ。

「永理~♪ トリック・オア・トリート!!」

 急に後ろから、少女が声をかけてきた。

 茶色い三つ編みの、可愛い少女。近所に住む小学生だ。共働きなのでよく面倒を見てあげている。

 勿論手は出していない、精々胸チラを楽しむ程度だ。

「おう、お前か……ちょいと待ちな」

 ゴソゴソと鞄の中を探り、中から何やら赤い箱を取り出す。

「何それ?」

「海外のキャンディだ」

 箱を開封し、中に指を突っ込んで二粒、黒いひし形の物体を取り出す。その飴にはFの文字が刻まれている。

「ほい、薫も食べろ」

「お、おう。サンキューな」

 二人に一粒ずつ渡し、箱の蓋を閉め鞄の中に戻す。そしてその箱と入れ替えるかのように、今度は黄金糖を取り出した。

 二人は何の躊躇いも無く、そのキャンディを口の中に入れた。

「永理は食べないの……!?」

「なにこれ、不味い。ゴムみたい」

「あっはははは、すまんすまん!」

 露骨に不味そうな顔をする二人を見て、永理はゲラゲラと笑う。

 薫と少女は若干涙目で、永理をジト~っと睨み付ける。

「永理、何だよこれ……」

 彼らの口の中に広がったのは、現地の人なら塩化アンモニウムとリコリスの風味を感じるだろう。

 だがそれ以外の、フィンランド人以外は口は揃えぬが大体食べ物じゃない味を言う。

 例を挙げるとするならアスファルト、タイヤのゴム、キン消し等々……およそ食べ物の味とは到底思えない。そのお菓子の名は

「サルミアッキ、世界で一番不味いお菓子だ」

「これ、お菓子なのか……?」

「不味い……」

 サルミアッキ、フィンランドで親しまれている飴だ。

 フィンランド人はこれを美味しそうに食べるのだが、それ以外の人間にはあまり好まれていない。罰ゲームとしてなら、ジンギスカンキャラメルのように謎の人気を博していただろう。

 日本では主に、ネット通販で取り寄せる事が可能。パーティー等で盛り上がるかもしれない。

「一応フィンランドでは親しまれてるらしいが……それ以外の国からは、まあ、お察し」

「テメェよくもこんな不味いもん食べさせやがったなこの野郎」

「うげぇ……」

 少女は道端にペッ、とサルミアッキを吐き出した。

 それを物欲しそうな眼で見つめる永理、薫も少女と同じようにサルミアッキを道端に吐き捨てた。

 サルミアッキを口に含んだら、何故か唾液が物凄く出る。しかもその唾液によって、舌の上に不味さが更に広がっていくから最悪だ。

 それはまさに舌の上の核の冬、とてもとても悲しい出来事。とまあ詩的に書いてみたが全然綺麗に丸く収まる気配がしない。

「すまんすまん。んじゃこれ、口直しに」

 永理が口直しにと鞄から出したのは、黄金色に輝く飴であった。

 その菓子の名は、読んで字の如く『黄金糖』。

 砂糖と水飴のみで製造されている、黄金色のお菓子である。徐々に細くなっていく四角形の形をしており、いつまでも舐めていたら刺さるのではないかというぐらい尖がったりする。

 永理の手からそれを受け取ると、薫は口の中に放り込む。少女はどうやら、なにか疑っているようで薫の顔色を窺っている。

「どうした? 食べないのか?」

「……埼玉が無事な所を見ると、これは大丈夫みたいだね」

 薫が何か言いたそうに口をパクパクさせているが、それに気も留めずに少女は黄金糖を口の中に入れる。

 コロコロと口の中で転がし、その甘さを堪能する。

「そうそう、やっぱこれだよ。こういうのを待ってたのだよ月影少年、変わり種なんて邪道だね邪道」

「歳は俺の方が上だけどな、少年呼びやめろ。そういや……」

 永理は何かを言いたげにしたが、途中で言うのをやめた。

 この上なく幸せそうな顔をしている少女の邪魔をするような真似はしない方がいいだろうと判断したからだ。

 どうせなら無垢な笑みを浮かべたままで居てほしい。聞いたら絶対に、小ばかにしたような表情に豹変するだろう。なんだかんだ言って長い付き合いなのだ、そのぐらい察しは付く。

 とはいっても、たかが一年と数か月の間柄なのだが……。

「うわっともうこんな時間! じゃあな永理とその友人Aよ! また会おう、さらば!!」

 そう言いそくさくと小学校方面へと駆けて行った。

 それを見送る二人の背中、永理はボソッと一言つぶやく。

「そういやあいつの名前、何なんだろうな」

「知らない子なの!?」

 少女が米粒ぐらいの大きさになったのを見送り終え、薫のツッコミが決まった。ふと遠くから、チャイムの音が聞こえてきた。二人はそれを聞き、全速力で走った

 勿論この二人が遅刻したのは、言うまでもない。

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